雪から淳への初めての告白。
その一言から、二人の間の空気が幾分変わった。
淳は徐ろにソファから立ち上がると、「少し詰めて」と言って雪の隣に座る。

こんな真剣な話し合いの最中に、急に仲直りしたかのように振る舞う彼に雪は戸惑った。
しかも彼は隣に座っても何を話し出すでもなく、ただ頬杖をつきながら沈黙している。

雪は暫し彼が口を開くのを待ったが、やはり彼が何も言い出さないので、一つ息を吐いた後自分から口を開いた。
「私が言ったことは合ってるでしょう?
私を嫌ってたこと、色々上手く行かなければ良いって思ってたこと」

その雪の言葉に、淳は姿勢を変えぬまま口だけ動かした。
「‥ああ」

雪はハァッと大きく息を吐いた。ようやく彼が過去への言及に応じたのだ。
淳は雪の方を見ないまま、続けてこう言った。
「だけど今は違うよ」

「それは信じて欲しい‥」

その彼の答えを聞いて、雪は思った。
いや‥それについては前にも何回か話し合ったよな‥。

またどこか論点がズレ始めたような気がする‥雪がそんなことを考えていると、
続けて淳が口を開いた。
「俺は、簡単に誰かが好きだとか嫌いだとかを口にしたりはしないけど、
人間である以上、当然そんなこともある」

淳は頬杖をついたまま、遠い目をして自分の心情を語り出した。
何かを諦めたような、どこか疲れたような話し方で。
「去年散々つきまとわれた平井も、俺を責め立てた横山も、
俺に何でも要求してくる学科生達も嫌いだった」

長い前髪の間から覗く彼の瞳は、ひどく冷めていてどこか暗かった。
長い間ずっと晒されてきたその疲弊が、彼の瞳に陰鬱な影を落とす。
「皆何が目的で俺に近寄って来てるか分かるから、それに見合った対価を与えるんだ。
俺のその考え方は、間違ってないと思う」

それは彼が幼い頃から、ずっと彼の周りにあったものだった。
ニコニコと近寄って来る人達の瞳の中に透けて見えるもの。
打算、計算、見返り、下心‥。

それが自分の周りにある、世界の全てだった。
今彼が口にしたその答えは、自身が奪われていく世界の中で、自ずと彼が身につけた処世術だった‥。

以前も耳にしたことのある彼のその考え。
けれど雪にはその考え方が、どうにも理解出来なかった。共感も出来ない。
単純に上から目線の嫌味に思える。

イライラしながら彼を見ていた雪の方を、不意に淳は振り向いた。
去年散々目にした、あの瞳で。

そして淳は続けて、昨年雪に対して抱いていた気持ちを口に出した。
「無理して俺に挨拶する雪ちゃんも、他の子達と同じに見えた。
もしかしたら彼らよりさらにウザかったと言えば、ウザかったかもしれない」

雪は覚悟はしていたものの、自分への悪口を実際目の前で聞くと腹が立った。
ブルブルと震えながら、ムカムカと湧いてくる怒りを感じる。

雪は皮肉を込めながら、少し意地悪な気持ちであの頃の彼への感情を話し出した。
「そりゃ~もちろんそういう下心が無かったとは言いませんよ。人気がある先輩と良い関係を築けば、
正直言って得ですからね。けど打算の元にタカってやろうとか、そんな気持ちがあったワケじゃないです」

雪のその言葉に、淳は薄く微笑みながら「分かってるよ」と答えた。
雪は去年彼に対して取った態度の弁解を、ポンポンとテンポ良く話す。
「先輩が目に見えて私のこと嫌ってるのに、それでも挨拶してたのには訳があって‥。
”いつかまたイメージが良くなるだろう” ”それでお互い気持ちよくまた大学に通えるだろう”って思ってたんです。
そうしてたらその内、私が挨拶すること自体嫌そうに見えるから、あれこれしてもダメなら、嫌な気持ちにしてやる!って‥」

半ばヤケクソの気持ちだったと、そう口にした雪を見て、
淳は笑って言った。
「もう分かってるよ」

そして淳は続けた。
「雪ちゃんは、いつも俺からの助けを拒むよね。
今回のことも証拠を集め終えたら、君一人で横山と対決しようとしただろう?」

その声には、少し寂しさが滲んでいた。
雪は何も言わぬまま、じっと彼の方を見ている。

そして淳は再び前を向いて、再び暗い影を瞳に宿した。
視線の先にあるのは、去年の自分と雪の姿‥。
「あの頃の俺は‥君から、異常な程影響を受けてると思った。そしてそれは、実際その通りだった‥」


「目つきや声、一つ一つの仕草全てが、いちいち気に障った。他に嫌ってた奴らよりもずっと。
明らかに俺に対する言葉や行動じゃない時でさえも」

ゆるりと、心の扉が開いて行く。
僅かに開いたその隙間から、閉じ込めていた気持ちが零れ出る。
「もしかしたら俺は、君のことが怖かったのかもしれない。
最終的には俺のことを、侵害するのかと思って‥」


扉の中で、幼い彼が頭を抱えて座っている。
自身を侵害され奪われゆくその恐怖に耐えながら、彼は必死に自分を守ろうとしている。
淳は続けた。
その恐怖に耐えるように、掠れた声で、頭を抱えて。
「俺はそれが‥すごく嫌だ。本当にすごく‥嫌なんだ‥」


雪は、初めてこの少年をハッキリ目にした気がした。
普段の彼からは想像もつかないような、何かに怯えたような、その少年を‥。
そして淳は俯いたまま、今の心情を言葉にして紡ぐ。
「それで今は‥君が俺から離れて行くんじゃないかって‥
それで俺はずっと、これ以上話すのが怖かったんだ」

消え入りそうな声でそう口にした淳を、雪は静かにただ見つめていた。
淳は俯いたまま、「雪ちゃん」と彼女の名を口にする。

そして淳は、ゆっくりと顔を上げた。
少し細めたようなその瞳は微かに潤んでいて、目の前の彼女がそこに映る。

淳は雪の方を真っ直ぐに見つめながら、柔らかな声でこう言った。
「好きだと言ってくれて、ありがとう」

そして彼女の両肩に優しく手を置くと、自分の気持ちを口にする。
「俺も君が好きだ」

そして甘えるように、雪の肩に頭を乗せた。
彼女への気持ちが、次から次へと溢れ出る。
「本当にすごく‥好きだ」

そして淳は、彼女の肩から頭を上げた拍子に、その唇にキスをした。
雪は目を丸くしながら、不意打ちのそれを受ける。

二人の前髪が触れ合うその距離のまま、淳は再び告白した。
赤面する雪が、慌てて彼を止めようとする。
「好きだ」 「あの‥ちょっ‥」

けれど淳は止まらなかった。
彼女に触れたい、その気持ちが、彼を本能的に動かして行く。
淳は雪の両腕に手を置いて、もう一度彼女に口づけた。

今までとは違う、彼と深く繋がるキス‥。

やがて淳は唇を離した。
雪はまだ今の状況に頭がついていかないまま、目を見開いて当惑する。
「あ」

すると淳は、彼女の袖に触れて、小さく声を出した。
雪の手首を掴みながら、ゆっくりとその袖を下に下げる。
「何するんですかもう!この人は‥!」
「ねぇ、服に何かついてるよ」

その淳の言葉に、雪は思考が止まるのを感じた。
彼の瞳をじっと見る。

そんな雪を見つめ返す淳の瞳。
真っ直ぐに、彼女の姿を映している。

雪は彼から目を逸らせないまま、彼の言った言葉を頭の中で反芻していた。
その瞳の奥に、彼の気持ちが透けて見える。彼の大きな手が、雪の手首をぎゅっと握る‥。

雪は一言、淳に向かって「分かってます」と言った。
先ほど零したコーヒーの染みが、彼の体温を彼女に移して熱くなって行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<直面(3)ー触れたいー>でした。
雪が好きだと言ってくれたことで、淳がようやく心の扉を少し開けてくれましたね‥!
「すごく嫌だ」と、頭を抱えるシーンが印象的でした。。
そして!四十九話ぶり、一年二ヶ月ぶりの、キスシーン‥!(デコチューは除く)
読者にしたら長いおあづけでしたよ本当‥今までよく耐えた‥!我ら‥!笑
次回は‥話の流れ上、めっちゃ短くなります。申し訳ないです‥!
<待ちぼうけ>です。
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その一言から、二人の間の空気が幾分変わった。
淳は徐ろにソファから立ち上がると、「少し詰めて」と言って雪の隣に座る。

こんな真剣な話し合いの最中に、急に仲直りしたかのように振る舞う彼に雪は戸惑った。
しかも彼は隣に座っても何を話し出すでもなく、ただ頬杖をつきながら沈黙している。

雪は暫し彼が口を開くのを待ったが、やはり彼が何も言い出さないので、一つ息を吐いた後自分から口を開いた。
「私が言ったことは合ってるでしょう?
私を嫌ってたこと、色々上手く行かなければ良いって思ってたこと」


その雪の言葉に、淳は姿勢を変えぬまま口だけ動かした。
「‥ああ」

雪はハァッと大きく息を吐いた。ようやく彼が過去への言及に応じたのだ。
淳は雪の方を見ないまま、続けてこう言った。
「だけど今は違うよ」

「それは信じて欲しい‥」

その彼の答えを聞いて、雪は思った。
いや‥それについては前にも何回か話し合ったよな‥。

またどこか論点がズレ始めたような気がする‥雪がそんなことを考えていると、
続けて淳が口を開いた。
「俺は、簡単に誰かが好きだとか嫌いだとかを口にしたりはしないけど、
人間である以上、当然そんなこともある」


淳は頬杖をついたまま、遠い目をして自分の心情を語り出した。
何かを諦めたような、どこか疲れたような話し方で。
「去年散々つきまとわれた平井も、俺を責め立てた横山も、
俺に何でも要求してくる学科生達も嫌いだった」

長い前髪の間から覗く彼の瞳は、ひどく冷めていてどこか暗かった。
長い間ずっと晒されてきたその疲弊が、彼の瞳に陰鬱な影を落とす。
「皆何が目的で俺に近寄って来てるか分かるから、それに見合った対価を与えるんだ。
俺のその考え方は、間違ってないと思う」

それは彼が幼い頃から、ずっと彼の周りにあったものだった。
ニコニコと近寄って来る人達の瞳の中に透けて見えるもの。
打算、計算、見返り、下心‥。

それが自分の周りにある、世界の全てだった。
今彼が口にしたその答えは、自身が奪われていく世界の中で、自ずと彼が身につけた処世術だった‥。

以前も耳にしたことのある彼のその考え。
けれど雪にはその考え方が、どうにも理解出来なかった。共感も出来ない。
単純に上から目線の嫌味に思える。

イライラしながら彼を見ていた雪の方を、不意に淳は振り向いた。
去年散々目にした、あの瞳で。

そして淳は続けて、昨年雪に対して抱いていた気持ちを口に出した。
「無理して俺に挨拶する雪ちゃんも、他の子達と同じに見えた。
もしかしたら彼らよりさらにウザかったと言えば、ウザかったかもしれない」

雪は覚悟はしていたものの、自分への悪口を実際目の前で聞くと腹が立った。
ブルブルと震えながら、ムカムカと湧いてくる怒りを感じる。

雪は皮肉を込めながら、少し意地悪な気持ちであの頃の彼への感情を話し出した。
「そりゃ~もちろんそういう下心が無かったとは言いませんよ。人気がある先輩と良い関係を築けば、
正直言って得ですからね。けど打算の元にタカってやろうとか、そんな気持ちがあったワケじゃないです」

雪のその言葉に、淳は薄く微笑みながら「分かってるよ」と答えた。
雪は去年彼に対して取った態度の弁解を、ポンポンとテンポ良く話す。
「先輩が目に見えて私のこと嫌ってるのに、それでも挨拶してたのには訳があって‥。
”いつかまたイメージが良くなるだろう” ”それでお互い気持ちよくまた大学に通えるだろう”って思ってたんです。
そうしてたらその内、私が挨拶すること自体嫌そうに見えるから、あれこれしてもダメなら、嫌な気持ちにしてやる!って‥」

半ばヤケクソの気持ちだったと、そう口にした雪を見て、
淳は笑って言った。
「もう分かってるよ」

そして淳は続けた。
「雪ちゃんは、いつも俺からの助けを拒むよね。
今回のことも証拠を集め終えたら、君一人で横山と対決しようとしただろう?」

その声には、少し寂しさが滲んでいた。
雪は何も言わぬまま、じっと彼の方を見ている。

そして淳は再び前を向いて、再び暗い影を瞳に宿した。
視線の先にあるのは、去年の自分と雪の姿‥。
「あの頃の俺は‥君から、異常な程影響を受けてると思った。そしてそれは、実際その通りだった‥」


「目つきや声、一つ一つの仕草全てが、いちいち気に障った。他に嫌ってた奴らよりもずっと。
明らかに俺に対する言葉や行動じゃない時でさえも」

ゆるりと、心の扉が開いて行く。
僅かに開いたその隙間から、閉じ込めていた気持ちが零れ出る。
「もしかしたら俺は、君のことが怖かったのかもしれない。
最終的には俺のことを、侵害するのかと思って‥」


扉の中で、幼い彼が頭を抱えて座っている。
自身を侵害され奪われゆくその恐怖に耐えながら、彼は必死に自分を守ろうとしている。
淳は続けた。
その恐怖に耐えるように、掠れた声で、頭を抱えて。
「俺はそれが‥すごく嫌だ。本当にすごく‥嫌なんだ‥」


雪は、初めてこの少年をハッキリ目にした気がした。
普段の彼からは想像もつかないような、何かに怯えたような、その少年を‥。
そして淳は俯いたまま、今の心情を言葉にして紡ぐ。
「それで今は‥君が俺から離れて行くんじゃないかって‥
それで俺はずっと、これ以上話すのが怖かったんだ」

消え入りそうな声でそう口にした淳を、雪は静かにただ見つめていた。
淳は俯いたまま、「雪ちゃん」と彼女の名を口にする。

そして淳は、ゆっくりと顔を上げた。
少し細めたようなその瞳は微かに潤んでいて、目の前の彼女がそこに映る。

淳は雪の方を真っ直ぐに見つめながら、柔らかな声でこう言った。
「好きだと言ってくれて、ありがとう」

そして彼女の両肩に優しく手を置くと、自分の気持ちを口にする。
「俺も君が好きだ」

そして甘えるように、雪の肩に頭を乗せた。
彼女への気持ちが、次から次へと溢れ出る。
「本当にすごく‥好きだ」

そして淳は、彼女の肩から頭を上げた拍子に、その唇にキスをした。
雪は目を丸くしながら、不意打ちのそれを受ける。

二人の前髪が触れ合うその距離のまま、淳は再び告白した。
赤面する雪が、慌てて彼を止めようとする。
「好きだ」 「あの‥ちょっ‥」

けれど淳は止まらなかった。
彼女に触れたい、その気持ちが、彼を本能的に動かして行く。
淳は雪の両腕に手を置いて、もう一度彼女に口づけた。

今までとは違う、彼と深く繋がるキス‥。

やがて淳は唇を離した。
雪はまだ今の状況に頭がついていかないまま、目を見開いて当惑する。
「あ」

すると淳は、彼女の袖に触れて、小さく声を出した。
雪の手首を掴みながら、ゆっくりとその袖を下に下げる。
「何するんですかもう!この人は‥!」
「ねぇ、服に何かついてるよ」

その淳の言葉に、雪は思考が止まるのを感じた。
彼の瞳をじっと見る。

そんな雪を見つめ返す淳の瞳。
真っ直ぐに、彼女の姿を映している。

雪は彼から目を逸らせないまま、彼の言った言葉を頭の中で反芻していた。
その瞳の奥に、彼の気持ちが透けて見える。彼の大きな手が、雪の手首をぎゅっと握る‥。

雪は一言、淳に向かって「分かってます」と言った。
先ほど零したコーヒーの染みが、彼の体温を彼女に移して熱くなって行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<直面(3)ー触れたいー>でした。
雪が好きだと言ってくれたことで、淳がようやく心の扉を少し開けてくれましたね‥!
「すごく嫌だ」と、頭を抱えるシーンが印象的でした。。
そして!四十九話ぶり、一年二ヶ月ぶりの、キスシーン‥!(デコチューは除く)
読者にしたら長いおあづけでしたよ本当‥今までよく耐えた‥!我ら‥!笑
次回は‥話の流れ上、めっちゃ短くなります。申し訳ないです‥!
<待ちぼうけ>です。
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