おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

味園ユニバース

2021-12-04 09:16:40 | 映画
「味園ユニバース」 2015年 日本


監督 山下敦弘
出演 渋谷すばる 二階堂ふみ 鈴木紗理奈
   川原克己 松澤匠 野口貴史 松岡依都美
   宇野祥平 土佐和成 いまおかしんじ
   中川晴樹 キヨサク 康すおん 赤犬

ストーリー
ある日、大阪の恵美須夏祭りの会場にひとりの男が乱入し、赤犬がライブ中のマイクを奪うと突然アカペラで「古い日記」を歌って気絶してしまう。
やがて目を覚ました男は何も覚えておらず、完全な記憶喪失状態だった。
赤犬のマネージャー、カスミは、そんな彼を放っておけず、“ポチ男”と名付けて自宅に住まわせる。
カスミは認知症の祖父・耕太郎と2人で暮らしで住居横のビルでカラオケ屋と貸スタジオを経営していた。
赤犬バンドのボーカル・タカアキが交通事故で全治3カ月の怪我を負ったので、カスミは“ポチ男”の歌唱力を見抜き代理のボーカルに抜擢する。
ポチ男の歌を聞いた赤犬メンバーはインスピレーションが湧き、新曲作りにいそしみ出す。
ある日、ポチ男は上着を奪われたホームレスと遭遇し上着を取り返す。
その上着には工場の名が縫い込まれていたので、カスミはひそかにポチ男の過去を調べだす。
ポチ男の本名は大森茂雄といい、豆腐屋の父は借金を残して亡くなり、姉夫婦が借金と店を継いでいた。
ポチ男はチンピラで、別れたオンナとの間にできた子・マサルを姉に預けてふらふらしていたのだ。
茂雄の出所後に大きな顔をされてはならないと思った兄貴分のタクヤが茂雄を闇討ちしていたことが判明。
味園ビルのユニバース会場で赤犬ライブが開かれることになり、ポチ男の写真が載ったポスターを見て、弟分のショウがカスミの店にやって来た。
記憶を取り戻したポチ男は、カスミに手を出そうとするショウをぼこぼこに痛めつけると、カスミたちに迷惑をかけまいと家を出る。
ライブ当日、ポチ男をタクヤの手先から奪還したカスミは「どうするか、自分で決めろ」と言い放った…。


寸評
大阪の人間にとってはミナミにある味園ビルに輝くネオンは脳裏に残っているのではないか。
そしてちょっとした年齢の者なら、そのビルの地下に大阪有数の大きなキャバレー「味園ユニバース」が有ったことも思い出すだろう。
タイトルはラストシーンとなる味園ユニバースでライブを行うことから来ていると思うが、大阪人の僕は山下監督の名前とそのタイトルだけで触手を動かされた。

関ジャニ∞の渋谷すばる君が主演とあって映画館の客席は関ジャニ∞ファンと思われる女性が大半を占めていたが、どうしてどうして、単なるアイドル映画ではない。
渋谷すばる君も33歳とかで、実年齢にあった記憶喪失男を好演していた。
それにからむ二階堂ふみは相変わらずの存在感だ。
大阪のウラなんばが舞台で、大阪出身の渋谷に加え、大阪のおっさんバンド「赤犬」の面々、大阪出身の鈴木紗理奈も出演しているので大阪弁の違和感がなく、引き込まれるように二階堂ふみも大阪女になりきっていた。
赤犬メンバーを「オッサン」と呼んで指図し、「アホか…」とか「しょうもな…」とかを連発しながら、高校も出ていないがしっかり者のマネージャーを可笑しく演じている。

映画は初めから見せる。
刑務所から出所してくるシーンはよくある出だしだ。
迎えの車が来るが、その時点から渋谷が演じる大森茂雄は倦怠感ありありだが、その茂雄が何者かに襲われてミステリー感が出てくる。
そのミステリー感は茂雄がそのことで記憶喪失なってしまいポチ男と名付けられ増幅される。
ポチ男の気だるい喋り方の中にあって、彼が時折発する「なんで?」とか「指、長いな…」などの会話がアクセントをもたらす。

ポチ男は傷害事件を起こしているが、それはどのような事件だったかはあまり描かれなくて、家族が非難する言葉でもって語られるだけだ。
記憶を取り戻したポチ男が知るのは、苦境から脱出したくてもがいていた自分の姿だった。
ポチ男は家族との絆を取り戻せたわけではないが、それでも全く笑顔を見せなかった彼が最後の最後でかすかな笑みを見せるのは、わずかながらでも苦境から脱出できるかもしれないという希望を感じさせた。

ポチ男の救出劇は少し突拍子もないが、再び記憶喪失状態に戻そうとしたカスミの行動は理解できるし映画的でもある。
山下監督は以前に「リンダ・リンダ・リンダ」という高校生バンドの映画を撮っていたが、それとはまた違ったバンド映画であった。
前年に撮った「苦役列車」に続く苦境からの脱出映画でもあった。
カスミは最後に「しょうもな…」とつぶやくが、なかなかどうして思った以上の秀作だった。