雪は呆然と、玄関に立ち尽くしていた。
先ほど起こった予想外の鉢合わせに、未だ頭がついていっていない。

河村氏のことは、夕食を食べる約束をしている明日の夜にでも、言おうと思っていた。
まさか急にこんなことになるだなんてと、雪は顔面蒼白だった。
先ほどの、亮に送ってもらった場面が浮かぶ。

考えれば考える程、誤解されてもおかしくない状況だ。
「何かあったらオレに言えよ」という亮のセリフも、彼氏より頼りにしてると取られてもおかしくない。
先輩からの電話にも出れなかったし、浮気していると思われたって不思議ではないのかもしれない‥。
どうしよう‥先輩に何て言おう‥

俯いて悶々と考える雪は、後ろのドアが開いたのに気づかなかった。
音もなく手が伸びて、雪の肩に触れた。
「雪ちゃん」

雪は驚きのあまり、思わず小さな叫び声をあげた。
しかし淳は彼女が口を開くより早く、聞きたい言葉を口に出した。「なんでアイツと一緒にいたの?」と。
塾が一緒で‥と雪が説明しようとすると、彼の腕が彼女を覆った。
そして耳元で静かに、しかし強く響く声で囁いた。
「あまり関わるなと言ったじゃないか」

「なのに家の前まで連れて来たら駄目だろう?」
雪の感覚が、彼の行動に既視感を感じていた。掴まれた肩、耳元で発せられる警告、暗く光る瞳‥。
しかし過去をフラッシュバックするほど、今の雪に余裕があるわけではない。
「‥そ、そんなつもりじゃなかったんですけど、近所が物騒だったからたまたま‥」

雪が弁解を続けると、彼女の肩に回した淳の手に、僅かに力が入った。
淡々と、しかし強い調子で淳は言葉を続ける。
「じゃあ何でその話を俺にしなかった?」

責めるような口調に、思わず雪も反論する。事件はたまたま、今日の夜に起きたのだと。
そして偶然にも様々な事情が重なって、河村氏に送ってもらう流れになった‥。

しかし雪は自分が言い返す状況ではないと思い直して、「こんなことになるとは思わなかったんです」と弁解した。
「すいませんでした‥」

淳の視線が雪に注がれる。
彼は背中越しに雪を抱きしめた格好のまま、質問を続けた。
「家に送ってもらうほど仲良くなったの?」 「え? いえ、本当に今日はたまたまなんです」
「本当?その前に何かあったりしなかった?」

淳の脳裏に、あの画像が浮かぶ。
”河村亮とその女”の画像が。

どう見ても”何か”あるように見えた。彼女は話すだろうか?あの時のことを‥。
「‥何もありません」

彼女は言わなかった。
淳は瞬きもせず雪を凝視した。底冷えするようなその瞳で。
「そう」

淳の心の外側は、氷で覆われていく。淳の心の内側は、炎で燻ぶっている。
あの時河村亮に警告したはずだった。
これ以上俺の周りの人間に付きまとうなよと。

しかし後日、あの画像を見た。”河村亮とその女”の画像だ。

警告を無視した腹いせに、静香の金のアテを切った。彼女が困ったあかつきには、頼る身内は亮しかいない。
それは間接的に亮へと向かう報復だ。

計算通り、静香は亮へと泣きついた。金を要求でもしたのだろう。
そして今日の夕方、亮からそのことに触れたメールが来た。

淳はもう一度彼に警告を思い出させた。
”だから言っただろ。俺の周りの人間に付きまとうなって”

そんな矢先の出来事だったのだ。雪が亮に送られて家へ帰ってきたのは‥。

亮への苛立ちと、雪への不信。
今それらが淳の心を波立たせていた。
二人の間に沈黙が落ちる。

雪が振り返って彼に呼びかけようとするが、
しかし淳はそれを取り合う余裕が無い。心は波立ち、今までにないほど彼は苛立っていた。
「なのにどうして、こんなにも腹が立つんだろうな」

そう言い残して、彼は雪の家を出た。
雪が振り返って彼の姿を見ようとした時には、もうドアは閉まっていた。

混乱のあまり、雪は暫しその場に佇んでいたが、ハッとしてすぐに先輩を追いかけた。
玄関のドアを開け、階段を降りる。

先輩はもう既に家の前の道路を歩いていた。雪が必死に駆け寄って名前を呼ぶ。
「先輩、ちょっと待って‥!」

彼は一瞬振り返って、彼女の顔を見た。

しかしすぐにまた背を向けると、「明日な」と素っ気なく言った後、
そのまま行ってしまった。

小さくなっていく後ろ姿を見ながら、雪は呆然とその場に立ちつくした。
色々なことが起こりすぎて未だ整理はつかないが、とんでもないことになったということだけは、実感していた‥。


同じ頃河村亮も、苛ついた気持ちを抱えたまま下宿への帰り道を歩いていた。
「あいつは今女の為に、あんなバカなことをしてるってのか? 畜生‥」

静香への仕打ちの原因が”嫉妬”であったことは亮を嗤わせたが、同時にそのことに腹も立っていた。
先ほどの淳が口にした言葉が浮かんでくる。
彼女なんだから当然だろ

亮は思わず笑ってしまった。大きなその声が夜道に響く。
「一体いつまで続くことやら?!どーせちょっと付き合ってはすぐ終わるくせによぉ」

亮の脳裏に、高校時代の淳が思い浮かんだ。コロコロと変わる、同じようなタイプの元カノ達も。

線を超えただの気に障っただの、小さな理由で淳は彼女達を振った。
きっと今回もそうだろうと、亮が思った時だった。

脳裏に、雪の姿が浮かんできた。
掴まれた腕の、その温かな感触も。

亮は腕を触りながら、先ほど知った事実をかみしめていた。
ダメージヘアーが、淳と付き合っている‥。

心が波立っていた。
しかし彼自身はその正体が何なのか、まだ気づいていない。
亮はドスドスと大きく一歩一歩を踏み出して、下宿へと帰って行った。
二人がどうなろうと自分には関係ない、と大声でがなりながら。

亮の声が、夜空へと吸い込まれていく。

満月はそれぞれの思いをひっそりと見ていたが、やがて雲に隠れて消えてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<背中越しの怒り>でした。
一見萌える背中越しハグですが、去年の警告の進化バージョンなんですよね‥。
去年↓

今回↓

色々といわくつきの回でした。
しかしこの日、色々ありすぎです。
朝、雪は先輩とぎこちないながらも夕食の約束を取り付け、昼はみゆきと共に行った服屋で静香ともめる。
そして夕方亮に送ってもらい、秀紀を不審人物と勘違いしてやっさもっさ。からの、今回の三者対面ですよ。
連載分では特別編も含め、五週間同じ一日を描いているという‥。すごいですよね。
次回は<無条件に>です。
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先ほど起こった予想外の鉢合わせに、未だ頭がついていっていない。

河村氏のことは、夕食を食べる約束をしている明日の夜にでも、言おうと思っていた。
まさか急にこんなことになるだなんてと、雪は顔面蒼白だった。
先ほどの、亮に送ってもらった場面が浮かぶ。

考えれば考える程、誤解されてもおかしくない状況だ。
「何かあったらオレに言えよ」という亮のセリフも、彼氏より頼りにしてると取られてもおかしくない。
先輩からの電話にも出れなかったし、浮気していると思われたって不思議ではないのかもしれない‥。
どうしよう‥先輩に何て言おう‥

俯いて悶々と考える雪は、後ろのドアが開いたのに気づかなかった。
音もなく手が伸びて、雪の肩に触れた。
「雪ちゃん」

雪は驚きのあまり、思わず小さな叫び声をあげた。
しかし淳は彼女が口を開くより早く、聞きたい言葉を口に出した。「なんでアイツと一緒にいたの?」と。
塾が一緒で‥と雪が説明しようとすると、彼の腕が彼女を覆った。
そして耳元で静かに、しかし強く響く声で囁いた。
「あまり関わるなと言ったじゃないか」

「なのに家の前まで連れて来たら駄目だろう?」
雪の感覚が、彼の行動に既視感を感じていた。掴まれた肩、耳元で発せられる警告、暗く光る瞳‥。
しかし過去をフラッシュバックするほど、今の雪に余裕があるわけではない。
「‥そ、そんなつもりじゃなかったんですけど、近所が物騒だったからたまたま‥」

雪が弁解を続けると、彼女の肩に回した淳の手に、僅かに力が入った。
淡々と、しかし強い調子で淳は言葉を続ける。
「じゃあ何でその話を俺にしなかった?」

責めるような口調に、思わず雪も反論する。事件はたまたま、今日の夜に起きたのだと。
そして偶然にも様々な事情が重なって、河村氏に送ってもらう流れになった‥。



しかし雪は自分が言い返す状況ではないと思い直して、「こんなことになるとは思わなかったんです」と弁解した。
「すいませんでした‥」

淳の視線が雪に注がれる。
彼は背中越しに雪を抱きしめた格好のまま、質問を続けた。
「家に送ってもらうほど仲良くなったの?」 「え? いえ、本当に今日はたまたまなんです」
「本当?その前に何かあったりしなかった?」

淳の脳裏に、あの画像が浮かぶ。
”河村亮とその女”の画像が。

どう見ても”何か”あるように見えた。彼女は話すだろうか?あの時のことを‥。
「‥何もありません」

彼女は言わなかった。
淳は瞬きもせず雪を凝視した。底冷えするようなその瞳で。
「そう」

淳の心の外側は、氷で覆われていく。淳の心の内側は、炎で燻ぶっている。
あの時河村亮に警告したはずだった。
これ以上俺の周りの人間に付きまとうなよと。

しかし後日、あの画像を見た。”河村亮とその女”の画像だ。

警告を無視した腹いせに、静香の金のアテを切った。彼女が困ったあかつきには、頼る身内は亮しかいない。
それは間接的に亮へと向かう報復だ。

計算通り、静香は亮へと泣きついた。金を要求でもしたのだろう。
そして今日の夕方、亮からそのことに触れたメールが来た。

淳はもう一度彼に警告を思い出させた。
”だから言っただろ。俺の周りの人間に付きまとうなって”

そんな矢先の出来事だったのだ。雪が亮に送られて家へ帰ってきたのは‥。

亮への苛立ちと、雪への不信。
今それらが淳の心を波立たせていた。
二人の間に沈黙が落ちる。

雪が振り返って彼に呼びかけようとするが、
しかし淳はそれを取り合う余裕が無い。心は波立ち、今までにないほど彼は苛立っていた。
「なのにどうして、こんなにも腹が立つんだろうな」

そう言い残して、彼は雪の家を出た。
雪が振り返って彼の姿を見ようとした時には、もうドアは閉まっていた。

混乱のあまり、雪は暫しその場に佇んでいたが、ハッとしてすぐに先輩を追いかけた。
玄関のドアを開け、階段を降りる。

先輩はもう既に家の前の道路を歩いていた。雪が必死に駆け寄って名前を呼ぶ。
「先輩、ちょっと待って‥!」

彼は一瞬振り返って、彼女の顔を見た。

しかしすぐにまた背を向けると、「明日な」と素っ気なく言った後、
そのまま行ってしまった。

小さくなっていく後ろ姿を見ながら、雪は呆然とその場に立ちつくした。
色々なことが起こりすぎて未だ整理はつかないが、とんでもないことになったということだけは、実感していた‥。


同じ頃河村亮も、苛ついた気持ちを抱えたまま下宿への帰り道を歩いていた。
「あいつは今女の為に、あんなバカなことをしてるってのか? 畜生‥」

静香への仕打ちの原因が”嫉妬”であったことは亮を嗤わせたが、同時にそのことに腹も立っていた。
先ほどの淳が口にした言葉が浮かんでくる。
彼女なんだから当然だろ

亮は思わず笑ってしまった。大きなその声が夜道に響く。
「一体いつまで続くことやら?!どーせちょっと付き合ってはすぐ終わるくせによぉ」

亮の脳裏に、高校時代の淳が思い浮かんだ。コロコロと変わる、同じようなタイプの元カノ達も。


線を超えただの気に障っただの、小さな理由で淳は彼女達を振った。
きっと今回もそうだろうと、亮が思った時だった。

脳裏に、雪の姿が浮かんできた。
掴まれた腕の、その温かな感触も。

亮は腕を触りながら、先ほど知った事実をかみしめていた。
ダメージヘアーが、淳と付き合っている‥。

心が波立っていた。
しかし彼自身はその正体が何なのか、まだ気づいていない。
亮はドスドスと大きく一歩一歩を踏み出して、下宿へと帰って行った。
二人がどうなろうと自分には関係ない、と大声でがなりながら。

亮の声が、夜空へと吸い込まれていく。

満月はそれぞれの思いをひっそりと見ていたが、やがて雲に隠れて消えてしまった。
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<背中越しの怒り>でした。
一見萌える背中越しハグですが、去年の警告の進化バージョンなんですよね‥。
去年↓

今回↓

色々といわくつきの回でした。
しかしこの日、色々ありすぎです。
朝、雪は先輩とぎこちないながらも夕食の約束を取り付け、昼はみゆきと共に行った服屋で静香ともめる。
そして夕方亮に送ってもらい、秀紀を不審人物と勘違いしてやっさもっさ。からの、今回の三者対面ですよ。
連載分では特別編も含め、五週間同じ一日を描いているという‥。すごいですよね。
次回は<無条件に>です。
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