おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

夜の河

2021-12-27 09:57:31 | 映画
「夜の河」 1956年 日本


監督 吉村公三郎
出演 山本富士子 小野道子 阿井美千子
市川和子 川崎敬三 上原謙 夏目俊二
舟木洋一 星ひかる 山茶花究 大美輝子
若杉曜子 萬代峰子 東野英治郎 小沢栄

ストーリー
京都、堀川の東一帯に立ち並ぶ京染の店の中で「丸由」と屋号を名乗る舟木由次郎(東野英治郎)。
由次郎は七十歳、後妻みつ(橘公子)とは三十も違い、今では長女きわ(山本富士子)が一家の中心、ろうけつ染に老父を凌ぐ腕を見せている。
新婚旅行の妹美代(小野道子)と清吉(夏目俊二)を京都駅で見送った帰途きわは、きわに好意を寄せている画学生岡本五郎(川崎敬三)が彼女を描いて出品している青樹社展覧会場に寄る。
きわはろうけつ染を、四条河原町の目抜きの店に進出させたいと思ったが、話は仲々に困難。
それを知った近江屋(小沢栄太郎)は彼女の美貌に惹かれ、取引先の店を展示場にと約束するが妻やす(万代峰子)の眼がうるさくてならない。
きわは唐招提寺を訪れた折、阪大教授竹村幸雄(上原謙)、娘あつ子(市川和子)と知り合う。
そして新緑五月、堀川の家を訪れた竹村との再会に喜ぶきわは彼と別れ難い気持になる。
競争相手の婦人服デザイナー大沢はつ子(大美輝子)と競って、きわは近江屋の紹介で東京進出にも成功。
きわの出品作は竹村が飼育していた燃えるような猩々蝿を一面に散らしたものだった。
加茂川の宴会で近江屋から逃れたきわは、友達せつ子(阿井美千子)の経営する旅館みよしで竹村と逢う。
彼は岡山の大学に変るといい、二人はその夜結ばれたが、岡本はきわに竹村との仲を忠告。
怒りを浮かべるきわに、僕は貴女を尊敬しているのだと岡本は叫ぶ。
数日後、竹村の娘あつ子の口から、竹村の妻が長い間病床に伏していると聞いたきわは驚く。
きわは竹村と白浜に行ったが、そこへ竹村の妻の病勢悪化の電話があり、彼女は死去。
告別式に出たきわは「もう少しだ。待ってくれ」と云った白浜での竹村の残酷な言葉を思い出す。
うちは違う、と、きわは泣きながら、心の中で叫び続けた。


寸評
僕が子供の頃の美人女優と言えば山本富士子が第一人者だった。
子供の僕がそう思っていたのだから、誰もが認める純日本的美人の代表格だったに違いない。
この作品における山本富士子は出演作品の中でも一番美しかった頃だろう。
上原謙と山本富士子が、今はなくなってしまった食堂車で向かい合って座っている。
山本富士子の顔が車窓に写ると、窓の外の夜景に赤いネオンの一点が車窓を横切っていく。
まるで女の情念が燃え出したような感じで、山本富士子の横顔と共に何とも美しいシーンとなっている。
山本富士子が演じる船木きわの美しい京都言葉と和服の着こなしに酔いしれ、華奢な感じがしない体躯から繰り出されるカラッとした明るさと、個人の意思をはっきりと述べる聡明さに大いに共感できる。

吉村孝三郎の演出と宮川一夫のカメラによって、直接的ではない匂うようなエロチシズムが添えられている。
上原謙と山本富士子が結ばれる場面のなんとしっとりとしたことか。
京の旅館の窓が開いていて電灯の光に誘われた蛾が入ってくる。
きわの友人の女将がそれを見て電気を消して出ていく。
薄明りの中でかすかに浮かび上がる二人の横顔が火照るように赤く染まる。
倒れ込む二人を捕らえたカメラがきわの足元へと流れていき、その後は観客の想像に任される。
そして、きわが入浴することで観客の想像通りであったことを知らしめるのだ。
想像すること、見えないことでエロチシズムは増幅されているが、それをもたらす宮川一夫のカメラは職人芸だ。
このようなエロチシズムを持った作品を見ることが出来なくなってしまった。

きわは強い女である。
あるいは京女はそもそも、きわの様な強さを秘めているのかもしれない。
竹村の妻は長い闘病生活を送っていて、竹村はその生活に疲れを覚えている。
自分に都合の良い勘違いだったのだろうが、きわは竹村は妻と死別していると思い込んでいたのだろう。
竹村はきわに「もう少しの辛抱だ」と漏らすが、きわはその言葉が許せない。
きわに、人の死を喜ぶような人間にはなりたくないという強い思いが湧き上がるのだ。
きわを慕う美大生の岡本が竹村の妻の死を知り、「これで二人は幸せになれる」と言うが、きわは「あなたは私が竹村先生の所へ行くと思ってはるの?」と自分の決意を告げる。
愛に溺れて人の道を外すようなことをする女ではないのだ。
岡本はきわを尊敬していると言っていたが、きわが竹村に寄せる思いと同様の気持ちを、きわに寄せていたのではないかと思う。
ラストシーンで唐突とも思えるメーデーのパレードが描かれるのだが、それは新しい時代における新しい価値観の女性の誕生を示していたのかもしれない。
しかし、きわはどうして思い立ったように駆け足で階段を駆け上がり、いつもの年より大規模となったメーデーのデモ行進を見る気になったのだろうとの疑問がわいた。
それでも、吉村公三郎にとって「夜の河」は最初のカラー作品でもあるし、僕は彼の作品の中では一番お気に入りの一遍である。