Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

無茶な要求

2015-12-31 01:00:00 | 雪3年4部(賭け~温かな痕跡)
遂に、雪達の勉強会が始まった。

メンバーは雪を筆頭に、海や柳、そして彼らと親しい学生達だ。



すると柳が、空席を見ながらこう言った。

「ん?何だよ、佐藤のヤツまだかよ?」



佐藤広隆がまだ来ていないのだ。

けれど雪や海はそれを気にすることなく、勉強に没頭している。

「そのうち来るでしょ 珍しいけど



佐藤が遅刻するのは珍しいことだった。

けれどそれには、どうしても外せない約束があったからで‥。




ドン!



緊張の面持ちの佐藤の目の前に、サングラスを掛けたままふんぞり返る彼女が居た。

ドドン!



佐藤広隆と河村静香は、大学のカフェにてテーブルを挟んで沈黙している。

「‥‥‥」



これまでに続けられた要領を得ない佐藤の会話を、静香はかいつまんでまとめてみた。

「つまり、あたしと仲直りしたい、ってこと?」



佐藤は眼鏡のつるを指で構いながら、タジタジと頷く。

「う‥うん。俺はね‥」



すると静香は口角を微かに上げながら、とある取引を持ち掛けた。

「それじゃアレ辞めてよ」



「したら仲直りしてあげるから」「え?何を辞めろって?大学?



佐藤は眉を潜めながらその続きを待ったが、静香は顎に手を置きながら頭を捻っている。

「ほらアレよ、あの財務なんとか‥」「財務学会?」

「そう、ソレ!」



「辞めなさいよ」



そう言って静香はニコッと笑った。

佐藤は顔中に汗をかきながら、その無茶な要求に思わず顔が引き攣る。

「え?や‥それは‥」



「あー‥ダメ、ダメ!」



しかし改めて考えた佐藤は、その要求をキッパリと突っぱねた。

「ていうか俺はそんな悪いことしてないのに、どうして熱心に取り組んでる

財務学会を辞めなきゃいけないんだ?しかもアレは就職にも直結して‥」




静香は何も言わない。

そんな彼女に恐れを感じ、佐藤はなんとか譲歩を試みる。

「ご‥ごめん‥じゃあ、他のことは?!他のことなら俺‥」

「嫌なの?」



じっと佐藤の目を見る静香。瞬きもせずに、更に目を見開く。

「嫌なんだ?」



そして静香はすっくと席を立った。

「それじゃ話は終わりね」「えっ?」



「バイバーイ」



口をあんぐりと開ける佐藤を残し、静香は去って行く。

その背中が見えなくなるのを、佐藤は無言のままただ見送っていた。



口に出した和解、差し出された無茶な要求、去って行く彼女ー‥。

「え‥?」



その怒涛の展開に、佐藤の頭はついていかなかった。

佐藤はポカンと口を開けたまま、ただその場で沈黙する‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<無茶な要求>でした。

短めの記事で失礼しました!

いや~あっという間に2015年も終わりですね。

今年もご愛読いただき、本当にありがとうございました

皆様、良いお年を


次回は<鎌>です。

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Jackpot

2015-12-29 01:00:00 | 雪3年4部(賭け~温かな痕跡)
「ん?」



振り返った黒木典が見たのは、糸井直美の後ろ姿だった。

キョロキョロと、辺りを窺うような仕草をしている。

何してんだろ?

 

直美は人目が無いことを確認し、図書館の方へと歩いて行った。

典は彼女に見つからないように、少し離れて直美の後をつけて行く。




図書館の裏で、直美は立ち止まった。

そしてそこに置かれているゴミ箱の前で、自身の鞄をゴソゴソする。



すると直美は、鞄から何かを取り出した。

典が目を凝らして見たところ、それはプリントのようだ。



典は直美に向かって声を掛けようと、一歩踏み出した。

「え?直美さ‥」



その時だった。

ビリッ!ビリッ!



直美は持っていたプリントをビリビリと破くと、そのままゴミ箱に全て捨てた。

そして足早にそこを去ったのだ。



直美の姿が見えなくなるのを確認してから、典はゴミ箱の方へと駆け寄った。

大量のゴミの上に、先ほど直美が捨てたプリントが乗っている。

 

典はその中の一片を取り出し、そこに書かれた文章を読んでみた。

そこには「決定変数」や「生産調整」など、どこかで目にした言葉が並んでいる。



思わず典の片眉が上がった。

「これは‥?」



このプリントにまつわる記憶が脳裏に浮かぶ。

あたし達が蛍光ペンでチェックした過去問じゃない?海が居た時の‥

どうして直美さんが自分のコピーを持ってるの‥?




まず感じたのは、そんな違和感だった。

しかしそのプリントの紙片を見れば見るほど、別の違和感が広がって行く。

「あれ‥?これって‥」

 

典はゴミ箱に手を入れ、別の紙片を何枚か取り出し、その全てに目を通した。

感じた違和感が、だんだんとある確証へと変わって行く。

「やっぱり、直美さんの字じゃない!」



それが違和感の根源だった。

これは、直美さんの字じゃない。

となると、別の人間が持っていた物ということになる。

「え、どういうこと?ありえないんだけど」



紙片をめくる手が、微かに震えていた。

心の中にある直美の姿が、だんだんとぼやけていく。

「そんな人だったの?」



ビリビリに破かれたプリントのように、直美への信頼が千切れて行く。

そして今まさに起こったこの出来事は、雪が仕掛けた勝負の結末だった。

時々ジャックポット‥大当たりが出ることもある。



勿論、それが全ての人に該当するわけじゃない。



同じ頃、河村亮は電話を受けているところだった。

社長吉川は、濁声を響かせながら亮に向かって釘を刺す。

「コンクールの準備は順調か?つーかその賞金って鼻クソ程度なんだってなぁ。

あぁ、冗談だよ。俺ぁお前と一緒に行くことにしたからよ、お前の金には手は出さねぇよ」




私達はいつも



亮の視線の先には、ピアノの鍵盤があった。

昔は夢も希望もその全てがそこにあり、その先に未来が広がっていた。

「お前が一体どうやって金稼げるってんだよ?俺と一緒に行くしかねぇだろ?

ヒッヒッヒッ‥」




無謀な勝負をしたことを後悔する時があり、

挑戦すらせずに未練が残る場合もあるから




低い声が、ビリビリとノイズを鳴らす。

亮は電話を切ると、ただその場で沈黙した。

「‥‥‥‥」



同じくあの人も、あの時は‥




現れたジャックポット。

笑うのは、一体誰?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<Jackpot>でした。

遂に犯人が明らかに‥!

そして直美はなぜ学校で捨てたのか‥。ツメが甘すぎますね


次回は<無茶な要求>です。

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賭け

2015-12-27 01:00:00 | 雪3年4部(賭け~温かな痕跡)


自宅に帰り着いた雪が目にしたのは、

地面に突っ伏した弟の姿だった。



「??」



雪が傍に近付いても、蓮は微動だにしない。そのワケを聞いてみた。

「何してんの?」 「‥‥‥‥」



暫し黙っていた蓮だったが、やがて彼は弱々しい声でこう話し出した。

「姉ちゃん、俺って‥何が取り柄なんだろう‥?」






雪は微かに眉をひそめながら、その続きを待つ。

「俺なりに変わろうって決めたのに、何をすればいいのかサッパリなんだ」



蓮は地面に突っ伏したまま、そこから動けない。

「姉ちゃん、頭良いだろ。ちょっと俺にビシッと言ってくれよ‥」



そして、動く術を知らない。

今回もまた、人に頼って未来への道筋を示してもらおうとしている。



雪は小さく息を吐いた後、蓮に背を向けながら一言言い捨てた。

「アメリカ戻んな」







バタン、とドアの閉まる音で、ようやく蓮は顔を上げた。

頼りにしていた、姉までもが自分から背を向ける。






蓮は頭を抱えながら、いつまでもそこにうずくまっていた。

ここから立ち上がる術も、歩き出す自信も、何もかも手に入れられないまま。


確実な未来なんて分からないから、



私達は無謀な勝負をしたことを後悔する時もあり、

挑戦すらせずに未練が残ることもある。




夜は更けて行き、そしてまた日が昇る。

勉強して、少し寝て、そしてまた雪は大学へと出掛けて行く。

残酷だけど確かな事実は、

その全てが自身の選択であり、その責任は自身にあるということだ





沢山の学生の中で、ヒソヒソと噂を流す声がする。

「教授に話すって?もう話したの?まだなの?」「分かんない」



「学科長、このこと問題にするかな?」「するでしょ」

「えー?しないんじゃない?」

「とにかく犯人が誰か分かったらマジで大変なことになるよ」



私もまた今回、結末の分からない小さな勝負を賭けた。



囁く噂のその声が、どこからともなく聞こえて来る。

「‥‥‥‥」



雪は頬杖を付きながら、ふぅと息を吐いた。

予想通りの結果だな‥



黒木典に教えた”オフレコ”は、あっという間に広まるだろう。

そしてその先に待ち受けているものは‥。

それじゃあずっとこのまま‥私が考えてる人が‥?



雪の仕掛けた、小さな勝負事。

それは賭けみたいなものだ。

危機感を感じた人間が、何か行動をするだろうという賭け。




その行動が明るみに出た時、どうすべきかのマニュアルはない。



柳からのメールには、「勉強会しよーぜ!」と書いてある。

雪は外を眺めながら、ジワジワと物事が進行しているのを感じていた。

勿論、未来を予測することも出来ないので、



確信していたものがおかしな方向へと走り、火の粉が飛び散ったりもするけれど。



季節の移ろいのように、何もかもが変化し続けている。

夏には豊かな青々とした葉が茂っていたあの木も、すっかり寂しくなってしまった。




そして雪が仕掛けた賭けの行方もまた、だんだんと進行して行く。

「まだ知らなかったの?それで雪ちゃんがさぁ‥

あ、これオフレコね?」
「うん‥」



黒木典は”オフレコ”の話を、もう何人目かの友人に話し終えたところだった。

二人は会話を終えると、そのまま手を振り合って別れる。

じゃねー バイバイ







一人になった典が、廊下を歩いていた時だった。

その人の後ろ姿を目にしたのは。




そして物事は、予期せぬ方向へと向かったりする。



ジワジワと、運命の歯車が回り出す‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<賭け>でした。

蓮はいつになったら自分で踏み出すことが出来るんでしょうかね‥。

その背中を押すのは恵な気がするんですが、どうなることやら‥。

そして雪ちゃんの仕掛けた「賭け」によって、容疑者は焦っている様子‥。


次回は<Jackpot>です。


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監視役

2015-12-25 01:00:00 | 雪3年4部(事件勃発~監視役)
橙色の夕日が、聳え立つ高層ビルの窓を燦然と照らしている。



都内某所・Z企業。

国内有数の大企業の一フロアに、一人の青年をじっと見ている男が居た。



視線の先に居るのは、インターン生の一人、青田淳だった。

しかし彼はただの学生ではない。

  

コミュニケーション能力も、皆をまとめるリーダーシップも、地味な仕事もきちんとこなす勤勉さも、

何もかもを兼ね揃えた青年だった。仕事の出来も申し分ない。



男は彼の直属の上司ではなかったが、常に二人は視界に入る距離に居た。

書類を持ち廊下を歩く彼の後ろ姿を、部下と会話しながらも男は視線の端に入れている。







その後男は一人、エレベーターを待っていた。

他に同乗する者は居ない。

 

チン、という音と共に扉が開き、男は中に入った。

するとそれと同時に、音も無く誰かがエレベーターに滑り込む。



振り返った男は、その人物を見て目を見開いた。

「お疲れ様です」







そのまま扉は閉まり、

やがてエレベーターは機械音を鳴らして動き出した。



男は扉の方を向きながら、彼の挨拶に応える。

「あ‥ああ」



そんな男に向かって、彼は微笑みを浮かべた。

彼、とは名門A大学経営学科から来たインターン生であり、Z企業会長の御曹司である、青田淳である。



男はポケットに手を入れると、軽く笑った。

「はは‥」



それは気まずさから来る笑いだ。

男はチラ、と隣の青年を見る。






すると彼もまた、男の方を見ていた。

何を言うでもなく、彼は再び静かに微笑む。



男の胸中は複雑だった。

それにこの気まずい空気もいただけない。

どうして二人きりなんだ‥



男はこの場の雰囲気を紛らわそうと、ゴホンゴホンとわざとらしく咳払いをしたが、

その顔色の悪さはそのままだった。

すると青田淳が、男に向かって口を開く。

「部長」「ん?!」



男、こと淳が勤務する部署の部長は、突然話し掛けられ驚くも、冷静に先を促した。

「何かな?」

「実は‥ずっと部長にお尋ねしたかったことがありまして」



「一つ質問してもよろしいでしょうか?ちょうどバッタリお会いしたことですし‥

「ん?な、何かね?」



突然の申し出に、部長は少し身構えた。

すると青田淳は幾分申し訳無さそうにしながら、こう切り出したのだった。

「お恥ずかしい限りですが‥僕はこの会社で、自分の役割をきちんとこなせているか、

優秀な人材であるかどうか、部長の評価を教えて頂きたいのです」
「ほぉ‥」



予想外の質問。

部長がぽかんとしていると、青田淳は困ったように頭を掻いた。

「どう思ってらっしゃいますか?僕、最近ミスも多いですし‥」「え?!いやいや!」



ようやく事の次第を把握した部長は、青田淳の質問に笑顔で応えた。ポンポン、と肩を叩きながら。

「何の話かと思ったら!いや、良くやってくれてるよ!どうしてそう思うんだい?

こんなにも有能な人材が!」




「君はと~っても良くやってるよ!心配無用!」



部長は大きな声で笑いながら、彼を褒めちぎった。

「正社員よりも仕事が出来る最高のインターン生だからな!HAHAHA!」

「本当ですか?ありがとうございます。光栄です」「ああ!」



しかし部長の笑いは、次の瞬間彼が発した言葉で宙に浮くことになる。

「それではこれ以上父に報告されることも無いですね」 「何?」








ウイン、とエレベーターが上がって行く音が、二人の間に機械的に響いた。

青田淳は頭を掻きながら、扉の方を向いて言葉を続ける。

「部長に‥頻繁に見られている気がしたので、僕、何か大きなミスでもしたのかと思いまして」



そう言って、彼は再び部長の方を向いた。

父親が配置した、自身の監視役の方を。



印象的な表情。

微笑んでいるようで、警戒しているようで、それでいて威圧的な‥。

部長は自身に背を向けて立つ彼の後ろ姿を見ながらも、その表情が脳裏にこびり付いて剥がれない。

「本当に良かったです」



青田淳はそう言うと、部長の一歩前の位置に立ち、そのまま沈黙の中へと入った。

部長もまた何も言えぬまま、二人の間にエレベーターの機械音だけが響く。







あ‥と小さな声を出すものの、その先を続けるにはまだ彼が言わんとしていることが定かでは無かった。

すると青田淳は真っ直ぐに前を向いたまま、その意図するところを続けたのだった。

「あの‥度々注目されると、緊張してしまいます。

第三者から見たら、僕の直属の上司は部長なのかと思われてしまいますよ。

ですから、大きなミスをしそうで心配になるんです。そしたらそれも報告されるわけですよね」




「どうすればいいのか‥」



彼はそう言って、再び困ったように頭を掻いた。

部長はその彼の隣で、一人愕然とする。

「‥‥‥‥」



自分が監視役であること、ミスやおかしな所作があれば報告すること、

会長と交わした約束事のその全てを、青田淳は見透かしていた。

遠慮がちな言葉の裏にあるその確かな拒絶が、この沈黙の中に沈み込む‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<監視役>でした。

皆様、メリークリスマス!

もう今年も残り少なくなって来ましたね‥。しんみり。


さて今回は久々の淳登場でしたね。

どこまで行っても監視されることに、相当辟易している様子が見受けられます、先輩‥。

親の敷いたレールの上にいる以上、仕方のないことなのかもしれませんが‥。


次回は<賭け>です。


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2015-12-23 01:00:00 | 雪3年4部(事件勃発~監視役)
昼食時のファストフード店で、聡美はハンバーガーを咀嚼していた。



‥その姿が少しも美味しそうに見えないのは、目の前に太一が居るからである。

逃げらんなかった‥

「美味くないんスか?俺ダイエットしてるから一個だけにしときマス



いつまでも減らないハンバーガー。

喉を通らないのは、心の中が悶々とした気持ちでいっぱいだからだ。

雪、調べとくって言ってたけど、

まだ答え聞いてないんだよね‥




果たして萌菜と太一は、本当に付き合っているのか‥?

その答えを知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが、ずっとぐるぐると回っている。

太一はむっつりと黙り込む聡美を気遣って、明るくこう提案した。

「食べ終わったら、久々に映画でも行きましょうヨ。

聡美さんが見たがってた映画、この間封切りしたとこですし!空講時間に合わせて席も予約しまシタ!」


「うん‥」



太一はいつも通りだ。

大きな口を開けてハンバーガーにかぶりつく。



それを見つめる聡美の胸中は複雑だ。

何のことはない彼の一つ一つの仕草が、特別なものに見えてしょうがなかった。



「イテッ」



唇を手で拭っていた太一が、不意に顔を顰めた。

見て見て、と言いながら聡美の方へ身を乗り出す。

「あ~あ、聡美さん、俺唇切れまくりデス。最近スゲー乾燥してマスよね」

「ん‥まぁリップ塗らなきゃそうなるよ。バカだね‥」



聡美は力なくそう言うと、再び黙りこんでハンバーガーを口に運んだ。

太一は「ふーん‥」と声を出しながら、そんな聡美のことを見つめている。







太一の心の中で、言葉が生まれた。

その言葉を口に出そうと、太一は聡美の名前を口に出す‥。

「聡美さ‥」 RRRRRRRRRR



すると同時に、太一の携帯が着信音を響かせた。

電話を取る太一。

「あ!萌菜さん?」



”萌菜”の名を聞いて、聡美の目が大きく見開かれた。

今太一は、彼の彼女と通話しているのだー‥。

「はい!そうっス。それ良かったスよ。

はい、良いと思いまス。え?」




すると太一は、聡美の方へと視線を流す。

「今からスか?」



その内容から、何か用事が入ったことは明白だった。

そして通話先の萌菜の声は大きく、その詳細までもが聞こえてくる。

「あー‥今からはちょっと‥」

「お願いだから追加撮影来てよ~太一!頼むよ、マジで急いでてさぁ‥」

「それが‥約束があって‥」「大丈夫」



聡美は何を考えるより早く、そう口にしていた。

「そっち行きなよ。急な仕事なんでしょ」「あ‥」



「いいんスか?席も予約してあるのに‥」

「うん、映画はいつでも観れるんだし」「でも‥」



言葉を続けようとする太一。

すると聡美は下を向きながら、寂しそうにこう口にした。

「ただ‥あたしって、今まで自分本位に生きて来たなぁって思って‥」



太一はその意味が分からず、頭の上にハテナが浮かんだ。

聡美は笑顔を浮かべながら、「行きなよ」と口にする。



おそらくこれが一番正しいと、聡美は自身に言い聞かせた。

太一の幸せを考えれば、自ずと答えは見えてくる。

雪に聞く必要も無いね‥



自分本位な自身より、きっと萌菜は太一に似合う。

聡美は太一の幸せな未来を、そっと祈って席を立った。




「ちょっと待って。リップ」



聡美は太一を呼び止めると、

自身のポーチからリップクリームを取り出す。



そしてそのキャップを外し、太一の唇に塗ってやった。

「バイトばっかになっちゃダメだよ。他のことも色々考えるんだよ?」



年上の友人らしく、聡美はそう諭しながらそれを塗り終えた。

すると太一の唇が、ピンクに色づいているのに気がつく。

「げっ!」



「色付きだった?!ごめん!」



予想外の出来事に慌てた聡美は、すぐにティッシュで太一の唇を拭った。

すると太一は聡美の持つリップに、その大きな手を伸ばす。

「貸して」



「こういうのは聡美さんにしなきゃ」



聡美の顎が、沿えられた太一の左手で上を向いた。

唇が、桃色に色づいていく。

「ほら」



「かわいい」










今にも、泣き出してしまいそうだった。

切ない想いが胸を塞ぐ。

感情は現実に置いてけぼりのまま、時間はどんどん流れて行く。

「それじゃ行きますネ。後で皆一緒に夕メシでも行きまショ」



「最近雪さんも聡美さんも元気なさげだし、

俺のバイト代入ったらパーッとやりまショ。ね!」




「それじゃ!」



手を振って、去って行く太一。

聡美は一言も返すことが出来ないまま、ただその場に突っ立っていた。



色づいた唇。

溢れた感情。



その全てが、

もう遅いよと自身に教える。





「あああ‥」



聡美は両手で顔を覆いながら、その場にへたり込んだ。

「どうしよう‥どうしよう」



次から次から、後悔の波が押し寄せる。

「あたし‥」



「なんてバカなの‥」



桃色に色づいたこの唇のように、空が橙に染まって行く。

けれどそれはあっという間に、深い群青へと変わって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<唇>でした。

聡美‥。切ないですね

そして出ました太一の「あごクイ」!



さすがチートラ1良い男と囁かれる太一‥。恐ろしい子‥!!(久々)

次回は<監視役>です。

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