Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪>その生い立ち

2013-07-08 01:00:00 | 雪と淳の生い立ち
赤山雪、23歳。



A大学経営学科の2年学年首席、並びに全体次席。

家族構成は父、母、弟。父親は事業を営んでおり、母親は料理が得意。3つ下の弟、赤山蓮はただ今アメリカに留学中だ。

彼女はとても真面目な子で、頭も良くて気立ても良い。

両親に迷惑を掛けないようにと、大学の学費も塾の費用も、全て自分で賄おうと勉学とアルバイトに励んでいる。


(夏休みはカフェや家庭教師のバイトを頑張りました)

しかしいつも疲れて見えるその横顔は、ただ多忙だからというだけではないようだ。

なぜそこまで頑張るのだろうか?何の為に努力しているのだろうか?

彼女の生い立ち。それを少し追っていこうと思う。


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雪の大学以前の記述は、実は淳のそれより圧倒的に少ない。

しかし所々、首を傾げたくなるエピソードが彼女の過去にはある。

例えば幼少時の、雪の部屋。



あるものと言えば本棚にぎっしり詰まった書籍。

しかし弟、蓮の部屋はどうだろう。



おもちゃにテレビにゲーム機と、雪の部屋とはあまりにも違っている。

幼馴染の小西恵は毎日のように雪の家に遊びに来たが、いつもおもちゃを持ってくるのは恵だった。



雪はそれでも文句の一つも言わず、ただ笑顔を見せていた。





そして特記すべき事実の一つに、彼女の祖母が持つ、男尊女卑思考があった。



お菓子を出すときも弟にまず沢山与え、雪には催促されるまで何も出さなかったり、

弟と恵が喧嘩した時も、話も聞かずにまず雪を責めた。



弟が泣かされているのに、姉のお前は何をやっているのかと。


しかし彼女はそんな祖母にいつも笑顔を見せた。おばあちゃんが世界で一番好きなんだと言って。



しかし祖母が他界すると、その反動のように心を閉じた。



祖母が死に際に伸ばしてきたその手を、反射的に振り払ってしまったトラウマ。

それが今も雪を縛る。



泣きたくなるといつも、頭の中で祖母の声がする。

”泣くんじゃない 悪い子め”と。



あれから雪はその小さな背中に、全てを背負うことを決めた。

まるで自分が犯した罪を、一生かけて償うかのように‥。











高校生の時は、全校一位の成績を引き下げて学校に通った。




テスト期間になると徹夜に近い程勉強をした。そうして勝ち取った順位だった。

しかし、始めは雪を褒めていた両親も、一位が当たり前になると90点でも彼女を叱責するようになった。




彼女に比べると努力の劣る弟は、奨学金についても言及されることもなく、かといって冷遇されるわけでもなかった。

弟はその憎めない人柄と要領の良さで両親からの愛情を得て、



彼女の電子辞書(おそらく彼女が自分で買ったものであろう)を留学に行くからと持って行った。



しかし雪は、父親から「女の子は高い学費を出してまで大学に通う必要はない」と言われ、

奨学金を貰うため努力するしか無かった。



祖母から引き継いだ思考を持った父親に、彼女はいつまでたっても認めてもらえない。

ポッカリと大きく空いた穴を、いつも胸に抱いていた。










頑張っても頑張っても、得られない愛情。

努力しても努力しても、与えられない評価。








雪が自身を追い詰める理由は、その飢餓感にあるのかもしれない。

どうやったらこの飢餓感が埋められるだろう?どうしたらもっともらえるのだろう?



そうした精神の窮乏は、他人の目を気にする核(コア)を作る。

人の感情に敏感になり、その小さな変化や振る舞いを観察する性質へと。




しかしそうした性格はどうしても疲れるもので、ガヤガヤと群衆に囲まれる時、友人と談笑している時、

世界の狭間に落っこちたように沈むことがある。






そしてその疲労感は、人と真正面から向き合う時、ある結論を導き出す。













諦める、という結論。




それは心をぶつけない、という傷つくことへの回避手段でもある。





ぶつけてそれを自己治癒出来るほど、愛情に満ちて育ってきたわけじゃない。

ぶつけてそれに満足出来るほど、自分を表現出来る機会に恵まれてきたわけでもない。




それは彼女が幼い頃から必死に創り出して来た、自分を守る処世術なのだ。






これが、赤山雪という人間のコアだった。




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<雪>その生い立ち でした。



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父の相談

2013-07-04 02:00:00 | 雪と淳の生い立ち
長らく目を閉じていた彼が瞼を開けると、そこには神妙な顔をした河村教授がこちらを見つめて沈黙していた。

河村教授は暫し彼のことをじっと見つめ続けていたが、フッと肩の力を抜くとこう言った。

「被害者意識のせいだね」



「え?」と彼は聞き返した。

今河村教授の口にした言葉の意味が、先ほど話した息子の話とどう繋がるのか見当もつかなかったからだ。

しかし河村教授は訂正することなく、そのまま言葉を続ける。

「君の息子は、極度な被害者意識でそのような行動を見せるんだろう。

周りがあまりにも彼に干渉するから、逆に自身が周辺を操作して変えようとするんだろうね」




被害者意識? と彼はその単語を口に出した。それは自身が息子に対して思っていたものとはかけ離れ、

そのチグハグなイメージが彼の頭を混乱させる。

「一種の妄想だよ。皆自分のことを奪っていくと勘違いするんだ」



しかし、と彼は河村教授に向かって発言した。

息子は裕福な家庭で何不自由なく育ってきたのに、なぜあのように欲を抱くのか分からないと。

「本当にそう思っているのかね?」



そんな彼に向かって、河村教授は更に神妙な表情でそう問うた。

彼は真剣な表情で頷く。彼には根拠があったのだ。

彼の息子は優秀で器量も良く、家でも学校でも問題を起こしたことさえない。

彼の息子を知る誰もが彼を可愛がったし、愛されています、と。

しかし河村教授は彼の話を聞いても、何も動じなかった。むしろ身を乗り出して、問い詰めるように言葉を続ける。

「”うちの子は何一つ不自由なく育ち問題もない、愛されている” どこの親もこう言うよ。

皆が君の息子を可愛がったって?皆とは一体誰だね?」




それは金を貰って彼の世話をする家政婦か?

お抱えの運転手? 

幼い頃彼の面倒を見たベビーシッター?

それとも君と契約をしに来た事業者で、君の息子に優しくしてくれた中の誰か?

君の家と親交を深めようとする彼らの子供達?

一体、誰が?

「そう問い詰められると‥」



青田淳の父親は、河村教授からの質問に具体的には答えられなかった。

そして教授はその答えをも予測していたように頷くと、「単純なことだ」と言って、天を仰いだ。

「子供の目というのは恐ろしいものでね、彼らの”意図”をすぐに感じるんだ。

幼いが賢いし、鋭敏なのだよ」




彼の息子を取り巻く人々が、何を意図して近づいてくるのか。

”愛情”に似たものを目に宿して、どんな優しい言葉をかけてくるのか。

子供はすぐにそれがニセモノであると気づくという。笑顔の仮面をつけた人々の、欲望にまみれた本心を。

「‥‥‥‥」



彼は頬杖をつき、暫し沈黙した。裕福な家庭で育ってきた彼もまた、

河村教授の言う言葉の意味がよく分かったからだった。

「世間を見渡すと‥男女、貧富格差、世代差‥。

人は誰でも被害者意識を持っているよ。程度の差があるだけだろう」




人が人の間で暮らしている以上、それは避けては通れないことだ。

誰もが問題を抱えており、誰もが人と自分を比較して思い悩む。

しかし、「君の息子は特別その意識が強い」と教授は言った。

被害者意識が強力な為、受けただけ返さないと気の済まない性分なのだ、と。



淳の父は、頬杖をついた姿勢のまま尚も沈黙した。

反論の言葉が出かかるが、



しかしやはり口を噤んだ。

今更どんなことを話したって、結局今の状況は変わらないのだ。

彼は手で顔を覆いながら、深く息を吐いた。



しばらくの沈黙の後、彼は教授にこう問うた。

では私は、どうすれば良いのですか、と。

「あらゆる問題は家庭を通じて始まり、そして治るよ。

家族の絆の強さが一番大切だ」




教授はそう容易く彼に説くが、それは彼の家庭にとってはとても難しいことだった。

彼の妻‥つまり淳の母親は国際弁護士で海外出張が多く、そして彼自身も多忙極まる仕事をしていた。

この大きな企業を背負っていくにはそれはやむを得ないことであり、彼もそれを変えるつもりはなかった。

ただ空いた時間は最大限、息子と過ごすようにしていると彼は言った。

「それでも何かを試みなくては‥。ペットとか、兄弟とか‥」



教授は深く思案しながら、淳を救う方法を考え続けた。

兄弟のように気を許せる友達はいないのか、と続けて教授は彼に問う。

どんな間柄でもいい。何の打算も目的もなく、ただ互いのために気を掛け合える人が必要だと。

そういう思いを感じることこそが、なによりも今淳に必要なことなのだと。



彼は頭を抱えて黙り込んだ。

そういった間柄の人間を、誰一人として思い浮かべることが出来なかった。

「ペット‥兄弟‥」



教授は彼の呟きを聞きながら、喘鳴のかかる咳を幾度もしていた。

命のリミットがもうそこまで迫っている暗示の、不吉な咳を。

「兄弟か‥」



青田淳の父親は、そう言ったきり黙り込んだ。


答えの出ぬまま二人は別れ、そしてそれが今生の別れとなった。


心に引っかかったままの”兄弟”に突き動かされるように、そして彼は二人を引き取る。





そうして淳と河村姉弟の物語は、始まったのだ‥。


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<父の相談>でした。

一つ疑問が‥。

ここで河村教授があの額縁事件を知っていましたが、あの事件はそもそも教授が亡くなった後で起こったものだったんじゃ??



↑額縁事件の前に、教授が亡くなってしんみりしてる裏目氏なのに‥。

これは作者さんのミスなのか、それとも裏目氏の脳内相談なのか‥謎でした‥^^;


↑こちら修正されました~。今現在は、額縁事件のことには書いてありません。あしからず‥。

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<淳>その生い立ち(5)

2013-07-04 01:00:00 | 雪と淳の生い立ち



皆がお菓子を貪っている頃、手塚は一人声を潜めて家に電話していた。



二日以内に、またヨーロッパから蝶の標本を送ってくれと、無理なお願いをしているのだ。

当然そんな願いは叶えられるはずもなく、手塚は電話を切ると項垂れた。



モヤモヤと、頭の中は嫌な想像でいっぱいだった。

あんなに偉そうに言っておいて、結局お粗末な標本になってしまった。

先生には評価を下げられるだろうし、皆からも嫌われるに違いない。

あんな珍しい蝶々、もう手に入るわけがないじゃないか‥。


「手塚?」



振り返ると、淳が立っていた。

家に電話をしていたのかと聞く淳に、手塚は別になんでもないと強がった。


すると淳は、とんでもないことを言い出した。



「僕、君が持ってたあの蝶々、持ってるよ。昨年収集したんだ。」



「君にあげようか?」


手塚は息を飲んだ。


「ほ‥本当?」



「うん、本当。」


しかしその蝶は、大きなケースに入っているので、手塚に譲るのには小さなケースが必要だと淳は言い出した。



「ちょうどピッタリのがあったんだけど、檜山が持って行ってしまって‥」



淳はしおらしげに言った。

君にあげようと思っていた額縁を檜山が欲しいと言ったので、

自分の蝶々を君にあげる話をすることもできなくて、どうやっても返事ができなかったんだと。



「それでも僕は嫌だと、ハッキリ言ったんだけど‥。」


手塚は檜山に食って掛かった。



人の家の物を取っていくバカがあるかよと手塚が言うと、事情を聞いた宇野たちも檜山を非難した。

特に手塚は、自分がもらえるはずの額縁がかかっているので、よりいっそう激昂していた。




淳の父親は、ただならぬものを感じた。



実は先ほど、淳と手塚が蝶を譲る話をしていたのを、柱の影から聞いていたのだった。


檜山は皆から責められ、真っ青になっていた。



自分の小さな欲求が、ここまで大騒動になるとは思っていなかったに違いない。

収集がつかなくなった子供らの喧嘩を、淳の父親が仲裁に入ろうと一歩踏み出した時だった。







パリィィン!





その音に、全員の動きが止まった。










「喧嘩は止めて。聞きたくないよ。」




額縁はガラスが粉々に割れ、修復不可能になった。



騒動の元となった額縁は、これでもう無くなった。









小さな炎が燃え尽きるように、

その騒動は幕を閉じた。










その後、手塚にはまた新しい額縁を用意すると淳が言うと、彼はホッとしたように頷いた。

檜山は皆から責められたのと、額縁が壊れたのとで、最後には涙を流した。

淳がごめんねと謝りながら、その肩を抱いて部屋へと戻って行った。







淳の部屋では、再び皆作業にかかった。



その様子を、柱の影から淳の父親が見ていた。










自分の息子の、その奇妙な笑みを浮かべた表情を。






問題があると芽から切ってきた淳の父親は、その下にある根までは見通すことが出来なかった。

しかしもう土を掘り起こすには年月が経ちすぎていた。

そのことを彼は、息子の狡猾な笑みを見て図らずとも悟ってしまった。

結局彼の根‥、コアの部分は何も変わっていなかったのだ。

それは自らに寄ってくる人々への処世術を身につけ、万事への武器である笑顔の仮面を被っていただけだけの、

見せかけの”正常”だった。













河村教授、


もう私には分かりません。

ずっと淳を見守って来ましたが、事故を起こしたり、問題になる行為をすることはありませんでした。

けれど、息子は他の誰とも真心に充ちた関係を結ぶことが出来ないんじゃないか、

という不安な考えが頭を過ぎります。




どんな問題よりも、それが最も悲しい。


後悔しないことを望み、小さな希望を連れて帰ることにしました。



どうか彼らが、その閉ざされた心の扉を解き放ちますように。










淳の父親は、河村教授の孫の姉弟を、青田家で面倒を見ることにした。

両親の居ない彼らへの、そして良心を持たない息子への、小さな希望のつもりだった。





このことが彼らの人生に、多大な影響を与えることになるとも知らずに。







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<淳>その生い立ちでした。

エピソードを二つ盛り込みましたが、どちらも淳の内面を色濃く写しとったエピソードでしたね。

ちなみにプロフィールによると、母親は居ますが国際弁護士さんらしく、家を空けることが多いみたいです。
(淳が大学生の今は、アメリカに住んでいるらしい。)

だからこそ、父親からの教育が強く入ってきたし、淳は母親の額縁にあんなにも執着したんでしょうね。




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<淳>その生い立ち(4)

2013-07-03 01:00:00 | 雪と淳の生い立ち
檜山がトイレから戻ってくると、

手塚が皆から囃し立てられながら作業しているところだった。



しかし檜山はそれよりも、気になっていることがあった。

淳を前に、そわそわと後ろ手に組んだ腕を震わせた。



話があるんだけど、と言って檜山はあるものを淳に差し出した。

「これ‥」



それは廊下に飾ってあった小さな額縁だった。檜山はこれを譲ってくれないかと言う。

趣味で映画俳優やハリウッド女優の写真を集めている彼は、これに入れて飾りたい女優の写真があるんだと言った。

(それは当時大ヒットした映画「タイタニック」の、ローズ役ケイト・ウインスレットの写真だった)



しかし淳は、ダメだと即答した。



お母さんが昔から大事にしていたものだから、と。



檜山はしぶしぶ、淳にその額縁を返した。

しかし心の中は、モヤモヤとした不満でいっぱいだった。

額縁一つくれねーのかよ‥。みみっちい奴。





隣では、手塚が超緊張状態で標本作りに取り掛かっていた。



失敗しちゃいけないと思えば思うほど手は震え、ピンはあらぬ方向へとその先端は向かった。

結局出来上がった標本は、先ほどの美しい蝶々はどこへやら、お粗末なものになってしまった。



手塚は恐る恐る、班長である淳を振り返った。



彼は自分を見ている。

手塚はへへへと笑って見せると、淳もニコリとしてそれに応えた。



手塚は困惑していた。どうしようどうしようと、その心の中は焦燥感でいっぱいだった。



じきに淳の父親が、お菓子を用意したから皆おいでと言った。



わいわいとリビングに向かう子供らの中で、手塚だけはその場に残った。



淳は気にしながらも、そのまま檜山と父親と共に歩き出した。





父親は淳にうまくいっているかと声を掛けた。

しかし和やかな空気は、檜山の一言で一変する。

「あの‥おじさん!廊下にあった小さい額縁、あれオレにくれませんか?!」



その時淳の表情は凍りついたのだが、誰もそれには気が付かなかった。



「俺が集めてるハリウッド女優さんの写真を飾るのに、ピッタリなんです!

もし無理なら、母に言ってお金を持って来ます!」




檜山の子供らしくも、ボンボンの傲慢さも出た発言に、淳の父親は豪快に笑った。

抜け目のない奴だな~と言いながら、彼の頬をぎゅうっと掴んだ。



淳にはない、この奔放さを彼はどこか愉快に感じたのだ。

「いいよ、持って行きなさい」







「嫌です!」



淳は強く言い切った。

母親が昔から大切にしていた額縁だ。譲るわけにはいかなかった。




父親は、大丈夫だと言った。ママも昔捨てようとしたんだけど、そのまま置いておいただけのものだと。

淳はそれでも嫌だと言う。

父はそんなに大事なものなのかと問う。

そうじゃないけど‥と言葉を濁す淳に、父は一体何が問題なんだと問いかける。



檜山は押し問答を繰り広げる親子を前に、気まずい思いをしながら小さくなった。

「それでも‥嫌なもんは、嫌です」



頑固にもそう主張する息子に、父親は怒りを覚えた。

「淳、何を言っているのか分かってるのか。」



小さな肩をぎゅっと掴み、その目を見下ろしながら強い口調で諭した。

「こうやって我を張る年齢はとっくに過ぎただろう」



「お前が欲しいものならこの家に全部あるだろう?

なのにあんな取るに足らないものにいらぬ我を張って、一体何になる?」




「淳、よく考えろ」



「考えるんだ」






やがて、淳はその口を開いた。

「ごめんなさい‥」



もう言いません、と言って淳は謝った。

その態度に、父親は満足気に笑顔を見せる。



父親は心の中で、河村教授に話しかけるように呟いた。

少しでも疑わしいことがあれば、あれからこうして芽から切ってきました。



彼は、息子が感情を自制出来ることを誇りに思った。そしてそれこそが、正常なことだと信じていた。



檜山が父親に大きな声で礼を言った。

ふと淳を見ると、彼は虚ろな表情で黙り込んでいた。



父は淳の頭を抱えると、ぐしゃぐしゃと撫でながら怒ってごめんなと声を掛けた。

友達だろ?と言いながら。



檜山は額縁が自分のものとなり、ヘラヘラと笑いながら鼻歌を口ずさんでいた。










彼は、ふと胸騒ぎがした。

再び窺った淳の表情に、何か不穏なものを感じたからだった。






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<淳>その生い立ち(5)へ続きます。






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<淳>その生い立ち(3)

2013-07-02 01:00:00 | 雪と淳の生い立ち
河村教授が亡くなってから、一年が経とうとしていた。

淳をこれからも注意して見守るように‥。

あの言葉は、奇しくも彼と交わした最後の言葉になった。

淳の父親は彼の思いを引き継ぐように、出来得る限り息子の言動や行動に注意して来た。

これといった問題も、特記すべき異変も起きずに日々は流れていった。

そして夏も終わりに近づいた日、淳の父親は自宅にて小さな事件に立ち会うことになる。





その日は、珍しく早く仕事が退けて家に帰っていた。

電話で河村教授の話を知人としていると、玄関から帰宅を知らせる声がした。



「ただいま!」



淳は早く帰ってきた父親の在宅を喜んだが、父が夕飯を外に食べに行こうかと言うと、駄目だと言った。

淳の後ろから、何人も友達が家に入ってきた。



彼らは家で夏休みの宿題をすると言った。

そういえばあと二日で夏休みも終わりだ。

淳の父は、懐かしいような微笑ましさで彼らを歓迎した。




わいわいと、子供達はお喋りをしながら、しばし淳の家を探索した。



友人らと笑いながら過ごす息子を見て、父はホッと胸を撫で下ろした。



河村教授から注意を受けた時よりも、彼の息子は明るくなった。

子供の発達や適応は大人が思っているよりも優れているものだ。



何も心配いらない‥。

この時彼は、そう思っていた。






淳の部屋では、子どもたちが夏休みの宿題である、昆虫の標本作りに追われていた。

各々がパートを分担し、表を作ったり虫をピンで止めたりと作業にかかっていた。



標本作りに携わっている二人は、ああでもないこうでもないと、賑やかに作業を進めているが、

表の作成担当になった淳と檜山しのぶは、黙々とその仕事をやらなければならなかった。



特に檜山は退屈そうだった。淳の作った表の、色味が地味だと言い出して、パッと明るく見やすくしようと提案した。



しかし淳には淳の思い描いた構成があって、檜山の提案はやんわり却下された。

檜山は文句を言ったが、それでは君が構成してみる?と淳に言われると、結局その意見を飲み込むしかなかった。



今日の青田家はいつになく賑やかだった。さすがに小学生の男の子が五人も集まると、賑やかを通り越して騒がしいくらいだった。



彼の父親は少し騒々しさを感じながらも、息子が友達とも上手くいっていることに嬉しさを覚えた。

河村教授に言われた通り、その後もそっと影から見守っていた。



皆が作業をしている中、一人ソファで漫画を読んでいる手塚たけしという少年が居た。



皆が自分たちで蝶々やトンボを捕ってきたというのに、彼だけはその標本を親戚の叔父さんに頼んで、ヨーロッパで買ってきてもらっていた。

しかしその数はわずか二羽の蝶々のみで、これだけではどうしようもないと他の子供たちは文句を言った。



しかし手塚は悪びれる様子もなく、自分の蝶々が一番珍しく綺麗なので、標本のど真ん中に飾ればいいと淳に向かって提案した。



淳は賛成した。僕がやっておくから置いておいてと言って。



檜山は面白くなかった。手塚がムカつかないのか、どんだけお人好しだよ、と心の中で毒づいた。


次の瞬間、彼は淳と目が合った。



心の声が聞こえたかのような、そのタイミングに檜山はドキッとした。

その気まずさに、彼はトイレに立った。傍に居た淳の父親にもドキリとさせられ、そそくさと廊下を走っていった。



そして彼は見つける。廊下に飾ってあった、小さな額縁を。






淳の部屋では、標本作りの二人がまた言い争っていた。



トンボをずっといじくっている宇野に、もう壊れるからその辺にしとけと高瀬が注意する。

しかし宇野は、こうしてトンボの身体に幹を入れると長持ちするんだと言って譲らない。

なんだかんだと言っている間に、トンボの頭はポロリと落ちた。



手塚は爆笑し、高瀬からは非難され、そして淳からは、厳しく注意された。

「これからは本当に気をつけて。トンボは2日以内にまた捕まえてくれ。」



わざとじゃないにしろ、また暑い中草むらをトンボ探しに奔走しなければならなくなった宇野は、苛ついた。

いつまでも嫌な笑い声を立てる手塚に対して、何が可笑しいのかと突っかかった。

「たかが蝶々二羽持ってきただけで、偉そーにすんじゃねーよ」



手塚はそれに対して、自分の蝶々はそこら辺にいるトンボ100匹よりも価値がある、と嘯いた。

ケースを持ち上げ見せびらかそうとすると、ふいにその蓋が外れた。



まずい、と思った時にはもう遅かった。



蝶々を抑えていたピンは外れ、床に散乱した。手塚は慌てて拾おうとしたが、脆い羽は少し触れただけでも破れてしまった。




しかし手塚は、謝らなかった。

またピンで貼って止めれば問題ないとふんぞり返って言った。



そしてそんな彼に、淳はその作業は手塚がやるべきだと言った。



手塚は狼狽した。

自分は珍しい蝶々を持ってきたわけだし、手先も器用じゃないし、こんな重要な作業は請け負えないと。

もしも失敗したら‥と躊躇う手塚に、淳は強い眼差しで言った。

「自分がしたことには、責任を負わなくちゃ」



「君の話の通り、珍しい蝶々だ。代わりを捕まえることも出来ないんだし、だからこそ君がすべきだよ」

ゆっくり落ち着いてやれば大丈夫、と笑顔で言う淳に、手塚は逆らえなかった。




そしてこれから、小さな事件が起こる。




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<淳>その生い立ち(3)、中盤です。

今回のこの話は、まだ日本語版webtoonsでは出てきていないため、檜山と手塚と宇野と高瀬は私が勝手に名前をつけました‥。

*H25 9.16追記
日本語版での名前は手塚が「たけし」、檜山が「しのぶ」でした。

他二人は名前が出て来ませんでしたね。。ということで特に修正せずこのままでいこうと思います。。



次回はエピソード2の続き、<淳>その生い立ち(4)です。




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