Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<淳>その生い立ち(1)

2013-06-30 01:00:00 | 雪と淳の生い立ち
青田淳、25歳。



眉目秀麗、高身長、実家は資産家。A市トップクラスのA大学経営学科の全体首席。

誰もが羨む、A大のアイドル的存在である。

しかしそれ故の、彼の抱える闇がある。

彼の根っこの部分を形作った、重要なエピソードがある。

まだ彼が小学生の時。

親戚の誕生日パーティーへ、青田家がお呼ばれした時のことである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ここはとある高級ホテル。

シャンデリアのあるゲストルームに、沢山の人が集っていた。

各々が頭を下げたり談笑したりする中、青田家の来訪に気がつくとすかさず皆挨拶に訪れた。

母親の影に隠れていた淳は、自分に向けられた挨拶にも知らんふりをして黙り込んだ。



次々と人々は寄ってくる。

淳は家から持ってきたラジコンカーを持って、誰も居ないところを探して走り出した。



あまり遠くに行くなという母親の声が遠ざかるまで。



途中すれ違った同じ年くらいの女の子が、淳の顔を見て頬を染めた。






パーティーは滞り無く続いていた。



どこからともなく、その耳障りな泣き声が響き渡るまでは。



先ほどの女の子は、両親がいくら宥めても泣き続けていた。

淳はそのノイズを聞いていた。



いくらリモコンを動かしても、もう動かないラジコンカーを前にしながら。



誰も居ない廊下に一人、座っていた。




そこに鼻歌を歌いながら、親戚の兄貴分、秀紀がやって来た。



彼は淳に気がつくと、こんな所で何やってんだとその隣に座った。

その時、一際大きな泣き声が聞こえた。



何事かと、秀紀も動きを止めてその声に聞き入る。

秀紀は、淳に向かって言った。

さてはお前があの子を泣かせたんだろうと。



何も言わない淳を見て、男のくせに女の子を殴っちゃ卑怯だぞと言うと、淳は大声で否定した。

「違う!あいつが先にこれを壊したんだ!俺は何もしてないのに、急に‥!」



淳は殴ったのではなく、彼女が謝りもしないししつこくつきまとうから、少し押しのけただけだと訴えた。

すると母親に抱えられた女の子がやって来て、淳の姿を見ると再び激しく泣いた。



淳は怒っていた。

わざと大げさに泣いているだけだ、自分がどれだけ怒られたと思っているんだと憤慨していた。



泣き声は広い家に反響するようだった。

淳は両手で耳を塞いだ。



もううんざりだった。頭が痛い、早く家に帰りたい‥。




秀紀はそんな淳を見て、なんだそんなことかと事も無げに言った。

「あの子はお前にかまって欲しいんだよ!一緒に遊びたかったのに、

お前が一人で遊んでいるからムキになったんだろう」




秀紀は女心を理解出来なかったお前が悪い、と言った。そんなこと言わずにかまってやれよ、と。

しかし淳は、興味ない、と吐き捨てるように言った。



「俺だってやるだけやったんだ。挨拶だってしてやったし、話し相手にだって、

親切にもなってやったんだ。それなのにアイツはこれを壊しやがったんだ」


怒って当然だろうと言う淳に、秀紀も共感出来る部分もあり、言葉を濁した。

「なんで俺だけ怒られなきゃいけないんだ‥」



淳は続けて言った。それは呟くような、心の声が漏れ出たような言葉だった。

「俺のトラックを壊されたんだ。

俺もあの子の人形の首根っこでもへし折ってやらなきゃ気が済まない。」




秀紀は驚いた。

そして次の瞬間、淳の頭をげんこつで殴っていた。

「こらぁ!このクソガキ!

ガキのくせにそんな惨たらしいこと口にすんじゃねーー!!」




淳は衝撃の走った頭を押さえながら、目を丸くしていた。

殴られたことが信じられなかったらしい。



秀紀は淳に、文字通り説教をした。甘やかされて育ってきた彼の、その態度についての苦言だった。

「これから先、お前の顔や家柄のせいで寄ってくる人間は嫌ってほど現れる」



これよりも酷いことも、耳を塞ぎたくなるようなことも、沢山起こる。

けれどお前は、その度に腹を立てるつもりなのか。

人間たちはお前の気持ちなんてお構いなしにたかってくるんだ。

今日のパーティーが良い例だ。主人公そっちのけで、皆権力のある青田家に擦り寄って来ていただろう。

お前にとっては煩わしいことかもしれない。けれど、あからさまに態度に出していては、

損をするのはお前だけだ。



秀紀は続けた。

最近中学に上がった彼は、小学校とは全く別物の、魑魅魍魎がウヨウヨいる世界に足を踏み入れたと嘯いた。



淳は黙って聞いていた。

お前みたいな露骨な態度ですぐに腹を立てるようなヤツは、いくら金持ちでも嫌われ続けるというその言葉を。

そして秀紀は一つ、淳に重要な忠告をした。良いことを教えてやる、と前置きをして。

「笑顔でいることだ!」



人前では何が何でも笑うこと。

それが、一番の武器になると。



手のひらを広げて笑ってみせる秀紀の笑顔は、淳の印象に強く残った。

ただ笑っていれば、煩わしいことは全て解決できる‥‥。




秀紀はオレ良い事言った!とコップの中身を飲み干して、ハイテンションになった。

ジュースのコップに入れ替えた酒を飲んでいることをこっそり教えてくれた。




そしてまた、あの泣き声が聞こえてきた。

あの煩わしい泣き声、そのノイズが。

「聞きたくないだろうけど、あの子はお前にかまって欲しいから、ああして泣いてるんだ。

しっかり笑顔で仲直りしろよな」




秀紀はそう言って、その場を去った。


一人残された淳は、何かを考えていた。その視線の先に壊れたラジコンカーを置きながら。



ゆっくりと歩いて行った。

そのノイズが発している場所まで。



彼女は驚きのあまり、泣き止んだ。





「もう泣かないで。俺が悪かったよ」





「押しのけたりしてごめん。な?」





これが、淳が初めて笑顔の仮面を被った瞬間だった。

煮え滾るような気持ちを隠す為の、この世を上手く渡っていく為の、処世術を学んだ瞬間だった。


その淳の笑顔を見て、女の子は頬を染めた。

あたしと遊んでくれたら許してあげても良いといい、淳と二人で歩いて行く。









そんな二人を、老人が一人見ていた。

彼は河村教授。


青田淳の父親が、若い頃からお世話になっている人物である。

彼は見抜いていた。

淳の、その闇を。




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<淳>その生い立ち(2)へ続きます。




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<雪>攻撃の終了

2013-06-29 02:00:00 | 雪2年(全面対決、攻撃の終了)



これは、淳がまだ雪を同族と意識する少し前の話。

学祭の出し物で二人が意見を衝突させて、

冷戦状態に陥った、その後すぐの小さな出来事。






あの全面対決以降、青田淳とは一度も口を聞いていない。



毎日毎日、授業に課題にアルバイトにと、雪の大学生活は忙しなく流れていく。

もうどうでもいい、面倒くさいと、あの日全てを諦めてからは、平穏な生活が続いていた。

そんなある日。




授業が終わって、雪は一人構内を歩いていた。




すると前方の教室から、彼が出てきた。



目が合う。




二人は同じ速度で近づいて行った。



しかし雪は決して彼とは目を合わそうとしない。

もう挨拶をしようかしまいか、考えあぐねる必要もないのだ。




二人がすれ違って、その後姿を彼が見ていることにも、彼女は気が付かない。



このまますれ違ったまま、二人は別々の方向に歩んで行く。







‥と思われたのだが。



次の瞬間、雪の携帯から大音量の着メロが流れた。




♪僕はもう疲れたよ~ 君はテンボルテンボル♪

??!



♪待ちくたびれたよ~ 僕のテンボルテンボル♪


しかも流れた歌は巷で流行ったエロ歌謡ww

こんな曲を設定した覚えはないが、雪は思い当たるフシがあった。



聡美が雪の携帯をしょっちゅういじくって着メロを変えるいたずらをするのだ。


聡美めぇぇ~~~!!

雪は猛スピードで鞄の中を漁った。



しかし案の定‥




Orz....




♪君は止まらないテンボルテンボル♪僕を泣かせるテンボルテンボル♪

大音量で流れ続けるエロ歌謡‥。

こっちが泣きたいわ!




雪はやっとの思いで携帯をオフにすると、一目散に鞄の中身を拾った。

わたわたと拾い続ける雪を、青田先輩はじっとその場で見ていた。



見上げなくても、視線が刺さっているのが分かる。

なんで立ち去らずに突っ立っているんだろう‥。

素朴な疑問が頭をかすめる。

すると転がっていったボールペンが、青田先輩の足元にあることに気がついた。





蘇る苦い記憶。



あの時も今日も、結局視線は上げられない。



けれど。



その手の動きを目で追うと、自然と上を向いていた。











雪は小さくお礼を言った。



しかし苦い記憶が消えなくて、変な愛想笑いと苦笑いみたいになってしまった。




彼はそんな彼女を一瞥し、




すぐ背を向けて行ってしまった。




雪はその後姿をじっと見ていた。

彼から渡されたボールペンを、ぎゅっと握りしめながら。






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<雪>攻撃の終了 でした!

雪の着信音は、「テンボル」(スズメバチの意)という歌だそうですよ。

最初ロックかなにかと思いきやめっちゃ歌謡曲ですね。しかもエロ歌謡て‥ww

そりゃ雪も大慌てで止めにかかりますね(笑)

さて、次回は雪の生い立ちについて少し触れたいと思います。



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<雪と淳>全面対決

2013-06-29 01:00:00 | 雪2年(全面対決、攻撃の終了)
A大学の学園祭がすぐそこまで迫ってきていた。

各学科が出し物として店をやったりイベントを企画したりするのだが、

経営学科もそろそろその出し物を決定して、申し込みをしなければならなかった。



授業終了後、雪が机に突っ伏していると、その話し合いが前方の席でされているのが耳に入ってきた。

「それじゃ具体的な意見はもうない?他の案でもいいよ。

居酒屋の他に提案がある人は言って」




なかなか意見や提案は集まらない。まとめ役の青田淳は溜息を吐いていた。

そんな淳に、柳瀬健太が声を掛ける。

「やっぱ他の学科と同じように居酒屋でいいんじゃねーか?」

「それだと毎年全く同じなので、学祭に誰も参加しなくなります」



経営学科は惰性で毎年居酒屋をイベントとしてやってきたようだ。

その事実には色々意見が別れるところだった。

「いいじゃん居酒屋!毎年同じってことは理由があるんだって!」

「同じ事何回もして何が面白いんだよ。面倒くさい」



居酒屋を開くという意見そのものには淳も賛成しているが、問題はそこへの皆の関心の低さだった。

「じゃあ軽食屋は?お好み焼きとかそういうの」「それじゃ居酒屋と変わんないじゃん」

「学祭の日雨降りそー」「んなこと言うなよ。テンション下がるわー」



雪は皆のダラダラとした話し合いを聞いていた。

出てくるアイデアは既存のものばかりで、皆の関心の薄さが伺える。



知ーらない、と雪は始め背を向けた。

やりたい人だけで勝手にやってくれ、と。



しかし話し合いは遅々として進まない。皆意見というより文句や愚痴ばかり口にする。

思わずグッと言葉を飲み込む雪。



そして結局、雪は再び彼らの方へと向き直った。

小さな声で声を掛ける。

「あの‥先輩!」



「て‥提案があります‥」

「お、赤山!何だ?我らが経営学科の期待の星!言ってみろ言ってみろ!」



健太先輩が発言するよう促し、恐る恐る雪は口を開いた。

「私が一年の時入ってたボランティアサークルで、大学の前のビヤホールを借りて居酒屋をやったんです」



「それがすごく上手くいって‥天候にも左右されないですし。

あとはインディーズバンド呼んで、ライブハウス風にするのもいいかもって‥」




雪の意見に、健太や他の先輩達は「いいかも」と乗り気になった。

しかし、青田淳だけは違った。真っ向から切ってかかったのだ。

「それはちょっと難しいんじゃない?オーナーの許可なんて簡単に取れない。

君たちのサークルではどうやったの?」




雪は多少たじろぎつつも、それに答えを返した。

「あ‥人脈で‥」「その人にまた頼める?」

「いえ‥」「それじゃ上手く行くとは言い切れないよね?」



取り付く島のない淳の意見。

しかし雪も負けていない。続けて自分の思う所を述べた。

「‥だとしても、出来ないことはありません。

前に先輩たちがやったときはかなり上手く行きました」




「じゃあ資金面はどうなる?

バンドを呼ぶにしても店を借りるにしても、その予算はどう工面するの?」




意見を戦わせる青田淳と赤山雪。

周りの視線は痛いくらいに、首席と次席の討論に注がれた。

「他の学科は皆構内で居酒屋やるのに、俺達だけ外ですれば客足も減るんじゃないかな?」

「そうだよねー」「これ以上お金掛けたくない」



周りの意見は淳寄りだった。

だとしても、ここではいそうですかと引き下がる訳にはいかない。



イラつく雪。

頭ごなしに意見を否定する彼に、今までの悪感情が堰を切ったように溢れ出る。

「でも差別化されて逆に良くないですか?却ってお客さんが来るかもしれません。

場所が問題なら、張り紙や案内板を構内に沢山作って、案内すれば良いんじゃ‥」


「その程度の宣伝はどこでもやるさ」



淳も又、今までの鬱憤が溢れ出るのを感じていた。

しかし頭は冴え渡り、理論でその意見を叩き潰す。

「学祭だからって派手なだけの企画なら、やらない方がマシじゃないか?」








その対決の激しさに、教室は静まり返った。

柳がドン引きしつつフォローに入り、健太が淳の肩を抱く。

「ちょ‥お前‥」「うははは!経営学科の熱い精鋭達よ!魂が騒いじまうか?いや~立派立派!」



「ま~あんまデカイことはせんでさぁ。安パイで行こうぜ安パイで」



淳は息を吐いた。軽く疲労を感じている。

そしてふと気づいた。赤山が言い返して来ないぞ、と。

また怒ったか?















その雪の目には、激しい感情が何も無かった。

あるのはただひとつ。

諦めだけ。



そして最後に彼女は、ポツリと一言呟いた。

「‥はい。私の考えが足りなかったみたいです」








彼女は去っていった。





たった一人で。












淳は扉が閉まってからも、彼女の残像を見ているかのように視線を留まらせていた。





しばらくして、柳が淳の表情を窺いながら口を開いた。

「ん~、オレは赤山ちゃんの提案イイと思うけどね」



「そこまでケチョンケチョンに言わなくてもイイんじゃない?

お前らしくもない‥一体どーした?」




淳が黙っているので、柳は続ける。

「要はコネさえあればいいんだろ?うちの兄貴の友達が大学の前でバーを始めたんだけど、

そこの雰囲気も良いし、しかもその人もうちの学科の卒業生だから、結構乗ってくれる気がするけどね」











雪は一人きりで去って行く。

心の中は先程の昂ぶりと、落胆と、苛立ち、そのほか形容できない感情たちが、底のほうに揺蕩っている。

しかし雪の理性がそれを押さえ込んだ。

もうどうでもいい。私には関係ない



彼女は諦めた。

憤りも興奮も、全てを腹の中におさめながら。

今までそうやって、生きてきたんだ。










同じ頃、淳は中庭で一人ベンチに座っていた。



自分の中に生まれた感情に、少し戸惑っていた。

先ほどの柳の言葉が頭の中を廻る。

お前らしくもない‥一体どーした?




自分でも分かっていた。

あまりにも自分らしくない、と。

彼女にまつわる、記憶の全てが蘇ってきた。


前から嫌いだった。



無理に笑うのも、



自主ゼミの時の彼女が思い浮かんだ。

何か聞かれても、すぐに愛想笑いを浮かべる彼女。

観察するような目つきも、



笑いながら寄ってくる大多数の合間から、

いつもその目つきは鋭く刺さり、気に障った。

全て見透かすかのようなその表情も。



毎日を平穏に過ごしていくために構築した、見せかけの自分自身を尽く彼女は見破った。

侮辱を受けたら他人を利用して傷つけ返し、戸惑う彼女に報復したつもりだった。



しかし気がついたら、幼稚な振る舞いをした自分が居た。



堰を切ったように溢れ出る悪感情。

自分で自分がコントロール出来なくなる不快感。

ずっとウザかったから‥大人げなく詰め寄ってみたけど‥



人が自分の振る舞いを受けてどんな反応をするかなんて、全て分かってたつもりだった。

なのに‥







怒ると思ったのにな‥




その時淳の心の中で、何かが引っ掛かった。

静かな空間の中で微かに、それは淳の意識を惹く‥。


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<雪と淳>全面対決 でした!

遂にお互い正面切っての対決でしたね!

次回は3部にて追加された、この全面対決後の雪と淳とのエピソードです。

<雪と淳>攻撃の終了 です。


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<和美>その真実(3)

2013-06-28 01:00:00 | 雪2年(グルワ、ホームレス事件)
和美は涙が止まらなかった。



先ほど聞いた青田先輩の言葉が、嘘であればどんなにいいかと思った。

あんな姿、自分の知ってる先輩じゃない。



あたしと仲が良かったじゃない、なんであんなにも人が変わってしまったんだろう。

和美の心の中は、動揺と先輩に対する不信で渦巻いていた。

自分も確かに酷いことをした、けれどホームレスが空き瓶を持っていると言ったのに、しらんぷりして行ってしまうなんて‥。



そこまで考えたところで、赤山雪のことを思い出した。

こうしている場合じゃない、和美は再び走り出した。




ようやく辿り着いた教育科の建物は、しんと静まり返っていた。



特に事件が起こったようには思えない。

和美は胸を撫で下ろした。

しかしふと気づく。



警備員が寝ている。



和美は2階へ階段を上ろうとした。しかし次の瞬間、誰かの大声と共に、2階から人が降りてくるのが見えた。



和美は速攻、女子トイレに走るとそこに隠れて様子を窺った。

声の主は警備員で、ホームレスの腕を掴みながら、居眠りをしている裏門警備を大声で責めていた。



「おい!起きんか!学生がケガをしちまっただろうが!」



和美は思わず口元を抑えた。



赤山の手のひらに、真っ赤な血が流れているのが見えた。





騒ぎがおさまり、皆建物の外へ出て行くまで、和美は女子トイレに隠れていた。



まさか本当にこうなるとは‥

だけど本人はまだ何も知らない。自分さえ黙っていれば事を乗りきれる!


和美は自分の罪を、黙秘することで水に流そうとした。

青田先輩にすでに事情を話してしまったが、彼も見て見ぬふりをしたのだ。

きっと自分に共感してくれるに決まっている。先輩には明日また説明しよう、と踵を返した時だった。


「平井」



和美はぎくっとした。振り返ると、暗闇に一人、彼が立っていた。

「遅かったな」



じっと和美を見つめるその冷淡な視線に、彼女はすくみ上がった。

どうしてここにいるのかという和美の問に、青田先輩は冷静に答える。



「俺が警備員を呼んだんだ。これ以上大事になるのはごめんだからな」

度が過ぎたってことくらいは分かってるよな、と彼は続けた。



「適当な所で止めるべきだろう?本当に一大事になるとこだったんだぞ」



まともに目を合わせられず、下を向きながら、すみませんでした‥と和美は謝罪した。

しかし彼は「俺に言ってどうする」と冷たく言った。

「怪我した本人に言うべきだろ」



和美は文字通り彼に縋り付いた。



自分が悪いのは十分承知している、だからどうか、後生だから、

「見なかったことに‥してくれませんか?」



「お願いします‥!」




彼は空を見つめた。

淀んで汚らしいものが、空中を浮遊しているのを目にしたような目つきで。


「本当に呆れた人間だな」



青田先輩は、和美の頼みを聞き入れると言った。

これまで世話になっていた部分もあるから、と。

「けど、これ以上はごめんだ」



もう懲り懲りだと言いながら、彼は和美を横切って、出入り口に向かった。

背中越しにそれどういう意味ですか!と問う和美に振り返って、一言だけ口にした。









「二度と俺に近付くな。」



「二度とな。」












翌日、和美はビクビクしながら登校した。



ただ構内を歩いているだけでも疑心暗鬼になり、



学生がヒソヒソ内緒話をしていると、自分のことを嘲笑っているようにしか思えなかった。

すると、自販機の前で青田先輩と赤山が会話しているのを目にした。



先輩は赤山に、昨日何かあったのかと聞いているところだった。



和美は隅に隠れながら、もしかして自分のことをバラすのではと気が気じゃなかった。

そんな視線に、彼が気づいた。




口元の笑み、

その言葉とは裏腹な冷淡な核(コア)、

やがて和美が自分の元から去らずにはいられないことを、見越しているようなその眼差し。



彼は赤山に言った。



「昨日の事件と関係ないなら、よかった‥」





和美は恐ろしさのあまり書類を落とした。

そしてその物音で赤山が振り返り、彼女と目が合う。

和美は何か言うどころか目を合わし続けることすら出来ず、逃げるように駈け出した。












それ以来、ただの一度も心落ち着く日など無かった。

時が経てば経つほど、耐えられない重圧に押しつぶされるようだった。

一体いつまでこんな毎日が続くのだろう。

永遠に続く地獄のような日々。

和美はその辛さに、学期が終わったら休学することを決心した。



そして彼女は去って行った。

自らの意志で。






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<和美>その真実編でした。

ホームレス事件の顛末でした。
事件の翌日、青田先輩は事の顛末を知りながら、雪に声を掛けてたんですね~。

横山にしろ平井和美にしろ、程度を超える行動を仕出かした人物には、先輩の無言の鉄槌(結果休学)が
くだされるようです。

恐ろしいですね‥!

さて次回は大学の文化祭が催されることになり、その出し物について学科で話し合います。
雪と淳のお話です。



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<和美>その真実(2)

2013-06-27 01:00:00 | 雪2年(グルワ、ホームレス事件)


もうとっくに日も暮れて、大学の構内は静寂に包まれていた。

その中を、一人息を切らせて平井和美は走っていた。



どこだっけ?教育科‥。裏門!

普段足を運ぶことのない他学部の校舎へ、曖昧な記憶を辿って向かう。

あの子に何かあったら、と思いながらも、途中何度も立ち止まり、和美は自問自答した。



こんなに慌てなくても、裏門にも警備はいるはずだ。

そもそもあのホームレスが教育科まで辿り着けるかどうかも定かではない。

もしも赤山と鉢合わせしたら気まずいし、もうこんな時間なんだから、赤山はすでに帰ってるんじゃないか‥。


しかしやはり嫌な胸騒ぎは抑えられず、先ほどバーで見た血まみれの手のひらが思い浮かんだ。



和美はもう一度走り出した。

今度ははっきりと心の中で自問する。



万が一あの子に何かあったら‥あたし、どうなっちゃうの?

和美の頭の中には、最悪なシナリオが思い浮かぶ。



もし自分のせいだと赤山にバレたら、彼女は今までの出来事も含め皆に暴露するだろう。

もしかしたら教唆罪になったりして‥。そうなったら人生終わりだ‥。学科中の子たちに卒業まで嘲笑われるに決まってる。

その前に休学でもしちゃおうか‥


嫌な想像が頭を廻るし、建物は暗くてひっそりとしているしで、和美は恐怖で足が竦んだ。


躊躇っていると、向こうから見覚えのある人物が歩いて来るのが見えた。



「先輩!」



和美は青田先輩に駆け寄ると、必死に縋り付いた。

今までの事情を説明し、一緒に付いてきてほしいと頼み込んだ。



和美が説明をする間、彼は一言も口をきかなかった。

言葉に詰まったり、言い淀んだりする間も、彼はただ黙っていた。

ようやくこうなった理由を聞いていた彼に、和美は「イタズラで‥」と答えても、

先輩は言葉を続けようとはしなかった。



いよいよ和美の言葉が続かなくなると、青田先輩がようやく口を開いた。

「平井、」



「特別な理由もなしに、面白がって他人の悪口を行って、薬物を混入した上に、今度はこんなことまで仕出かしたっていうのか」

先輩は溜息を吐いた。その表情は、その態度は、今まで和美が見たことのないものだった。



そして次に発された言葉に、そのイメージはガラガラと音を立てて崩れていった。

「気に食わないなら無視すりゃいいものを、どうしてこう面倒くさい生き方をするんだ?」



「お前も、赤山も」

和美は言っている意味と、事態がよく飲み込めなかった。

しかしとにかく一緒に行って下さいとその腕を掴み、必死に頼み込んだ。



何を喋ってもどんなに訴えても、彼の身体は動かない。

いやむしろ、その表情はどんどん侮蔑を孕んだものに変わっていく。



和美は自分の懇願だけでは動いてくれないと判断し、

赤山のことを引き合いに出した。

先輩は彼女を気にかけてるんだろう、心配じゃないのかと問い詰めた。

すると、彼は一際大きな溜息を吐いた。



強い力で腕を振り解かれる。



「いい加減、俺を巻き込むのは止めてくれ」



和美は知らない人を前にしているみたいだった。

向けられた背中も、浴びせられた冷たい視線も、いつもの彼からは別人の印象を受けた。

「二人の問題は二人で解決すればいいし、」



「自分でやらかしたことは、自分で解決するんだな」




彼は行ってしまった。

暗闇に和美一人、呆然と取り残された。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<和美>その真実(3)へ続きます。



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