
雪が駆けて行ってからも暫く、淳はその場で立ち尽くしていた。
しんと静まり返った路地。
先に言葉を発したのは亮だった。
「くっ‥」

「ぶはっ!」

「ぶははははっ!」

一部始終を見ていた亮は、笑いを耐え切れずに一人腹を抱えた。
淳は振り返り、笑う亮を見て目を丸くする。
「ははっ!ははははっ!くはははは!」


ゆっくりと顔を上げた亮は、その指の隙間からチラリと淳の方を見た。
嘲るようなその目を見た瞬間、淳の胸に炎が燃える。
「この‥っ!」

淳は思い切り亮の胸ぐらを掴み、瞳孔の絞られた瞳で彼を睨んだ。
しかし亮は口元を緩ませながら、やり返しもせず淳のことを見ている。

亮は激昂する淳を、挑発するかのように口を開いた。
「どうした、殴んのか?顔怖ぇぞ」

「お前、わざと‥!」

「はぁ?」

ニヤニヤと笑いながらはぐらかす亮に、淳は胸ぐらを掴む手により一層力を込めた。
「お前‥!」「んだよ。オレは何も言ってねーぞ」

被っていた亮のキャップが地面に落ちる。
けれど亮は気にも留めず、正論で淳に切り返した。
「てめーがどんな話すんのかなんて、オレが知るわけねーだろ」

「んだよ」

「自分の感情に押し流されて口滑らしたんはテメーだろ?」

それは今までの亮とは違う切り返し方だった。
まるであべこべになったかのような立場、形勢。
淳は言葉を見失う。

亮はゆっくりと淳の手に自身の手を伸ばした。
「つーか、」

「こんなことしてる場合か?」

強い力で胸ぐらを掴むその手を、より強く掴んで引き離しこう言った。
「さっきのダメージの態度、全部諸々、」

「テメーが撒いた種だろうが」


亮に向かっていつかそう言った淳は、全ての因果が自分に返ってくるのを感じていた。
言い返す言葉を紡ぐことも出来ずに、ただ俯いて立ち尽くす。


亮はニヤリと口元を緩めると、皮肉るように尚も言葉を続けた。
「あーウケるぜその顔。生きてる内にそんな顔拝めるなんてな」

ゆっくりと淳に近付き、肩に手を置く。
それはいつもの淳の常套手段だった。
「せいぜいダメージと腹割って話し合って、まぁ仲良くやるこったな」

「これは本心だぜ」

淳の表情が険しく歪む。
淳は肩に置かれた亮の手をバッと振り払った。


亮に背を向け、淳は雪が走り去った方向へと駆けて行った。
長いコートが翻る。

亮はその場に佇みながら、遠ざかって行くその背中に声を掛けた。
「テメーあん時笑っただろ!」

「笑ったよな!オレの手滅茶苦茶にした時よぉ!」

淳は振り返らなかった。
亮の声は暗い夜空に吸い込まれて行く。


亮は上を向きながら、乾いた笑いを一人立てた。
辺りには誰も居ない。
「はは‥」

今淳が一番大切にしているものを壊せば、この胸の淀みも晴れるはずだった。
淳のやり方、その常套手段を模倣して見事制裁を加えた喜びに、胸が打ち震えるはずだった。
けれど今亮の目に映るものは‥。


星も月も無い夜空。
それは輝かしい未来が消えたあの日に見たあの空と、何ら変わりはしなかった。
世の中全て思い通りにしていると思っていたあの男が見ていた風景は、
暗く深い闇だったー…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<因果>でした。
まさかの亮さんまで黒淳化‥!

結局雪を呼んだのも亮さんだったのですね。
そして最後の亮さんが見上げる空のカット。
高校時代に手を潰された日に見上げた空のカットとかぶります。


人を陥れても何も得ることが出来ない虚しさを、描いているような気がします。
次回は少し短めです。<消えた兎>です。
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