夜通しぐっすりと眠ったせいか、雪はすっかり目が覚めてしまっていた。
天井を見つめながら、彼の健やかな寝息をじっと聞いている。
始めは彼女を縛るように抱き締めていた彼も、眠りに入るとやがて仰向けに姿勢を変えた。
雪は彼に腕枕をされたまま、パチパチとまばたきをして彼の方をチラッと見る。
ううん、と小さく声を出しながら、彼が少し身体を動かした。
雪は頭を起こし、先輩と自分の足を見る。ゆっくりとその足を動かしながら。
無防備な彼の裸足に、ソロソロと雪の足が近付いて行く。
そしてちょんちょんと、雪は彼の足に触れた。
指の先で、小さく三回ほど。
しかし彼の足も動かなければ、彼本体も微動だにしない。
ベッドに寝転がった二人の間に、しんとした静寂が広がっている。
彼は熟睡していた。
雪はそのままの姿勢で、チラリと彼の横顔を盗み見る。
すうすうと、規則正しい健やかな寝息を立てる彼の横顔。
シャワーを浴びた後のまだ少し濡れた髪の合間から、形の良い額が見える。
きっちりした普段の姿とはまた違った、無防備な彼の寝顔。
雪は子供のような彼のその姿を見て、思わず笑みが漏れた。
しかし改めて目にすると、彼は寝顔さえも美しかった。
雪は彼をきゅっと抱きしめると、しみじみと一人こう思う‥。
は~‥かっこいい‥
雪はそのまま彼にくっついて、先輩が目覚めるまで暫しその時を過ごした。
そして暫くしてから彼は目覚め、大学へ行く前にシャワーに入っておいでと雪を浴室へ案内した。
「シャワー終わった?」
そしてシャワーから上がった雪が目にしたのは、フライパン片手にキッチンに立つ先輩の姿だった。
何やら良い匂いが家中に漂っている。
「ご飯食べよう。さ、座って。食べたら大学行こうな」
そして雪はテーブルに並べられた料理の数々に目を丸くし、感嘆の声を上げた。
美味しそうな料理が沢山並んでいる。
雪は早速席についた。
「これ先輩が全部作ったんですか?!キャー!ドラマみたい!」
雪の質問に、彼は首を横に振った。
これらはお手伝いのおばさんが作ったもので、彼自身は料理が苦手なのだと言って。
雪は思わず目が点だ。一人暮らしとは思えぬ広いマンションに、料理を作ってくれるお手伝いさん‥。
改めて彼との世界の違いを思い知らされるが、とりあえず目の前の料理が温かい内に食べることにした。
「いただきまーす!‥おいしっ!先輩も食べて下さい!」
そう言って美味しそうに料理を頬張る雪を見て、淳は嬉しそうに微笑んだ。
もうすっかり身体は回復したみたいだ。
「ちょっとは落ち着いた?」
彼は雪にそう尋ね、微笑んだまま彼女の答えを待った。
雪は暫し彼の目を見ながら黙っていたが、やがて少し下を向きながら頷いた。
けれど心の整理が全てついたかと言われると微妙だった。
雪は小首を傾げながら、まだ出ない結論に対して思う所を口に出す。
「ん‥なんだか私が騒いだことで事を大きくしちゃった気がして‥。
お小遣いのことなんかでカッとしちゃって‥。帰ってまた怒るのも違う気がするし、
どう考えても気まずいですね‥」
今の状況と自分の気持ちをそう口にした雪に対し、淳は彼女を真っ直ぐに見つめながら言葉を返した。
「いや、結果的に良かったんだと思うよ。時々は吐き出さなくちゃ」
え?と聞き返す雪に、彼は「溜め込んで病気になるよりは良いじゃない」と答えた。
「本当ですか?」と続けて問う雪にも、淳は自信たっぷりに頷いて見せる。
そして淳は続けた。まるで言い淀むことなく。
「それに雪ちゃんだけじゃなく君の家族も、
積もっていた感情に向き合う契機になったんじゃないのかな」
真っ直ぐな彼の言葉に、雪は少し俯いて言葉を返す。
「‥そうでしょうか。あれで良かったんでしょうか‥?」
そして下を向いた雪に、淳はハッキリとこう言った。
「そう思えるようにしなくちゃ」と。
彼は続ける。
「ここまでになったのに何も変わらないなら、このまま感情だけ積もったまま終わって、
また同じことを繰り返すと思う。そんなの嫌だろ?」
雪が黙って彼の意見を聞いていると、淳は少し話題を変えた。
「蓮君の方が好きだったお祖母さんが、
どうして突然雪ちゃんの方を優先させるようになったと思う?」
雪は首の後ろに手を当てながら、若干気まずそうに自分の意見を口にする。
「あ‥多分おばあちゃんが嫌がっても、ずっと追いかけてたからですよ。
親戚の家に行くってなると大きな声で泣いて‥行けないように邪魔して‥」
すると淳はピッと指を差しながら、自分が導き出した正解を口に出す。
「それは雪ちゃんが絶えずアピールし続けたからだよ。
始めは公平じゃなかったことなんて、今となっては意味が無いことさ」
鋭利な刃物でスパッと切るように、彼は物事を理路整然と分析して行く。
淳は雪の方を真っ直ぐに見つめ、先輩としてその結論を彼女に教えた。
「愛情はそうやって得るものだよ。黙って我慢するだけが術じゃないんだ。努力の方法は様々だから」
そして淳は澄んだ瞳で、雪に向かってこう言った。
「だから、もう我慢するのは止めにしないと」
淳が導き出した結論を、雪は彼の方を見ながら静かに聞いていた。
黙ってやり過ごしその場を逃れても、事態はきっとまたいつか同じことを繰り返す‥。
色々なことを考えながら、雪は今日の帰宅に向けて考えをまとめて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<淳の家にて(2)>でした。
家政婦さん、料理を仕込んで冷蔵庫に置いてるんですね!あとは温めるだけで食べれる、と。
朝から五品も‥。いいな~先輩(笑)
きっとこの後掃除に来た家政婦さんが、ベッドに落ちた長い髪の毛を見て白目になってることでしょう‥。
淳の台詞「我慢するだけが術じゃないんだ」が、
前々回の雪のモノローグ「私はじっと黙ってやり過ごすという術を身に着けている」
という今までの雪ちゃんを窘めているかのようですね。
そして淳が堂々と語る「愛情の得方」は、
まるで今年に入ってから雪との距離を縮めに猛アプローチした自分を語っているかのようです。
次回は<踊るイタチ>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
天井を見つめながら、彼の健やかな寝息をじっと聞いている。
始めは彼女を縛るように抱き締めていた彼も、眠りに入るとやがて仰向けに姿勢を変えた。
雪は彼に腕枕をされたまま、パチパチとまばたきをして彼の方をチラッと見る。
ううん、と小さく声を出しながら、彼が少し身体を動かした。
雪は頭を起こし、先輩と自分の足を見る。ゆっくりとその足を動かしながら。
無防備な彼の裸足に、ソロソロと雪の足が近付いて行く。
そしてちょんちょんと、雪は彼の足に触れた。
指の先で、小さく三回ほど。
しかし彼の足も動かなければ、彼本体も微動だにしない。
ベッドに寝転がった二人の間に、しんとした静寂が広がっている。
彼は熟睡していた。
雪はそのままの姿勢で、チラリと彼の横顔を盗み見る。
すうすうと、規則正しい健やかな寝息を立てる彼の横顔。
シャワーを浴びた後のまだ少し濡れた髪の合間から、形の良い額が見える。
きっちりした普段の姿とはまた違った、無防備な彼の寝顔。
雪は子供のような彼のその姿を見て、思わず笑みが漏れた。
しかし改めて目にすると、彼は寝顔さえも美しかった。
雪は彼をきゅっと抱きしめると、しみじみと一人こう思う‥。
は~‥かっこいい‥
雪はそのまま彼にくっついて、先輩が目覚めるまで暫しその時を過ごした。
そして暫くしてから彼は目覚め、大学へ行く前にシャワーに入っておいでと雪を浴室へ案内した。
「シャワー終わった?」
そしてシャワーから上がった雪が目にしたのは、フライパン片手にキッチンに立つ先輩の姿だった。
何やら良い匂いが家中に漂っている。
「ご飯食べよう。さ、座って。食べたら大学行こうな」
そして雪はテーブルに並べられた料理の数々に目を丸くし、感嘆の声を上げた。
美味しそうな料理が沢山並んでいる。
雪は早速席についた。
「これ先輩が全部作ったんですか?!キャー!ドラマみたい!」
雪の質問に、彼は首を横に振った。
これらはお手伝いのおばさんが作ったもので、彼自身は料理が苦手なのだと言って。
雪は思わず目が点だ。一人暮らしとは思えぬ広いマンションに、料理を作ってくれるお手伝いさん‥。
改めて彼との世界の違いを思い知らされるが、とりあえず目の前の料理が温かい内に食べることにした。
「いただきまーす!‥おいしっ!先輩も食べて下さい!」
そう言って美味しそうに料理を頬張る雪を見て、淳は嬉しそうに微笑んだ。
もうすっかり身体は回復したみたいだ。
「ちょっとは落ち着いた?」
彼は雪にそう尋ね、微笑んだまま彼女の答えを待った。
雪は暫し彼の目を見ながら黙っていたが、やがて少し下を向きながら頷いた。
けれど心の整理が全てついたかと言われると微妙だった。
雪は小首を傾げながら、まだ出ない結論に対して思う所を口に出す。
「ん‥なんだか私が騒いだことで事を大きくしちゃった気がして‥。
お小遣いのことなんかでカッとしちゃって‥。帰ってまた怒るのも違う気がするし、
どう考えても気まずいですね‥」
今の状況と自分の気持ちをそう口にした雪に対し、淳は彼女を真っ直ぐに見つめながら言葉を返した。
「いや、結果的に良かったんだと思うよ。時々は吐き出さなくちゃ」
え?と聞き返す雪に、彼は「溜め込んで病気になるよりは良いじゃない」と答えた。
「本当ですか?」と続けて問う雪にも、淳は自信たっぷりに頷いて見せる。
そして淳は続けた。まるで言い淀むことなく。
「それに雪ちゃんだけじゃなく君の家族も、
積もっていた感情に向き合う契機になったんじゃないのかな」
真っ直ぐな彼の言葉に、雪は少し俯いて言葉を返す。
「‥そうでしょうか。あれで良かったんでしょうか‥?」
そして下を向いた雪に、淳はハッキリとこう言った。
「そう思えるようにしなくちゃ」と。
彼は続ける。
「ここまでになったのに何も変わらないなら、このまま感情だけ積もったまま終わって、
また同じことを繰り返すと思う。そんなの嫌だろ?」
雪が黙って彼の意見を聞いていると、淳は少し話題を変えた。
「蓮君の方が好きだったお祖母さんが、
どうして突然雪ちゃんの方を優先させるようになったと思う?」
雪は首の後ろに手を当てながら、若干気まずそうに自分の意見を口にする。
「あ‥多分おばあちゃんが嫌がっても、ずっと追いかけてたからですよ。
親戚の家に行くってなると大きな声で泣いて‥行けないように邪魔して‥」
すると淳はピッと指を差しながら、自分が導き出した正解を口に出す。
「それは雪ちゃんが絶えずアピールし続けたからだよ。
始めは公平じゃなかったことなんて、今となっては意味が無いことさ」
鋭利な刃物でスパッと切るように、彼は物事を理路整然と分析して行く。
淳は雪の方を真っ直ぐに見つめ、先輩としてその結論を彼女に教えた。
「愛情はそうやって得るものだよ。黙って我慢するだけが術じゃないんだ。努力の方法は様々だから」
そして淳は澄んだ瞳で、雪に向かってこう言った。
「だから、もう我慢するのは止めにしないと」
淳が導き出した結論を、雪は彼の方を見ながら静かに聞いていた。
黙ってやり過ごしその場を逃れても、事態はきっとまたいつか同じことを繰り返す‥。
色々なことを考えながら、雪は今日の帰宅に向けて考えをまとめて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<淳の家にて(2)>でした。
家政婦さん、料理を仕込んで冷蔵庫に置いてるんですね!あとは温めるだけで食べれる、と。
朝から五品も‥。いいな~先輩(笑)
きっとこの後掃除に来た家政婦さんが、ベッドに落ちた長い髪の毛を見て白目になってることでしょう‥。
淳の台詞「我慢するだけが術じゃないんだ」が、
前々回の雪のモノローグ「私はじっと黙ってやり過ごすという術を身に着けている」
という今までの雪ちゃんを窘めているかのようですね。
そして淳が堂々と語る「愛情の得方」は、
まるで今年に入ってから雪との距離を縮めに猛アプローチした自分を語っているかのようです。
次回は<踊るイタチ>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!