Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

分かっていたこと

2015-09-30 01:00:00 | 雪3年3部(牙を潜める虎~了)
雪はプリプリと怒りながら、大股で構内を歩いていた。

ったくもう‥!



思い出すのは、自販機の前で河村静香と皮肉を言い合った先程の場面だ。

何を考えているのか分からない静香に、雪のイライラは募る。



それでも雪の心にあるのは、苛立ちだけでは無かった。

今までには無かった感情が、心の片隅に芽生えている。

でも喧嘩じゃ敵わないかもだけど、

口喧嘩なら負けないかも‥!




いつもペースを崩されっぱなしの雪も、さっきは少し対抗出来ていたような気がするのだった。

いつの日か自分がペースを握り、彼女を言い負かすことが出来るかもしれない‥。



そんな思いを胸に歩いていると、ふと見覚えのある姿が視界に入った。

「ん?」






カーキ色のジャンパーのポケットに手を突っ込んで、一人歩く彼。

グレーのキャップを目深に被っているので、その表情まではよく分からない。



雪はその場に立ち止まり、彼を凝視した。

河村氏?



音大の方行くのかな‥?



亮の纏う神妙な雰囲気に、なんとなく声を掛けられなかった。

小さくなる彼の背中を、雪はその場に立ち止まったまま見送る。

コンクールの準備頑張ってるんだな‥真剣な顔して‥

良かった‥







見上げた先には、音大の校舎があった。

あの中にあるピアノ室で、今から彼は練習するんだろうか‥。



暫し鍵盤を弾く亮に思いを馳せる雪。

しかし以前彼から言われた言葉を思い出し、ハッと我に返る。

いけないいけない。関係ないって言われたじゃん!

私は勉強に集中集中!




そうよ!ガリ勉まっしぐらー!



力強く拳を天に掲げ、雪は授業へと向かった。

しかしその先は‥。



<教養の授業中>



教養課程のこの授業では、再びグループワークをさせられる。

しかし同じグループのメンバーはというと‥。

メンバー1:欠席



メンバー2:寝てばっかり



メンバー3:始めはやる気だったけど、

段々テンション落ちて行ったっぽい




チーン‥。



しかしそれは、最初から分かっていたことだった。

頑張ろっと



”なまじ他人に期待してヤキモキするより、一人でやってしまった方が気楽”。

それは一年前も今も、変わっていない‥。








ここはA大学音楽学部。

ピアノの練習室が並んでいる廊下。



河村亮はその一室で、コンクールの為の準備をしているところだった。

長い指が、白と黒の鍵盤をはじく。







神妙な顔をしてピアノを弾く亮。彼には独特の雰囲気があった。

練習室から漏れる音につられ、女子学生達が窓から中を窺っている。

 

彼女達が目にしたのは、旋律に合わせて微かに身体を揺らす、亮の背中だった。

彼の弾く音が、狭い練習室に響き渡っている。






曲はもう終盤だ。

アンダンテからのリタルダンド。もうじき曲が終わる。







最後の音を奏で終わった亮は、静かに鍵盤の上に手の平を置いた。

手に伝わる音の余韻。

その僅かな振動が止まると、練習室はしんと静まり返った。





どこかにぽっかりと穴が開いているかのようだ。

音も気持ちも何もかもが、そこへ吸い込まれて行ってしまった。



亮は視線を動かし、部屋の隅に置いてある自分のボストンバッグの方を見た。

ファスナーが少し開いている。



その中にあるのは、一冊のテキストだった。

<高校卒業認定試験>








頭の中に、あの日々のことが蘇る。

笑いながら、しかし時に真剣に勉強を教えてくれた、彼女の横顔もー‥。








ファスナーの隙間から見えるテキストは、あの時感じた気持ちを想起させる。

だから彼は、固く心の扉を閉める。

自らに誓った、その決意がぐらついてしまわない様に‥。







亮はテキストから目を逸し、ぼんやりと前を向いた。

自分が進むべき、行くべき場所を、ただひたすらに見つめながらー‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<分かっていたこと>でした。

亮さんの感情を抑えている表情が、切ない‥。



この日の朝、店で雪と会った時もこういう顔してました。



そしてコンクールは何を弾くんでしょうね。

その時亮は何を思うのか‥先の展開が気になります。


次回は<男のプライド>です。

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どっちつかず

2015-09-28 01:00:00 | 雪3年3部(牙を潜める虎~了)


聡美と太一と別れた雪は、一人自販機の前で財布を出していた。

ジュースを買うために小銭を取り、自販機に入れる。

 

何にしよう。

種類が沢山あって迷う。

「うーん」



暫く悩む雪。

そしてようやく決まった。

「ビタミン入り‥」



さてボタンを押そう、そう思った時だった。

ピッ



緑のマニキュアが塗られた長い爪が、雪が押そうとしたボタンを先に押す。

ジュースはガラゴロと滑り落ちた。



「‥‥‥」



もう見なくても分かる。

こんなことをする人は、知ってる人の中で一人しかいない。



河村静香。

その厄介な美しき獣、である。



「私のお金‥」と呟いてみたところで、当然返って来ないだろう。

静香はジュースをグビグビと飲み干し、威勢よく息を吐いた。

「っかー!」



頭を押さえながら、深い溜息を吐く雪。

この人とバッタリ出くわすのにも、だんだん慣れて来たような気がする。

「‥んとに最近どうしてうちの大学にこうちょくちょく顔を出すんです?

どんな用があるんですか?」




皮肉たっぷりの雪の言葉に、静香は舌を出して返答する。

「どーしてよ?大学はアンタみたいな賢い子のモンで、

あたしみたいなのは来ちゃダメ~ってことぉ?」
「何言ってんですか」



自販機の前で会話を重ねる二人。

「最近はモグリ学生よ」「モグリ?何の授業ですか?」



雪の質問に静香が返答する前に、雪は続けて聞いた。

純粋な疑問符を瞳の中に光らせて。

「美術のですか?」



何も恐れずに真っ直ぐ、踏み込んで来た。

静香は雪を見下ろしながら、口角を微かに上げる。



静香はニッコリと笑顔を浮かべ、雪に近付いた。

「このこの~どこでそんな情報仕入れてくんのよぉ。可愛い真似するじゃない」

「ていうか、どうして電算税務の本なんて持ってるんですか?目標が衆口難防じゃないですか」

「何?ナンボー?」



雪が口にした四字熟語の意味を、静香は分からず首を捻った。

雪はしたり顔をしながら、彼女にその意味を教える。

「つまり、どっちつかずってことです」

「あ~なるほどね~。でもあたしこのテストをパスしたら、淳ちゃんの会社で働くからさぁ」



嫌味や皮肉対決、両者一歩も譲らず。

(若干雪が苛立っているが‥)



二人は顔を見合わせ、ニヤッと笑った。

クククク‥と小さな笑いが口から漏れる。



そして二人は会話を続けた。静香が甘えた口調で雪に話し掛け、雪がそっけなく返答する。

「とにかくこうなったからにはさぁ、仲良くしとこ?マジで。ね?」

「え、嫌です」「うそーん」



「てかどうして仲良くしなきゃいけないんですか?」

「悪い話じゃないじゃん?」

「私‥本当にあなたが何を考えているのか一向に分からないんですけど‥」



状況は若干静香に有利なようだ。雪が「からかわないで下さい」と幾分踊らされている‥。

「あれ?」



するとそこに、柳瀬健太と、経営学科のメガネの学生が通りがかった。

メガネ君は静香を指差し、大きな声を上げる。

「あの女!」「ん?誰?女?!」



メガネ君につられて健太も大きな声を出し、その指の先を視線で追う。

するとそこに、見覚えのある後ろ姿があった。

「うおっ!」



佐藤広隆とよく一緒に居る、あの女だった。

彼女から、幾度と無く無礼な言葉を掛けられた‥。



健太は白目を剥きながら動揺する。

「あの女がまた‥ここに‥?!」

「横山翔の彼女‥だよな?あ、”元”か‥



”横山翔の元カノ”‥?

メガネ君が口にした言葉に、健太はキョトンと目を丸くする。



「は?」

「すごく目につくから、見た途端分かりましたよ。

横山翔の彼女です。泣きながら出て行った‥」




メガネ君は、あの時のことを思い出していた。

今そこに居る彼女が横山翔と糸井直美の元に乗り込んで、大騒動を起こしたこと‥。




メガネ君がクク‥と笑う。

「あの時見てなかったですか?あのド修羅場ww」



その場面に遭遇しそこねた健太にはピンと来ない話だった。

しかしメガネ君は自販機に居る”横山の元カノ”を見つめながら、健太に話し掛け続ける。

「赤山と一緒に居ますね。そういや、赤山があの女と知り合いだって言ってたな」



「つーかここの学生なんですかね?大学で何してるんだろう。ま、いっか。行きましょ」



真相のパズルのピースが次々と出てくるが、真実は未だ繋がらずに宙に浮く。

健太の視線の先に居るのは、”佐藤の横に居た女”であり、”横山の元カノ”であり、”赤山の知り合い”‥。



「‥‥?」



どっちつかずの彼女。

健太はその美しい色素の薄い髪を見つめながら、疑問符を浮かべ続けた‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<どっちつかず>でした。

さて、雪ちゃんが口にしたこの言葉。

「このこの~どこでそんな情報仕入れてくんのよぉ。可愛い真似するじゃない」

「ていうか、どうして電算税務の本なんて持ってるんですか?目標が衆口難防じゃないですか」

「何?ナンボー?」



”衆口難防”とは、韓国の四字熟語で「多くの人々を全部口止めするのは難しいという意味」だそうで。

ここでは雪ちゃんが「目標が衆口難坊」と言っているので、

「美術に携わっているのに電算税務の本なんて持って、目標がフラフラしてますよ」という意味でしょうね。

つまり「どっちつかず」ということになるかな?と。(合ってんのかな‥)

*追記

CitTさんより、ここの追記頂きました!詳しくはコメ欄にて!


しかし雪ちゃん。いつもなら会話の節々に気を使う性質なのに、静香の前だと自然体に見えますよ。

亮然り、案外河村家の人間とは気が合うんじゃないですかね~。


次回は<分かっていたこと>です。


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携帯の中の鍵

2015-09-26 01:00:00 | 雪3年3部(牙を潜める虎~了)
太一が力こぶを作りながら言った。

「ちょっと筋肉ついたと思いませン?」



突然のその告白に、雪も聡美も目を丸くする。

「何の話?」「いや、ナチュラルマッチョになったんじゃないかなーと思いまシて‥」

「ジムでも行ってんの?」「いきなりどうした?」



聡美は不思議そうな顔をしながら、太一に向かって手を伸ばそうとした。

「てか服着てたら分かんないじゃん。チェックして‥」

「おろろろ!脱ぎたくはありまセン!」



太一はそう言って身体を庇う仕草をした。その乙女なリアクションに、思わず聡美は握り拳だ。

「はぁ?!誰がんなこと!」「きゃー」



「ったくこのガキ!見たくないわんなもん!「バリアー!」



二人のそんなやり取りが楽しくて、雪は無邪気に笑っていた。これでこそ聡美と太一だ。

そして彼らはいつも通り、味趣連としてランチに繰り出すー‥

「ねぇ!てかお昼何食べよっか?表通りの方に新しくスープ屋さんが出来たって‥」



‥はずだったのだが、なんと太一は首を横に振った。

「あ、俺ダイエット中なんでパスするッス」



太一がさらりと口にしたその言葉に、聡美と雪はビックリ仰天である。

「ダイエット?!」「ダイエットォォ?!」「何スか」



あまりにも予想外のその言葉。しかし太一は笑うこと無く説明した。

「最近あんまり食べてないの気づいてなかったスか?何を今更驚いてるんデスか」

「そ‥そうだったっけ?」「アンタがいつ?!」



真剣な顔で、ダイエットする理由を口にする太一。

「萌菜さんから早急に体重落とせって言われてるんス。

当分はメシあんま食わないで確実に落としマス」




そんな太一の横顔を見て、聡美は言葉に詰まる。

「え‥?」



「あ‥」と聡美が続ける言葉を探している内に、太一はジャンパーの襟を正して得意顔だ。

「この服、萌菜さんがタダでくれたんスよ。服代が浮きマス。割の良い神バイトデスよ」

「よ‥良かったね?」



”萌菜”の名が出てくると、聡美の表情が少し引き攣る。

けれど彼女は気にしないフリをして、明るい口調で太一にこう質問した。

「そ、それじゃあたしが将来服屋さん開いたら、モデルとして働いてくれる~?」



しかし太一は聡美と目を合わせずに、そっけなくこう返す。

「さぁ‥それは‥。その時までバイトしてるかどうかは分かんないんで‥」



その返事を聞いて、聡美の表情が固まる。

「そ‥そっか」

「聡美さんも雪さんもスタジオ来て下さいヨ。俺のイケてるモデル姿を拝みに‥」



しかし太一が言葉を続けるより先に、

彼のお腹がグルグルと鳴った。

 

その顔に、思わず苦悶の表情が浮かぶ。

「うっ?!」



「危険シグナル‥!ちょっと行ってきマス‥!」



自らの鞄を聡美に投げ渡すと、太一は猛ダッシュでトイレへと駆け出した。

そんな彼の背中を、雪と聡美は呆然として見つめている。

「ほ‥本当にダイエット中?」「ありえん‥」



どちらかというと食べ過ぎでトイレに駆け込むことが多いのが太一だ。雪が首を捻りながら呟く。

「マジでご飯抜いてんのかなぁ‥」

「あっ」



すると聡美が不意にバランスを崩し、持っていた彼の鞄を落としてしまった。

ドサドサ!



しかもジッパーが開いていたらしく、盛大に中身が地面にぶち撒けられてしまう。

「あー‥やっちゃったよ」



地面に落ちたノートにペンケース、教科書を拾った聡美。

最後に画面の光った携帯に手を伸ばす。

「電源ついちゃった」



不意に、その画面に目を落とした時だった。

聡美の大きな瞳が、真ん丸く開いて固まる。



「!」



そんな聡美を見て不思議に思った雪が、同じく画面を覗き込んだ。

「あれ?これ‥前に聡美が欲しいって言ってたのじゃなかった?」

「う、うん‥」







太一の携帯画面に表示されていたのは、

いつだったか大学のカフェテリアで、欲しいなと話していたあのピアスだった。

それを太一がチェックしていたということは‥。



二人は顔を見合わせて、共通の思いを心に描いた。

しかし聡美はそれを口に出すことなく、太一の携帯を鞄に仕舞い直す。

「か‥勝手に携帯見ちゃダメだよね。

まったく太一ってば、だらしないんだから‥」




携帯の中にあったその画像は、彼の気持ちを暗示する鍵。

それを垣間見た聡美は、隠し切れない気持ちに口元が緩む‥。




「トイレの近くで待っててやるか!」



雪はそんな友人の気持ちを感じて、自然と笑顔になった。

すれ違う彼らの関係が、どうか上手く行きますように‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<携帯の中の鍵>でした。

携帯の中にあったピアス。それがこの先の鍵になるのですが‥。

先の展開に続きます。


次回は<どっちつかず>です。

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過去問をめぐって

2015-09-24 01:00:00 | 雪3年3部(牙を潜める虎~了)
「‥‥‥‥」



雪は髪の毛をグジャグジャと掻きながら、モヤモヤする気分を持て余していた。

頭の中に、先程河村亮から言われた言葉がグルグル回っている。

「お前には何にも関係のねぇことだろ?」



雪は「ハッ」と息を吐き捨て、心の中で彼に文句を言った。

関係ないとか気にすんなとか‥

自分はうちの家族の問題に散々口出しして来たクセに‥ふざけんなっつーの




そして続けて思い浮かぶのは、雪自身のことについて聞かれたこと‥。

「つーかもうちょっとしたら期末テストじゃんか。期末テスト!

中間テストはよく出来たのか?ん?」




雪はペンを持った手を休ませることなく、考えに耽った。

確かに‥考えてみたら中間テストの点数‥

正直、そこそこだった‥色々なことがありすぎた‥




脳裏に浮かぶのは、横山翔と清水香織の姿だ。

中間テストの頃は、神経を擦り減らす出来事が多く起こり過ぎた‥。

前に倒れたことも含め、しっかりと気を引き締めて行こう。

期末は本当に‥




奨学金を取るためには、期末は絶対に落とせない。

雪は気持ちを奮い立たせ、より一層集中して机に向かう。







ふと、後方から視線を感じた。

振り返ると、あまり話したことのない先輩二人が雪の方を見ている。



そして彼らは雪の方へ近付いてくると、挨拶を口にした。

「よぉ赤山、おはよ」「よぉ」

「おはようございます」



雪も挨拶を返すも、すぐに机の上へと視線を戻した。

彼らは会話を続けられずに、モジモジと身動ぎする。



そして彼らは何か言いたそうな素振りをしながらも、雪の元を去って行った。

雪は視線の端で彼らを窺う。



すると今度は、前の席に糸井直美が座り挨拶をして来た。

「雪ちゃんおはよ~」「あ‥直美さん。おはようございます」

「身体はもう大丈夫なの?」「はい、大丈夫です」

 

「ありがとうございます」「うん!それは良かった~」



会話終了。

二人の間に沈黙が落ちる。



そして雪は再びペンを持った。

「それじゃ‥」



しかし直美は去って行かない。尚も雪に話し掛け続ける。

「あのさ!後でランチ一緒に行かない?」「いえ、今日は体調が優れなくて‥




「あ‥そうなんだ‥」



「はい」と雪が返事をして、再び会話終了。

しかしまだ直美は引き下がらなかった。

わざとらしい程の笑みを浮かべながら、遂に彼女は本題を切り出す。

「昨日さぁ、淳君が大学来て、皆会ったんだ~」

「そうなの~先輩の車カッコ良いね~」



直美が親しくしている同期もやって来て、二人して雪に笑顔を向ける。

そして直美はその口調のまま、その質問を繰り出した。

「それで淳君が言ってたんだけどー‥

卒業試験の過去問、雪ちゃんが貰ったんだって?」




雪は目を閉じながら、予想していたその質問を受け止める。

来た。



‥そうだ。コピーしてあげればいい。それだけのこと‥



頭の中で組み立てられる方程式。

彼らの望むものを差し出すことが、一番神経を擦り減らされない最善の方法ー‥。



心の中にある欲望を上っ面の笑顔で隠して、彼らは近寄ってくる。

彼女の持つそれを手に入れるために‥。



そして雪は感情の扉を閉じ、ただ一言口にした。

「はい」



直美達が雪の口から聞いたのは、その肯定の一言のみだ。



相変わらず机に向かう雪を、目を丸くして窺う直美と同期。

雪は顔を上げて、彼女らに断りの言葉を掛ける。

「あの‥私これ急ぎですので、集中しちゃいますね」「あ‥うん」



そう言われては、去って行く他無いだろう。

直美は怪訝そうな顔をしながら、友人と共に雪に背を向けた。



黙々と勉強を続ける雪。

直美達は、そこからそそくさと去って行く。








さらさらと動くペンが、白いノートを黒い文字で埋めて行く。

そしてそれと同時に雪の心の中も、何か黒いもので覆われて行くような、そんな気分だった‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<過去問をめぐって>でした。

またしても直美‥。どうしてこんなに厚かましいのか‥

そして雪ちゃんが感じている自分の物を奪われる感覚は、先輩が常に有してきたものなんだろうな、と。

そこに実は彼の意図が‥先の展開に続きます。


次回は<携帯の中の鍵>です。


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バリア

2015-09-22 01:00:00 | 雪3年3部(牙を潜める虎~了)
パチッ



鳥の囀りで目が覚めた。

しかし、爽やかな目覚めというわけではなさそうである。

「ひぇっ!このまま寝ちゃったの?!」



なんと雪は、この格好のまま眠ってしまったらしかった。

気がつけば膝が割れそうに痛い。

膝が‥!膝が‥!



休んだような休んでないような‥。

そして雪は今日も眠たそうな顔をしながら、重い荷物を持って外へ出る。

「あーっ!バス待ってーっ!」






「社長!」



同じ頃、河村亮はもう何度目かの呼びかけを口にしたところだった。

「社長~!」



その声に振り向く蓮と、振り向かない社長こと、雪の父と。

「社長ってば!」



相変わらずの無視。

それに痺れを切らした亮は、とうとう彼の耳元で話し始めた。

「どーして聞こえないフリするんすか!

オレ、”つぎはぎ”するまでは働くって確かに言いましたよね?ね?」
「亮さん、”引き継ぎ”な」



いつもなら亮の軽い言い間違いはご愛嬌、のはずだが、今日の社長はとんでもなくご機嫌ナナメであった。

「この野郎っ!!」「うわっビックリした!」



社長が出した突然の大声に目を丸くする亮。

しかし次の瞬間、亮は自分の耳に激痛が走るのを感じた。

「いっ‥てええええええええ!」

「この野郎め!辞めるだって?!貴様、ここより良い待遇のとこでも見つけたってのか?!

お前のピアノ云々をこれほど理解してる雇用主が他にいるとでも思うか?!この贅沢者!

尿瓶にクソするような無礼者だお前はっ!」




凄い剣幕で捲し立てる父の後ろで、蓮が「話せば分かるって!」と仲介に入るも、

父の怒りはおさまらなかった。力いっぱい亮の耳を引っ張った後、彼はフンと後ろを向く。

「この薄情者がっ!」



そう言って向けられた背中には、どこか寂しさが滲んでいた。

亮は怒りの底に秘められたその哀愁を感じ取り、心の壁が少し揺らぐ。

「あ‥」



しかし亮はすぐさま気を取り直すと、そのまま店の外へと歩を進めた。

「おい!どこへ行く?引き継ぎまでは働くんだろう?!」

「トイレっすよトイレ~。尿瓶にクソしちゃマズイっすからね」

「トイレなら店にあるだろうが!」



先ほど社長から言われた嫌味を言い返しながら、亮は外へ出て行こうとする。

そんな二人のやり取りを、蓮は何も言わずにじっと見つめていた。



亮は尚も社長に向かって皮肉を返す。

「へっ!ウォシュレット付いてるとこに行く‥」



そう言って店のガラス戸を開けた時だった。

そこに佇んでいた彼女が、亮を見つめながら目を丸くしている。






思わず亮も、雪と同じ表情で固まった。雪は咄嗟に挨拶を口にする。

「あ‥おはようございます」



二人の間にある空気の中に、見えない緊張が走った。

いつもは感じないその雰囲気が、彼と彼女の気安さを妨げる。



しかし次の瞬間、亮はニカッと笑顔を浮かべ、雪に向かって挨拶を返した。

「おお!よぉダメージ!良い天気だな!」



そしてその表情を崩すことなく、亮はくるりと背を向ける。

「そんじゃな~!」「えぇ?!ちょっ‥河村氏!待って下さい!」

 

雪は思わず彼を呼び止めた。

亮は少し眉を下げながら、半身を残して振り返る。

「んだよ。どーした?」



その表情を目にして、雪は「あ‥」と言葉に詰まった。

すると亮は両手を腰に当てながら、オラオラした態度で雪に近寄る。

「なんだ?なんだよ?何?」「いやその‥」



たじたじと後退る雪。頬に汗が伝う。

どこかいつもと違う彼を前に、雪は調子が掴めずに居た。



しかしなんとか気を取り直し、彼を見上げて口を開く。

「てか‥本当にいきなりどうしちゃったんですか?」

「ん?何が?」「だから‥」



「あの‥前に私が倒れた時に居た‥あの人と何かあったんじゃないかなって」

「あぁ?誰?」



亮はそう口にして、まるで思い当たらないという風に首を横に振った。

雪はそんな彼が信じられずに、尚もあの時の状況説明をする。

「河村氏が私の口を塞いで‥」「あー!あん時か!」



亮はニコリと笑った顔のまま、茶化すような口調で話をする。

「見てたんか。でも別に大したこたぁねーよ。

前一緒に働いてたヤツなんだけど、挨拶すんのが嫌でよ。でも後で連絡しといたし」


「え?それって‥」



更に一歩踏み込もうと、口を開きかけた時だった。

「もーいいだろ?」




ピッと、目の前で張られるバリア。


雪の鋭敏さは、その言葉に含まれた拒絶を感じ取る。



河村氏は明らかにいつもと違う。

けれど雪はそこで引き下がらず、尚もその場に立ち止まった。

「大したことないなら、どうして仕事辞めちゃうんですか?」

「別にアイツは関係ねぇよ。コンクールの準備のためだって言ったろ」



ピシャリと、にべもなく返される答え。

しかし雪は首の後ろに手をやりながら、本当に?とその答えに疑惑を抱いていた。



恐る恐る、言葉を続ける。

「河村氏が急に辞めちゃうって聞いて‥」



「ただ‥お父さんがすごく寂しがるだろうなって‥」

 

亮は幾分ぼんやりとした表情で、雪が紡ぐ言葉を聞いていた。

温かな情が、亮の虚飾の笑顔を奪う。

「お母さんも蓮も、私も‥だから‥その‥」



雪は困ったように笑いながら、更に話を続けた。

「皆表立って口にはしないけど、何かあったんじゃないかって心配してて‥。

もう一度聞きますけど、本当に何も無いんですよね?」




雪が次の瞬間目にした亮は、再びニッコリと笑っていた。

しかし彼の口からは、その表情とは正反対の言葉が紡がれる。

「ん?お前には何も関係のねぇことだろ?」




拒絶。





ピッと張られたバリアが、それ以上踏み込むなと雪に教える。


「ハハハ!まー気にすんな!」



「勿論何も問題ねぇけどよ!つーかダメージ、お前は大丈夫なのか?

毎日毎日バッタバタ倒れやがってよぉ~てか学生の本分は勉強だろ?

つーかもうちょっとしたら期末テストじゃんか。期末テスト!中間テストはよく出来たのか?ん?」




話を切るタイミングが掴めないほどの亮の弾丸トーク。

雪は先程張られたバリアの衝撃から抜け切らないまま、呆然と彼の言葉を聞いていた。

「それじゃな!」



そして雪が再び口を開く前に、

亮は彼女に背を向けたのであった。







あんぐりと口を開ける雪。

あまりにいつもと違う彼を前に、頭がついていかない。しかも言われた言葉も心外である。

「わ‥私がいつ毎日倒れたって‥?」



「もちろんテストだって‥ちゃんとやる‥って‥」



小さくなる背中にそう返しても、勿論既に言葉は届かない。

雪は呆然としたまま、彼の張ったバリアの前に立ち尽くした‥。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<バリア>でした。

亮さん、二ヶ月ぶりの登場!

でも飾った笑顔が切なくて切なくて‥。心に仕舞い込んだ感情を、笑顔で封じ込めていましたね。

バリアまで張って‥。うう‥。


次回は<過去問をめぐって>です。

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