おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ミュンヘン

2021-12-13 16:37:59 | 映画
「ミュンヘン」 2005年 アメリカ


監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 エリック・バナ
   ダニエル・クレイグ
   キアラン・ハインズ
   マチュー・カソヴィッツ
   ハンス・ジシュラー
   ジェフリー・ラッシュ

ストーリー
1972年9月5日未明、ミュンヘン・オリンピック開催中、武装したパレスチナのテロリスト集団“黒い九月”がイスラエルの選手村を襲撃、最終的に人質となったイスラエル選手団の11名全員が犠牲となる悲劇が起きた。
これを受けてイスラエル政府は犠牲者数と同じ11名のパレスチナ幹部の暗殺を決定、諜報機関“モサド”の精鋭5人による暗殺チームを秘密裏に組織する。
リーダーに任命されたのは、愛国心あふれるアヴナー。
妊娠中の妻にも事情を話せないまま、彼は命令に従うことを決める。
上官エフライムの指示のもと、アヴナーはヨーロッパに渡る。
そして車輌専門のスティーヴ、後処理専門のカール、爆弾専門のロバート、文書偽造専門のハンスという4人のスペシャリストと共に、アラブのテロリスト指導部11人を一人一人暗殺していく。
アヴナーはフランス人の情報屋ルイらの協力を得て、最初の標的である翻訳家を待伏せして射殺に成功。
次の目標であるPLO幹部に対しては、ロバートが電話機に爆弾を仕掛けて爆殺を目論み、これも成功する。
2人の暗殺が終了した時点で、アヴナーは妻の出産に立ち会うため仲間に内緒で一時帰国。
家族の危険を考え、妻にニューヨークへの移住を切り出す。
やがてメンバー5人は、任務そのものへの疑問や不安を感じ始めるようになった。
ある晩、ついにカールがジャネットというオランダ人の女殺し屋に殺害される事件が起こる。
まもなくハンスも殺害され、いつの間にか狙われる立場になったアヴナーは恐怖に怯え始める。
皮肉にもチームを離れたロバートは、自ら作った爆弾の誤爆により命を失う。
やがて標的を7人殺害した時点で、アヴナーは任務を解かれて妻子の待つニューヨークへ戻る。
だが暗殺の記憶の苦しみや、誰かに追われる恐怖を抱えながら生きていくのだった。


寸評
1972年のミュンヘンオリンピックと言えば、日本男子体操が最も強さを誇った大会で、鉄棒金メダルの塚原光男が開発した「月面宙返り」が思い起こされ、男子バレーボールの金メダルに日本中が熱狂したことも懐かしいが、同時に記憶されるのが、オリンピック史上最悪の大惨事となった「ミュンヘンオリンピック事件」だ。
日本でも事件は報道されたが、国民感情は柔道やレスリングの日本人選手の活躍に浮かれていたと思う。
やはり中東は遠い国で、日本人にとってパレスチナ問題はどこか他人事のようなところがあったのだろう。
本作はそのミュンヘン事件に端を発したイスラエルの報復を描いている。

イスラエル諜報特務庁、通称モサッドの上官エフライムによって暗殺団が組織されるが、彼らがどのような経緯で人選されたのかは分からない。
アヴナーを除く4人がそれぞれ自動車のスペシャリスト、爆弾担当、現場の後始末担当、文書偽造担当と紹介されるだけで、風体や態度から訓練を施されたプロのスパイと言う風ではない。
特技が明確に描かれているのは爆弾担当のロバートぐらいで、サスペンス劇なら描かれるであろう他の人物の特技が生かされるシーンは特に用意されていない。
最初の標的となるのは翻訳家なのだが、イスラエルにとってこの翻訳家を殺害しなければならない理由がよく分からなかったのだが、それに比べて次の目標なのがPLO幹部であるのは納得できる。
実話に基づくとなっているが、電話機に爆弾を仕掛けて爆殺するのが大層なものに思える。
爆殺の方がニュースになるとエフライムに言われていたが、本当にこのような手の込んだことを行ったのだろうか。
一般人を巻き込むと騒ぎが大きくなるので避けたいと言う思いが上手く盛り込まれている。
娘の登場は脚色かもしれない。

ルイの組織はパパと呼ばれる人物によって統率されているが、まるで「ゴッド・ファーザー」を連想するようなファミリーが一堂に会するシーンがある。
彼らのような裏組織の者にとっては、アヴナー達が探している人物の所在などは手の内にあるのだろうか。
情報屋を見つけ出すことや、人物の所在を突き止めること、相手が留守の間に家宅侵入して爆弾を仕掛けるなど、苦労するであろうことが簡単そうに見えて、サスペンス劇としては緊迫感にかけるのだが、スピルバーグは事件をサスペンス劇ではなく政治劇として描いているのだろう。
だからアヴナーの妻の不安とか、夫の仕事への疑問といった妻側の事情は描かれていない。
ルイの組織は政府関係には情報を流さないが、金さえ支払ってもらえれば誰にでも情報を渡す組織である。
ルイが用意した隠れ家で、アヴナーたちは標的であるパレスチナ人と遭遇する。
どちらもルイによって安全な隠れ家として提供されていて、ルイの組織のスタンスが分かるシーンとなっている。
ここでユダヤ人とパレスチナ人の議論がなされるが、一方が苦難の上で国家を獲得し、一方は未だに国家を持ち得ていないという人種と国家の複雑な状況が示されて考えさせられるシーンだ。
アヴナーは生き残り、ニューヨークにやって来るが、彼の中には愛する家族と生きて再会できたという喜びとともに、敵であろうが人を殺めたという罪悪感や、常に誰かに命を狙われているのではという恐怖感が湧いてくる。
そしていくら敵を倒しても必ずや意志を継ぐ後継者が現れるであろうという現実への思いが残り、殺人の連鎖の不毛なことを訴えているが、スピルバーグの出身を考えるとイスラエル寄りに描かれているのは仕方ないかと思う。