1月の中旬に夫の高校時代の同級生の急逝の訃報が入りました。
同窓会のお世話をなさっている方の所に奥様からメールが入り、友達に一斉に転送されました。
余りに急なことで、悲しみより驚きの方が大きく、夫も私もその知らせに自失茫然としました。
毎年夏には山好きの高校時代の旧友数名で3泊から4泊の縦走登山を楽しんでいた仲間です。
昨年の夏もお元気で丹沢の山々を縦走、山小屋でお酒を汲み交わしながら楽しい一時だったと夫は申しています。
今年も5月に故郷広島からの組と合流、3泊4日の山行きが既に計画されていました。山小屋も予約済み。
それほどにお元気だったのです。私は直接お会いしたことはありませんが、夫から彼の話はよく聞き、写真も見せてもらっていました。
その奥様からのメールは通夜、葬儀全てが終わってからの連絡で、故人とご家族の希望で家族葬として見送られたそうです。
そして「お知らせするのが遅れましたことをお詫び申し上げますと共に、はなはだ勝手ながら、御香典、ご供物、供花等、固くご辞退申し上げますので宜しくお願い致します」とのお言葉がありました。
夫もどうしてよいかわからず、しばらくはそっとして置いた方がよいかと、そのままにしていましたが、49日も終わるころ、そろそろ奥様の気持ちも落ち着かれたかと、先日お電話をしてみました。
お留守でしたので留守電に言葉を残しておいたようです。
内心、なんとお慰めしてよいのかわからず、正直お留守であることにちょっとほっとしたようです。
数時間後、奥様から折り返しのお電話がありました。
最初はお元気に話されていましたが、夫が良かれと思い、いろいろ彼の思い出話をしていると、奥様の声が涙声になり、電話口で嗚咽なさっているのが分ったそうです。
お線香をあげに、また出来たらお墓参りをさせて欲しいとお願いしましたが、固くご辞退されたそうです。
夫は電話を切った後、折角明るく立ち直られてお話なさっていたのに、悪い事をしてしまったと電話をしたことを後悔していました。
そんなことはないわよ、きっと喜ばれたと思うわよ、と今度は私が夫を慰める番になりました。
お悔みの言葉と、それを伝えるタイミングって本当に難しいですね。
お悔みの言葉も亡きお方の思い出話も、かえって残された者の悲しみを増幅させることになるのではと思ってしまいます。
姉も今、この奥様と同じような立場にあります。どうするのが一番良いのでしょう。
多くの方々の命日ともなる日ですね。
あの時も愛する人を亡くされ、悲しみのどん底にいる方々を、
どう慰めて良いか、戸惑われた方々も多いと思います。
とても難しい問題で、人それぞれ、答えは見つかりません。
家族葬にするかどうかも多少亡くなった方の年齢にも関連してくるかもしれませんね。
ビオラさんが仰っています様に、お別れが出来なかったことが、いつまでも心に引っ掛かり続けるということもありますから。
しかしこれも時が解決してくれるのでしょう。
やはり一番大切なのはあいての心情を思いやることかもしれません。
今日は一日、亡くなられた方々、またそのご家族の無念さに寄り添い、静かに過ごしたいと思います。
多くの方々の命日ともなる今日。
奇しくもこのテーマの問題をまた考えさせられます。
あの日も1その後も、なんとお悔みを述べてよいのか、戸惑った方も多いでしょう。
りんごさんの仰る通り、愛するものを奪われた者の心情は経験してみないと決してわかるものではありません。
どんな慰めの言葉もむなしく聞こえるでしょう。
そっとしてさしあげるのが一番かもしれませんね。
それも人それぞれ、難しい問題だと思います。
今日は一日、亡くなられた方々、またそのご家族の無念さに寄り添い、静かに過ごしたいと思います。
亡くなってから会いにきても本人はいませんから・・・
全く仰るとおりです。ご尤もと!
ただ「偲ぶ」という言葉があるように、亡くなった方を思い語り合うこともそのお方の成仏、供養だと思うのですが。
改めて亡くなった夫の偉大さに気づかされ、むしろありがたく思っている部分の方が大きいような気がします。
迷惑ということはないと思うのですが・・・・。
お悔やみの気持ちを伝えるタイミングが大切なのでしょうか。
私は、夫の友達の場合家族そうであった上に、全てをご辞退なさっているのだから、何もできないと困惑していましたので、、
それは冷たいでしょうと、せめて電話でもと勧めました。
それがよかったのかどうか・・・・。
これからこのような場合、どうするのが一番のご供養になるのか、
ご家族のために何をなすべきなのか、考えてしまいます。
やはりエントランスの掲示板に後日貼りだされます。
それで皆さん、はじめて知ることになります。
しかし親しい友人の場合は、できたらお別れがしたいと思うのが友としての心情でしょう。
それを辞退されると、辛いですね。
何故かここ数ヶ月訃報があちらこちらから耳に入ります。
それも親御さんではなく、先輩であったり、後輩であったり、友であったり。
そんな年齢になってきたのですね。
デ某さまの仰いますように、こうあるべきという正解はありません。
私は自分の友達がご主人を亡くされた場合は、後日落ち着かれた頃、
外にお誘いして、楽しくお話するのが一番の慰めになるのではないかと。
友達本人が亡くなった場合は、どうなんでしょうか。何をどうするのが、彼女の一番の供養になるのか、考えてしまいます。
自分の万が一の時にはどうして欲しいか、家族にはっきり伝えておきたいですが・・・・。
ご主人様のなさったことは友人として当然のことと
思いますが、奥さまは今はどなたにもお会いしたくなかったのでしょう。
私の住む地域でも最近は家族葬が増え、亡くなった
ことは葬儀を済ませた後、回覧で知ることが殆どにになりました。
私は身内でどちらも経験していますが、家族葬の方が
ゆったりとした気持ちでお別れが出来て良かったです。
今年は70歳になりますし、そろそろ私も終活の準備を
しなければと思っていますが、できれば私も家族葬に
して欲しいと思っています。
山小屋さんもおっしゃっていますが、親しい方には
生きているうちに会ってお話ししたいです。
コメントを頂いた皆様のご意見はいろいろ。
自分の気持ちを整理するためにもお別れをし、お悔やみ申し上げたいですが、
やはり一番に考えなければならないのは、お相手のお気持ちだと思います。
知らせるかどうか、家族そう云々は亡くなった年齢にも関係すると思います。
また主人の元会社の同僚で昨年春お亡くなりになった方はやはり全てが終わったあと、奥様からご連絡がありましたが、
後日の夫たちの訪問をとても喜ばれました。ひとそれぞれですね。
亡夫も当日まで働いてなおかつ持ち帰った不備の書類を完成させて送信後の急逝でした。
両者のお気持ち共感の至りです。
ことに伴侶を亡くされた方の心情は経験なしでは理解不可能です。
何を言われても傷付くのです。
そっと遠くからご冥福を祈ることをおすすめ致します。私の場合は地元紙の死亡欄の掲載も固辞致しました。頑なともいえようが逆に最も大切なものを失った身には怖いものは無くなるのです。何を言われても死んだ者は還って来ないのです。
私は七年忌を済ませた今も夫の同僚には会いたくもありません。山小屋様のおっしゃるる通りです。
私は常々友人たちには「生きているうちに会いましょう。」
といっています。
亡くなってから会いにきても本人はいませんから・・・
ご主人が奥様に電話され、お悔やみ言われたのは、
思い出多い友人として当然な事と思います。
そして、奥様が思い出話を聞いて泣かれたのも
ご供養の一つと思います。
もし、ご主人の友人から誰も連絡が無かったら寂しいことでしょう。
でも、人それぞれ、別の感情があるかもしれませんね。
94才の母が亡くなった時は家族葬ではなく、
普通の葬儀をしました。
高齢のご近所の方達は、自宅に何回もお参りにきてくれ、思い出話をして泣いて下さいました。
葬儀というのは、どんな形であれ、亡くなった方の家族だけでなく、
周囲の人たちの気持を静めるためにも
必要な事と思っています。
「固くご辞退」 というのは少し寂しいですね。
親しくしてた人なら当然の事ですが、相手様が家族葬にして
こちらの気持ちも辞退してるようなので、そっとしておいて差し上げるのが賢明かと・・・
我が自治会でも亡くなった方のお名前を書いた回覧板が廻ってきますが
道路向かいのお宅では2,3年前にご主人が亡くなられたのですが
今でも内緒にしてるようです。
でもそれは迷惑だったのかとの後悔…
難しい問題ですね
最近多くなった家族葬ではそういう問題が多々起こりうる気がします
私も幼馴染の友人が亡くなった事を知りお別れをしたかったのですが
家族葬だからと断られた経験があり
旦那様と同じようにお線香を上げに伺いたいとの願いもかなわず
今でもすごく心に引っかかっています
自分がお別れしたくても出来ない者の立場になった時
単純に家族葬がいいものとも思えなくなっています
正解は・・・ありますまい。
私も 昨年11月 お世話になった元上司の奥様から
「喪中欠礼」 のお葉書をいただき びっくりしました。
昨夏 偶々駅前でお会いし
しばし近況などお元気に話されたことがありましたから・・・。
かつての同僚にきいてもやはりも超欠礼で知ったようでした。
形式ばったことが嫌いな方でしたから 「Oさんらしい最期やなあ」 と・・・。
寒中お見舞いでも・・・と思いましたが、
なんども書き直した末 「やめておこう」 と決めました。
次第にこうしたことが増え つい考えてしまいますけど
ひとそれぞれの その時
私のその時は どうなのでしょうねぇ・・・。
おつれあいがなさったこと
やむにやまれぬ一つの流儀・・・であったことと存じます。
ほんとうに・・・良くなされましたね。