
冷たい風の吹く初冬、高級住宅街に聳え立つ高級マンションの灯りが、ぼんやりと夜空を照らしている。
その一室で赤山雪と青田淳は、前髪と前髪が触れ合うほど近くで向き合っていた。
「どうして‥」

低く掠れた声で、淳が口を開いた。
「どうしてそんな話を聞きたがるんだ‥」

そしてポツリ、彼は呟いた。
普段の彼からは想像もつかないほど、気弱な声で。
「逃げ出すだろ‥?」

淳の脳裏に、遠ざかる雪の後ろ姿が浮かんだ。
呼びかけても呼びかけなくても、その背中はどんどん小さくなって行く。
素直になっても嘘を吐いても、去って行く彼女。どの道も行き止まり。
経験したことのないそのパラドックスに、淳はどうして良いか分からなくなる‥。


何度も感じたあの感情が、今また淳の心の中を揺らしているのだった。
淳は俯き、それきり黙った。雪はそんな彼を、目を丸くして見つめている。


雪は彼の胸ぐらを掴んでいた手を離すと、一つ深く息を吐いた。
そして彼から顔を背けながら、自分の気持ちを口にする。
「ただ、先輩を知りたいから‥。
後から人づてに”青田先輩がやった”って聞くことに、もう疲れたんです」

淳はそんな雪の横顔を、暗い目をしてじっと見つめていた。
触れて欲しくないものに触れられ、神経が波立つ。
この話し合いがどういう結論に達するのか、想像して淳は陰鬱な表情になる‥。

雪はそんな彼の方を見ないまま、視線をテーブルの上に留めながら、話し出した。
ずっと彼に伝えたかった、その気持ちを。
「だから、先輩の全てをそのまま話して欲しいんです」

「隠れて私を助けるんじゃなく、私と相談しながら、一緒に解決して行って欲しいんです。
先輩と私、二人一緒にです」

そして雪は俯きながら、最後にこう言った。
「これが、先輩と会えない間ずっと悩んで出した、私の結論です‥」

雪は、先ほど太一から事の顛末を聞かされた時のことを思い出した。
モヤモヤが胸を覆って、思わず黙って俯いたあの時の自分‥。
実際今回の件でも、先輩に問い詰めたいことは山ほどある。
一つ一つ考えて、掘り下げて、色々計算して‥連絡をくれない先輩を思って待ったけど、
結局、この先どうなろうが、すぐにでも先輩に会いたいと思った。

雪はチラリと視線を上げ、隣で沈黙する淳の方を見た。
相対する度に、万華鏡のように色々な面を見せる、目の前の彼を。
”青田淳”という人がどういう人間なのか定義するよりも、もっと大切なことがある。

それは素のままの、自分の気持ち‥

気がついたら駆け出していた、先程の自分の姿が脳裏に蘇る。
単に状況を問い正して整理するためだけに、ここまで走って来たわけじゃない。

あの時雪は思った。
彼がどんな面を持っていたとしても、その全てと向き合いたいと。
先輩の顔をこの目で見て‥

ずっと会えなかった彼の顔を見た時、心臓が跳ねた。
電話じゃない生の声を聞いて‥

決して面白い話じゃなかったけれど、その声を聞くと胸がつかえた。
それは、理論的でなく、定義も定まってない。計算でもないし、打算でもなかった。
ただそれは彼に対する、裸のままの自分の気持ちだった。
雪はもうその感情に気がついていた。彼に対する、その気持ちに‥。


それきり沈黙した雪の横顔を、淳はじっと見つめていた。
そしてその沈黙を破るように、彼は静かに口を開く。
「‥どうして突然そんなことを?」

雪は尚も俯きながら、小さな声でそれに答えた。
「ただ‥しんどい時に、先輩と離れてみて分かったんです」

淳は低い声で、端的に問う。
「何を?」

彼の問いに対して雪は、すぐにその答えを口にはしなかった。
それどころか、言いにくそうに視線を泳がせたり、身を捩らせたりしている。



雪は若干挙動不審になりながらも、やがてボソボソとその答えを口にし始めた。
「だからその‥すっ‥すっ‥すっ‥」

雪がこんな状態になっていることが解せない淳は、頭に疑問符を浮かべながらその続きを待った。
見つめる雪の顔面に、変な汗が滝のように流れているのが見える。

そして雪は覚悟を決めると、俯きながらも彼の方をゆるりと向いた。
小さな声で、彼に対するその気持ちを口に出す。
伝えたかった、その気持ちを。
「好きだってこと‥」


淳がその言葉の意味を理解するまで、若干の間があった。
二人の関係が終止符へと向かっているかと思われた話し合いの中で突然発せられた、彼女からの告白‥。
「えっ?」

そう言って目を丸くした淳の目の前で、雪は真っ赤になって拳を握り締めている。
「わ‥私は‥先輩のことが‥前より‥もっと‥」

雪はあまりの恥ずかしさに瞳がグルグルと回るようだった。
一度ならまだしも、さすがに二度も「好き」と口にするのは恥ずかしすぎる‥。

しばしグルグルしていた雪だが、やがて両手で額を覆いながら、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
しかし淳の目に映る雪の耳は、その心のざわめきを映したように真っ赤だ。

そしていくらか平静に戻った雪は、強い意志を持った瞳を淳に向け、一言言った。
伝えなければいけない、彼への思いだ。
「だから全部聞かせて下さい。先輩が考えていることを‥」

その固い決意を光らせて、雪は淳と真っ直ぐに向かい合った。
淳は目を見開いて、彼女のその意志を受け取るー‥。

そしていつしか、彼女は俯いていた。
決まり悪そうに、少し恥ずかしそうに。

夜は更け行く。
雪が伝えたそのたった一言で、彼の心の扉が緩んで行く‥。
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<直面(2)ー伝えたいー>でした。
待ちに待った!雪ちゃんからの告白‥!
きっと告白なんて生まれて初めてなんでしょうね‥!真っ赤になる雪ちゃんが可愛い‥(*^^*)
そして行き着く先は別れ話だと思っていた淳の、告白を聞いた時の意外そうな顔‥!
面白くなってまいりました~!
さて‥雪ちゃんは自分の気持ちを伝えました。
次は淳の番ですね!
次回<直面(3)ー触れたいー>です‥!
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