まだ夜には少し早い時刻だが、空は既に暗闇を纏っていた。
まばらに点いた高層マンションの灯りが、冷えた空気にぼんやりと反射する。
青田淳は一人自室で、携帯に保存された音声を聞いていた。聞くのはもう数度目だ。
携帯は彼女の声を再生する。
”アンタまさか、暴言やストーキングで私を困らせることで、
逆に私の気を引こうってんじゃないでしょうね?
それに‥私が青田先輩と付き合ってるのは、そんな理由でじゃない。”
淳はただ彼女の声に耳を澄ましていた。
直接雪の口から直接語られたことのないその言葉が、しんとした広い部屋に響く。
”先輩に惹かれた理由が容姿とスペックだけなら、
私も去年から彼の取り巻きに入ってキャーキャーやってる。私が先輩と付き合ってるのは‥”
”私がしんどかった時、いつも手を差し伸べてくれたから‥”
淳は微動だにせず、雪の言葉を聞いていた。
今瞳に映るのは無数の夜景か、それとも瞼の裏に映る彼女の姿か‥。
不意に携帯が震えた。
淳はそれに手を伸ばし画面に目を落とす。父親からのメールだった。
仕事が溜まって大変だろう?
これからは学校へ行くという理由で無闇に会社を抜けるのは止めなさい。
社会人としての責任感を持て。
淳は沈黙を守ったままそれをじっと見ていた。
すると続けて携帯が震える。
静香からのメッセージだった。
携帯は受け取った?
もう全部終わったも同然ねん。あたしに感謝してるでしょ~~~?
てかまだ二つも残ってんだけど。アンタがあたしに返さなきゃいけないもの。
淳は淡々とそれに返信した。虎と狐の取引の一片が見え隠れする。
お前に対する頼み事は、これ以上無いはずだけど。
そのそっけない返事に静香は食い下がった。
さぁね?あたしは全部返して欲しいんだけどな~~
「っと!」
静香は高速でそのメッセージを打ち終えた。
舌を出しながら、甲高い笑い声を上げながら。
「クックック‥」
そんな姉を見ながら、弟の亮は顔を顰めて文句を口にした。
「おめーはまた何やらかしてんだよ。一日一悪ってか?
そろそろ狩りの時間です~ってか」
静香は弟の言葉を無視して携帯をいじり続けている。
赤く塗られた長い爪の間から、黒い携帯が覗く。
それを見て亮は首を捻った。確か静香の携帯は白だったはずだ。
「何だお前そのケータイ。また変えたのか?」
その弟の言葉に、静香は中指を立てて「は?関係ないっしょ。元々持ってたっつの」と返した。
亮は溜息を吐きつつ、玄関に向かって廊下を歩き出す。
「淳に貰ったケータイは何でいきなり使わなくなったんだ?
しばらく使ってたのによ。まーた新しい男か?」
ウザったそうに「アンタに関係ない」と繰り返す姉に、亮は「行ってくるわ」と言って背を向ける。
すると静香はニヤニヤと笑いながら、亮にこう声を掛けた。
「My brother~楽しんでピアノ弾くのよぉ~?」
面白がってそう口にする姉を、亮は呆れたように睨む。
ピアノを弾きに行くのではなく仕事に行くのだが‥と。
亮は荒々しく玄関から出ると、ドスドスと音を立てて外の階段を下った。
匂うな‥なんかすげー匂うぜ‥
亮はその野生の嗅覚で、隠された思惑のその匂いを嗅ぎ取った。
立ち止まり、甲高い声で笑っていた姉虎に思いを馳せる。
亮は不審をストレートに顔に出しながら、まだ相見えぬ災難の方をじっと睨み続けていた。
胸にモヤモヤと広がる不安。痺れた心の先端が、警鐘を鳴らしている‥。
一方、その頃の青田淳は、外出の為にジャケットを羽織っているところだった。
その表情は、長い前髪のせいで窺えない。
身体に合った黒いそれを羽織り、きちんと前で合わせる。
秩序の保たれた、自分の持つその世界。
しかし脳裏に、その世界に入り込むノイズが不快な音を立てていた。
瞼の裏に浮かぶのは、先日目にした河村亮と雪とのやり取り‥。
ノイズはガサガサと不快な音でその秩序を乱す。
自分を保っているその世界が、それによって綻び始めている。
淳は心の中で一言呟いた。
残るは‥
すると不意に、ポケットに入れていた携帯が震えた。
それを取り出し画面に目を落とすと、自分が雪に送った”夜、店に行くから”というメッセージの後にこう書かれている。
来ちゃいました。
淳は目を丸くしてそのメッセージを見ていた。
これは一体どういう意味なのか‥。
すると思案を始める前に、玄関のベルが鳴った。ディンドン、ディンドンと。
淳は顔を上げ、玄関の方へ急ぐ。
ドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。
扉が開く音キィという音が、静かなその空間に響いた。
そこに立って居たのは、赤山雪だった。
ぎゅっと鞄の持ち手を握って。幾分緊張した面持ちで。
雪は覚悟を決めたように口元をくっと結び、顔を上げた。
その表情には、彼と向き合う決意が表れている。
そんな雪の姿を、淳は目を丸くして見つめていた。
まるで予想のつかなかった出来事が、今この場で起こりつつある‥。
かくして雪は淳と対面した。
埋めて隠して来たそれらと、向き合う為に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<隠された思惑>でした。
今回の静香のメールにて、
横山に「見せかけかそうでないかも区別出来ないマヌケ野郎」と送ったのは淳ということが発覚!
淳に頼まれて、静香は”ニセ青田”番号の携帯を彼に渡していたのでしょう。
やはり淳も横山に報復したいと常々思っていたのでしょうね。
いとしの雪ちゃんの髪の毛をベタベタ触っていた横山でしたものね‥。
そしてそして‥!ようやく二人の対面‥!しかも淳宅‥!高まります。
次回は<対面(1)ー亮の話ー>です。
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まばらに点いた高層マンションの灯りが、冷えた空気にぼんやりと反射する。
青田淳は一人自室で、携帯に保存された音声を聞いていた。聞くのはもう数度目だ。
携帯は彼女の声を再生する。
”アンタまさか、暴言やストーキングで私を困らせることで、
逆に私の気を引こうってんじゃないでしょうね?
それに‥私が青田先輩と付き合ってるのは、そんな理由でじゃない。”
淳はただ彼女の声に耳を澄ましていた。
直接雪の口から直接語られたことのないその言葉が、しんとした広い部屋に響く。
”先輩に惹かれた理由が容姿とスペックだけなら、
私も去年から彼の取り巻きに入ってキャーキャーやってる。私が先輩と付き合ってるのは‥”
”私がしんどかった時、いつも手を差し伸べてくれたから‥”
淳は微動だにせず、雪の言葉を聞いていた。
今瞳に映るのは無数の夜景か、それとも瞼の裏に映る彼女の姿か‥。
不意に携帯が震えた。
淳はそれに手を伸ばし画面に目を落とす。父親からのメールだった。
仕事が溜まって大変だろう?
これからは学校へ行くという理由で無闇に会社を抜けるのは止めなさい。
社会人としての責任感を持て。
淳は沈黙を守ったままそれをじっと見ていた。
すると続けて携帯が震える。
静香からのメッセージだった。
携帯は受け取った?
もう全部終わったも同然ねん。あたしに感謝してるでしょ~~~?
てかまだ二つも残ってんだけど。アンタがあたしに返さなきゃいけないもの。
淳は淡々とそれに返信した。虎と狐の取引の一片が見え隠れする。
お前に対する頼み事は、これ以上無いはずだけど。
そのそっけない返事に静香は食い下がった。
さぁね?あたしは全部返して欲しいんだけどな~~
「っと!」
静香は高速でそのメッセージを打ち終えた。
舌を出しながら、甲高い笑い声を上げながら。
「クックック‥」
そんな姉を見ながら、弟の亮は顔を顰めて文句を口にした。
「おめーはまた何やらかしてんだよ。一日一悪ってか?
そろそろ狩りの時間です~ってか」
静香は弟の言葉を無視して携帯をいじり続けている。
赤く塗られた長い爪の間から、黒い携帯が覗く。
それを見て亮は首を捻った。確か静香の携帯は白だったはずだ。
「何だお前そのケータイ。また変えたのか?」
その弟の言葉に、静香は中指を立てて「は?関係ないっしょ。元々持ってたっつの」と返した。
亮は溜息を吐きつつ、玄関に向かって廊下を歩き出す。
「淳に貰ったケータイは何でいきなり使わなくなったんだ?
しばらく使ってたのによ。まーた新しい男か?」
ウザったそうに「アンタに関係ない」と繰り返す姉に、亮は「行ってくるわ」と言って背を向ける。
すると静香はニヤニヤと笑いながら、亮にこう声を掛けた。
「My brother~楽しんでピアノ弾くのよぉ~?」
面白がってそう口にする姉を、亮は呆れたように睨む。
ピアノを弾きに行くのではなく仕事に行くのだが‥と。
亮は荒々しく玄関から出ると、ドスドスと音を立てて外の階段を下った。
匂うな‥なんかすげー匂うぜ‥
亮はその野生の嗅覚で、隠された思惑のその匂いを嗅ぎ取った。
立ち止まり、甲高い声で笑っていた姉虎に思いを馳せる。
亮は不審をストレートに顔に出しながら、まだ相見えぬ災難の方をじっと睨み続けていた。
胸にモヤモヤと広がる不安。痺れた心の先端が、警鐘を鳴らしている‥。
一方、その頃の青田淳は、外出の為にジャケットを羽織っているところだった。
その表情は、長い前髪のせいで窺えない。
身体に合った黒いそれを羽織り、きちんと前で合わせる。
秩序の保たれた、自分の持つその世界。
しかし脳裏に、その世界に入り込むノイズが不快な音を立てていた。
瞼の裏に浮かぶのは、先日目にした河村亮と雪とのやり取り‥。
ノイズはガサガサと不快な音でその秩序を乱す。
自分を保っているその世界が、それによって綻び始めている。
淳は心の中で一言呟いた。
残るは‥
すると不意に、ポケットに入れていた携帯が震えた。
それを取り出し画面に目を落とすと、自分が雪に送った”夜、店に行くから”というメッセージの後にこう書かれている。
来ちゃいました。
淳は目を丸くしてそのメッセージを見ていた。
これは一体どういう意味なのか‥。
すると思案を始める前に、玄関のベルが鳴った。ディンドン、ディンドンと。
淳は顔を上げ、玄関の方へ急ぐ。
ドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。
扉が開く音キィという音が、静かなその空間に響いた。
そこに立って居たのは、赤山雪だった。
ぎゅっと鞄の持ち手を握って。幾分緊張した面持ちで。
雪は覚悟を決めたように口元をくっと結び、顔を上げた。
その表情には、彼と向き合う決意が表れている。
そんな雪の姿を、淳は目を丸くして見つめていた。
まるで予想のつかなかった出来事が、今この場で起こりつつある‥。
かくして雪は淳と対面した。
埋めて隠して来たそれらと、向き合う為に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<隠された思惑>でした。
今回の静香のメールにて、
横山に「見せかけかそうでないかも区別出来ないマヌケ野郎」と送ったのは淳ということが発覚!
淳に頼まれて、静香は”ニセ青田”番号の携帯を彼に渡していたのでしょう。
やはり淳も横山に報復したいと常々思っていたのでしょうね。
いとしの雪ちゃんの髪の毛をベタベタ触っていた横山でしたものね‥。
そしてそして‥!ようやく二人の対面‥!しかも淳宅‥!高まります。
次回は<対面(1)ー亮の話ー>です。
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