いつの間にか、手が震えていた。
予想も出来なかった急展開。目の前が暗く霞んで行く。
「おい‥それでこれ‥俺のことみてぇだけど?」
横山が顔を上げると、同期の男は携帯を掲げてそれを見せた。
そして皆に聞こえるように、大きな声でその内容を読み上げる。
「”最近五年つきあった彼女と別れた”ってのも、
”別れの発端になった喧嘩の理由が、五周年のプレゼントのせい”ってのも合致すんだけど?」
横山はさっと青ざめた。嘗て、それを書いたのは確かに自分だからだ。
しかし同期が怒っているのはそのことでは無かった。横山を睨みながら、憎らしさを込めて言葉を続ける。
色々と書かれている後輩達も、横山に向かって声を上げた。
「つーか俺は親父にクレジッカードをプレゼントしたことはあっても、
親父からクレカ盗んで使ったことはねーけど?なんなんだこれは?!」
「”前に豚丼恵んでやった後輩”ってのは俺のことっすよね?
てか先に奢ってやるって言ったのは先輩なのに、何でこんな書き方するんすか?!」
「”教養の試験でカンニングをお願いした”のは俺じゃなくて
横山先輩じゃないですか。何でアベコベにして書き込んでるんですか?!」
それが皆を怒らせている原因だった。
その横山の書き込みは、自分の好きなように真実をねじ曲げ、誇張して書いてあるのだ。
「何とか言えよ!」
責められている横山の近くで、柳瀬健太は文章を追っているところだった。
自分のことについての内容が、悪意を込めて書いてある。
最年長のウザ男は、強いフリして実はめっちゃボンビーマンw
他人にモノ借りて返さねーし、身長は190越えのデクの棒。マジでバカすぎてどうやってこの大学に入ったのか謎すぎ。
今回も後輩のノートPC借りパクしてたけど、きっと使い方知らねーんだアレ。
多分この大学に入るのに3浪4浪してるわww 親が気の毒ww
若い女達に熱上げってけど、ハッキリ言って成功率0%ww
その文章を読んだ途端、健太の頭の中で何かが切れた。
健太は大声を上げて、横山に掴みかかる。
「おいっこの野郎っ!こんのクソガキ!誰に向かって‥!くたばりてぇかっ?!」
そのあまりの剣幕に、店に居る他の客は皆健太の方へ視線を寄越した。
今にも殴りかかリそうな健太に、学生達は彼の腕を取って必死に制止する。しかし健太の怒りは鎮まらない。
「この口先ばっかのストーカー野郎が!おい!コイツはストーカーだぞ!お前ら知ってたか?!」
健太は横山に向かって叫んだ後、皆の方を向いてそう言った。
横山の信用が完全に失墜した今、周りの学生は健太の言葉を信じて顔を顰める。
「俺はお前を信用して家族のことまで話したってのに、
お前はそれをここに書き込んでたってか?!このクソ野郎がぁぁっ!」
「これ、俺のことなんだろ?」 「つーかマジ、なんでこんなことが出来るワケ?」
「ネットカフェで金借りて返さなかったのは、俺じゃなくてお前の方だろ!?キ◯ガイ野郎が!」
驚くべきことに、横山の書き込みはそこに居る男子学生ほぼ全員分あった。
誰もが横山に侮蔑の眼差しを送り、動かない彼の肩を強く押す。
「おい!最後のコレはまたヒデェぞ!聞けよ!」
すると一人の学生が、最後にその内容を音読し始めた。
「”アイツらは乞食根性があって、成金野郎がメシ奢るっつーと小躍りしやがる。
俺もそれを真似て奴らにメシ奢り始めたら、さもしい乞食みてーにくっついて来たよww
正直、名門大っつったって、俺みてーな人間ばっかじゃねんだよね。こんな奴ら全部消して、綺麗で清潔な学校にすべき”」
ゲームセットだった。
放心状態の横山を見下げて、皆開いた口が塞がらない。
テーブルの上には、食い散らかした後の皿が幾つも並んでいる。
今目にするそれは、一層汚らしく見えた。
横山はただじっとその場に座ったまま、無意識に自分の体に腕を回していた。
暗く歪んで行く目の前に、チリチリとした砂が舞う。
脳天から血が下がって、指の先まで冷たかった。
横山は、言い訳をすることも、パフォーマンスとしての謝罪も、身を守る術を何一つ実行出来なかった。
ただ木偶のように固まっている。
そんな横山に向かって、誰かが冷たい声で言い捨てた。
「クズ野郎」
その一言を皮切りに、皆口々に横山を罵倒し始めた。
「ふざけんな」「頭おかしいコイツ」「いいかげんにしろ」‥。数々の罵声が、横山の頭上から降り注ぐ。
するとそんな皆を掻き分けて、柳瀬健太が横山の目の前に躍り出た。鬼のような形相だ。
「おいこのゴミ野郎が!何とか言ってみろよ!!」
横山は脱力して、壁に凭れ掛かったままただ降り注ぐ罵声を聞いていた。
しかし鼓膜の裏に薄皮一枚挟まっているかのように、その声は遠い。元より、聞き取る気力も無かった。
自分を責め立てるその声が、まるでボイスチェンジャーで音声をスローにした時のような、低くくぐもった声に聞こえる。
ぼうぼうとぼやけた無数のそれが、暗闇に転落していく横山に襲い掛かる。
汗が止まらなかった。冷や汗か脂汗か分からないが、全身から噴き出してくる。
横山は小さな声で呻きながら、ガタガタと震え出した。
「う‥ううっ‥」
「うわあああああああ!」
そして横山は、とうとう逃げ出してしまった。震える手で鞄を引っ掴み、一目散に駆けて行く。
「おい!金払ってから行けよ!」
後方からそう怒鳴る同期の声も聞こえない程、横山は必死に走った。
バンッと、店のドアを乱暴に開ける。
「キャッ!」
するとそこに、直美とその友人が居合わせた。
目を丸くして横山の方を見る直美達と、青ざめた顔でそちらを振り向く横山‥。
やがて直美は、忌々しそうに横山から顔を背けた。彼女の友人は、あからさまに彼を罵倒する。
「うっわ最悪」 「何見てんのよ!」 「クズ!」
彼女らは疫病神でも見たかのような態度で、横山に背を向けた。
そそくさと逃げるように、横山は駆け出して行く。
尻尾を巻いて逃げ出したイタチの姿を、一人その場に佇んで見つめる男が居た。
福井太一である。
彼は今まで集めた数々の証拠が晴れて実を結んだと、小さくなるイタチの後ろ姿を見て確信した。
何も口にはしないが、心の中の靄が晴れる。
「何してんのー授業行くよー」「ハーイ今行きまス」
何も知らない聡美に呼ばれて、太一はその場を後にした。
「あぁスッキリした」と、青い空に呟きながら‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<転落>でした。
横山、やらかしてましたね‥。
そしてあのスレを一つ一つキャプチャーして取ってあった太一、GJでした。
雪が横山に困らされているのと同時に、太一も横山には何度も煮え湯を飲まされて来ましたからね‥。
彼なりの報復が出来たという証の、最後の決め顔だったんでしょう‥。
キリッ
次回は<自滅>です。
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