Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

互いの問題点

2016-07-03 01:00:00 | 雪3年4部(女狐と熊〜互いの問題点)
淳は目を見開きながら、先ほど亮が口にした言葉を改めて反復した。

「終わらせる?逃げる?」



「ウンザリだと?」



ギブスを嵌めた右手の指で、テーブルをトンと叩く。

「亮、」



淳は亮の顔を若干覗き込むような姿勢を取りながら、低い声で話を続けた。

「お前がそのままずっと変わらないなら、

今ここを出て行ったとしても、きっとまたいつか同じことを繰り返す」




「高校の時のことを全て俺のせいにして、今頃になってまた絡んで来たようにな」

「あぁ?」



亮は淳が口にしたその言葉に顔を顰めたが、淳は話を止めない。

淳の瞳に宿る暗い闇が、亮の心に陰るそれを映す。

「お前は俺への執着を捨てなきゃならない」



「俺はとっくに乗り越えてる」



「だからお前も、抜け出すんだ」







亮にとって淳のその言葉は、まさに青天の霹靂であった。

ここから去って行くことをけじめとして報告するだけのつもりだったのに、

言われてしまったのだ。”抜け出せ”と。







亮の目に、包帯を巻いた淳の右手が映る。

昔の自分の左手がフラッシュバックし、心の中に憤懣が渦巻き始めた。



震える拳をぐっと握ったまま、亮は「はっ!」と息を吐き捨てる。

「あー‥このガキッ‥いつまで上から目線で来る気だよ」



心の奥に沈めたはずの怒りが、憎悪が、再び亮の胸の内に充満し始める。

人の立場に立つことなど無く、常に高みから人を見下げる、

その淳の問題点は、いつも亮の神経を逆撫でするのだ。

「何から抜け出せって?

お前がオレの手に何したか分かっててほざいてんのか?あぁ?」




怒りの渦巻く瞳で凄む亮。

しかし淳は、厳しい目付きを緩ませぬまま話を続けた。

「何を考えてるのか知らないが、もうこっちに絡んで来ないと言うからには、

まともに暮らして行く意志はあるってことだな」


「はぁ?!どういうことだよ?!」



「もし留学する気があるんなら父さんに言えばいいし、

そうでなければ自力で生きていけばいい」
「あぁ?!」



亮は机をバンッと叩くと、怒りにまかせて大声を上げた。

店中の客が二人の方を見ている。

「せっかく後腐れなく出て行こうとしたのによぉ!偉そうなお前の話聞いてたら気が変になっちまうぜ!」



「まともに生きて行けだのなんだの、いちいち命令してくんじゃねーよ!!

耳が痛ぇの通り越して鼓膜爆発しちまうっつーの!!」




亮は仁王立ちになりながら淳に向けて指を刺した。

表情を変えようとしないその男に、苛立ちの募るまま言葉をぶつける。

「それじゃお前はまともに生きてるって言えんのかよ?!

このまま死ぬまで何でも思い通りにして生きて行けるとでも思ってんのか?!」




「おい、いい加減にしろよマジで!」



”世の中がいつもお前の思い通りになると思うな”

いつか聞いたそのセリフを受けても、淳は微動だにしなかった。

亮が根本から思い込んでいるその誤解を、冷静に口に出す。

「お前の手に棒を振り下ろしたのは俺じゃない。お前はいつもピントがズレてるんだよ」



「あぁ?!」

「耳が痛いか?俺は同じことばかり言い過ぎて口が痛いけどな」



「てめぇ、」と言いながら亮は再び机を叩いた。

けれど淳は立ち上がろうともせず、冷静な口調で亮の問題点を責める。

「けどお前の耳が痛いのは、俺の言うことが間違って無いからだろ?

どうしてお前はあの男じゃなく、俺に対して怒っている?」




「お前、どうしてあの時ああだったんだ?」



「どうして」








淳が言及した過去の出来事。

亮と淳の記憶が、高校三年生の時へと急激に引き戻される。


淳があの時どう思っていたのか、最後の回想がこれから語られようとしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<互いの問題点>でした。

うーん‥この時点では淳も亮もどちらも言葉足らずですよね‥。

海面から出た部分の氷山を削り合っても、海面下に深いわだかまりという氷山がある以上、

何も解決はしない気がします。

次回からは、淳の視点での高校時代の回想編に入るとのことなので、そこで色々語られるのかもです。
(雪ちゃんは当分出て来ないそうですよ〜(^^;))


次回<淳と亮>過去回想(1)ー本音ー です。

4部40話、この先の淳の回想部分が短いので、

41話がアップされてからくっつけて記事をアップしたいと考えています。

ですので次の更新は金曜あたりかな? よろしくおねがいします〜。


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引っ掛かり

2016-07-01 01:00:00 | 雪3年4部(女狐と熊〜互いの問題点)


ここは都心の一角にある、とあるカフェ。



夕方迫る時刻、まだ空席がちらほらと見える程度の混み具合だった。

しかしそこに居る人達のほとんどが、一つのテーブルを囲む男二人の方を見ている。







まだテーブルに置かれて間もない珈琲からは、まだほのかに湯気が上がっていた。

青田淳はそれに口を付けようともしないまま、目の前に居る男のことをただじっと凝視している。







一方淳の向かいに座る男、河村亮は、ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、

どこか落ち着かない素振りで窓の外を眺めていた。

途中チラ、と淳の方へと視線を遣る。



しかし再び気まずさからか、目を逸らしたままただ無言を貫いた。

そして淳もまた何も口にせぬまま、亮のことをじっと見続ける。



痺れを切らしたかのように、亮がいつもの憎まれ口を叩き始めた。

「こんなとこでツラ突き合わせて座ってんのも妙な気分だな」

「お前が呼び出したんだろ」



淳は亮の言葉にニコリともしないまま、本題に入るよう亮を促す。

「俺も同感だよ。話があるなら早くしてくれ」



「‥‥‥‥」



亮は暫く口を噤んだままであったが、不意にある場所に視線を留めた。

怪我をしてギブスを嵌めた、淳の右手である。



亮は淳の顔を見ずに、ボソリと呟くように質問した。

「‥それ、痛むのか?」






亮が”怪我をした手”について言及したことを受けて、淳は少し物思うところがあった。

しかし特に昔のことに触れることなく、淳はそっけなく返事をする。

「別に。ギブスしてるし」「は‥」



「だよな」



短い会話は終わり、二人の間に再び沈黙が落ちた。

淳は、亮が話し出すのをただじっと待ち続けている。






暫し黙っていた亮は、やがてゆっくりと口を開いた。

置いてけぼりの心を奮い立たせながら、覚悟だけを肚に決めながら。

「オレ、ここ出てくわ」



淳は亮の語る言葉を、相槌も挟まずにただじっと聞き続ける。

「今まで自分らしくもなく、ややこしいことばっかしてたけどよ‥」



「オレなりに、結論出したんだ。

たとえそれが誰にも分かってもらえねぇとしても、今回は‥」




亮はそこで言葉を区切り、決めた覚悟を口に出した。

「今回は、ただ逃げ出すわけじゃねぇ」



結論は出したが、左手はまだ震え続けていた。

けれど今はこうすることしか分からない。目の前にあるものを一つ一つ片付けて行くしか。

「だから話すべきことは話すし、片を付けるべきことには片を付けんだよ」

「それでこんな風に会いに来たってわけか」



すると淳が口を開いた。

表情を変えぬまま、亮の真意をなぞるように言葉を続ける。

「ここを去る前に一人一人に挨拶回りでもするつもりか?」



亮は黙っている。

淳は目の前にあるカップの縁を指でなぞりながら、胸の中にあった不安要素を口に出した。

「片を付ける、ね‥」



「お前、」



「昨日見てただろ?」



淳の瞳から光が消え、その視線は昨日の場面をなぞり始めた。

柳瀬健太との話し合いが終わり、一人佇む淳、そしてそれを見ている亮ー‥。



あの時淳は気付いていた。

事の成り行きを、終始見ていた亮のことを‥。






淳は光の消えた瞳で亮を凝視しながら、低い声で問う。

「また首突っ込んで来るつもりか?」






淳は嘗ての”監視者”に対する警戒心を剥き出しにしていた。

その瞳に宿る闇は、いつか亮が目にしたことがあるそれに違いなかった。

「また雪に‥」



”線を守れ”と言ったあの時と、

あまりにも酷似したその瞳にー‥。






「しねーよ!」



思わず亮は立ち上がった。

淳のことを指差しながら、彼からの問いを全力で否定する。

「しねぇ、しねぇって!首突っ込んだりしねーっつの!」



「ダメージには‥もう挨拶も全部済んでんだよ」



亮はそう口にして、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きながら大きく息を吐いた。

淳はそんな亮のことをじっと見続けている。



亮はゆっくりと着席しながら、今の自分の気持ちを正直に口に出した。

「今はただ‥全部終わらせちまいたいだけなんだ。

テメーらに絡んだオレが間違ってたよ」




「お前と、オレと、静香と‥。もうウンザリだ!」



亮はあからさまに顔を顰め、その嫌悪感を隠すことなく淳に向かって皮肉を吐く。

それは二人の別れにふさわしい幕切れに思えた。

「嬉しいか?ムカつく奴が居なくなって」



「このままだと全員疲れ切っちまって‥」

「何だと?」



しかし淳は、そこで亮の言葉を止めた。

亮が口にしたその単語一つ一つを、改めて口に出す。

「終わらせる?逃げる?」



「ウンザリだと?」



引っ掛かったファクターは、亮をこのまま行かせるわけにはいかないと淳に教える。

「亮、」



ギブスを嵌めた右手の指が、トンと机を叩いた。

淳は低い声で、亮に向かって口を開く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<引っ掛かり>でした。

すいません良いところで

二人の話し合い、一筋縄ではいかないと思いましたがやっぱりそうなりましたね。


細かいクラブとしては、先輩のネクタイが謎の二色展開になったところが気になりましたな‥。




次回は<互いの問題点>です。


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面の皮10cm

2016-06-28 01:00:00 | 雪3年4部(女狐と熊〜互いの問題点)
「よぉ!」







突然現れた柳瀬健太を前にして、雪、柳、佐藤の三者は目を丸くした。

健太はいつもの調子で彼らに話し掛け始める。

「おお〜皆勉学に勤しんでるな〜?卒験に期末に〜

「うーわ!信じらんねぇ!」



しかし当然の如く健太は煙たがられた。

柳はガクガクと震えながら大きなバッテンマークを手で作り、全力で健太を拒否る。

「面の皮10cmくらいあるんじゃねーか?!まさかの笑顔で登場とか‥!

赤山ちゃんに謝ったんかいな!」
「ったくコイツ‥



健太は柳に向かって舌打ちをした後、堂々とした態度でこう口にした。

「だから謝りに来たんじゃねーか!」



「おい、赤山よ!」「?」



見上げる雪に向かって、健太は素早い動きで身を寄せる。

「糸井からすげー情報を入手したんだが‥。そんな過去問よりも遥かに良いモンだ。

その過去問、全部見て勉強する時間なんてあんのか?時は金なり、情報は蜜なりだぞ?」


 

「それ、教えてやっから仲直りしようぜ?お互い誤解も積もってるようだしな!」

「おーっとそれ以上近付くべからず!」



柳はそう言って雪に近付く健太を遠ざけようとするが、健太は怯まない。

あくまで”糸井から手に入れた情報”を使って、雪と和解するつもりらしい。

「赤山と糸井の仲も、俺が取り持ってやれば最高だろ?な?」



甘い言葉で雪を誘う健太。

しかし雪は表情を変えぬまま、さらりと現実を言ってのける。

「私、卒業試験来年ですけど」



そうであった。まだ赤山雪は三年生だった‥。

その事実を忘れていた健太だったが、今度は四年生である柳と佐藤の方を向いて口を開く。

「お前らは知りたいだろ?!な?!」



「教えてやるから、ノートPCの値段ちょっと負けて‥」



どさくさに紛れて値切ろうとする健太。

だが柳も佐藤もそんな話に惑わされる程馬鹿じゃない。

「帰って下さい。ほれ」「あっち行け」



そう言ってぐいぐいと自分を押し出す二人に、健太は大きな声で怒鳴り始めた。

「お前らなぁ、後悔すんぞ?!俺はお前らとは違って、

欲しいって人間にはタダで情報やってるからな?!ったくこれだから小狡いヤツらは!救いようがないぜ!」


「はいはい〜それこっちのセリフ〜」



ドスドス!



大きな足音を立てながら、健太は怒って去って行った。

その巨体が遠ざかって行くのを、三者は呆れた顔で見つめている。



ふいに柳が佐藤に向かって口を開いた。

「つーか糸井発のすごい情報ってなんだろな?

佐藤、ぶっちゃけお前ちょっと気になんない?」




柳からのその問いに、佐藤は即答する。

「要らないよ」



「え、マジ?」「気にならないと言ったら嘘になるけど、

あの人から教えてもらおうとは思わない。どんな問題が出ようが、勉強さえしてたら大丈夫だ。

それに試験まであと何日も無いってのに、そんな情報持っててもね




「努力は裏切らない」



それは佐藤広隆、その男の美学だった。

甘言に惑わされず自身が積み上げたものだけを信じる、その信念は美しい。

「くぅーっ!ちょっと頑固オヤジっぽいけど、なんてカッコイイのーっ!ドキドキ!



すっかり柳も彼の虜である。

そして三者はテキストを広げながら、再び勉強に勤しんだのであった‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<面の皮10cm>でした。

健太‥全然謝ってねーだじゃん!

本当せこい男ですよ‥それに引き換え佐藤先輩のカッコいいこと!柳も惚れるわ!

しかし健太、顔がデカイ‥


先輩との差が顕著ですな‥


次回は<引っ掛かり>です。


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彼女の傷跡

2016-06-26 01:00:00 | 雪3年4部(女狐と熊〜互いの問題点)












「受け入れ不可」の烙印が、彼女の傷跡の上に押され、抉られる傷口から、押し込めた孤独が溢れ出す。


”みんなあたしから、離れて行ってしまう”


”もう誰も残ってない”




「くくくっ‥」



机に突っ伏したままの静香は、おかしくなって笑い出した。

その様子を見ていた女は、”くるくるパー”のジェスチャーで彼女をバカにする。



瞳孔の絞られた静香の目が、女のことを鋭く見据えた。

「何よ、クソ女が」



「あたしはくるくるパーか?」



女はビクリと身を竦めた。

まるで猛獣が獲物を仕留める前に見せるような、その眼差しに射抜かれる。

「お前の頭引っ掴んで、一周回してやろうか?」



その威嚇に、警官が「止めなさい」と言葉を挟んだ。

しかし喧嘩は始まりそうにない。

静香の瞳の中に、目の前の女の姿は映っていないからだ。

「あたし‥言ったじゃんか」



「残ってるのはアンタだけって‥」



酔っ払って口にした、いつかのあの弱音

けれど唯一の肉親である弟は、姉である自分の首に手を掛けた。

「なのにあんなことしたらダメじゃない‥」



オレはもうウンザリだ、と亮が言う。



突然発せられた謝罪に、張っていた虚勢がぐらりと揺れる。

「すまん」



「どこ行くのよ!」



何も言わず、去って行く亮。



全ての荷物を背負い、たった一人の姉を残して。

「なのにまたあたしを捨てようとして‥」



静香は思わず手で顔を覆った。

無数に付いた傷跡から、膿んだその傷口から、孤独と恐怖が溢れ出す。



気が付いたら叫んでいた。上ずった声を震わせながら。

「またあたしを!!!」





警官は彼女のたった一人の肉親に電話を掛けた。

お姉さんの身柄を、引き取って下さいと。




「あ〜ようやくちょっと酒が抜けたわ〜」






交番から出て来た静香を待っていたのは、突然の電話で呼び出された弟の亮だった。

亮は反省の色無くシャバの空気を吸う姉を、呆れた眼差しでじっと見ている。



思わず声を荒らげようとするが、

「この‥!」



「‥‥っ!」

「何よ、言いなさいよ」



亮は姉を指差した人差し指を手で掴み、何とか踏み止まった。

溜息を吐きながら、ただその場で目を閉じる。



「行くぞ‥」



亮と静香がこの場を立ち去ろうとしたその時、静香と揉めた女が捨て台詞を吐いた。

「すっ転んじまえ!そのコート一昨年流行った型だっつーの!」

「お前マジ‥!」「止めろ!」



亮は静香の手を取ると、女の方へ身を乗り出す静香を引っ張って歩き出す。

「行くぞ」



弟は姉に向かって背中越しに口を開いたが、その表情は窺えない。

「オレが示談で稼いだ金、お前の示談金で全部無くなっちまったよ。はは‥ったく‥」



「お前よぉ‥」



静香はこの後振り返り、ブチ切れるであろう弟の姿を想像した。

「頭おかしいだろ?!マジで死にてぇのか?!

んなクソみてーなことあるかよ!?おい!このビッチがっ‥!!」




聞き飽きた弟のいつもの説教。

この後静香は「うるさいなぁ」と顔を顰めながら口を尖らせ、亮はまだまだガミガミやるだろう。

普段通りの姉弟のやり取りを想像し、無意識に静香は頬を微かに緩ませる。



けれど。

「前にオレが話した件だけど‥心の整理はついたか?オレの考えとしては‥」



亮は怒らなかった。

冷静な口調で現実をなぞり、静香の元から去って行こうとしている。

姉の姿を、チラとも見ようともせずに。



膿んだ傷口から溢れ出す。

孤独が、恐怖が、悔しさが、焦燥が。

亮は強張る静香の表情に気付かない。

「いや、いい。行こう」






亮はそう言い終わると、無言で静香の前を歩いて行った。

一歩、また一歩と。



溢れ出したドロドロとした感情が、静香の身体をジワジワと蝕んだ。


”みんなあたしから、離れて行ってしまう”


”もう誰も残ってない”




不可の烙印が傷口を抉った。

その傷口から、止めどない孤独が溢れ出す‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼女の傷跡>でした。

静香の孤独が描かれた回でしたね。

暴れることで周囲を巻き込み、心配されることで生きてる意義を見出している、というか‥。(雪とは正反対ですね‥)

静香の望む生き方と現実があまりにも乖離していて、どうしようもないという印象を受けます。

どうにか折り合いの付け方を佐藤先輩あたりから学んで欲しいですが‥どうなるでしょうね。


次回は<面の皮10cm>です。


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不可の烙印

2016-06-24 01:00:00 | 雪3年4部(女狐と熊〜互いの問題点)
「お姉さん」



「ちょっとお姉さん」



何度も掛かるその声に、河村静香は一向に応えなかった。

目の前には、野暮ったい顔の年配男性が見える。

「お姉さん!ほらしっかりして!ここがどこか分かります?交番ですよ、交番!」



「お姉さんってば!」



警察官は返事をしない静香に痺れを切らし、彼女の鞄の中を調べ始めた。

そして唯一の身分証明らしきものを見つけはしたが、警官は苦い顔だ。

「お姉さんはA大生?本人の学生証じゃないみたいですけど」

「拾ったのよ‥」



静香はそう呟いた後、いつかA大の中を胸を張って闊歩した場面を回想した。

ガラスに映った自分は、まるで魔法に掛けられたかのように美しく聡明な、

どこから見ても一流の大学生だった‥。

 




けれどあれは本当の自分ではない。

誰しもが振り返ったあの時の彼女は、束の間の幻のように儚い幻想だった。

いつしか魔法は溶け、今静香は身分も知れない曖昧な者として、こうして尋問されている‥。

「連絡先は?随分沢山番号が入ってるな‥どこに掛ければいいですか?」



「‥‥‥」



静香は警官からの問いに応えることなく、がっくりと頭を下げて机に突っ伏した。

警官は苦々しく溜息を吐くと、静香ともう一人の女性の方を向いてこれ見よがしに嘆いて見せる。

「女性が二人共朝から酔っ払っちゃって‥」

「ちょっと!違いますってば!何度言わせるんですか!

あたしは昨日飲み会があって!それで今この格好なんです!」




女はボロボロになった身なりで、静香の方を指差しながら事の顛末を口にし始めた。

「二日酔いに効くドリンクを買おうとしたら、

この人が残り一つだったそれを押し退けて奪ったんです!

それでもあたし、耐えたんですよ?!」




「そしたらこの女がカードの限度額で引っ掛かって、

それを買おうとしたあたしに問答無用でいきなりー‥」




ギャンギャンと捲し立てる女の話を聞きながら、静香はぼんやりとその時のことを思い出していた。

店員は言葉を選びながら、通らないカードを手にこう口にする。

「あのお客様、カードが‥」



リジェクトされるカード。

それを見た静香の心の中に、絶望が広がって行く。

静香は頭を抱えながら、小さな声で憂う。

「ああ‥もうキャッシュカードまでもが‥」



「あたしを‥」



受け入れ不可の烙印が、静香の頭上から大きな音を立てて降って来る。

暗く翳って行く瞼の裏に、微かに記憶に残る祖父の姿が浮かんだ。



こちらを見て笑っていた祖父。

しかしいつしか祖父は自身に背を向け、

手の届かないところへと歩いて行ってしまった。



おじいちゃん、と呼び掛けても届かない。

祖父の背中はゆっくりと、暗闇へと飲み込まれて行く。




不可。




「本当の父親だと思って接してくれ」

会長は微笑みながら何度も静香にそう言った。

けれど手を伸ばそうとした途端、その微笑みは跡形もなく消える。




不可、不可。




初めてお屋敷に入った時に見た彼は、静香を見てニッコリと笑顔を浮かべていた。

「やあ」



ようやく現れた、と思った。

可哀想なシンデレラの元に白馬の王子様が現れたのだと、確かにあの時、確信したのに。

「勘違いするな」



王子様はその確信を、冷笑しながら粉々に踏み砕いて行く。

彼を理解出来るのはあたしだけだと、誰よりも確信していたのにー‥。

「勘違いするな、静香」




不可、不可、不可。




今やたった一人の肉親は、荷物を持って去って行く。

傷つき傷つけられた身体と心を、いつまでもこの場に引き摺るようにして。



たった一人の肉親。

たった一人の弟。

不可、不可、不可、不可ーーー‥。



亮、と呼び掛けても届かない。

けれど今の状況を作ったのは他でもない、自分なのだ‥。



「元気か?」



あれは数年前のこと。



街角に佇む静香の耳に届いたのは、すでに忘れ掛けていた弟の声だった。

静香は舌打ちしながら、低い声で通話先の弟へ言葉を返す。

「あークソッ 別の奴と思って電話出ちゃったじゃん。連絡してくんなっつったでしょ?」

「は?連絡すんのいつぶりだと思ってんだよ?もっとマシな言い方出来ねーのか?」



車道では路肩に停車した車の脇で、男達が何やら言い争っていた。

「そっちが信号を‥」「違うだろ!そっちが‥」と荒い声が切れ切れに聞こえている。

「つーかどこにいんの?何か変な声聞こえるけど」「あーちょっと取り込み中」



「男とドライブしてたらミスって人の車に突っ込んじゃってさぁ」「はぁ?!」



弟はその静香の言葉にブチ切れ、電話を震わす程の声を上げた。

「このクソが!運転すんじゃねーっつっただろ?!

ぶっちゃけお前、飲酒運転でサツに捕まった経験あんじゃねーか?!テメーいつか死ぬぞ‥!」


「切るわよ。今後連絡して来ないでね?」



「おい!お前もっとしっかり‥」



弟の説教はまだ続いていたが、静香は気にせず通話を終えた。

鼻歌を歌いながら、喧騒の隙間を縫って歩いて行く。





”河村亮”



もう数年間会っていない弟からは、たまに電話が掛かってくる。

けれど静香は携帯を手に取ろうとはしなかった。

震え続ける携帯を目にして、静香の前に居る男が口を開く。

「電話来てるぞ。つーか携帯何台持ってんだよ

「ん?いいの。出なくて」



「お前他に男居るだろ?」



着信は終わり、その後メールが一件届いた。

亮からだった。

最近は問題起こしてねーだろうな?まともに生きろよ?



先程の男の言葉と、今目にした弟からのメールに、静香は口元に笑みを浮かべてこう応える。

「何のことぉ〜?」



「バカなカモばっかりよ」



見下し、嘲笑し、切り捨てて来た者達が、静香に不可の烙印を押す。

積み重ねて来たその業は、ジワジワと静香の身を焦がして行く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<不可の烙印>でした。

静香が警官から尋問される場面は、

以前亮が負傷した遠藤さんを助けた後に取り調べを受けた場面を彷彿とさせますね。

<曖昧な自身>


二人共、確かなものを持ちたくても持てなかった過去が、今も彼らを縛っているような、

そんな悲しみの悪循環を感じました。静香‥幸せになれるのかなぁー‥


次回は<彼女の傷跡>です。


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