Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

蓮の勘

2015-05-31 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)
喧嘩の翌日、蓮の前に現れた河村亮の顔は、見事に腫れて傷だらけだった。



その顔を見て、蓮はあんぐりと口を開ける。

「ひょえ~」



「亮さんなにその顔!マジパネェ!」

「オレ今日そのまま大学行くわ。この顔じゃバイト出来ねーし」

「なんでねーちゃんがこれ渡せって言ってんのかと思ったら!」



「受け取って」と言いながら、

蓮はビニール袋に入ったそれを亮に差し出した。



そこには薬やバンドエイドなど、怪我を治療する為のものが沢山入っていた。

「これ‥ダメージが?」「こっち座んなよ!薬塗ってあげるわ



そう言う蓮に、亮はげんなりして舌を出す。

「げーっ何言ってんだ鳥肌立つっつの」

「亮さん、ねーちゃんの彼氏さんと喧嘩したんでしょ?」



蓮の指摘に、亮は思わず言葉に詰まった。恐る恐る聞く。

「‥ダメージがそう言ってた?」

「んーん。でもねーちゃんがこれ渡して来た時点で明らかじゃん」



蓮は話を続けた。

「知らないとでも思ったー?晩メシん時も、そっぽ向きながらも火花バチバチだったじゃん。

父さん母さんも、「二人共外見と違って子供っぽい」っつってたし」




蓮だけでなく、両親にまで見透かされていたとは‥。

亮は返す言葉もなく、居心地悪そうに舌打ちをして俯いた。



蓮は軽い口調で、思っていたことを更に続ける。

「まー亮さんなら「だよね」って感じだけどー。元々血の気が多いし‥」

「何が「だよね」だよ「でも淳さんに関してはちょっとビックリだよ」

「あぁ?あいつだって同じ人間だろーが」



蓮は首を捻りつつ、以前感じたことをこう振り返る。

「いやだってほら‥前下着ドロん時見たじゃん、

淳さんがヤツをギッタギタにしたとこ」




「あんな事するようには見えないのにな~」



数ヶ月前、夏の終わり。あれは相当ショッキングな出来事だった。

青田淳が引っ張ってきたあの男が、皆の予想を超えた姿で発見されたこと‥。



「マジで死ぬんじゃないかってくらい殴ってたじゃん。

実は血も涙もないよーな人なんじゃないかって‥」




侮れない蓮の勘。彼は赤山家特有の鋭敏さで、あの日の淳に疑問を持った。

そしてそれは今も続いている。

「もしかして義兄さんになるかもしんない人だし、ちょっとな~って」

「ハッ!なーにが義兄さんだよ」



亮は蓮のその言葉に反応し、嫌悪感を顕にした。

蓮はそんな亮を見て、その鋭い勘で彼の感情を感じ取る。



「先にそういうこと言い出したのは亮さんでしょー?

急にどーしたの?何よ、嫌なん?」




からかうようにそう口にする蓮の方を亮は振り返り、軽く彼を睨んで見せた。

「べっつに。つーかオレにグチグチ言うなっつの。

テメーの姉ちゃんの恋愛事情に口出しすんならすりゃいいし、しねーならほっとけっつの」




その亮の言葉に、「ふぅん」と含みのある返事をする蓮。

亮はそのまま「行くわ」と言って、蓮に背中を向ける。

 

「またねー」と手を振る蓮の声を聞きながら、

亮は昨夜淳から送られて来たメールの文面を思い出していた。

あの社長の番号だ。

どう行動すればいいか分かってるな




吉川社長が、宴面屋赤山を探し出すのは時間の問題‥。

それを踏まえた上で、自分がしなければならない行動とは‥。



亮は蓮の方を振り返り、こう聞いた。

「おい!最近店に変なやつ来てねーか?」「んー?来てないよー」



その返事を聞き、幾分ホッとする亮。

蓮もまた亮にとって、このトラブルに巻き込みたくない人間の一人だ。



亮はキャップを目深に被り直すと、一人大学を目指して歩き出した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<蓮の勘>でした。

亮さん、痛々しい‥。でも傷だらけの顔が先輩よりしっくり来てますねー。

そして薬を用意してあげる雪の優しさ!キュンと来ちゃいますね。


次回は<隣の佐藤君>です。


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乖離

2015-05-29 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)
河村亮は痛む身体で夜道を歩き、いつの間にか店の前までやって来ていた。

閉店後の麺屋赤山には小さな灯が灯っており、その中で雪と淳が抱き合っているのが見える。



亮は足を止めると、何をするでもなくただその光景を見ていた。

「‥‥‥‥」



付き合っている二人が、いたわり合うのは何もおかしなことじゃない。

亮はポケットに手を突っ込んだまま、踵を返す。



風の冷たい秋の夜。不意に鼻を啜ると、傷口がチクリと痛んだ。

「うっ‥痛って‥」

 

痛むのは身体だけではない。

この胸に刺さった刺は、一体どうやったら抜けるというのか‥。



亮は重い身体と気分を引き摺りながら、一人ひっそりと家路を辿った。

見上げた夜空には、街に灯るネオンが鈍く光っている。



星など、一つも見えなかった。







暗闇の向こうから、自分を呼ぶ声がする。

「河村氏」



弱々しく悲しげなその声の主は、雪に違いなかった。

今自分は自室で布団に寝ている筈なのに‥。亮は思わず目を開ける。



自分が寝ている傍らに、薄ぼんやりと白い服を着た人間が居るのが見える。

雪だ。両手で顔を覆っている。



よくよく見てみると、雪の両手は真っ赤に染まっていた。

シクシクと啜り泣きながら、彼女は再び自分を呼ぶ。

「河村氏‥」



彼女の嗚咽が暗闇に響く。亮は上半身を起こし、傍らに座る雪の方を向いた。

「どうすればいいの‥」



雪は小さくそう言うと、血だらけの手をそっと外した。

亮は手を伸ばすことも出来ず、ただただその場で息を飲んだー‥。








「はっ‥!」



ビクン、と勢い良く上半身が跳ねた。

バッ!!



思わず飛び起き、先程雪が座っていた辺りを見回す。

勿論そこには誰も居ない。



なんてリアルな夢だろう。

未だに啜り泣く雪の声が、鼓膜の裏に残っている。

「‥ダメージ‥」



亮は暫し現実と夢との区別がつきかね、

信じられないような顔をして視線を彷徨わせていた。



しかし暫くして頭がハッキリしてくると、ありえない妄想に駆られた自分を一人責める。

「クッソ‥!バカか‥!」



髪の毛をグシャグシャしながら、亮はなぜこんな夢を見たのか考えた。

思い出すのは、先程目にしたあの光景だ。



胸に刺さった刺が痛む。

けれど亮はそれを見て見ぬフリをして、頭の中で納得の行く答えを探す。

そうだよ、ダメージが選んだことだ。オレが口出す理由はねぇよ‥



自分には関係の無いことー‥。

亮はそう自分に言い聞かすが、その答えはまるで肚に落ちなかった。

けど‥



亮は己の左手を見つめた。希望から絶望まで、全てを知った自分の左手。

心の中で、危険を知らせる警鐘が鳴る。

特別扱いされるほど‥その分デカイ代償があるってことを‥



その危険性を、左手は痛いほど知っていた。その不安が、夢に現れたのかもしれない‥。

すると背後で、携帯電話の震える音がした。

 

画面がチカチカと光っていた。メールが一通届いている。

フォルダを開くと、そこには淳からのメッセージがあった。

あの社長の番号だ。どう行動すればいいか分かってるな







サッ、と血の気が引いた。

先程淳から得た情報が、頭の中でリピートする。

吉川って社長が、大学で雪のこと探してた



あの人が雪の家‥店を探し出すのも、時間の問題だ



亮を恨んで上京して来たあの男が、雪のことを探している。

雪に危険が迫っている。自分のせいだ。

逃げっか?このまま‥ここを‥

 

亮はそう思いながら、部屋の端に置いてある鞄に目をやった。

荷物はこれしかない。いざとなったらすぐ逃げられる。簡単なことだ。



いつものようにそうすれば良い。

今までも、そうして生きて来たじゃないか。

ただ、消えるだけ‥



しかし頭の中で出たその答えをなぞればなぞるほど、自分の感情と乖離していく。

脳裏に、様々な場面が甦った。



雪の頭を小突きながら、店へと歩いたあの日の風景。

かつて嫌だったエプロン姿も、良いものだと思えていた。



赤山家の中に、いつの間にか自分が入っていた日のこと。

賑やかに食卓を囲むその光景は、記憶の奥にある温かな団欒を思い出させた。






「亮さんが俺の兄ちゃんだったらいーのになぁ」



いつの間にか、弟のように可愛がっていた。

自分を、本当の兄貴のように慕ってくれていた。


「一緒に勉強しても、構わねぇかな?」



雪への想いを自覚したあの日。

亮はあの時からずっとこう思っていた。

雪が自分のものにならなくたって、彼女が幸せに笑っていればそれで良いとー‥。






このまま二人を置いて‥?



脳裏に浮かぶ、二人の背中。今自分が選択しようとしている未来。

このまま淳の手の中に雪を置いて、ここを離れるということ。



胸に刺さった刺が、チクリと心を刺す。

しかし亮は見ないフリをして、頭の中で答えを探す。

オレは何を悩んでんだ‥。離れりゃいいじゃねぇか‥いつもみてぇに‥



雪が淳と居ることを選んだのは、雪自身だ。

自分が口を出す理由なんて、何も無いー‥。








乖離する。

心と身体が、だんだんと離れて行く。

オレは‥



頭の中で、淳の声がした。

淳は正当性を口にして、無数の棘を胸に刺す。

お前何なんだよ。一体何をー‥



忌々しい声が、リフレインする。

それを振り払うように、亮は大きな声を出した。

「黙れクソ野郎がっ‥!!イカレ野郎!」

 

手に持った携帯電話を思い切り布団に投げつけ、亮は吼えた。

神経が昂って、息が荒くなる。



バラバラになってしまいそうだった。

ここに残りたい感情と、ここから逃げなければならないと考える理性が、乖離して行く。

「知るかよ‥もう何もかんも分かんねぇよ‥」



「みんなおかしいんだよ」



「全部狂ってんだよ‥!」




亮の叫びが、暗闇に吸い込まれるように消えて行く‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<乖離>でした。

暗闇に座る血だらけ雪ちゃん‥まるでホラーですよ怖かった‥。


三宅社長から雪を守るにはここを離れなきゃいけなくて、

でも淳から雪を守るにはここに居なくちゃいけない亮さん。

ジレンマですね。

でも”ここを離れたくない”と思って過去を回想する時、雪との場面よりも赤山家との場面が多かったですよね。

なんだかより一層切なさを覚えました。幸せになってほしいな‥亮さん‥(T T)

そして今まで放浪の民だった亮さんが、彼なりの”逃げない生き方”を見つけてくれるといいな、と思います。


次回は<蓮の勘>です。


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他者であるということ

2015-05-27 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)
「あの時から歪んでしまったんだ。俺と、亮との関係は」



高校三年生の時の回想を終えた淳は、そう言って話を締め括った。

初めて淳の気持ちを聞いた雪は、思わず言葉に詰まる。

「先輩‥」



淳は雪とは目を合わさず、幾分俯きながら更に過去を辿った。

押し込めていた記憶や感情が、負った傷口からじわじわと漏れて行く。



「祖父から孫まで‥俺のテリトリーを徐々に侵害して、結局家にまで立ち入って来た。

俺はいつもそれはおかしいと思ってたのに‥」




思い出すのは、だだっ広く暗い部屋。父はいつでも息子を見ていた。

「けど父はいつも」



「俺の肩を掴んで、こう要求するんだ」



‥いや、父はいつも息子を監視していたのだ。

おかしな子供を見るような目つきで。

「”おとなしくしてろ” ”欲張るな” ”常に譲歩しろ”」



「まるでどこかから俺のことを見ていたかのように、それが間違っていると言うかのように」



肩を掴んだ、両手が微かに震えていた。

目の前の雪を通り越した何か‥いや誰かに、怯えたように淳の瞳が揺れる。

「そんなに‥」



「そんなに俺はおかしく見えたのかな‥」









そう彼に問われても、雪は何も言えなかった。

いつか目にした彼の中の少年が、今自分の肩を強く掴んでいる。

「それでそれを正そうと‥」



淳はそう言うと、ぐっと手に力を入れた。

そして雪の瞳を真っ直ぐに見つめながら、彼女に向かって問い掛ける。

「雪ちゃん、君もそうだったろ。初めから俺のことおかしいと思ってたろ」



瞬きもしないまま、淳は雪のことを凝視し続けた。

彼女の揺れる瞳の中に、その答えを探す。







敢えて今まで言及しなかった彼の核心について、雪はなんと答えて良いか分からなかった。

言葉に詰まっていると、淳は俯いてこう続ける。

「おかしいと思ってるのが父さんだけじゃないんだとしたら‥」

 

「そうだとしたら‥本当に俺は‥」



淳はそう言いながら、雪の肩に頭を凭れ、力を抜いた。

ノックダウンしたかのような彼を支えながら、雪は言葉を掛ける。

「先輩‥あの‥」



すると彼は、小さい声でこう言った。

「俺って本当にそんなにおかしい?」

 

呟くようなその問いを聞いて、雪は目を丸くして彼を見た。

傷だらけの顔で俯きながら、淳はぐっと歯を食い縛っている。



今まで頭を抱えてうずくまっていた少年は、今彼女に身を預けて震えていた。

一番受け入れて欲しかった人に、奇異な目で見られ続けた少年‥。



雪は自然と彼に手を伸ばした。

彼女を求めて震える彼を、雪は優しく受け入れる。

「先輩‥」










沈黙を分かち合いながら、二人は暫く抱き合っていた。

雪は彼を抱き締めながら、ゆっくりと口を開く。

「私達って、最初すごく仲が悪かったでしょう?」



「お互い、変で嫌な奴だって思って」



優しくそう問い掛ける雪の言葉に、淳は顔を上げぬまま小さく頷く。

「うん」



「あの時はそうだったけど、去年は私が悪かった面もあったし‥。

未だに先輩の言動が理解出来ない時もあるけど‥」




雪は丁寧に一つ一つ、頭の中で考えをまとめて言葉にして行った。

そして出した結論を、あやふやながらも彼に伝える。

「改めて考えると‥おかしいっていうより”違う”って感じ?です」



その雪の答えを聞いて、淳の目が開いた。

彼を肯定する、”違う”というその答え‥。



淳は雪の肩から頭を上げ、彼女の顔をじっと見た。

雪は微笑みを浮かべながら、もう一度その結論を口に出す。

「そう、”違う”んですよ。私達は」









我々は他者であるということ。雪はもうそれに気がついていた。

その核心が理解出来なくて苦しむこともあるけれど、それでも互いが別の人間であるということを忘れなければ、

きっと前に進むことが出来る‥。








淳の瞳に、光が灯った。

雪はなんだか恥ずかしくなって、ウハハと笑いながら弁解する。

「ちょ、ちょっとキザだったかな?こじつけっぽいかもだけどー‥」



ギュッ



淳は何も言わず、もう一度雪に抱きついた。

子供のようなそんな彼の背中を、雪はポンポンと優しく叩いてやる。



甘えるように自分を抱き締める淳。

雪はその広い背中を撫でながら、柔らかな声で語りかけた。

「先輩の全部を理解するのは難しいかもしれないけど‥」 「うん」

「先輩の気持ちが楽になったら嬉しいです。落ち込んじゃうより」 「うん」

「怪我も早く治るといいな‥」



「うん‥」



その優しい声と温かな言葉に、淳は甘えるように頷いた。

それでも無数についた傷はチクチクと痛み、脳裏には先程の亮の言葉が甦っていた。

「オレがダメージに迷惑掛けてるだって?そういうお前は‥?」



頭の中で、声がする。

声は、自身に問い掛ける。

お前は自信あるのか?







その言葉が、チクリと心を刺した。

どちらが正常でどちらが異常なのか‥。


淳の中の指針が、微かに揺れていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<他者であるということ>でした。

優しく淳を抱き締める雪を見て、二人の仲もここまで深くなったか‥とジーンとした私です。

しかし淳の性格を”違う”という考えで受け入れることが出来る雪ちゃん、改めてスゴイですよね‥。

いや~本当おもしろいですね‥チートラ‥(今更)


次回は亮さんのターン! <乖離>です。

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<亮と静香>高校時代(20)ーおかしな子供ー

2015-05-25 01:00:00 | 河村姉弟2<西条編~おかしな子供>
「うちの淳のどこがおかしいって言うんですか?!」



この場から立ち去ろうとしていた淳の足は、固まってしまったかのように動けなくなった。

父と母の口論が、淳の耳に雪崩れ込んで来る。

「たった今話したじゃないか。友達の髪を掴んで、レンガにぶつけようとしたと!」

「そんなの、単なる喧嘩の流れでしょう?!」



それは数カ月前、亮と岡村泰士の喧嘩に巻き込まれた時のことだった。

淳は岡村の髪を掴み、レンガにぶつける寸前で手を止めたのだった。



口論は続いていた。

「それに西条社長の息子にしたことも聞いてただろう?結果上級生達から袋叩きに遭わせてー‥」



それは去年、西条和夫が上級生に殴られた時の話だった。

淳は西条に実質的な手を加えたわけではない。ないけれど‥。



開いたドアの隙間から、二人の声が漏れる。

「淳は今反抗期なんです。あの年頃の子はそんなものでしょ?

それにその子達の方が、先に淳にちょっかい出して来たっていうじゃありませんか!」


「いやお前‥だとしても、こういった形で対処して良いと思うのか?!」

「ええ。私は淳の判断は間違ってないと思ってる」



「‥‥‥‥」



母は父の言葉を基本的に取り合わず、終始彼を責める口調で口論を重ねた。

黙る父に向かって、母の高い声が続く。

「それよりも子供の学校生活を逐一監視する親がどこにいますか?!

一体誰が監視してるんだか!」




「それはお前、あちらこちらでー‥」

「は、白々しい。よく分かってますわ」



そして母親はキッパリとこう言った。まるで全て分かっていたかのような口調だった。

「その為に河村教授の孫を同じ学校に通わせてるくせに」



淳の頭の中で、過去の場面場面が急激に蘇って来た。

岡村泰士にレンガをぶつけようとした淳を見て、戸惑ったような顔をした亮。



西条が入院したとクラスの皆が騒いでいた時、

疑うような視線を送って来た亮。



「お前なんでここにいんの?!」



そうだ、それまでにも亮はそういう目で自分のことを見ていた。

疑うような、怪訝そうな、理解出来ないものを見るかのようなー‥。








なぜ今日二人は家に来たのだろう。

淳が出掛けていることを知りながら。自分はコンクールの帰りだというのに。



何かを言い争っていた。

もしそれが、自分のことを父に報告する関連の件で揉めていたのだとしたら?



それならば辻褄が合う。どこかよそよそしかった父の態度にも納得がいく。

一つ一つの点が、線になって繋がって行くー‥。


「何てことを言うんだ!」



母だけでなく、とうとう父も荒い口調で話し始めた。淳はその場から動けない。

「亮と静香は純粋に淳を友達としてだな!」

「たとえあの子達はそうだとしても、現にあなたが変だと思ってるじゃないですか!

もういい加減あの子達に執着するのは止めて。私達の子供は淳ですよ?!」




「それは私も当然分かっているさ。淳の為なんだから」



”淳の為”、父はその免罪符を掲げ、妻にその行動の理解を求める。

「河村教授から言われたこと、お前も知っているだろう?

淳はおかしな問題のある子だって!」




脳裏に、幼い頃会った教授の姿が浮かんだ。

穏やかな笑みを浮かべながら、頭を優しく撫でられた。

「やぁ」



「私は淳の社会性が心配だった。それで幼い時から注意して‥」

「河村教授が、淳の面倒を見てくれたとでも?せいぜいあなたはあの人の言葉を鵜呑みにしてー‥」

「お前だっていつも外国にいて、淳を見てなかったじゃないか!」



責任を押し付け合いながら、夫婦は口論を続ける。父は河村教授のことを信じ、己のことも信じていた。

「私は見て来たさ。私が見ても、あの子は幼い時から普通ではなかった」

「だからそれは‥他の子たちよりも淳がちょっと頭の回転が早いってだけでしょう?!

問題なんてないわ!」




母はそんな夫のことが気に食わなかった。河村教授のことを盲信しているようにしか思えないのだ。

「いい加減その河村教授河村教授っていうのは止めて。

いきなり人の子を変わり者扱いした挙句、それを口実に自分の孫を押し付けて!」




「一番狡猾なのはあの人よ」「止めないか。そんな人じゃない」「あのヤブ医者」



「ヤブ医者とは何だ!私を治療して下さった方だ。お前も分かっているだろう?」

「治療?あなたは私が見る限りどこも治ってなんかないわ。河村教授の治療とやらは失敗ね」

「お前‥!」



母の暴言に、父が歯を食い縛る表情が見て取れるようだった。

そして母は父に向かって、彼の根本を指摘する言葉を口にした。

「あなたは怒りを表に出しこそしないけど、その矛先をいつも変な方向へ向ける」



「他人を勝手に判断して、強引に操作して!」



「挙句自分の子供にまで烙印を押した‥!」



淳はそのままフラフラと自室へと歩いて行った。どうやって帰ったのかは覚えていない。

耳の奥でノイズが鳴っている。

母の高い声が鼓膜の裏に反響し、感覚が麻痺していた。

「淳に問題はありませんわ」



「何の問題も」



机の上に乗った楽譜が、ふと目に入った。

To Ryo Kawamuraと入れてもらった、サイン入りの楽譜が。







先程耳にした母の言葉が蘇って来る。

「それよりも子供の学校生活を逐一監視する親がどこにいますか?!

一体誰が監視してるんだか!」




岡村泰士の一件も、西条和夫の一件も、そのどちらにも亮が絡んでいた。

今手元にあるこの楽譜にさえも、自分ではなく亮の名前があるー‥。



ノイズは徐々にボリュームを上げ、既に身体の内部まで侵害されていた。

幾分乱暴な仕草で、淳は楽譜を本棚に仕舞う。

バンッ



ザワザワ、ザワザワと、徐々に己が侵されて行く。

最近よく家に来るな‥



家族用の通用門から当たり前のように出てきた二人。

最近よく喧嘩してる‥



彼らが自分の家族を狂わせて行く。


ジワジワと、奪われて行くのだ。

自分も、自分の家族も。




母親の甲高い声が自分を責める。

「おかしいわ」




父親の低い声が自分を責める。

「おかしいんだ」




いつか優しい笑みを浮かべていた老人も、自分を責める。

「おかしな子供」




塗装の剥げた壁。

僕だけが知らなかった。




僕だけがおかしいのか?

他の皆ではなく僕だけがー‥


おかしい! おかしい! おかしい! おかしい!




僕だけがー‥





ノイズが頭の中で、叫ぶように鳴っていた。


おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい




おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい




淳は頭を抱えてうずくまった。

それは少年が己を奪われゆく時に無意識に取る、己を守る姿勢だった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(20)ーおかしな子供ー でした。

今回はガッツリ書かせてもらいました。ふー‥


裏目夫妻の口論‥自分の子供を「おかしい」と言う父と、ただ闇雲に「おかしくない」と否定する母。

どちらも淳を理解しようという気持ちがうかがえないと感じるのは‥私だけでしょうか?


前回出てきた壁の剥がれた箇所というのが今回に繋がって、

「自分だけが知らなかった→自分だけがおかしいのか?」という考えを示唆するモチーフになってますね。


そして今回すごいな、と思ったのがここ↓

「淳に問題はありませんわ。何の問題も」


何の問題もない、と淳を肯定する言葉が書いてありながら、このコマの淳の表情には絶望しかない。

それだけ母が淳を理解した上でこの台詞を言っているわけではない、ということが分かりますよね。


ここで歪んでしまった淳→亮への感情が、どう左手事件に繋がって行くのか‥気になります。


さて次回から現在に戻ります。<他者であるということ>です。



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<亮と静香>高校時代(19)ー僕だけが知らなかったー

2015-05-23 01:00:00 | 河村姉弟2<西条編~おかしな子供>
「ただいま帰りました‥」



靴を脱いで家に上がると、ふと視線を感じた。

淳が顔を上げると、そこに父親が立っていたのだった。



親子は何気ない会話を交わす。

「帰ったか」

「はい。ここに居られたんですね」



淳がそう声を掛けた後、父は無言で息子に背を向けた。

淳はそんな父の態度を不思議に思う。



父はそのまま歩いて行こうとしたが、淳はその背中に話し掛けた。

「亮が来てたみたいですね。コンクールの話をしたんですか?」「ああ。よく弾けたと言っていた」

 

そっけなく答える父。そして父は自室へと向かって行く。

向けられた背中に、微かな無言の拒絶を感じる。



どこか胸が騒いだ。

淳は父に向かってもう一度声を掛ける。

「何かあったんですか?」



「ん?いや」



父はそう口にして、早々に階段を上った。

口元に湛えたその微笑は、その場をやり過ごす為の虚飾のそれだった。

淳は即座にそれを感じ取る。



階段を上がる父に向かって、淳は先程のことを話題に出した。

父は、足を止めることなくそれに答える。

「ところで‥門の横隅の塗装が剥げていること、ご存知ですか?」

「あぁ、そうらしいな。あそこだけ塗り直さないと」

 

「ご存知だったんですね」



淳がそう言った後、父は自室へと姿を消した。

淳は頭の後ろに手をやりながら、耳の奥で鳴るノイズを聞く。



誰も居ないリビング。淳は一人呟いた。

「俺はそのことを今日知ったんです」



「この家で幼い頃から育って来たのは、俺の方なのに」









自分の家のことなのに、淳は壁の剥がれた箇所を知らなかった。

でもあの二人は当然のように知っていたのだ。

そう、まるで家族のように。






勉強の為に机に向かった淳だが、内容は全く頭に入って来なかった。

耳の裏側で鳴るノイズが、心に不安の陰を落とす。







気分転換がてら、淳はコーヒーを取りに台所へと向かった。

ゆっくりと廊下を歩いていると、不意に母親の声がした。

「なんですって?!」



立ち止まると、両親の部屋のドアが少し開いているのが見えた。

室内から漏れる明かり。声はそこから聞こえて来る。



「父親ともあろう人が何を言っているんですか!」



母親の声は大きく、それは廊下に居る淳の耳にもハッキリと入って来た。

聞いてはいけないかと思い、足早にそこから立ち去ろうとする淳。

最近よくケンカするな‥



前にもこんなことがあった。

確か両親は、河村姉弟のことについて口論していた。

「あの子達はあたし達の子供じゃないわ」



亮と静香が原因で、しばしば口論するようになった両親。

耳の内側で鳴るノイズが、徐々に大きく心を掻き乱して行く。


そして次の瞬間母親が言った言葉に、淳は耳を疑った。

「うちの淳のどこがおかしいって言うんですか?!」







心を侵食する、不快なノイズ。


それは徐々に、加速して行く。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<亮と静香>高校時代(19)ー僕だけが知らなかったー でした。

塗装の剥がれた壁を、淳だけが知らなかったというこのエピソード。

本当の家族に憧れる亮と、本当の家族なのに満たされない淳。

二人の関係性の歪みが、このエピソードから露呈して行くんでしょうね。


しかし淳も淳父もよくカップ持って歩いてますよね。

いやだから何だって言ったら何もないですが‥(苦笑)この光景よく見るなと思って見てます。。


次回は<亮と静香>高校時代(20)ーおかしな子供ー です。


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