「河村教授のお孫さん達は、あたし達の子供じゃないじゃない」
マグカップを持った淳は、ふと通りがかった部屋から漏れる、母親の声を聞いた。
父と母が言い争う声が、小さく開いたドアの隙間から聞こえてくる。
「いや、それでもあの子たちを放ってはおけないよ」
「‥あなたが考えてることはあたしには分からないけど、
これだけは覚えておいて頂戴」
母はそう前置きをしてから、一つ息を吸ってその言葉を口に出した。
「あの子達は、あたし達の家族じゃないわ」
淳はその場に佇みながら、二人の話を聞いていた。
まだ彼らは会話を続ける。
「淳はまだ子供なのに、もし混乱でもしたら‥」「何を言ってるんだ。もう18だぞ」
「それに淳は、私が思っていたより遥かにあの子達と上手くやっている。それには私も驚いているんだ‥」
まだ話し合いは続きそうな気配を見せていたが、淳はそれ以上聞く気にならなかった。
スタスタと廊下を歩きながら、乾いた気持ちでこう思う。
どっちの言い分を聞けっていうんだよ‥
親の庇護の元にいる以上、どちらかの意見に従わなければいけないのは分かっていた。
そして最終的に自分がどちらの言うことを聞かなければならぬのかの結論も、淳にはもう分かっている‥。
ここは良家子女が多く通うB高等学校。
そのピアノ室から、滑らかなピアノの音が漏れている。
淳は微かに微笑みながら、その鮮やかな音色を聴いていた。
視線の先には、気持ち良さそうに演奏をする河村亮の姿がある。
亮の好きな、そして淳も好きだと言ったシューベルトのピアノ曲。
微笑みながら聴く淳の隣では、静香が面白くなさそうな顔をして座っている。
幼い頃から共に育って来た三人が、今同じ空間で同じ音を聴いていた。
滑らかに流れるピアノの旋律が、その親しんだ空気の中に溶けている。
少し手持ち無沙汰な静香は、チラッと隣に座る彼の横顔に視線を流した。
淳は大人しく亮の演奏を聴いている。
開け放した窓から風が入って、ふわりとカーテンを柔らかく揺らしていた。
風は、微笑みながら聴く淳の前髪もサラサラと揺らす。
窓から零れる午後の木漏れ日を背景にする彼は、とても美しかった。
その横顔を見ている静香の胸を、切なく締め付ける程に。
やがて最後の小節を弾き終えた亮は、幾分ふざけながら二人の方を向いた。
「タラン、タン、ターン!」
そして自信満々な面持ちで、淳に対してこう発言した。
「どーよ?お前ん家にあるCDよりイケてんだろ?」
そして亮は得意気に、以前淳がシューベルトの曲の中でもこの「即興の瞬間」は好きだと言っていたから演奏したのだと言った。
「耳が浄化されるだろ?」と冗談を言う亮に、淳は素直に頷いて、静香は不満げに「フン」と息を吐き捨てる。
静香は意地悪い表情をしながら、亮に向かって皮肉を吐いた。
「”蝉の幼虫もクルクル回ることは得意”ってね。どんな人間にも一つくらい取り柄があるもんよ」
「お前も暴れまくってぶち壊す才能だけはあるもんな‥」
亮と静香にとって、こんな皮肉の言い合いは日常茶飯事だ。それを淳が笑って聞いている。
この三人の、日常の風景だ。
「あっ!そーだ!」
不意に亮が声を上げた。
亮は新聞を引っ掴むと、バタバタと淳の方へと駆けて来る。
「てかお前これ見た?」「何?」「◯◯!このピアニストが来日するっつー記事があったんだよ!」
亮は興奮しながら、新聞に載っているとあるピアニストのことについて話し出した。
「オレが生きてる間はこの人日本に来るわけねーって思ってたのによぉ!
ヨーロッパ以外のツアー回ったこともねぇしさぁ!マジすっげーだろ?!」
キャッキャッと亮ははしゃぎながら、とにかく嬉しそうな顔をする。淳はそんな亮を見て、フッと息をついた。
「なんだ、それで今日はそんなに機嫌が良いのか。頼んでないのにピアノも弾き出すし」
「ウケケケ~!あったりきよぉ!オレぜってー行くんだこれ!これから嵐のようにバイトするぜ」
ゴキゲンの亮はそう言いながら、淳と肩を組んだ。
「お前も一緒に行く?まぁお前が行かねーっつっても連れてくけど!」
そんな亮の姿を見て、静香が淳の腕を取る。
「ハン!笑わせんなっつーの。
淳ちゃん知ってる?そのコンサートがある日ってアイツコンクールがあんのよ」
静香の言葉に、淳は目を丸くして「えっ?本当?」と聞き返した。
亮が顔を顰めながら、静香に文句を言う。
「あーもう!ったくよぉ!まーたお前はムードぶち壊すなよな!
別にデカイ大会なわけじゃねーし、◯◯が来日するなんて二度とねーかもしんねー。
オレはぜってーそっち行くかんな!」
「あー!じゃあそれ会長に言いつけてやろ!」
ギャアギャアと騒ぐ姉弟の隣で、淳は一人その新聞記事を眺めている。
ふぅん、と息を吐きながら。
「てかさぁ淳ちゃん~」
すると不意に静香が淳の方を向き、甘い声を出しながら彼に腕を絡めた。
「学校終わったら一緒に‥」
「淳君!」
静香が言い終える前に、彼らの背後から高い声が掛かった。
三人が振り向くと、そこに一人の女の子が立っている。
「ここに居たのね」
「あ、来たんだ」と淳が言うと、彼女はニコッと微笑んだ。
そして淳にこう声を掛ける。
「一緒にカフェテリア行こ!」
黒い髪と大きな瞳が美しい、淳の今の彼女だった。
淳はその提案に、微笑みながら頷く。そして彼女は亮の方へと向き直り、彼にも声を掛けた。
「亮君もこんにちは。やっぱりピアノ上手だね。廊下に居る時ちょっと聞こえたの」
亮は「おぉ」と返事をしながら、彼女に対して笑顔を見せる。
そして最後に彼女は、仏頂面の静香にも挨拶をした。
「あ‥こんにちは」
しかし静香はそれを無視した。そしてこの場の空気が凍り付かない前に、
淳が「お先に」と言って彼女と共にピアノ室を出る。
学校の後映画見に行かない?
いいよ
カップルの会話を聞きながら、亮と静香はその後姿を見送った。
二人の声が聞こえなくなると、静香が息を吐きながらこう言う。
「リアルにムードぶち壊したのは誰だっつーの‥」
「今までアイツが付き合った子の中で、あの子がいっちばーん♪かわええ」
彼女から挨拶された亮はゴキゲンだった。そんな弟を見て、静香は苛つきに顔を歪める。
「なーにがいっちばーんよ。デレデレしちゃって。「りょおくんもこんにちはぁ~」ってか?」
「もしかしてお前、また変なことやらかすんじゃ‥止めろよな」
亮は静香のそのイライラを目にして、一応忠告した。
また問題を起こすんじゃないかと推測して。
「はぁ?変なことぉ?」
静香は亮からの忠告に対して、キョトンとした顔をしてそう言った。
しかし静香はこのわずか数時間後に、”変なこと”をしでかしに先程の彼女の元へと向かう‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(11)ー三人の関係ーでした。
とうとう今週更新分の本家に手が掛かりました‥!
毎日更新もあと一日!どうぞお付き合い下さいませ。
さて‥前回淳の部屋に残されていたサイン入り楽譜。
そのピアニストがコンサートを行うという日は、亮のコンクールと同じ日‥。
何かきな臭いにおいがしてきましたね。
遂に亮の指事件に向かって物語が動き出すのでしょうか‥。
次回は<亮と静香>高校時代(12)ー二人の関係ーです。
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マグカップを持った淳は、ふと通りがかった部屋から漏れる、母親の声を聞いた。
父と母が言い争う声が、小さく開いたドアの隙間から聞こえてくる。
「いや、それでもあの子たちを放ってはおけないよ」
「‥あなたが考えてることはあたしには分からないけど、
これだけは覚えておいて頂戴」
母はそう前置きをしてから、一つ息を吸ってその言葉を口に出した。
「あの子達は、あたし達の家族じゃないわ」
淳はその場に佇みながら、二人の話を聞いていた。
まだ彼らは会話を続ける。
「淳はまだ子供なのに、もし混乱でもしたら‥」「何を言ってるんだ。もう18だぞ」
「それに淳は、私が思っていたより遥かにあの子達と上手くやっている。それには私も驚いているんだ‥」
まだ話し合いは続きそうな気配を見せていたが、淳はそれ以上聞く気にならなかった。
スタスタと廊下を歩きながら、乾いた気持ちでこう思う。
どっちの言い分を聞けっていうんだよ‥
親の庇護の元にいる以上、どちらかの意見に従わなければいけないのは分かっていた。
そして最終的に自分がどちらの言うことを聞かなければならぬのかの結論も、淳にはもう分かっている‥。
ここは良家子女が多く通うB高等学校。
そのピアノ室から、滑らかなピアノの音が漏れている。
淳は微かに微笑みながら、その鮮やかな音色を聴いていた。
視線の先には、気持ち良さそうに演奏をする河村亮の姿がある。
亮の好きな、そして淳も好きだと言ったシューベルトのピアノ曲。
微笑みながら聴く淳の隣では、静香が面白くなさそうな顔をして座っている。
幼い頃から共に育って来た三人が、今同じ空間で同じ音を聴いていた。
滑らかに流れるピアノの旋律が、その親しんだ空気の中に溶けている。
少し手持ち無沙汰な静香は、チラッと隣に座る彼の横顔に視線を流した。
淳は大人しく亮の演奏を聴いている。
開け放した窓から風が入って、ふわりとカーテンを柔らかく揺らしていた。
風は、微笑みながら聴く淳の前髪もサラサラと揺らす。
窓から零れる午後の木漏れ日を背景にする彼は、とても美しかった。
その横顔を見ている静香の胸を、切なく締め付ける程に。
やがて最後の小節を弾き終えた亮は、幾分ふざけながら二人の方を向いた。
「タラン、タン、ターン!」
そして自信満々な面持ちで、淳に対してこう発言した。
「どーよ?お前ん家にあるCDよりイケてんだろ?」
そして亮は得意気に、以前淳がシューベルトの曲の中でもこの「即興の瞬間」は好きだと言っていたから演奏したのだと言った。
「耳が浄化されるだろ?」と冗談を言う亮に、淳は素直に頷いて、静香は不満げに「フン」と息を吐き捨てる。
静香は意地悪い表情をしながら、亮に向かって皮肉を吐いた。
「”蝉の幼虫もクルクル回ることは得意”ってね。どんな人間にも一つくらい取り柄があるもんよ」
「お前も暴れまくってぶち壊す才能だけはあるもんな‥」
亮と静香にとって、こんな皮肉の言い合いは日常茶飯事だ。それを淳が笑って聞いている。
この三人の、日常の風景だ。
「あっ!そーだ!」
不意に亮が声を上げた。
亮は新聞を引っ掴むと、バタバタと淳の方へと駆けて来る。
「てかお前これ見た?」「何?」「◯◯!このピアニストが来日するっつー記事があったんだよ!」
亮は興奮しながら、新聞に載っているとあるピアニストのことについて話し出した。
「オレが生きてる間はこの人日本に来るわけねーって思ってたのによぉ!
ヨーロッパ以外のツアー回ったこともねぇしさぁ!マジすっげーだろ?!」
キャッキャッと亮ははしゃぎながら、とにかく嬉しそうな顔をする。淳はそんな亮を見て、フッと息をついた。
「なんだ、それで今日はそんなに機嫌が良いのか。頼んでないのにピアノも弾き出すし」
「ウケケケ~!あったりきよぉ!オレぜってー行くんだこれ!これから嵐のようにバイトするぜ」
ゴキゲンの亮はそう言いながら、淳と肩を組んだ。
「お前も一緒に行く?まぁお前が行かねーっつっても連れてくけど!」
そんな亮の姿を見て、静香が淳の腕を取る。
「ハン!笑わせんなっつーの。
淳ちゃん知ってる?そのコンサートがある日ってアイツコンクールがあんのよ」
静香の言葉に、淳は目を丸くして「えっ?本当?」と聞き返した。
亮が顔を顰めながら、静香に文句を言う。
「あーもう!ったくよぉ!まーたお前はムードぶち壊すなよな!
別にデカイ大会なわけじゃねーし、◯◯が来日するなんて二度とねーかもしんねー。
オレはぜってーそっち行くかんな!」
「あー!じゃあそれ会長に言いつけてやろ!」
ギャアギャアと騒ぐ姉弟の隣で、淳は一人その新聞記事を眺めている。
ふぅん、と息を吐きながら。
「てかさぁ淳ちゃん~」
すると不意に静香が淳の方を向き、甘い声を出しながら彼に腕を絡めた。
「学校終わったら一緒に‥」
「淳君!」
静香が言い終える前に、彼らの背後から高い声が掛かった。
三人が振り向くと、そこに一人の女の子が立っている。
「ここに居たのね」
「あ、来たんだ」と淳が言うと、彼女はニコッと微笑んだ。
そして淳にこう声を掛ける。
「一緒にカフェテリア行こ!」
黒い髪と大きな瞳が美しい、淳の今の彼女だった。
淳はその提案に、微笑みながら頷く。そして彼女は亮の方へと向き直り、彼にも声を掛けた。
「亮君もこんにちは。やっぱりピアノ上手だね。廊下に居る時ちょっと聞こえたの」
亮は「おぉ」と返事をしながら、彼女に対して笑顔を見せる。
そして最後に彼女は、仏頂面の静香にも挨拶をした。
「あ‥こんにちは」
しかし静香はそれを無視した。そしてこの場の空気が凍り付かない前に、
淳が「お先に」と言って彼女と共にピアノ室を出る。
学校の後映画見に行かない?
いいよ
カップルの会話を聞きながら、亮と静香はその後姿を見送った。
二人の声が聞こえなくなると、静香が息を吐きながらこう言う。
「リアルにムードぶち壊したのは誰だっつーの‥」
「今までアイツが付き合った子の中で、あの子がいっちばーん♪かわええ」
彼女から挨拶された亮はゴキゲンだった。そんな弟を見て、静香は苛つきに顔を歪める。
「なーにがいっちばーんよ。デレデレしちゃって。「りょおくんもこんにちはぁ~」ってか?」
「もしかしてお前、また変なことやらかすんじゃ‥止めろよな」
亮は静香のそのイライラを目にして、一応忠告した。
また問題を起こすんじゃないかと推測して。
「はぁ?変なことぉ?」
静香は亮からの忠告に対して、キョトンとした顔をしてそう言った。
しかし静香はこのわずか数時間後に、”変なこと”をしでかしに先程の彼女の元へと向かう‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(11)ー三人の関係ーでした。
とうとう今週更新分の本家に手が掛かりました‥!
毎日更新もあと一日!どうぞお付き合い下さいませ。
さて‥前回淳の部屋に残されていたサイン入り楽譜。
そのピアニストがコンサートを行うという日は、亮のコンクールと同じ日‥。
何かきな臭いにおいがしてきましたね。
遂に亮の指事件に向かって物語が動き出すのでしょうか‥。
次回は<亮と静香>高校時代(12)ー二人の関係ーです。
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