雪は肩を上下させながら、呼び止めた亮に向かって問いかけた。
「河村氏‥本当に行っちゃうんですか?」
「嘘ついてどーすんだよ」
「そんじゃな」
そう言ってこの場から去ろうとする亮。
咄嗟に雪は声を出す。
「あの!それじゃ‥」
「そこまで」
突然ピッと、亮は線を引いた。
逆光と目深に被ったキャップのせいで、その表情は窺えない。
二人の間に空いた距離は、たった数メートルだった。
けれどまるでその間に大きな隔たりがあるかのように、雪はその場から動けない。
「そこまでだ」
繰り返されるストップ。
雪は目を見開いたまま、その真意を喉の奥で汲む。
亮は荷物を背負い直しながら、真っ直ぐにこう聞いた。
「オレのことが憎いだろ?」
ぶつけられたストレートなその問いは、雪の心に重たく響く。
結局受け止められずに、雪は彼から目を逸らした。
「‥‥‥‥」
亮は少し俯きながら、雪を呼び出したあの時のことを話し始める。
「あの日、確かにオレはお前を呼び出したけど‥
お前らを別れさせようとわざとそうしたわけじゃねぇんだ。
オレの高校時代の話のせいで、お前も沢山苦しんだだろ。
真実はこうだったんだって、ここを離れる前にお前に見せてやりたかっただけで」
「分かってます。心配してくれたんだなって‥。ただ私は‥」
雪は依然として目を逸らしながらそう答えた。
亮は真っ直ぐに雪を見つめながら、飾りのない言葉を投げ掛ける。
「淳は淳だ。アイツは変わんねぇ」
「これからどうして行くのか、全てはお前の選択次第だよ」
目を逸らしても、考えないようにしても、真実は依然としてそこに在る。
そのことを指し示す亮の言葉が、雪の心を真っ直ぐに弾いた。
「分かってます‥」
亮はフンと息を吐くと、急にこんな話を始める。
「つーかよ!マジ最後の質問すんぞ!正直に答えろよ?!」
「どう見ても淳よりオレのがイケメンだろ?マジでリアルに答えろ!」
「‥‥‥」
亮はそう言ってイケメンポーズをキメた。
突然のその話題に、雪はポカンと口を開ける。
「どーだ?そーだろ?」
それはいつもの亮だった。自信満々で、少し図々しくて。
思わず雪は笑顔になる。
「はい!イケメンです!」
亮は雪のその顔を見て、穏やかに微笑んだ。
雪の笑顔、それこそが、亮が一番大切にしていたものだった。
宝物をそっと仕舞うように、亮は雪から目を外す。
そして呟くように、自分自身に言い聞かせるように亮はこう言った。
「確かに全てに嫌気が差したこともあったよ。
けどよ、今度こそ逃げるわけじゃねーんだ」
もうどこへ行ったって、きっとちゃんと生きて行ける。
喜びにも似たその気持ちが、今亮の胸を満たしていた。
「つーわけでイケメン河村氏はマジでもう行くぜ!」
「元気でな」
そう言って亮は歩き出した。
堪らず雪は声を掛ける。
「河村氏!どこへ行ったとしても、きっと上手くやっていけますから!」
「当然だろ」
片手を上げてそれに応える亮。
彼は振り返ることなく、最後にこう打ち明けた。
「ダメージ、凛として生きろよ」
「お前に出会えて良かった」
遠ざかる背中と共に、記憶は急速に遡って行く。
初めて彼と出会った、数ヶ月前の春の日に。
「あ」
突然現れた、河村亮という男。
なぜ雪の前に現れたのか、その素性もその真意も何もかも分からなかった。
けれど運命の糸は、意図せずして二人の関係を紡ぎ出す。
「お陰様でおもしれーモン見せてもらったぜ」
「お前は他の奴とは違う何かを秘めてると思ってたのに‥ガッカリだな」
思えば、第一印象も次に会った時の印象も最悪だった。
落とした携帯を取りに行った時だって、一筋縄では行かなくて。
「おーっと」
何度も飯を奢れと食い下がられて。
「だからって本当に訪ねてくる人がどこにいます?!」
「ここにいますけど。何か?」
夏休み、塾で思わぬ再会を果たした。
彼はいつだって、煮詰まった雪の悩みに簡単に答えを出す。
「お前はオレに向かって生意気な口利くし大胆不敵だし、随分と骨のある女だなと思ってたけど、
実は自分の意見もロクに言えない、自分で自分のメシも用意出来ねぇような小娘だったとはな」
そして次第に、知ることになった。
彼が歩んで来た道を。
「お前、Impromptuって知ってるか?」
彼の明るさを。
彼と居る時、素直で居られる自分自身を。
「これ!受け取っ‥」「あーもーうっせーな‥」
ガッ!
「くぅ〜!オレの鼻がぁぁ!」
そしていつも、助けてくれた。
道に迷いそうな時、そこに居てくれた。
「お前何してんの?」
「河村氏‥」
どれだけ心強かっただろう。
本当はとても脆いものを、胸の中に秘めていたけれど。
「わ!本当にエプロンしてる!似合ってるし!」「ユニホームは必須だろ?」
途切れなかった、彼との縁。
次第に見せる、色々な顔。
限り在る関わりの中で彼はいつも、傍で見守ってくれていた。
踏み込むでもなく、見放すでもなく。
彼の奏でる少しぎこちない旋律が、心の襞を震わせる。
「一緒に勉強しても‥構わねぇかな」
あの時鮮明に見えた彼の気持ち。
今雪ははっきりと思う。
彼に出会えてよかった、と。
「私もです」
雪がそう言葉を返す。
けれどもう、そこに亮の姿は無かった。
俯くと気持ちが零れそうで、空を仰いだ。
そこにはまん丸い満月が、彼の旅立ちを照らしていた。
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<河村亮>でした。
遂にこの時が‥うぐっ‥来て‥うぐっ‥しまいましたね‥
亮さんが行ってしまった‥ああ〜〜〜(言葉にならない)
回想シーンが一段としんみりさせてくれました。
そして最後の空に満月が浮かんでいる描写が感慨深い。
今まで亮さんが見上げて来た空って、曇っていて星も月もないものばかりだったじゃないですか。
それが最後にまん丸い月が出ていて‥これから彼の歩む道が明るいものであることを暗示しているようで、
ジーンとしました
けど‥
せめて雪に思いを伝えてほしかったなぁ‥ピアノでの晴れ姿見たかったなぁ‥
なんだかしばらく亮さんロスになりそうです‥はぁ〜‥
次回は<穴>です。
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