ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

過労自殺、流動性

2016-10-16 10:07:58 | 日記
ネットで、興味深い記事に出くわした。JBPRESSの
《電通「過労自殺」事件の原因は長時間労働だけではない 問題
は「ブラック企業」ではなく日本社会にある》(10/14配信)
論旨は以下のとおりである。

1.電通に勤務する若い女性Tさんが自殺したのは、残業が
月100時間を超える長時間労働が原因だという見方があるが、
月100時間程度の残業なら、多くのサラリーマンが経験してい
る。
2.残業がこれほど多いのは、日本企業の労働生産性が低いから
である。
3.日本企業の労働生産性が低いのは、日本の社会に労働の流動
性が不足し、新陳代謝が行われないからである。
4.問題は労働時間ではなく、会社を辞めるオプションがないこ
とである。このことも労働流動性の不足に起因する。Tさんにこ
のオプションがあったら、彼女は自殺せずに済んだだろう。

この記事を読んで「ふむふむ、なるほどなあ」と思いながら、私
は自分の来し方をふりかえり、妙な感慨にとらわれた。何日か
前、私はブログで次のように書いた。

私のアルコール依存とニコチン依存は、私の「思い通りに」でき
るものだったであろうか。そうではなかった、と私は思う。ブ
ラック企業以上にストレスに充ちた職場に長年勤務し、転職もま
まならなかった私は、夜毎の深酒に逃げなかったら、きっと心身
を深く病み、胃潰瘍で吐血して退職を余儀なくされるか、ノイ
ローゼの末に妻子を遺して自殺するか、同僚を4、5人ナイフで
刺し殺すかして、破滅していただろう。今となっては思い出した
くもないことだが、そこまで追い詰められたための、アル中だっ
たということである。

数日前、私はこう書いたのだが、私が「転職もままならなかった
」のは、今にして思えば、当時、私が身をおいていた業界に「労
働流動性」が著しく不足していたからである。その業界が何だっ
たかは言わないことにしよう。ただ、この業界が流動性の点では
日本の中でも最悪だったこと、それだけは言っておいてもいいだ
ろう。大学院を出て、めでたく助手または専任講師の職にありつ
ければよし、あとは業績の有無にかかわらず、エスカレター式に
助教授、教授と進み、最後は名誉教授でアガリとなる。逆に、不
幸にして助手または専任講師の職にありつけなかったら、若くし
て人生は決まり、一生プータローのまま。

封建時代のようなこんな業界事情では、平凡な才能の持ち主に
は、職場を変えることもままならない。私が精神を病み、自殺し
なかったのは、ひとえにアルコールとニコチンのおかげなのだ。
そのために脳出血になり、片麻痺の後遺症に悩まされる現在の境
遇があるのだとしたら、私としては今のこの境遇を甘んじて受け
入れるしかない。
ーーあ、この業界が何なのか、分かっちゃったかもね。
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過労そして・・・

2016-10-15 17:08:43 | 日記
きょうはブログで何を書こうか、ーー朝起きてそう考えるの
が、日課のようになってしまっている。書きたいことがあると
きはいい。だが頭が空っぽの時は、さすがにつらい。毎日ブロ
グ書きを続けるのは大変なことだ。きょうはお休みにしよう
か、――そう思って書くことを諦めると、しかし今度はその日
一日が急に物足りなく思えてくるのだから、因果なものであ
る。

さて、きょう書こうと思ったことは、二つある。
一つは、過労が原因で自殺した、電通勤務の若い女性について
である。
もう一つは、吉田拓郎や岡林信康のその後について。この二人
のことはきのうのブログで取り上げたが、二人とも私より何歳
か年上のはずだ。彼らは今はどうしているのだろう、どんな姿
になっているのだろう、と興味がわき、画像検索でもしてみよ
うかと思ったのである。
まずは第一の、過労で自殺した若い女性の件であるが、女性に
限らず、こういう若者は案外多いに違いない。彼らとは対極に
あるリタイア老人の私、「サンデーが毎日」状態の私から、彼
らに何か参考になるメッセージが送れないものかと考えた。私
もウン十年前の若かった頃には、過労気味のつらい時期もあっ
たが、目下、暇を持て余す私とは違い、過重な勤務に苦しむ若
者にとって大事なのは、自分の境遇を相対化してみること、自
分の境遇を相対化できる環境に身をおいてみることだと、(今
の)私は考える。夜、海辺の砂浜に寝転がり、満天の星空を眺
めてみよう。そうすれば、自分の存在が、実にちっぽけなもの
に思え、「ああ、こんなちっぽけなことに、自分はなんで悩ん
でいたのだろう」と、(悩みにとらわれていた)それまでの自
分の姿が、不思議に思えてくるはずだ。
「いやー、このところ残業続きで、海辺に行く暇なんて、ない
んですよ」というのなら、ちょっとデスクのパソコンを開い
て、岡林信康でも吉田拓郎でもいい、自分が興味を持っている
人物を画像検索してみるのだ。そして、その人の若かった頃の
姿、年老いてからの姿を見比べてみるのだ。そうすればあなた
は、今の自分をがんじがらめにし、長時間残業を強いている社
内の価値基準・評価基準が、なんて無意味なものなんだと思え
てくるだろう。
吉田拓郎について画像検索していたら、最近の拓郎にインタ
ビューをした記事が見つかった。その中で、拓郎が面白いこと
を言っていた。「頑張って生きていないと人から悪く思われそ
うで、怖い。だから油断をすると、すぐに頑張ってしまう。で
も僕はね、好きじゃないこと、嫌いなことを全部やめてみたん
です。そしたら、病が癒えて元気を取り戻したんです。」
でもこれは、若い人の参考にはならないかも知れない。好き
じゃないことをやめたら、食っていけない、だから、好きじゃ
ないことでもやめるわけにはいかない。頑張らざるを得な
い。――若者の悩みは、大方そんなところから生まれてくるの
だろうから。
今の若者たちからすれば、吉田拓郎の言ったことなんて、ただ
のジジイのたわごとに過ぎないのだろうが、そんなジジイにも
若くて輝いていた時期があったことは頭に入れておこう。この
輝きはおそらく、嫌なことと付き合いながら、彼が歯を食いし
ばり頑張ったことによって生まれたものだということも。
輝きと苦労は裏表。どのみち輝ける時期なんてほんの一瞬で、
あとは火が消えたような退屈な毎日が待っているだけ・・・。「サン
デー毎日」の老人はそう思う。
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ボブ・ディラン

2016-10-14 17:57:01 | 日記
今年のノーベル文学賞は、ボブ・ディランに授与されることに決
まった。意外だった。私は彼のことを、フォーク・シンガーとし
て憶えていたからである。でも、たしかに彼はシンガー・ソング
ライターであり、作曲もすれば作詞もする。作詞も文学活動と考
えれば、彼が受賞してもおかしくはないのだろう。

私が意外に思った第2の理由は、ボブ・ディランの年齢である。
彼は生きていればかなりの高齢で、生きていないのかも知れない
と考えていた。いや、そんなことは考えるまでもなく、私の中で
は彼はとっくに「過去の人」だったのだ。彼はビートルズに影響
を与え、日本人では岡林信康や吉田拓郎に影響を与えたと言われ
ているが、ビートルズが来日したのは、1966年、私が高校1年生
の年だった。中津川のステージで岡林や拓郎がフォークを歌った
のは、1971年、私が大学4年生の年だった。憧れのそんな彼らが
熱中したボブ・ディランは、私にとってはいわば雲の上の人、こ
の世の人とも思われない、遠い遠い存在だった。

聞いたところでは、ノーベル賞を受賞した今年、彼は75歳という
から、私と9歳しか違わない。これも意外だった。ビートルズが
来日した1966年には、彼は25歳、いやはや、やはり彼は天才で
ある。

話題は変わるが、ノーベル文学賞の選考が取沙汰されるこの時
期、必ずと言っていいほどマスコミの話題に上るのが、村上春樹
である。村上春樹と言えば、数年前まで私は彼の熱狂的なファン
で、いわばハルキストだった。彼にノーベル文学賞をとって欲し
いと思うが、最近は、彼が受賞できないのも仕方がない、それも
もっともだ、と思うようになった。

最近思うに、村上春樹は風俗小説の書き手なのだ。ジャズが流れ
るホテルのバーで、軽くバーボンをひっかける、そんなお洒落で
ハイカラな空間に読者を誘い、軽く酔わせて楽しませる。そうい
う時間に感激していた私は、神戸の異人館街を散策して感慨に浸
る旅行者となんら変わるところがないと言うべきだろう。ユトリ
ロが描いたパリの風景画を観て、「いいなあ」とため息を漏らす
のと変わらない、というか。

そういえば、村上春樹の作品に『風の歌を聴け』というタイトル
の作品があったけど、ボブ・ディランの作品には『風に吹かれて
』というのがあったっけ。私も最近は、もっぱら風まかせの毎日
である。風見鶏じゃないけど。
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中国の軍閥

2016-10-13 16:50:23 | 日記
友人がブログ(http://omg05.exblog.jp/)で、面白い記事を紹介
している。《反習近平派の拠点、中国人民解放軍「瀋陽軍区」が
北と通じてクーデターを計画している!》(産経ニュース10月
10日)というもので、中国における軍閥の存在を描いている。

軍閥、ーーこの独立した軍事共同体の存在は厄介だ。アメリカ
が、ビン=ラーディンとアルカーイダをかくまうタリバン政権を
転覆させるため、アフガニスタンに侵攻し、タリバン政府を崩壊
させたものの、その後、この地の治安の回復と民主化に手間取っ
たのは、この地に根付く軍閥の存在、独立した軍事共同体の存在
が、その障害になったからである。

さて、産経の記事で取り上げられているのは、中国における軍閥
の存在である。この軍閥は別名(正式名称)を「瀋陽軍区」とい
う。大意は以下のとおりである。

(1)瀋陽軍区は、人民解放軍の中でも最強の武力を有し、習近平
率いる北京政府から独立した権力を保持している。北京にコント
ロールされない。
(2)瀋陽軍区は昔から北朝鮮との関係が密接で、今も北朝鮮に武
器・エネルギー・食糧・生活必需品を密輸し、金正恩の核ミサイ
ル開発計画を支援している。
(3)クーデターの能力を有し、事の次第ではこれをも辞さない瀋陽
軍区は、習政権にとって脅威となっている。核開発を進める北朝
鮮への支援を止めるよう、北京が瀋陽軍区をコントロールすること
はできない。

この記事を読んで、私は、「なるほどなあ、北朝鮮問題は奥が深
いんだなあ」と思いを新たにした。中国と北朝鮮との関係につい
て、自分が実に浅薄な知識しか持っていないことを、痛感させら
れた。「中国は、北朝鮮との腐れ縁をなぜ断ち切れないのだろ
う?」と、かねがね私は疑問に思っていたが、この記事を読ん
で、この疑問が氷解した思いがした。

この産経の記事は、「野口裕之の軍事情勢」という、署名入りの
コラム記事の一環である。私はこの記事の著者「野口裕之」とい
う人物に興味を持ち、どんな人物なのかをググってみた。その結
果わかったのは、この人がいろいろと問題を持った人物であるら
しいということである。特に軍事オタクのような人からの評価は
低く、「ド素人」と、けちょんけちょんにけなされている。ネッ
トで、野口氏について書かれた文章からは、敵意に似た悪意すら
感じられた。それが何によるものなのかはわからない。嫉妬なの
か、それとも近親憎悪なのか・・・。

ともあれ、何ごとにも訳知りはいるものである。
コメント (1)
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死刑廃止論ふたたび

2016-10-12 16:58:13 | 日記
日弁連が死刑制度廃止の方針を打ち出したことについて、きょう
二つめの社説が出た。一つめは朝日の10月9日付の社説《死刑廃
止宣言 日弁連が投じた一石》であり、これについてはすでに本
ブログでも取り上げた。二つめは、きょう10月12日付の産経新聞
の社説《死刑廃止宣言 国民感情と乖離している》である。

こちらは、タイトルが示す通り、日弁連が出した死刑廃止宣言
を、「国民感情と乖離している」として批判するものである。こ
の社説は、「世論調査では、「死刑もやむを得ない」の容認が8
0・3%で、「廃止すべきである」の否定は9・7%にとどまっ
た」との数字を示し、自らの主張に説得力を持たせている。

朝日の社説が、「国際社会では死刑廃止の潮流が定着し、140
カ国が制度上あるいは事実上取りやめた。OECD(経済協力開
発機構)加盟35カ国で続けているのは日本と米国の一部の州だ
けだ」として、やはり数字をあげ、死刑廃止宣言を擁護するのと
は好対照をなしている。

数字だけでは、論拠として心もとない。そこで産経の社説は、こ
う述べる。「厳刑をもってしか償うことができない罪はある。被
害者遺族の強い処罰感情に司法が十分応えることができなけれ
ば、国は成り立たない。」すなわち、「死刑制度の維持は、悲惨
な犯罪を国、社会、国民が許さない、受け入れないという意志、
決意の表れ」であって、国家を維持するには、この強い国家意志
の貫徹が不可欠だというのである。

死刑廃止派の主な論拠は、「死刑は執行したら取り返しがつかな
い刑罰だ。だが人が裁く以上、間違いは必ず起きる」というもの
であったが、ではこの点については、産経はどう考えるのか。産
経は、さりげなく「冤罪(えんざい)による執行など決してあっ
てはならない」と述べるだけである。

「冤罪(えんざい)による死刑執行はあってはならない」ゆえに
「冤罪(えんざい)による死刑執行はあり得ない」と主張しよう
としているように見えるが、残念ながら歴史に照らす限り、現実
はこのエセ論理を何度も裏切ってきた。

朝日と同様、産経の社説も物足りない。こちらの社説がかかげる死
刑擁護論を読んでみても、この問題に関する私の考え方は変わらな
かった。

え、あんたの考え方だって? 読者の大方は憶えておられないと
思うので、もう一度、ここに転載しておこう。本ブログで、私は
先に以下のように書いたのだった。

死刑制度廃止派の論拠である「覆水盆に返らず」の理屈は、やは
り無視できないでしょうなあ。ならば、
(1)凶悪犯は無期懲役にして、かれを永久に社会から排除する。
(2)また、死と同等の苦役をかれに課し、死を上回る苦痛を味わ
わせる。
(3)その惨めな姿を世にさらすことで、凶悪な犯罪を予防する手
立てにするとともに、
(4)被害者の遺族には、これをもって加害者に対する処罰感情を
宥めてもらう――。

私が先に提示したのは、以上のようなプランである。これを書い
たとき、「死と同等の苦役」という言葉で私の脳裏にあったの
は、「半殺し」とか「生殺し」といったイメージであるが、戦国
時代ならいざ知らず、口当たりのいい人道主義がまかり通る昨
今、こんな言葉を使ったら、私のブログはたちまち大炎上しかね
ないので、あえて自粛した次第である。
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