Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

墓穴

2013-11-30 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
「この人変態です!早く捕まえて下さい!」  「はぁ?!!」



青天の霹靂とも言える女からの訴えに、思わず秀紀が狼狽する。

自分のことを覗き見していたと言うその言葉に、秀紀は感情的に言い返した。

「ふざけんな!こっちだって見たくて見たんじゃないわ!

カーテンも閉めずに着替えてたのはあんたでしょーが!!」




雪は秀紀の墓穴の掘りっぷりに頭を抱えた。

何にせよ覗いたのは事実‥。刑事の表情が曇り、秀紀に声を掛ける。

「失礼ですが、ここ最近この周辺で下着泥棒が出没しました。

その上昨晩は暴行事件まで」




「かなり深刻な事態ですので、少しでも疑わしい人は調査せざるを得ないんですよ。

失礼ですが、昨晩は何をされていましたか?」


刑事は疑心の目を秀紀に向けながら、質問から事情聴取へとその深刻さを深めた。

当然秀紀は立腹し抗ったが、先ほどの女からの苦情もあり、変に言い逃れするより素直に従った方が懸命だと判断する。



ありもしない罪を疑われ納得のいかない秀紀だが、一つ息を吐くと昨晩のことを話し始めた。

隣にいる雪を指さし、この子と飲んでいたんだと。



雪も証言した。秀紀が先に寝てしまって、先輩と共に家まで送ってあげたということを。

刑事は事実関係を確認し頷いていたが、次の瞬間野次馬の中年女性達が、秀紀を見て声を上げた。

「やだ!やっぱりあの人だったんだわ!さっきの刑事さんと一緒だもの。

ね?変態だったでしょ?」




先日雪と亮と秀紀が一緒に居た時も、秀紀に疑いの目を向けていた中年女性達だ。

秀紀は彼女らに向かって声を荒げ、身の潔白を訴えた。

「ちょっとなんなのあんた達!実際に見たわけ?!

言ってみなさいよ!あたしは潔白よ!まるで白鳥のように真っ白‥」




そこまで言ったところで、再び刑事が秀紀に声を掛けた。

雪の証言で昨晩の暴行事件の疑いは晴れたが、下着泥棒の方の線で秀紀が引っかかったのだ。

「失礼ですが家の中を見せて頂いてもよろしいですか?

誤解されるよりはそちらの方がよろしいかと‥」




ついに任意の家宅捜査にまで事が及んでいたが、秀紀は開き直って承諾した。

疑わしいことなんて何一つ無いからだ。

「分かったわ好きにして!何も出て来なかったら承知しないから!」



秀紀は野次馬たちを指さし、もし自らの潔白が証明できれば、あんた達を訴えてやると息巻いた。

上から覗いでいる先ほどの女にも、虚偽告訴罪で訴訟を起こすとも。

「全員覚悟しとくのね!!」



秀紀の啖呵が道に響き渡る。

衆人環視の中、そのまま三人は家への階段を上がり、秀紀の家へと入っていった。


しかしそこで彼らが直面したのは、思いがけない事実だった。



洗面の前の棚に、女性用下着が山のように積まれている。

それらを前に刑事は冷静に観察し、雪は驚愕し、秀紀は顔面蒼白した。



当然秀紀には覚えが無かった。

なぜこんなものが家にあるのかと狼狽する横で、雪があることに気がつく。



自分の下着だった。

思わずハッとした表情を浮かべた一瞬を、刑事は見逃さなかった。

「どうしました?あなたの下着もここに?」



雪は言葉を濁した。秀紀のこと云々もあるが、男性二人の前で自分の下着が目の前にあるとはやはり言い辛い。

そんな雪の様子を見て、刑事は冷静に口を開いた。事実を明確にする必要があるので、ハッキリ言って下さいと。

「あ‥えーと‥私の物ではあるんですが‥。たまたま同じものかもしれないし‥」



雪は曖昧な言い方をしたものの、

刑事から「とにかくあなたの下着もあるということですね」と言われ、頷くしかなかった。

秀紀が声を荒げる。

「あ、ありえない‥!」



昨日まではこんな物は無かったと、秀紀は切々と訴えた。

誰かが侵入して置いていったに違いないと。

「だって昨日は酔っ払って完全に記憶が無かったんですよ?!間違いなく誰かが侵入したとしか‥!」



その秀紀の言葉を受けて、雪はあることを思い出した。

昨晩先輩と秀紀を送ってきた際、彼の部屋は鍵が開いていたのだ。

「これ、おじさんの鍵‥」



雪がポケットから秀紀の家の鍵を取り出すと、彼は解せない表情をする。

「‥?なんであんたがこれを?」

「鍵開けっ放しだと危ないと思って、代わりに戸締まりして朝にでも返そうかと思って‥」



そう言った雪を見ながら、秀紀の表情が微細に変化した。

その瞳の中に、疑心が浮かぶのが見て取れる。

「あ‥そう」



その表情に、雪の心の中がざわめく。

え?何あの表情‥。まさか私のこと疑ってるの?

疑いたいのは私の方なのに‥。




それでも信じようとしてあげてるのに‥。

そんな二人の心の変化には構わず、刑事はおもむろに下着の写真を撮り始めた。

証拠写真を収めさせて頂きます、と言って。



秀紀は自身の思いとは裏腹に、着々と進んでいく事態に思考がついていかない。

令状もなしにこんなことが許されるのかと主張もしたが、刑事は先ほど秀紀自身が家宅捜査に応じたことを持ち出し、

その必死な訴えも却下された。クラクラと目の前が暗くなる。



下着の写真を撮り続けながら、「こんなに沢山‥」と刑事は嘆くように言った。

その言葉に、思わず秀紀がカッとなる。

「ホントに違うんだってば!なんであたしが女の下着を盗まなきゃなんないの?!

興味なんかないっつーの!あたしはねぇ‥!!」




そこまで言ったところで、刑事の目が光った。

じっと秀紀のことを観察するように見続けている。



秀紀は言葉を続けられなくなって、そのまま俯いた。

すると刑事は秀紀に、署まで同行するよう依頼した。とにかく署にて調査をする必要があると。



秀紀は刑事の依頼を嫌だと突っぱね、尚も自らの潔白を訴えた。

しかし先ほどの野次馬達の姿が思い浮かび、このまま家にいるよりは署で事実を明らかにする方が良いと思い直した。

「いいわ!行く!行ってやろうじゃないの!白黒ハッキリつけようじゃないの!」



思いもかけない事態の進行に、雪は慌てるしかなかった。

何も言葉を掛けられないまま、刑事と秀紀は車に乗って警察署まで行ってしまった。



一人残された雪は、家の前で呆然と立ち尽くした。

何が起こったのか、未だハッキリと把握出来ないままで。



とにかく先輩に連絡しようと携帯を取り出すと、ちょうど誰かからの着信が入って来たところだった。

画面には”品川さん”の文字が踊る。



電話を取った雪の耳に、狼狽した品川助手の声が届く。いつもとは違うその声に、雪は耳を澄ました。

「え?」



耳に入って来たのは、思いがけない知らせだった。

大きく動き出した運命の、歯車が回る音がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<墓穴>でした。

秀紀さんを信じようとしているのに、雪を疑いの目で見た秀紀の心情を読み取り、それに不満を持つ雪‥。

なんて繊細な感情を描き出すんでしょうね~チートラってば!すごい漫画です、本当。


そして最後、雪に品川さんからの電話がかかってくるんですが、日本語版では突如「石森さん」になっていました(苦笑)

誰‥(^^;)

次回は<曖昧な自身>です。


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義理堅い彼女の提案

2013-11-29 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
完全に潰れた秀紀を介抱しながら、雪と淳は家に向かって歩いた。

意識の無い人間は重たく、特に雪にとっては骨の折れる帰り道だ。

「おじさん!しっかりして下さい、もうすぐ家ですよ」



ようやく家の前の通りまで来ると、いつもひっそりとした路地がどこかざわついているのに気がつく。

パトカーが走り去り、人々は「もうこんな所に住めない」と怯えた調子で囁いている。

  

不穏なものを感じた雪だが、次の瞬間秀紀が口を押さえて俯いた。

「うっぷ‥」 



吐きそうになる秀紀をなんとか宥める。

雪と淳はそのまま家の前まで彼を担いで行き、どうしようかと暫し思案した。

しかし試しにノブを回すとドアが開いた。

これ幸いと彼らは秀紀を担いだまま部屋に入り、彼を敷きっぱなしの布団に寝かせる。



戸締まりもせずに出かけるなんて‥と言いながら、雪と淳は部屋を出た。

外から秀紀の家の鍵を掛け、その鍵は雪が預かることにした。

「まさか雪ちゃんと秀紀兄さんがお隣さん同士だったとはな」



ドアの前で二人立ち話を始める。雪は頭を掻きながら、

「はい、私もビックリです。ははは~不思議ですね~!」



そう言って笑うと、先輩もニッコリと笑顔を返した。

しかし続く言葉が見つからなくて、暫し二人の間には沈黙が落ちる。



場を繕うように雪が乾いた笑いを引きずると、淳はそんな雪の姿を不思議そうに眺めた。

  

雪の頭の中をぐるぐるしている考えには思い及ばず、淳は暗くなった空を見上げて口を開いた。

「もうこんな時間だな。疲れただろうし、今日はもう入って休むといいよ」



じゃあな、と言ってそのまま去ろうとする先輩に、雪は当惑した。

義理堅い彼女の思考回路が、猛スピードで回転する。

本当にこのままさよならでいいのか?ここまでわざわざ来てくれたのに‥。

おじさん運ぶの重かっただろうに‥。冷たいコーヒーでも飲んで行って下さいとかなんとか言うべきなんじゃ?




もちろんコーヒーだけ‥コーヒーだけだけど‥。

とにかく本当にこのままさよならするの?



考えた末、「あの‥」と雪は先輩に声を掛けた。

「その‥ですから、コーヒーでも‥飲んで‥」



たどたどしく言葉を紡ぐ雪を、淳は不思議そうな顔で見つめた。

何も言わず、そのまま成り行きを見守る。



「だからコーヒーを‥コーヒーだけ‥」



彼氏を部屋に入れるということへの躊躇いと、礼儀や義理に対する雪の思いが交錯し、どうにも言葉に詰まった。

そのまま俯いた雪を先輩は暫し見ていたが、やがて彼女の思いを汲んで「ハハ!」と笑った。



雪の髪の毛をクシャッと撫でながら、

「今度な」と言葉を掛ける。



先輩は雪の方を優しい眼差しで見つめながら、

「おやすみ」と言って笑った。



そんな彼の反応に、雪はホッとして頷く。

そのまま手を振って去って行く先輩に、雪が手を振り返し、小さくなっていく彼の後ろ姿を見送った。

 

彼の姿が見えなくなると、雪は胸を撫で下ろして息を吐いた。

変な緊張が今も体に残ってガチガチだ。



秀紀の部屋の中からは、呑気に彼の高いびきが聞こえてくる。

誰のせいでこんなに疲れているのやら‥。雪は家に入ると、大きな音を立ててドアを閉めた。











翌日、雪が買い出しから戻ってくると、秀紀がゴミ出しの為外に出て来たところに出くわした。

見るからに二日酔いで、口からは魂が抜け出てきそうである。



雪は秀紀に声を掛け、昨日のことを言及したが、秀紀はあまりよくは覚えていないようだった。

雪は秀紀の反応を見て、どっと疲れが出た気がする‥。

  

実は雪は秀紀のために、もやしスープを作るための買い出しに出かけていたのだった。

もやしスープは二日酔いの時に飲むと、胃にいいとされているスープだ。

「もやしスープ作りますけど飲みます?」



秀紀はムカムカする胃を押さえながら、雪の提案にすぐさま乗った。

二人が部屋に帰ろうと、一歩踏み出した時だった。

「失礼します、ちょっとお尋ねしてよろしいですか?」



そう言って話しかけてきた男は、ポケットから手帳を取り出した。

「XX署の者です」と言って見せられたのは、警察手帳だった。



刑事は、二人にこの近所に住んでいるのかと尋ねた。

雪が肯定すると、「もしかして昨日この界隈で不審人物を見かけませんでしたか?」と続けた。

「何かあったんですか? 昨日パトカーを見かけましたけど‥」



思わず雪が質問すると、

刑事は「この周辺で暴行事件がありまして」と淡々と答えた。



もう一度刑事は二人に不審人物を見かけなかったかと聞いたが、二人は首を横に振った。

その反応を見て、刑事は踵を返す。

「ではもし何か思い出しましたら、XX署までご連絡下さい」



そうして刑事が立ち去ろうとした矢先、甲高い女の声が上方から響いた。

「あの!ちょっと待って下さい!そこのメガネの人!その人変態です!!」



「あたしのこと覗き見してたんです!早く捕まえて下さい!」



女は雪と秀紀の向かいの家から、顔を出して声を上げていた。

秀紀を指さしながら、必死の形相で訴えている。

秀紀が驚愕し、雪がそれを聞いて当惑する‥。





青天の霹靂とも言えるこの彼女の訴えが、この先の秀紀の運命を大きく動かすことになる。

彼と彼の周りの人々が、徐々に大きな騒動に巻き込まれていく‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<義理堅い彼女の提案>でした。

雪が秀紀に作ってあげようとしたもやしスープ。



シンプルな味で美味しそうですね~。

それにしても雪の優しさ、義理堅さに胸が熱くなります。いい子やな~。


次回は<墓穴>です。

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不条理

2013-11-28 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


その不条理に倒れた男を、月だけが見ていた。

遠藤は暫くそのまま横たわっていたが、やがてゆっくりと体を動かし、ポケットに入れてあった携帯電話を探った。



どくどく、と脈拍に合わせて血が流れていくのが分かる。

その血液は今や後頭部から、額を伝って地面に染みを作っていく。



朦朧とする意識の中で、震えながらリダイヤルのボタンを押した。

しかし耳に入って来たのは、またしても”ただいま電話に出ることが出来ません”という無機質な音声だった。

遠藤は携帯を置くと、再び力無く地面に横たわった。



空を見上げると、満月が浮かんでいた。

高いところから、手を差し伸べることなく、それがこの世の常であるというように、

何も語ることなく、ただそこにぽっかりと浮かんでいた。



汚れた地べたに横たわりながら、遠藤は先ほど男から言い捨てられた言葉を、ぼんやりと反芻した。

虫唾が走る、反吐が出る、汚らわしいと、無遠慮に投げつけられた心ない言葉の数々。

遠藤は、どうしても分からなかった。

悪いことをしているわけでも、犯罪を犯したわけでもないのに、なぜ度々人々から後ろ指を刺されて非難されるのか‥。

俺が秀紀と一緒にいて、何が悪い?



世の中には、自分より”悪い奴”が沢山居る。

それは遠いどこかの話ではなく、すぐ隣にあるリアルな話だ。

金持ちだからって人を見下す人間もいる、道行く人をこうして襲う人間もいる‥。

  





ニュースを見れば、自己中心的な人間が罪の無い人を踏みにじったりする事件が毎日起こっている。

事の真偽などお構いなしに、ただ気に食わないからと言って他人を傷つける人間もいる。

そんな人間たちに比べたら、自分は遥かにマシな人間じゃないか‥。

俺の何がそんなに間違ってるってんだ‥



意識が少し遠のいて、遠藤は母親から罵倒された記憶を思い返していた。

母は遠藤が同性愛者だと知ると、号泣しながら遠藤の足元に縋り付き、彼を責めた。



このままでは病気になって死んでしまう、と言って泣き叫ぶ母親の顔が、脳裏にありありと浮かんだ。


そして秀紀とまだ知り合って間もない頃の記憶も、浮かび上がって来た。

いつも遠藤の行く先行く先を、秀紀はついてきた。隠れることが下手な彼は、すぐに見つかってしまう。



遠藤は彼に向かって、よく声を荒げたものだった。

「ったく!俺はそちらさんが気に食わねーんだよ!不細工だし!金の自慢ばっかりしやがって!」



そう言った後は決まって、秀紀は涙を浮かべて俯いた。



気に食わなかったはずなのに、なぜだかその姿を見ると放っておけなかった。



それから二人は何度も食事を共にし、長い時間を共有していった。

秀紀の天真爛漫なところや、根が温かいところ、そして何より自分を想ってくれるところに、だんだんと遠藤は惹かれていった。



頭に思い浮かぶのは、いつだって嬉しそうに笑う秀紀の笑顔だった。

ただ彼と一緒に居たい、そんなささやかな願いを持ち続けることが、どうしてこんなにも難しいのだろう‥?



そうして遠藤は目を閉じた。

薄れゆく意識の中で、その瞼の裏側で、秀紀が幸せそうに微笑んでいる‥。












遠藤が意識を失ったその頃、

雪、淳、秀紀の三人は、テーブルを囲んで談話している最中だった。

とはいっても、秀紀はもうノックダウン寸前で机に突っ伏し、ウダウダとくだを巻いている。

「あれ?」



不意に雪が、床に落ちた携帯電話に気がついた。秀紀が落とした物のようだ。

雪はそれを拾い秀紀に手渡そうとするが、彼はそれに気を留めず嘆きを続けていた。

「あたしだって分かってるわよ、情けないってこと‥」



「馬鹿みたいでしょう? あんなに偉そうにしておいて‥」



秀紀はそう淳に向かって言った。

幼い頃から兄貴分として、彼に上手に世の中を渡っていくための処世術を教えこんだこともあった。



しかし今やこの姿だ‥。

淳の、彼を見る視線は冷ややかだった。



尚も嘆き続ける秀紀の隣で、雪は先ほど拾った携帯を見る。

どうやらもう充電が無いようだった。



雪はそのままそっと携帯を秀樹の隣に置いた。

彼の感情の吐露を邪魔せぬように、その嘆きを静かに受け入れるように。

「もうとっくに落ちぶれちゃって、このまま実家に帰ろうかって何百回、何千回思ったわ。

ずっとずっと、考えてたの」




だけど、と秀紀は言った。

閉じた瞼のその裏には、彼の笑顔が浮かんでいた。

「だけど、どんなにずっと考えてみても‥」



心の中にある幸せな記憶が、いつも秀紀を押しとどめた。

直面している現実から酒を煽って逃げる度、その記憶が枷となって動けなかった‥。




それきり秀紀はテーブルに突っ伏したまま眠り込んでしまった。

雪と淳は顔を見合わせて、彼をどうすべきかと思案する‥。










同じ頃、雪の家もとい秀紀の家の近辺を、河村亮はぐるぐると回っていた。

「ったく!どこも似たような道ばっかじゃねーか!迷路か?!迷路なのか、ああ?!

おりゃ一体何回まわってんだ?!また回って~!回って!!」


  

大声で騒ぎ立てる亮に、通行人は目を留めるがすぐに足早に去って行く。

そうしてまた静かになったところで、ようやく亮は雪の家へ続く細い道を見つけた。

「あっ!みーっけ!」



そこで亮の目に飛び込んで来たのは、

倒れている一人の男の姿だった。亮の心臓がドクンと脈打つ。



亮は恐る恐る近づくが、男は地面にうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。

まずい、と亮は思った。

「お、おい!しっかりしろ!」



慌てて駆け寄った亮が見たのは、ベッタリと頭部に張り付いた血痕だった。

依然として男の意識は無い。



普段見慣れない血を見たせいか、亮は気分が悪くなって口元を押さえた。

そんな亮を見た通行人の女性が、誤解をして叫び声を上げる。

「キャアアア!」



亮は顔を上げると、その女性に向かって「早く119番しろ!」と言い、

着ていたシャツを脱いだ。女性はパニックのあまり泣き出している。



バサッと、亮は脱いだシャツを男の頭に掛けてやった。



怪我の箇所が見えなくなると、幾らか冷静に亮は物事を見れるような気がしたが、

依然として女性は当惑しながら、なかなか電話を掛けられないでいる。

「おい!電話は?!早くしろよ!!」



ふと亮が男の方を見ると、先ほど掛けたシャツに血が滲んでいた。

必死なんですと言って震える女性と実は同じくらい、亮も身が竦んでいた。



早くしろ、とがなる亮の大声が、暗くひっそりとした路地に響く。

空ではやはり満月が、その騒動を密やかにただ照らしていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<不条理>でした。

亮が雪の家の界隈で「また回って~!回って!」と言っているのは、歌の歌詞だそうです。

チョンイングォン 「回って回って回って」 (1988年)



日本ではここでの曲はこれでしょう!

♪ 夢想花 / 円 広志


飛んではないですが、回って回って回って回りますからね‥(^^;)


次回は<義理堅い彼女の提案>です。

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災難の渦中へ

2013-11-27 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


ひょんなことから顔を合わすこととなった、雪、淳、秀紀の三人。

秀紀があまりにも騒ぐので、彼らはテーブルを共にすることにした。

すでに秀紀はベロベロに酔っており、テーブルに突っ伏したかと思うと低い声で語り出した。

「あたしは捨てられたの。一言で言えばうまく振られたみたいよ」



なんのことはない‥。流行りのポップスの歌詞であった。

雪は思わず白目である。



顔を上げた秀紀は、悔しそうに歯をギリリと噛むと、今度は大きな声を出した。

目尻には涙が滲んでいる。

「恋人は去り!家には見捨てられ!勉強も出来ず!近所では変態扱いされる始末!

完全にこの世から捨てられたのよ~~!!」




うわぁぁと声を上げて泣く秀紀を、雪は若干引き気味に、淳は淡々と眺めていた。

周りからの視線が痛い‥。



テーブルに突っ伏している秀紀に、見かねた雪が言葉をかける。

「おじさんそんなに落ち込まないで‥。そんな時ほど元気出さなきゃ。

ずっと部屋に篭りっぱなしだと、もっと憂鬱になっちゃいますよ。運動したりして外の空気吸わなくちゃ」




雪の慰めを受けて、秀紀の瞳に涙がうるうると溢れ出す。感動のあまり、思わず雪に抱きついた。

「マイハニー!!」



秀紀は雪のことをハニーと呼んだかと思えば、今度は嬉しそうに肩を組んだ。

「今まで邪険に扱って悪かったわぁ。知れば知るほどあたしの味方になってくれるのは、

ハニーちゃんしかいないわぁぁ」




雪が乾いた笑いを立てていると、不意に秀紀の腕が雪の肩から外された。

先輩が、秀紀を雪から離す。

「秀紀兄さん、飲み過ぎだよ」



淳は笑顔を浮かべたまま言葉を続けた。

「ハニーって何だよ。雪ちゃんは兄さんの恋人じゃないだろ。しっかりしてくれよ」



誤解されたらどうするんだと続けられた言葉を受け、雪は秀紀に代わって口を開く。

「私なら大丈夫ですから。酔ってるわけじゃなくって、おじさんは元々そういう言葉使うじゃないですか。

今さら‥」




笑って流せると思った雪だったが、それを聞いた淳の表情が変わった。

「え? 兄さんが、どうして?」



そんな淳の反応に、雪も目を丸くする。

「え?知らないんですか?幼い頃からの仲だから知っているものだと‥」



淳は酔いつぶれてテーブルに突っ伏した秀紀を眺めながら、以前の彼の姿を思い出していた。

少し思い当たるところがあるような気もして、

「いや、まぁ昔から女っぽいところはあったけど‥」



そう言葉を紡いだものの、しっくりとは来なかった。思わず口を噤む。


その後秀紀はノックダウンしたり再び起きたりを繰り返し、雪と淳を困らせ続けた。



店の外はネオンの光が幾数も灯り、

その喧噪をやんわりと飲み込んで行く‥。















プルルル、と電話口から響く着信音が、暗くひっそりとした夜道に響いている。

街灯は少なく、遠くのネオンの光だけが僅かに空に灯っている。



家の外に出た遠藤は、耐え切れずにもう一度秀紀に電話を掛けていた。

出てくれ、お願いだと何度も空に祈ったが、それは叶わない。

”ただいま電話に出ることが出来ません”の音声案内が、虚しく響くだけだった。

「チクショ‥最低野郎‥」



拭っても拭っても溢れてくる涙。泣きながら紡ぐ言葉は、切れ切れになる。

遠藤は哀しみと孤独に引き止められ、その場から動けない。

そんな遠藤の後ろから、一人の男が足音をひそめて近づいていた。キョロキョロと、周りを窺っている。



そして音もなく懐からレンガを取り出すと、泣きじゃくる遠藤の頭目掛けて、それを振り上げた。

「秀紀‥」



彼が恋人の名を呟いた後、鈍い音が響いた。

燃えるように熱い後頭部を押さえながら、遠藤はその場に崩れ落ちた。



男は倒れた遠藤の腹を、マジムカつくと言って蹴った。

後頭部に続きみぞおちにも一発食らわされた遠藤は、今度は腹を抱えて苦しそうに咳をする。

  

遠藤の姿勢がうつ伏せから横向きに変わったのをいいことに、男は遠藤のポケットを探り、鍵を取り出した。

そのまま鍵を握りしめながら、低い声で遠藤に向かって囁く。

「さっさと出てくればいいものを。住人でもないくせに何なんだお前?」



男は立ち上がると、汚らわしいものでも見るような目つきで遠藤を見下ろした。

「まぁ、じゃなくても前々から一発殴ってやりたかったんだよ」



「虫唾が走るぜ」

男は遠藤と秀紀が恋人同士にあるということを知っていた。

外で見かける度に反吐が出るかと思ったと、そう忌々しそうに言った。



ペッ、と男が遠藤に向かって唾を吐く。

それはうつ伏せになった遠藤の顔近くに落ちた。

遠藤は朦朧とする意識の中で、男の足音が小さくなっていくのを聞いていた。



そして足音が聞こえなくなると耳に響くのは、自分が吐き出す呻き声だけになった。

硬く冷たい地面が、遠藤の体温を奪っていく。

この世の不条理が、遠藤の心を蝕んでいく‥。


夜空に浮かんだ満月だけが、全てを見ていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<災難の渦中へ>でした。

秀樹が語った歌詞はこちら↓

Certain Victory Seo TaiJi


有名な曲だそうですね!色々なグループがカバーしているとか‥。


さて今回もまた呼び方の問題が出てまいりました。秀樹兄さんの言う「チャギ」です。



一般的にはかなり親しい間柄で使う敬称だそうですね。恋人同士で呼び合う場合にも使うと。

なので、雪に抱きつき+「チャギ」+肩組みをした秀樹に、先輩がストップをかけたのですね。

先輩の台詞、本家版に忠実に「ハニーって何だよ。雪ちゃんは兄さんの恋人じゃないだろ」

としました。(↓笑顔ですが相当頭来てそうです、先輩ww)



日本語版では「あんたって。俺の恋人だからもうちょい丁寧にしてくれないかな」

でしたよね。「チャギ」の持つ「マイハニー」感を消し、「あんた」として「失礼な感じ」を出したのですね~。

考えられてるなぁと感じました!


そして遠藤さん‥(T T)本当不憫すぎます、彼。目から汗が‥。


次回は<不条理>です。


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夜に紛れて

2013-11-26 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
「ここ、安くて美味しいんですよ」



雪の案内で、二人は近所の居酒屋へとやって来た。

席に座り、焼酎とチヂミを注文する。

「‥けど私お酒弱いんですよね。一口飲んだだけでも真っ赤になるので‥」



飲まない代わりに一生懸命注ぎます、との雪の言葉に、

先輩が意味ありげに笑う。

「俺だけ飲ませてどうするつもり?まさか雪ちゃん‥俺を‥」



先輩の言葉に雪は思わず青ざめ、ワタワタと慌てる。

そんな彼女を見て、プハハと先輩は笑った。

「心配しないで。もし酔ったら俺が責任持って送るから」



雪が口ごもると、先輩は上目遣いで彼女を見つめた。

ダラダラと冷や汗に似たものが沢山浮かぶ。

「あはは‥いえ‥ひ‥一人で帰れま‥」



「何想像してんの?」



いきなりの超至近距離&耳元への囁きに、ひいっと雪の全身に鳥肌が立つ。

しばし髪の毛をも逆立てて固まる雪に、先輩はプッと吹き出して笑った。



遊ばれている‥。

悔しがる雪の前で、尚も笑い続ける先輩‥。




すると、離れた席で酔っぱらいが大きな声で店員のおばさんを呼んだ。

酒を出せと絡むその男に、おばさんは「飲み過ぎだよ」と呆れたように諭す。どうやら彼は一日中飲んでいたようだ。



尚も酒だ酒だと騒ぐその男を見て、雪と淳は固まった。

その視線を受けて彼も二人の方を見て、結果三人共固まった。



先に声を発したのは秀紀だった。

「これはこれは誰かと思えば~。お隣のお嬢ちゃんと~イケメン淳くんじゃな~い?」



雪は秀紀に向かって「おじさん」と、淳は彼に向かって「秀紀兄さん」と、彼らはそれぞれ呼びかけた。

雪と淳が顔を見合わせる。

「兄さん?」  「お隣?」



しかし再び声を発したのは秀紀だった。

「何よ何よ、二人知り合いってこと?!ってか‥付き合ってんの?!!」



ギャーギャーと騒ぐ秀紀に、居酒屋店内はにわかにざわめき始める。

雪がそんな彼を宥めようと傍に呼び、三人はテーブルを共にする‥。





そして同じ夜、河村亮は上機嫌で帰路に着いていた。

鼻歌交じりに、夜の道を行く。



もう何度も見たのだが、もう一度ポケットから左手を出して眺めてみる。

貼られたバンソコウは、ヒーローの証。



ふふん、と亮は息を吐いてから、夜道で一人シャドーボクシングを始めた。

通行人は誰もが見てみぬフリをしていたが、亮は満足そうである。

「いいぞぉ~!やっぱ男はタフでなきゃな!」



この際キックボクシングでも始めるかと、上機嫌な亮は呟く。

しかしふと、通りの向こうで光る場所が見えた。

そこだけ輝いて、目を引かずにはいられないもの。

  

亮は暫し、中にあるピアノに目を留めていた。

しかし自ら目を背けると、こんな貧乏学生しかいない街に楽器店があるのは問題だと言って、皮肉って笑った。



握った拳が、その左手が、疼いて痛んだ。

もう思い通りには、動かないその指が。



かつて何百何千の音符を、幾数もの旋律を奏でてきた指。

鼓膜に焼きついた幾つもの曲が、未だにその奥で鳴り続けているのに‥。







亮は振り返ること無く、暗い道を歩いて行った。

そして交差点に差し掛かった時、帰路とは別方向の道の方を亮は見やった。

こっちに行くとダメージヘアーの家だよな。未だに変態がうろついてるんじゃねーだろうな?



今日は塾の日でもないから家に居るだろうかと、亮は雪のことを考えていた。

いつも一人で夜道を歩く彼女を心配しながら。



すると雪の家に続く道中で、一人の男がその場で屈んでいるのが見えた。

道の端でレンガを拾い、懐に仕舞うのも。



目を疑わずにはいられなかった。

なぜ夜道でレンガを拾う必要があるだろう?



亮は暫し男が歩いて行った方向を見ていたが、やがて男の後ろ姿は小さくなり見失った。

脳裏に不吉な想像が浮かぶ。

まさか‥



先日雪に絡んでいた男の姿が思い浮かんだ。

顔はよく見えなかったが、背格好は似ていたような気もする‥。

 

しかし亮に殴られヘロヘロになった姿も思い浮かんで、思わずククク、と笑いが漏れた。

あいつにそんなことする度胸があるはずないな



けれど‥。

「いや、待てよ‥。ああいう奴ほど、頭にきたらなにやらかすかわかんねぇ」



眼中にも無かった奴から受けた傷が、今も残っているじゃないか。

あの狂ったような笑い顔を、絶望の淵で見上げたじゃないか‥。





亮はギリッと唇を噛んで、次の瞬間駆け出した。

このモヤモヤする気持ちにキリをつけるように、大きな声を上げながら。

「あーもう!!チクショーー!!!」



先ほどの男が歩いて行った方向、雪の家への方向へと、亮は全速力で駆けて行った。



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<夜に紛れて>でした。

この日は塾自体が休みの日なのか、雪の授業が無い日なのか‥。

亮の出で立ちがいつも通りなだけに、気になります‥。


次回は<災難の渦中へ>です。

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