Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

万華鏡のように

2014-07-27 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)


あれから雪はその足で店に寄り、閉店まで仕事を手伝った。

家に帰って自分の部屋に戻る頃には、疲れ果ててしまっていた。

「はぁ‥仕事に課題に‥ゲッソリだよ‥」



雪は疲れが取れない身体で、溜息を吐いてベットに突っ伏す。

そのままボンヤリとしていると、今日目にした父の姿が瞼の裏に浮かんだ。



街頭でたった一人、ビラ配りをしていた。あんな父の姿を見たのは初めてだ。

お父さんがやたら店から出てってたのは、アレのせいなのか?

何でお母さんに話さないんだろ‥




亮の口ぶりから言って、父がビラ配りを随分前からやっていたのは事実のようだった。

けれど今日も父は家族には何も言わぬまま、帰って来て一人テレビを見ているだけだ。



言い出せないのは、プライドの高い父の性格のせいもあるかもしれない。

雪はそう思いながら、続けて最近の父の姿を思い起こした。

考えてみれば、前より店に顔出してるし‥ちょっとは店の仕事にやる気が出て来たのかな?



ちょっと様子を見てみたら、徐々に変わってくるのかもしれない。

私も今回の期末とバイトが上手く行けば、この家も安泰かな?




常に先の見えない不安と戦ってきた雪にとって、今日はその未来に小さな光が見えた気がした。

一旦そう思えると前向きの気持ちは連鎖して、心配が尽きない弟のことに於いても希望が見える気がする。

蓮も恵となんだかんだ上手く行ったし、

蓮もアメリカへ帰る前に浮ついた所直ってくれたら‥




そして今日亮が口にしていた、

「デート費用が必要だから亮のシフト分も働いている」蓮に対して、単純な疑問が湧いた。

けど毎週デートするお金なんてあるのか?バイト料も出ないのに‥。

恵の方が多く出してるのかな‥




カードも止められている、他にバイトもしていない、一体蓮はどうやって交遊費を工面しているのだろう‥。

一つ知りたいことが思い浮かぶと、心の中におせっかいの虫が湧いて出る。雪は蓮と恵のことに思いを巡らせた。

てか蓮がアメリカ行った後、恵はどうするつもりなんだろ‥?

遠恋になるの?まだ付き合い始めなのに‥




そのままモヤモヤと色々考えていた雪だったが、ふと我に返って自分にツッコむ。

そう言う私はどうなんだっつーの‥



人の恋路の心配をしている場合ではない。まずは自分と彼のことを進めなければ。

雪は携帯に手を伸ばすと、ようやく重い腰を上げた。

そろそろ連絡してみるか‥



雪はメールフォルダを開き、先輩宛にメールを書き始めた。

しかしいざ書き始めると、なかなか上手く筆が進まない。



雪は一旦顔を上げて気持ちを仕切り直すと、先輩、お元気ですか と冒頭文を打った。

しかしなんだかすごくぎこちない。彼に向けて今までどんなメールを打っていたのか、まるで忘れてしまったかのようだ。



雪は深呼吸を一回してから、もう一度冒頭から文字を書き直そうとした。

すると、雪が勢い良く「先輩‥!」と口にした途端、携帯が震えた。



雪は「ギエエ‥!」と部屋で一人大声を上げた。リビングでテレビを見ていた父は、娘の奇声にビックリである。

「あーもう!ビックリ‥!」



雪は突然震えた携帯に仰け反りながら、届いたメールを開いてみた。先輩からのメールだった。

元気にしてる?大学、変わり無い?



またもやすごいタイミング‥。雪は「オバケ淳」に驚かされっぱなしだ。

雪が心臓麻痺になったら、彼は責任を取ってくれるのだろうか‥。



雪がそのメッセージを睨んでいると、続けてもう一通メッセージが来た。

全部上手くいくよ



そこには、彼が度々口にするその言葉が書かれていた。

自信に満ちた笑みを浮かべて、いつも雪に掛けるその言葉。

「Everything's gonna be alright.」



雪は胸の中が、両極の感情に揺れるのを感じていた。

彼の言葉に共感出来ない居心地悪さと、どこか感じる安心感と‥。雪はボンヤリと、一人心の中で考える。

数日ぶりのそんなやり取りが、懐かしいような、どこか面倒なような‥。

なんだかハッキリしない気分だ。




雪の脳裏に、様々な彼の姿が浮かび始めた。

最初に浮かんだのは、横山に送ったメールのことを追及したあの秋の夜道での彼だ。

本当に先輩が送ったんですか? そうだよ

 

彼は雪の追及に対して、顔色一つ変えずに頷いた。

雪は、物事の善悪や底に潜んだ悪意より、飄々とした彼の態度に何よりも腹が立った。

”この人のことは理解出来ない”と、彼の暗い一面に触れる度にそれを思い知らされる。

折っちまうか‥



変態男の手を、そう言いながら踏み付けていた。

あの時彼の表情は見えなかったが、その口調は恐ろしいほど冷静だった。



怖い。この人が何を考えているか分からない。

雪は恐怖で声が漏れそうになるのを、必死で堪えて震えていた‥。


けれど同じ様な路地裏に居る状況でも、正反対な印象を持つこともあった。

俺に寄って来る人達の目的は、大体知れてるから‥



酔った彼が発したその言葉は、彼の本音だとそう素直に思えた。

何かを諦めたようにそう口にする彼の横顔が、儚げに揺れていた。


そして最後に浮かんだのは、何度も謝る彼の姿だった。

ごめん



雪の顔に薬を塗りながら、淳は一人で呟くように「ごめん」を繰り返した。

そして彼は雪のことをいつまでも待つと、そう言って彼女の手を握った。


雪の頭の中で、彼はじっとその場に佇んでいる。

鍵の掛かった扉の向こう側で、微かに口元に微笑みを浮かべて彼女を待ち続けている。

その表情は、長い前髪のせいでいつもよく分からない。

覗く度に模様の変わる万華鏡のように、彼の印象はその都度変わる。

全部ひっくるめて”先輩”なんだろう。

もうそんなことを一つ一つ気にしても、何の意味もない気がして来た。




彼の二面性は一見「表と裏」、「善と悪」のような印象を受けるが、実はそれらは円となって繋がっている。

丸い万華鏡を回すとその度に模様は変わるが、その筒の実体は一つだ。



「青田淳」という人間の性質に、もう雪は気がついている。

彼は”そういう人間だ”と、認めなければいけないのだ。


不意に額が、微かに疼いたような気がした。

亮に「しっかりしろ」とデコピンされたのは、自分の考えが盲目的になっていたからだった。



私は段々と鋭さが薄れて行っているような気がするけれど、

先輩はどのくらいすり減らされて来たんだろう




清水香織との一件で、雪は彼が課されてきたその我慢の断片を知った。

人は、追い込まれると視界が狭くなる。

生まれた時からそんな境遇に置かれた彼が、盲目的にならないと一体誰が言えるのか。

そして私は、先輩と一体どうなって行きたいのか‥。



その彼の実体を知った上で、この先どうするのか。

別れるのか、付き合い続けるのか、ただの先輩と後輩に戻るのか‥。

そこから先は自分次第だ。


そして雪の心情もまた、万華鏡のように様々な模様を描いて回っていた‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<万華鏡のように>でした。

横山のメールを追及した時はいっぱいいっぱいだった雪ちゃんも、

ようやく冷静に先輩のことを考えられるようになってきたみたいです。

見ないふりをしていた彼の本性を認めた上で、彼とどうなって行きたいかと考える‥。

「即別れる!」にならないところが、雪ちゃんだなぁという感じがします。

離れていく手(愛情)に追い縋る性質が影響しているんでしょうね‥。


次回は<その価値>です。



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想定外の出来事

2014-07-26 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)


亮を一人机に残したまま、雪のアルバイトが始まった。

返却された本をリズム良く棚へと戻して行く。もうその作業も手慣れたものだ。

毎日傍についてるわけにはいかないけど‥それでもこんな風に時々一緒にいるなら、

ネット講義や塾なんかも見てみたら良いかもしれないな




雪の頭の中は、亮の勉強計画についての考え事でいっぱいだった。

そして少しばかり、計算高くこう思う自分も居る。

蓮も河村氏から影響を受けてくれたら言うこと無いんだけどな!



まさにWIN-WIN‥と呟きながら、雪は一人フフフと笑った。だがまぁ、それはオマケのようなもの。

とにかく途中で諦めずに、最後まで頑張ってくれたら‥



雪は亮が決心してくれたことが嬉しかった。

本人のやる気が長続きすることを願って、雪は一人で微笑んだ。



すると、目の端にあの男の姿が見えた。男は幾分早い足取りで、雪の居る方に向かって歩いて来る。

雪は落ち着いた動作でポケットに手を入れると、中に入れてあったレコーダーのスイッチを押した。

「おいっ!」



去年の二の舞いにならぬよう、雪は会話を録音する為のレコーダーを買った。そして今、そのスイッチを押したのだ。

そうとは知らない横山は、雪に向かって怒りの形相で話し掛ける。

「ちょっと顔貸せ!」 「うるさいんだけど。ここ図書館」



雪はそうズバッと言い返し、仕事中だからと言って横山に背を向けた。

しかし横山は怯まず、「あの男、あの外国人講師だろ?」と亮の方を見て口にする。



亮のことに言及された雪は内心ヒヤッとしたが、表情には出さず尚も横山を無視した。

すると横山は、雪に向かって暴言を吐き始めた。

「お前ってば大したタマだな!青田も青田だけど、お前もマジであなどれねー。

今まで保険かけてたってワケ?あんなのがタイプなのか?」




「俺はお前の為に色々してやったのに、お前ってやつは‥!」



横山の声はどんどん大きくなり、口にする言葉は段々と非道いものになって行く。

雪は横山を無視し続けながら、本の返却作業を続けた。



横山はそんな雪に、青筋を立ててがなり立てる。

「俺に見せつけたくてわざとやってんだろ?!去年も俺を弄んだんだもんな?

けどそんなの逆効果だぜ。お前のイメージが悪くなるだけだ!」




そして横山は、ニヤニヤと笑いながら雪を卑下する言葉を口に出す。

「二股の乞食女が‥」



至近距離でそう口にした横山だったが、雪は彼の方を一瞥たりともしなかった。

まるで隣に誰も居ないかのように、黙々と本の返却作業を続けている。



その冷静な雪の横顔に、横山は思わずカッとした。

勢い良く棚に手を伸ばすと、複数の本をバサバサと地面に落として行く。

「無視か?」



そう言って本を落とし続ける横山に対して、雪は「何すんのよ!」と声を上げた。

横山は本を投げ付けるように返却台の上に置くと、凄い形相で雪に詰め寄る。

「無視すんじゃねぇ!このキ◯ガイ女が‥!」



雪の心臓は大きく跳ねていたが、雪は目を見開いたまま己に言い聞かせた。

い、いや無視し続けるんだ。このままエスカレートさせて録音して‥。そしたら確実な証拠が‥



しかしそこで、想定外の出来事が起きた。

揉めている雪と横山の所へ、亮が大きな声を上げて駆け寄って来たのだ。

「何やってんだこの野郎!」



亮の姿を見て横山は息を呑むと、すぐさまその場から駆け出した。

その後姿に、亮が荒い口調で威嚇する。

「マジで頭蓋骨カチ割ってやんよ!」



そう言って手を伸ばそうとする亮を、「殴っちゃダメです!」と言って雪は必死に止めた。

静かな図書館が、雪達の騒ぎでザワザワとどよめき始める。

なんだぁ? うるせーぞ!



周りの人達からそう言われ、雪は「すみません‥!」と方々に頭を下げ謝った。

そして先ほど横山が落とした本を拾い始める。



亮が舌打ちをしながらそれを手伝おうとすると、雪は「私がやります」と言って亮の手を制した。

そして先程の騒ぎを棚越しに見ていた直美は、踵を返し図書館から去って行った‥。





図書館のアルバイトが終わってからも、雪の苛立ちは収まらなかった。

なぜ自分だけこんな目に、と嘆く雪に、亮が力強くこう声を掛ける。

「心配すんな。オレがあんな奴半殺しに‥」



しかし雪は亮がその先を口にするより早く、そんなことをしたらダメだと強い口調で注意した。

まずは確実な証拠を集めることが先決だし、また夏休みの時のように横山を殴れば今度は亮が告訴されてしまう。

雪は、なかなか思い通りにいかない現状に悶々とした。

「今まで撮った写真は、量はあるけど内容は大したことないし、しかも聡美や太一にもムダな時間使わせて超申し訳なくて‥。

今日の録音は結構いい線行ってると思うんですが、アイツを完全に引き離すには少し足りないような‥」




そう口にして負のオーラを撒き散らす雪の横で、亮は今の現状に腹を立てていた。

雪から頼まれたならすぐにでもヤツをギタギタにしてやりたいところだが、そうは出来ないのがもどかしい。

すると雪は申し訳無さそうな顔をして、亮に対してこう言った。

「河村氏と一緒に居すぎるのも良くないかもですね。横山警戒するし‥もう少し一人で‥」



血の気の多い亮と横山がこれ以上接触したら、もっと面倒なことになってしまうかもしれない。

確実な証拠を手に入れるには、雪一人で囮捜査をする方が懸命だろう‥。

雪は、「もう少し一人で頑張ってみます」と口にしようとした。すると亮は雪の方を向き、彼女を叱る。

「はぁ?何バカなこと言ってんだ?んなことしてる間にマジで何かあったらどーすんだよ!」



亮はそう言うと、雪にデコピンをしながらこう続けた。

「悪ぃこと続き過ぎて、危険感知能力がマヒしちまったか?しっかりしろ!」



ペチッと音を立てて、雪のおでこに軽い衝撃が走る。

まったく‥という声が聞こえてきそうな表情の亮が、軽く息を吐きながら雪の方を見つめている。

 

雪は額に手を当てながら、その彼の態度に少し戸惑った。

自分がコツコツと作って来た枠組みを、いつも亮はいとも簡単にそれを飛び越えてしまう。

いつの間にか盲目的になっていた自分を、高いところから引っ張り戻す‥。



雪は幾分動揺しながらも、続けて亮に釘を刺した。

「と、とにかく‥何発か殴って聞く相手じゃないですから‥」「もう通報したらいーじゃんか」

「だから証拠がまだ集まって無いんですってば!」「クソッ殴るのも駄目、警察も駄目‥」



そう口にして心から悔しがっている亮の隣で、雪は複雑な気持ちだった。

なぜか今までにも増して彼が、自分のことを心配してくれているような‥。



二人の間に少し沈黙が落ちたので、雪は話題を少し変えた。

「あ、ところで河村氏、遅刻じゃないですか?蓮とのシフト交代時間過ぎてるんじゃ‥」

「いや、蓮の奴がまだ受け持ち。あいつデート費用が必要なんだってよ」



店での仕事の話題を出した雪だったが、亮からの返答に疑問を持った。

蓮はデート費用が必要だと言っているようだが、母はバイト代なんてほとんど支払っていないはずだ‥。

僅かな疑問が胸に残った雪であったが、次の瞬間その考えも忘れてしまった。

なぜならば、本日二度目の想定外の出来事が起こったのだった。

「ん?」



雪の目線の先に、見慣れた人物の姿があった。

その人物は街頭に立ち、一人でビラを配っている。



よく見てみると、それは雪の父親であった。

父親が道行く人に声を掛けながら、ビラ配りをしているのだ。



雪は目を丸くし、あんぐりと口を開けた。

そんな雪の隣で亮は、「あ、社長今日もか」と一人呟く。



「えっ?」と雪が目を丸くして亮を見上げると、亮はキョトンとした表情で口を開いた。

「えって何だよ。ビラ配りだよ。店も宣伝が必要だろ。ずっとビラ配りしてんの、知らなかったか?」



亮はそう言うやいなや、雪の父親の方へと駆け寄って行った。

雪に「先に帰れ」と言い残して。



亮は雪の父に声を掛けると、二言三言会話をした後二人でビラ配りを始めた。

二人の手慣れた様子から、かなり前から彼等がそれに取り組んで来たことを知る‥。



雪は遠くから、じっとその様子を眺めていた。




雪が今日出くわした想定外の二つの出来事、そのどちらにも、亮が深く絡んでいた‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<想定外の出来事>でした。


デコピン‥!なんだか青春の香りが‥!

絆創膏が貼ってあった場所でないことを祈ります‥^^;


次回は<万華鏡のように>です。


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幻影

2014-07-25 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)
雪と亮は図書館にて、テキストを広げ勉強していた。

先ほど亮が高校卒業検定を受けると決心したので、鉄は熱い内に打てということで、二人は早速勉強を始めたのだった。



今日の雪は経営学科の一学生ではなく、先生役だった。

こうしてテキストを見ながら座っていると、心の片隅にいつも引っかかっている彼の、幻影が浮かんで来たりする。



例えば難問に頭を悩ませた時、決まって彼が助言をしてくれた。

答えに辿り着くまでの道筋を、分かりやすく説明してくれたりした。



解けた、と雪が顔を上げると、決まって彼は彼女を見て微笑んだ。

君が正解に辿り着くのは、最初から分かっていたよと言うかのような表情で。



そして彼はまた自分の勉強に取り掛かる。

再び彼女から頼られる時が来るのが、楽しみで仕方がないというような顔をして‥。







いつしか脳裏に浮かんでいた幻影は途切れ、先ほど青田淳が居た場所に、テキストを睨む河村亮の横顔があった。

雪は頭を抱えながら勉強する亮に、説明をしながら一人物思う。先輩からよく勉強を教えてもらったな、と。



尚も説明を続ける雪だったが、その内容が亮にはチンプンカンプンだった。

頭を抱える亮の前で雪は、この人は基本的なスキルも身についてないから気長に行こう‥と腹をくくる。



亮はシャープペンシルを歯噛みしながらも、必死で問題と向き合っていた。

彼のそのひたむきな姿を、雪は微笑ましそうに見つめている。



雪は彼の横顔を見つめながら、一人亮の進路について思いを巡らせていた。

ちょっと生意気な考えかもしれないけど、我ながら良いアイデアだ。

ピアノがうまくいかない時が来たとしても、高校の卒検に合格できたら、そこから自分の道を作ることが出来るもの




雪は今までお世話になって来た彼に、自分の力を最大限に活かして手助け出来る方法は何かと探していたのだ。

幸い雪の両親も理解を示しているし、卒検を取っていれば何にだって潰しが利く。

雪は自分の思いついた良案に自信を持ちながら、再び気持ちを引き締めて彼の勉強を見始めた。

「なぁなぁ、もう一回説明してくれ」

「だからこの中の説明が最も基礎なんです。闇雲に覚えずに、まず概念から理解して‥」



そして雪は一生懸命、亮に理解して貰えるよう易しい言葉で説明を続けた。

そんな彼女の横顔は、真剣そのものだった。



亮は雪の横顔を見つめながら、胸の中が熱くなるのを感じていた。

先ほど自覚した自分の思いに少し戸惑いながらも、亮は隣に彼女が居ることの喜びを知る。




暫し勉強を続けていた二人であったが、少し経ってから雪はおもむろに席を立った。

「それじゃ一旦問題解いてもらってていいですか?私そろそろバイトで‥」



雪の申し出に亮は頷くと、少し申し訳無さそうに彼女に問うた。

「オレお前の勉強の邪魔‥してねぇよな?」



そう言って首の後ろを掻く亮に、雪は「大丈夫ですよ」と言ってかぶりを振った。

以前家庭教師のバイトで教えていた内容だから時間も取られないですし、とも。

「私も、河村氏に沢山助けてもらいましたから」



夏休みの時、メシをおごれと散々追い回された記憶が浮かぶ。

苦学生の雪にはご飯を頻繁に奢ることは難しいが、勉強を教えるというこんな形なら、彼から受けた恩を返せると思ったのだ。

そして雪は周りを見回してから、少し声のトーンを落としてこう口にした。

「それに‥最近ちょっと気がかりなことが多くて‥。河村氏のような強い人についててもらえると心強いんですよ。

友達も授業があって、ずっと一緒って訳にはいかないですし‥」




雪はそう言いながらフフ‥と小さく笑った。対横山という場合を考えると、亮と居ることは雪にとってもプラスなのだ。

すると亮の顔色が変わった。脳裏にあのイタチのような小男が浮かぶ。

「んだと?あの時のあのヤローが、ずっと追っかけ回してんのか?」








そして二人は暫し、横山翔についての会話を重ねた。

そんな二人の様子を、小男は離れた席からコッソリと覗く。



横山翔だった。

彼の視線の先には、いつか見たような男の横顔がある。



あの男は確か夏休み、雪の通う塾に居た外国人講師だ、と横山は思い至った。

赤山と話をしていた路地裏にて、スーツを着たあの男に思い切りぶん殴られ、凄まれた‥。




「‥‥‥」



なぜあの男がここに居るのかは分からないが、横山はモヤモヤと嫌な感情が胸に広がって行くのを感じた。

なぜ自分の隣には赤山が居ないのかと、焦れる思いが幻影を生み出す。

「どうしたの? 何かあった?」



どんなに良いだろう。

自分の方を見て、彼女がそう聞いてくれたなら。

どんなに満足だろう。

自分の隣に居るのが、手に入れたくて堪らない赤山雪であったのなら。

「ん?」



しかしそんな幻影は、現実の前に冷たく冷めるだけだ。

実際に今隣に居るのは、別れたくて仕方の無いこの冴えない女なのだ‥。

「いや別に‥」



横山は冷めた目をしながら、目の前に居る直美を見てゲンナリとした。

再び彼女から顔を逸らすと、他の席を見ていたと言ってそっぽを向く。



直美は年上の彼女らしく、勉強に集中していない横山を諭そうとするが、横山はただウザそうにするだけだ。

直美はそんな横山に向かって、胸に積もった不満の一片を口にする。

「あんたがやけに図書館に来たがるからついて来たんじゃない。試験期間でもないのにどうして‥」



それに対して横山は、「試験期間じゃねーと図書館に来ちゃいけねーのか?」と、

まるで直美が悪者であるかのような口ぶりで言い返した。直美は不満を抱えて彼を睨む。



横山は直美から視線を逸らすと、再び窓際に座るあの男へと視線を戻した。

男は何かに取り組んでいるようで、赤山の方へは行かなそうな気配だ。



横山は男の方を睨みながら、胸の中が苛立ちに騒ぐのを感じていた。

瞳の奥に、嫉妬の炎がメラメラと燃える‥。




そして横山は立ち上がり、直美に対して適当な言い訳を口にすると、

一人赤山雪の元へと向かった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<幻影>でした。

今回はいきなり幻が現れるのでちょっとビックリしますね‥。

先輩なんてあまりにリアルで、最初幽霊化に拍車がかかった生霊かと思いましたヨ‥^^;



次回は<想定外の出来事>です。

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静香の思惑

2014-07-24 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)
”楽しい教養芸術思潮”の教室にて、河村静香は席に就き、頬杖をついていた。

周りから「こんにちは」と声が掛かる。しかし静香は挨拶を返さず、ずっと携帯をいじくっていた。



そんな静香の元に、小西恵がやって来てニコニコと笑って挨拶をした。

「グルワ課題、よろしくお願いします!」



恵の挨拶に、佐藤広隆とその隣に居た二人が会釈を返す。彼等はこのグルワにおいて、同じ班のメンバーに選ばれたのだ。

ずっと携帯を見ている静香に、恵は目を輝かせて話し掛けた。

「あ、写真科の方ですか?不思議な感じ~!どんなカメラ使ってらっしゃるんですか?」



携帯のカメラ、とそっけなく返す静香と恵の間に、佐藤はスライディングでサッと割って入った。

人差し指を口元に当てながら、ヒソヒソ声で説明する。

俺の知り合いなんだ‥聴講だけだから知らないフリをしてくれないか?

グルワ人数自体は足りてるから‥




佐藤の説明に、恵は指でOKマークを作って了承した。

そして同じグループのあとの二人は‥

「私達の意見は?」「まぁ、関係ないんでしょう‥」「ハイ‥」




恵は静香の方をじっと見つめながら、頬を染めて彼女を観察した。

美人なお姉さんだな~



美術をやっているからか、青田淳の時といい今といい、恵は美形に目がないようだ。

静香のことをニコニコと笑って見つめている。しかし恵の好意とは裏腹に、静香は彼女に嫌悪感を抱いていた。

美大通いをひけらかしやがって‥

 

静香は恵の持っているアジャスターケースを見て、それが絵画を入れるものだと一発で分かった。

なぜならおよそ十年前まで、彼女もそれを持って美術に勤しんでいたからだ‥。



そんな静香の胸の内に気づくはずもない佐藤は、ストレスで痛む胃を擦ってゲンナリとしていた。

なぜ俺はこの人の頼みを全部聞いてやってるんだ‥。

いやまぁ出来ないことは無いんだけど‥けどどうして教養課程の授業でもグルワのストレスを‥




悶々と考える佐藤、携帯をいじくる静香、そんな静香をご機嫌な顔で見つめる恵。

三者三様の思いを乗せて、グループワークは始まったのだった‥。

そして同じグループのあとの二人は‥

「僕らもメンバー?」「ハイ‥」





授業が終わってから、廊下に出た佐藤は静香にこう声を掛けた。

「時間があれば集まる時に来てもいいよ‥。来たくなかったら別にいいけど」



あれだけ胃を痛めているというのに、佐藤は静香にグルワ参加の許可を出した。

静香は嬉しそうに頷いて、彼に礼を述べる。

「ありがとね~。グルワ課題があるなんて焦ったけど、この授業最後まで聞きたかったの~」



甘えるような声でそう口にする静香に、佐藤は咳払いをしつつ言葉を返した。

「フン‥べ、別に‥」



そう口にしてそっけない態度を気取る佐藤だが、微かに頬が染まっていた。

静香はそれを見抜くと、彼に対して明るい口調で提案する。

「じゃ、お昼食べに行こっか試験期間は会えなかったから、随分久しぶりじゃない!

前に奢ってもらったとこも美味しかったし~」




静香はご機嫌で佐藤の両肩に手を置いた。またかよ、と呟く彼の囁きなど聞こえないフリをして。

「ねぇ!あなたも来なよ!」



そう言って静香は、廊下に居た恵もご飯に誘った。恵は嬉しそうに頷く。

そして同じグループのあとの二人は‥

「私達は次の機会に呼ばれるでしょう‥」「ハイ‥」




親睦会も兼ねて、と静香が続けると、

巻き込まれるのが嫌な佐藤は「いや俺は今日ちょっと忙しくて‥」と断ろうとするも、静香は

「え~?空講なの知ってるわよ~?何を今更!」と笑って返した。静香には、それが嘘だとお見通しだ。



そんな二人に、恵が手を上げて提案する。「あたし安くて美味しい所知ってます!」と。

しかし静香はそれに対して引き攣った笑顔を浮かべると、「あら‥安い必要なんて無いのよ?」と言い返した。

どうせ佐藤の奢りなのだから‥。


すると溢れる人並みを掻き分けて、あの面倒な男が佐藤の元へとやって来た。

「おい佐藤お前!この授業聞いてたんだろ!俺が何度お前にー‥」



柳瀬健太は、大きな声で佐藤に対して詰め寄ろうとしたのだが、途中で彼は口を噤んだ。

なぜなら佐藤の両隣に、可愛い女子がついていたからだ。まさに両手に花‥。



特に佐藤の右側に居る女が健太の目を惹いた。初めて見るが、かなりの美人だ。健太の目には彼女が輝いて見える。

「知り合い~?」



健太はニヤニヤとした笑みを浮かべると、佐藤に向かって笑って話し掛け始めた。

「お前は俺をコッソリ避けたりするくせに、女の子達と一緒にいる時間はあんだな?」



健太は恵に挨拶をしつつ、佐藤にそんな皮肉を投げた。

健太の声は大きく、廊下を歩く全ての学生が健太とその視線の先に居る佐藤をジロジロと眺めて行く。

「お、俺がいつコッソリと避けました?!」



恥ずかしくなった佐藤は、真っ赤になって声を荒げた。健太は意地の悪い顔をしながら、

ネズミみたいにコッソリ避けてるじゃねーかと尚も続ける。



佐藤は、それは健太がいつも無理を言うからだ、と反論するが、

健太は溜息を吐いてそれに言い返した。

「俺とお前はもう数年の付き合いだってのに‥。お前って奴はあまりにもショボくて呆れちまうぜ」



静香はそんな彼等のやり取りを見て、バカバカしそうに息を吐いていた。

そして健太は佐藤に「ノートPCを貸せ」と言って迫った。

前回のグルワでは助けてくれなかったんだから今回は助けてもらって当然だと、自分の意見をゴリ押しする。

今日はノートPCを持ってないし、何で俺が貸さなければいけないのか、と佐藤は尚も食って掛かろうとしたが、健太は大きな手を佐藤の肩に掛けて言った。

「明日は絶~対持って来いよ?」

 

健太はニヤッと笑ってそう言った。佐藤は身を竦めてその場に固まる。

「んじゃ」と健太は別れの挨拶を口にして、そのまま笑顔で立ち去ろうとした。



しかし次の瞬間静香が放った一言で、健太は足を止めることになる。

「あ~ら、ノートPC買う金もない男なのねぇ~」



健太がその一言に目を剥いて振り返ると、彼女は佐藤に向かって甘い口調でこう言った。

「あたしはご飯もちゃ~んと奢ってくれる、優しい広隆が好きよ~!」



静香はそう口にすると、健太の方を見て笑みを浮かべた。

貧乏な男を見下すような、蔑みを含んだその笑顔を。



そのまま佐藤の背中を押して、静香は健太に背を向けた。

健太は美人からバカにされた悔しさと屈辱で、暫し真っ赤になって立ち尽くす‥。




静香と共に廊下を歩きながら、佐藤は狼狽していた。

毎日顔を合わせる先輩なのに、こんな態度を取るのは良くないと言って。



しかし静香は取り合わなかった。

へりくだる必要なんて無いわと言って、真っ直ぐに前を向いている。



そんな強い彼女の隣で、佐藤は真っ赤になって歯噛みした。

佐藤は、己が恥ずかしくて堪らなかった‥。



そして場面は横山翔の居る教室へと移る。



ふあ~っと、横山は大口を開けて欠伸をした。一応授業中なのだが。

先程直美から「授業、あとどのくらい?」とメールが来たが、「時計見りゃ分かんだろ」とそっけなく返信したところだ。

横山は早く直美と別れたくて堪らない。



そんな折、再びメールが来た。

また直美からかと思ってイライラして開封すると、それは”ニセ青田”からのメールだった。

今はそのアドレスは”切り札”と登録されている。

最近ますます悲しいのーー良い男が一人も居ないっ



「おっ」



そのメールを見て眉間に寄せたシワが一瞬にして取れた横山は、光速で返信を打った。

俺が慰めてやるよ



すると相手からの返信も即行で来た。

マジ?どう考えてもあんたが一番かっこいー!

他の男なんて必要ないわ~!T T




横山はクックックと笑いながらメッセージを打つ。二人は会話を重ねる。

いつ俺と会ってくれんの? どうして?あたしと会いたいの?

うん、一度会おうぜ。会って話したい 

それじゃあたしを慰めてくれる?



”ニセ青田”からの最後のメッセージを読んで、横山は頬を弛めた。思わず一人言葉を零す。

「いや~こりゃ大変な事になっちゃったな~!この子まで絡んで来たらマジ手に負えねーよ」



横山は返信を打ちながら、一人こう呟いた。

「もう証拠だけ引き出したら‥。青田バイバ~イ♪」



横山は、自分の計画はトントン拍子に進んでいると確信し笑いを漏らした。

彼女に最後のメッセージを送る。

あったりまえじゃーん!早く会おうぜ!



静香の携帯に、送り主”タワケ14”からのメッセージが返って来た。

静香はそれを一瞥すると、タバコの煙を吐き出しながら一人呟いた。

「はー‥バカばっか」



静香はそんな気怠げな表情で、先ほどの内容を打っていたのだった。

全ては静香の思惑通り。じっくりと獲物を誘き寄せる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<静香の思惑>でした。

今回ツボだったのはこの二人‥。



名づけて「控えめ二人組」!何度も出て来ては控え目に会話する二人が面白いですw

佐藤達と同じグループでありながら、きっとこの先彼等は出てこないんじゃ‥^^;


そして今回「タワケ14」はCitTさんの訳を頂きました~^^ いつもお世話になっております☆


次回<幻影>です。

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その答え

2014-07-22 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)
「志村教授のレッスン受けてらっしゃる所、たまにお見かけしたんですよ!

私達もあの教授に師事してるんです~」


「同じ弟子同士、仲良くしましょうよ~」



彼女達が持って来たお昼をつまみながら、亮は彼女達の言葉に適当に相槌を打った。

彼女らは自己紹介したり教授の話をしたりと、黙々と食べる亮の前でペラペラとお喋りを続ける。

「志村教授って超~厳しいでしょう?大学生になっても叩かれるなんて!笑っちゃいますよね」

「それにしても、志村教授の特別教習ってのはすごいですね!」



「以前から弟子だったんですって?すごい深い間柄ですね~!」

あのジジイ、オレをそんな風に言ってんのか‥



亮は相変わらず適当に返事をしながら、教授が他の人に自分のことをそう口にしていることを知る。

彼女達は亮に向かって、編入して来たのかそれとも復学かと、矢継ぎ早に質問を繰り出し続ける。

「今学期から突然お見かけしたんで気になってたんですよ!

交換留学生かなって話もあって。本当にピアノお上手ですよねー!」




暫し沈黙していた亮であったが、彼女のその言葉を聞いた途端、動きが止まった。

心の中の海が、苛立ちに騒ぎ始める。

ピアノが上手だと?からかってんのか? テメーらの方がよっぽど上手いじゃねーか。

オレは完全にぶっ壊れてるってのに‥お世辞もほどほどにしやがれ。知ってか知らずか知らねーが‥




志村教授が、亮の手のことまで話しているかどうかは分からない。

けれど亮は、挫折を知らなそうに見えるこの小娘達には、それを知られたくないと本気で思った。

彼女達は気楽そうに会話を続ける。

「河村さんは最近どんな曲練習してるんですか~?」「あたし練習曲変えよっかな~」

 

全てが順風満帆であろう彼女達の隣で、亮は心の海が荒れ行くのを感じていた。

オレは一体何をやってるんだと思いながら、亮の表情は段々と曇って行く。

「河村氏はどうするんですか?」



不意に、長髪の子が自分のことを「河村氏」と呼んだ。

好きな曲何かあります? と彼女は続けたが、亮はそれには答えず沈黙する。




脳裏に、鈴の鳴るような声が突然響いた。


「河村氏!」



瞼の裏に浮かんだのは、雪の姿だった。

数学は得意でした? あ、不得意でしたか? じゃあ国語は?



思い出すのは、つい先日店で話した、何気ない会話だった。

あ、それで本は準備しました? まだ考えられないですか?

もし決心ついたら、絶対話して下さいね




そう口にして微笑む彼女が、亮の瞼の裏に焼き付いている。自分を心配して、進むべき道を一つ余分に作ってくれた彼女が。

脳裏に浮かぶ何気ないそんな一コマが、亮の心を激しく揺さぶった。

「シューベルト‥」



亮は無意識のうちに、女学生からの質問の答えを口にしていた。

女学生は「あたしも好きです」と口にしていたが、それ以降の会話など、亮の耳には入って来なかった。



自分が守りたいものは、雪の笑顔なんだと先程亮は悟った。

そしてなぜ彼女の笑顔を守りたいのかー‥。

その答えが、亮の心に今ハッキリと浮かぶ。



そして亮は立ち上がった。何の脈絡も無く席を離れる彼に、

女学生達は驚いて声を上げる。

「えっ?どこ行くんですか?」「あの‥っ!」



女学生達の声など、もう耳に入らなかった。

心の中には、ただ一人の姿しかもう映らない。



亮は走った。彼女の元へと。

頭の中には、先程浮かんでは消えて行った数々の「Why」が掠めて行く。

どうして彼女が淳と笑い合っている所を見てあんなに胸が疼いたのか。自分はなぜ彼女の笑顔が守りたいのか。



その答えが、今胸いっぱいに広がって堪らなかった。

亮は駆けた。全速力で。

早く彼女に会いたい。ただそれだけの思いを、胸に抱えて。








その頃彼女は、授業を終えて図書館へと向かう所だった。

絆創膏が貼られた彼女の顔を見て、通りすがりの人達がヒソヒソ噂するのが聞こえる。雪は気まずそうに俯いていた。

「ダメージヘア!」



すると背後から、聞き覚えのある声が彼女の愛称を呼んだ。

振り返った雪が目にしたのは、膝に両手をつき、肩で息する河村亮の姿だった。



亮は汗を拭いながら、息を切らせて顔を上げた。

真剣な面持ちで彼女を見つめる。



雪は不思議そうな顔をしながら、「河村氏?」と呼び慣れた彼の名を口にした。

亮はまだ息を切らせながら、もう一度彼女の愛称を呼ぶ。

「ダメージ‥」



広いキャンパスの中で、二人は向き合った。

彼女の愛称を口にしたまま沈黙する亮を前に、雪が疑問符を浮かべる。



亮は何も言うことが出来なかった。

胸がいっぱいで、この感情を上手く言葉に紡げる自信など無い気がした。



真剣な表情で自分を見つめる亮を見て、雪は彼に質問する。

「何かあったんですか?」



冷静にそう問われると、亮は何を言うべきか分からず戸惑った。

えっと‥と言葉を濁しながら、一旦地面に視線を落とす。



そして先程脳裏に浮かんだ何気ない会話の一コマがふと過り、亮は口を開いた。

「一緒に勉強しても‥構わねぇかな」



「え?」と雪が聞き返すと、亮は取り繕うように言葉を続けた。

「その‥ほら高卒認定試験とか何とか言うアレ‥。

一緒に‥。オレ一人じゃ‥だから一緒に‥お前とオレと‥。オレはよくわかんねぇから‥」




亮は切れ切れに言葉を紡いだ。

”一緒に” ”オレとお前” と言葉の端々に、彼女への思いが込められる。

亮は黙ったままの彼女を前にして、視線を彷徨わせながら小さく言葉を続けた。

「勉強とかってよぉ‥したことねぇっていうか‥」



「だから‥」



そう言って亮は彼女の方へと視線を上げた。


目に入って来たのは、亮が見たくて見たくて堪らなかった彼女の笑顔だった。


「良いですよ!」




笑っている雪。

その笑顔は青い空を背負って、キラキラと輝いている。





その笑顔を見た時、亮は敬愛するシューベルトのピアノソナタを奏でた時のように、星が降るような気持ちが胸の中に広がった。

そしてようやく、胸の中でその答えが言葉になったのだ。


ずっと彼女の笑顔を傍で見ていたい。

彼女が笑顔で居られる、その未来を守りたい。


そしてそう思うのは、彼女が好きだからだとー‥。



「早く行きましょ!」



そう言って自分を手招きする雪の背中を見て、亮は切なそうに微笑んだ。

胸を弾ませるようでいて、どこかじれったい感情が胸の中いっぱいに広がって。



亮が高卒認定試験を受ける決心がついたことを、雪は喜んで言葉を続けた。

その足取りは、先程と違い軽かった。

「よく決心しましたね。

家にも勉強する時間をちょっと作ってもらいますよ。お給料はちょっと減っちゃうかもだけど‥」




「あ、ところで本は買いましたか?」



亮は胸の中に生まれた確かな思いに気を取られ、暫しその場に立ち尽くしていた。

そして自分を惹きつけてやまないその感情のままに、やがて彼女の方へと足を踏み出す。



かつては”亡霊”のように自分を導いていたその感情が、今ハッキリとした名を持って亮を動かしていた。

ようやく自覚したその感情を胸に抱えて、亮は彼女の後を歩いて行く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<その答え>でした。

亮さん、ようやく自覚した!の回でしたね~~!^^

この回の広告にも、

横山:「お前は片想いしろよ~? 俺は美少女とデートするからさ~」 



と、亮の思いが明記してあったという‥!(CitTさん訳頂戴致しました。毎度お世話になっております!)


ここからまた物語が動き出しそうですね~!

ということで、亮さんの思いの自覚を記念して(?)明日は亮さんムービーをアップします~。

通常記事はお休みさせて頂きます。

本家の連載速度にブログが迫りつつあるので、少し休憩ということで‥(といっても一日ですが

どうぞご理解の程よろしくお願い致します!




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