
雪はその場にへたりこんだまま、先程青田淳から言われた言葉を反芻していた。
「俺って本当に怖いってだけ?」

これまで嫌という程苦しめられて来た彼に言われたその一言。
雪は彼が今までしてきた所業を思い出し、感情のままに怒鳴り出した。
「何なのあの人?!」

「毎日毎日挨拶はシカトするわ、」

「人のこと無視するわ!」

吐き捨てるように”汚らわしい”と言ったあの横顔が、今も忘れられなかった。
思い浮かぶのは皆の前で自身の意見を潰された、文化祭の出し物を話し合った時のこと。
あの”上から目線”が、何よりも雪の神経を逆撫でする。
「自分は別世界の人間だとでも思ってんでしょ?!」

「ずっと一発食らわしてやりたいのをギリギリで我慢して来たっつーの!!」

「寝ても覚めても頭から離れな‥」

すると目を閉じて拳を握る雪の隣に、またしてもひょっこり彼が現れた。
「だよね?」

「君は最初から俺を意識してた。見てたでしょ?その通りじゃないか」

それはいつか路地裏で聞いた、酔っ払った彼の本音。
「そう。俺のこと見てたんだ」

その言葉が、雪の心の深層を探り出す。

思い出すのは、彼と初めて会った時のことだった。
「先輩、おつかれさまでーす!」

休学明けの開講パーティー。
彼が現れたと同時に、場の空気がガラリと変わった。
「淳が来たぞ!」「先輩、待ってましたよー!」「よぉ!青田!」

確か直美さんがこう言って来たはずだ。
「雪ちゃんは知らないっけ?」

「雪ちゃんが入学する前休学してた先輩だよ。青田先輩」

端正な横顔に目が奪われると同時に、皆に囲まれる彼の姿ばかりが印象に残る。
その姿は知り合いが数えるほどしかいない雪とはあまりにも違った。
「かっこいいでしょ?性格もすごく良いんだよ?」

「はい」

苛立ちの混じった嫉妬心が、感じた第一印象を覆ってしまった。
本当は、ずっと彼から目を離すことが出来なかったのにー‥。

心の深層を漂う記憶の旅の中で、この時のことも思い出した。
白い壁に囲まれた病院の待合室で、無防備に眠る彼のことを。

周りで起こる様々な出来事と人間関係。
その間で曖昧に揺れる自身をひしひしと感じた後、雪は眠る彼の前に立った。

夢の中で黒い服を着た彼から、”ずっとこの距離を保ちたいのか”と聞かれて、何も答えられなかった。
けれどもう自ずと答えは出ていたようだ。

彼に対して傲慢と堅苦しさしか感じてなかった過去が、
いつの間にか優しさと親しみで塗り替えられていた。
深層に眠るその気持ちが道標となり、抱えて来た曖昧さを溶かして、彼女を導いて行くー‥。


持ち得ないはずのその記憶が、甘い感情と結びついて次々と浮かび上がった。
誰にも頼れないと途方に暮れていた時、力強く手を引いてくれたこと。
「行こう。甘いもの好き?」

「笑顔でいてね」

唱えられた魔法の言葉が、重たい足枷を外してくれたこと。
自由奔放な弟と真面目で融通の利かない自身を比べて凹んでいた時、そんな自分を認めてくれたこと。
「そんなに自分を卑下する必要なんてないよ。雪ちゃんは十分良くやってる」

そして芽生えた、恋心。
彼に触れられる度、二人の距離が縮まって行く。
「ありがとう」


路地裏でのキスが、雪の記憶に甘く残る。
けれどこの胸に感じる苦さも、確かに雪が経験したことだ。
「先輩がやったんだ」「全部青田淳のせいで!」

思い出す悪感情と共に、「雪ちゃん」と自分を呼ぶ彼の声が聞こえる。
「嫌なら断ってくれて良いから」「本当は青田って‥」「青田先輩が‥」

他人の声と自分の声、そして彼の声が同時に響いて消えて行く。
嘘と真実、外聞と内聞、虚飾の笑みと素の微笑みと‥。
そして最後に、この言葉だけが残った。
「一緒にメシでも食いに行こうよ」

雪の目を真っ直ぐに見つめながら、彼は問う。
その選択を雪に委ねながら。
「ね?」

そして雪は知り得ぬ未来を見据えながら、選択の岐路に立たされた。
決断と共に決まる正否。
苦い記憶と甘い記憶が、混在しながら雪を導くー‥。

はっ

雪はビクッと身を震わせた。
気がつけば、空は焼けるような夕焼けに染まっている。

「‥‥‥‥」

雪は目を見開きながら、一人ぼんやり地元を歩いていた。
知らぬ間にもうこんな所まで帰って来ていたらしい。
「‥‥‥‥??」

「‥?」

まるで雲の上を歩いているかのように、ふわふわして落ち着かない。
雪は頭を掻きながら、この不思議な状況にただただ戸惑ってしまう。
「えーっと‥ここはどこ?私は誰?」

今日は本当に‥

おかしな‥

すると雪の視線の先に、「手相 占い」と書かれたテントが目に入った。
中には中年の女性占い師が一人座っている。


占い師の斜め上辺りに「五百円」と書かれた紙が貼ってあった。
雪はなぜだか占い師から目を離せない。

占い師もまた、雪のことをじっと凝視していた。
すると「四百円でどう?」と言ってくる。

「いえ、結構です‥あの人もどっかで見たような‥」「チッ」「チッ?」

占い師は舌打ちをした後、雪に向かってこんなことを言い始めた。
「良いね!正解だよ!
良い若者がこんなことをする必要なんて無いんだよ。何だって経験してみたら良いのさ」

「まぁどうやら」

「学生さん、アンタ既にその準備は出来てるみたいだけど」


その占い師の一言が、時計の針を巻き戻す。
ブゥン

そしてこの仮想世界は終わりを告げた。
物語は現実へと時間軸を回帰し、雪の選択のその先を描くー‥。
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<雪>If(5)ー回帰ー でした。
これにて「If」編終わりです。
これまで雪が淳に対して感じて来た気持ちを今一度振り返った回でしたね。
劣等感とか悪感情抜きにしたら、実は気になってしかたなかったんだと雪自身が悟った回といった感じ。
そして最後に占い師のおばさん出て来ましたね!実に7年ぶりの登場‥

全てを受け入れ経験に変える準備が出来ている、というその言葉が今の雪ちゃんを表しているんでしょうなぁ。
成長したんだなぁ‥雪ちゃん‥しみじみ。。
さて次回からは再び現在へと戻ります。
次回<最終章(1)ー送春ー>です。あぁ‥いよいよ最終章です‥

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