大小迫 つむぎの家

よみがえれ!大小迫の里山。 人と人、人と自然をつなぎ、つむぐ「つむぎの家」

綾里からの便り その5

2011年03月31日 | 震災と復興

今日の両親からの電話は、明らかにこれまでとは違い、声がはずんでいました。2つの嬉しいことが、一気にやってきたようです。

その1。何と、今日の電話は家から!!

大小迫に今日、とうとうauが通じました。お昼頃に、昨日陸前高田入りした妹が送った携帯メールが、リアルタイムで届いたようで、久しぶりに鳴る着信音。それを聞いた母が、慌てて父を呼び、すぐに私に電話が入り・・・そこからは、皆さまご想像の通りですが、電話越しに小躍りしている両親の姿が想像できるくらいでした。

電話をかけに、メールを受信しに、車で20分。という距離は、やっぱり遠かったようです(当然ですかね)。

そしてその2。昨日から、電気が通じた!!

昨日の午後、電源車からの電気供給が、やっとつむぎの家にも届きました。それに伴い、水道も回復。嬉しくて嬉しくて、思わず東北電力の作業員さんと記念写真を撮ってしまったほど。

これで、“昔ながらの暮らし”には一段落ついたわけですが、少し寂しい気持ちもあるのかな?と尋ねると・・・

やはり現代の便利さには勝てないようで、水洗トイレを使える喜びを滔々と語っていました。電気の供給に伴い、浄水槽も使えるようになったためです。また、今日は溜まった洗濯物を一気に片付けたとのこと(雨が降り、急きょ縁側に洗濯物を取り込む始末になりましたが)。

ただし、電源車からの電気供給ですから、当然限りはあります。必要最低限の使用と節電が基本だと言っていました(東北電力の方にもそう言われたそうです)。

(それは今、首都圏で暮らす私たちにも、同様のことが言えますね。便利さに慣れることは、いけないことではないと思うのです。でも今回のことを通じて、私たちが「何が過剰か」に気づくことができたのは、大きな成果だと思います。)

固定電話は4月半ば以降ということで、インターネットができるようになるのはもう少し先のようです。ここまで来ると、本当に欲が出てしまって、固定電話も早く!と思ってしまいますが・・・

電気だって、綾里岩崎地区のまだ一部です。まずは、電気が少しでも多くの世帯に届くことが最優先ですね。

今日は、2人で母屋(つむぎの家)の大掃除をしました。避難所のようになっていたため、2週間まったく掃除らしいことをしていなかったのですが、思った以上の大掃除になってしまいました。今日からまた外泊?していた家人が戻ってきて、少し賑やかな大小迫になります。これからは、快適な暮らしも目指しながら、でも便利に慣れすぎずにやっていきたいと思います。


薪割隊やって来る

2011年03月30日 | 震災と復興

「綾里からの便りその3」に書いた、「嬉しいこと」。陸中海岸国立公園の環境調査の一行は、26日の夜21時近くにつむぎの家に到着し、翌朝早くから一宿一飯の恩義にと、ひたすら薪をこしらえて行ってくれました。その時の写真です。

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薪割隊の働きぶりが、あまりに眩しかったので、たくさん載せてしまいました。

こちらは、その傍らの水場の光景。

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「写真撮っていい?」「ええ?洗濯だよう」

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「やんたなぁ…(恥ずかしい)」←勝手にセリフをつけてしまいました。

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そうこうしているうちに、薪約3週間分が完成です。家人は、若者たちの力と笑顔に本当に助けられたことでしょう。

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最後につむぎの家の前でも記念撮影。午前中のうちに、任務に旅立って行かれたそうです。その途中の写真も、一緒に送られてきたので、少し載せます。こちらは、上の明るい写真とは対照的な光景です。

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大船渡駅のプラットホームと線路。

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気仙川の河口?

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高田松原。弟は「陸ごとなくなっていた…」と表現。

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県立高田病院のようです。

たくさん写真を見ていると、だんだん感覚が麻痺してきます。ショックなのか、でも元からこの風景だったように、勝手に思い込みたくもなってしまいます。

復興と再生、そして新しい三陸の誕生を信じます。


綾里からの便り その4

2011年03月29日 | 震災と復興

今日(29日)の情報です。

避難してつむぎの家に暮らす人は、ついに両親以外は3人になり、今日はその3人もそれぞれの用事や繋がりを頼って外泊(?)したため、久しぶりに2人だけになりました。

いざ、2人だけになってみると、一体何をしたら良いのかわからなくなってしまいました。昨日までは、あれもしたいこれもしたい、でも時間がない、と思っていましたが・・・何だか急に気が抜けたように、残された犬の散歩などしている自分がいます。

(そうそう、つむぎの家に暮らすのは当初10名とお伝えしていましたが、正確には10名と1匹。越喜来のお家が流されてしまった雄犬ヤマトも、避難者でした。)

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ヤマトの写真を探したら、この後ろ姿しかありませんでした(23日現在)。とても人懐っこく、元気で可愛らしく、家人を癒す存在のようです。

●情報が得られて・・・●

このブログで、情報がないことを知った方が、全国紙をまとめて送ってくださいました(ありがとうございます)。少しずつ目を通しているのですが、いちばん驚いたのは原発事故の影響の大きさ。改めて浦島太郎状態だったのだと、感じています。

会津に暮らす(母の)弟(私の叔父)とも電話で話しましたが、福島の悲惨さにただただびっくりです。農業で生計を立てている人が多い中で、この出荷規制。新潟と隣合せの会津の農産物まで、出荷できないなんて!加えて、放射能の不安も重なるとは…。浜通りの方々が会津地方にも避難してきたそうですが、会津のあまりの寒さにまた別の避難場所へ、という話も聞きました。福島の避難者の方々は、どんな暮らしをされているのでしょう。また三陸とは異なる事情に苦しめられているのだと、知りました。

●支援物資●

このところ毎日のように、支援物資の包みが各家庭に配られます。無造作に包まれた小包の中は、バラエティに富んでいて、最近では普段は口にしないような海外の食品など、珍しいものも混ざっています。アメリカ製のチョコレートバー、タイ製のドライ赤飯・・・LLサイズのTシャツまで!小包を開くまで、何が入っているか全くわからないので、毎回ドキドキです。

小包の中で有難いと思うのは、ティッシュペーパーやトイレットペーパーです。昨日入っていた携帯ラジオも、有難いと思いました。でも正直もっと早く欲しかったなぁ、なんて欲も少し。

(嬉しいのは、食べ物じゃなくてトイレットペーパーなんだ…と。何が求められているか、離れていると想像しきれないことがありますね。)

●困った!!●

退職して2年間は、職場の共済組合(健康保険)に加入しているのですが、その組合費(健康保険料)を、31日まで振り込むようにというお知らせが、一昨日届きました。今日、その振り込みをしようと、銀行に足を運んだところ・・・

他銀への振り込みは、現在できません、と。何ということでしょう。しかも振り込み先の銀行の支店は、一関まで行かないとありません。

延滞の措置が受けられる条件は、「家が壊れている」ということですが、それには相当しません。途方に暮れ、共済組合の支部所に電話して一所懸命訴えたのですが、何だか要領を得ないことや「では延滞金…」といった事務的な対応に、腹が立つばかり(←電話越しに怒る父)。

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・・・と、私はここまで聞いて「それって、私が代わりに振り込めばいいんじゃない?」と言ったら、「あっ、そうか!」ですって。全く思いつかなかったようです。年額で2人分なので、確かに少ない金額ではないのですが、そのくらい、立替え可能ですよぉ。

人のお世話ばっかり気にしていて、自分たちが人を頼るということをすっかり忘れてしまっていたのでしょうか。拍子抜けのエピソードです。父の訴えを受けた共済組合の事務所の方々にも、この場を借りてお詫び申し上げます。何もかも余裕がない被災地のこと、ご想像いただきご容赦くだされば幸いです。

私はこの話を聞いたすぐ後に、銀行に走りました。日中にこんな動きを許容してくれる、私の職場にも感謝です。

明日からは、妹が災害派遣で陸前高田入りです。弟からも、写真が届いています。また折を見てアップします。


綾里からの便り その3

2011年03月28日 | 震災と復興

昨日は、写真のアップに明け暮れてしまい、両親からの連絡の投稿が後手になってしまいました。27日の情報です。

●地域の様子●

中核となるコミュニティセンターに電源車が来て、そこから周辺世帯に電気が供給されるようになりました。つむぎの家にはまだですが、代替燃料を駆使しているので、不便はありますが生活はできます。もう少し、待ちたいと思います。

コミュニティセンターは、暖房もあり、婦人部の炊き出しもあり、避難所としての環境は悪くない方だと思いますが、それでも親類を頼って出ていく方が増えているようで、避難者の数は減ってきています。

公設電話のある大船渡の合同庁舎には、PCが設置され、インターネットが閲覧できるようになりました。このブログもコメントも、そこから見ることができます。皆さん、ありがとうございます。

●つむぎの家と物資●

水場が変わらず大活躍です。上流の水は飲料用に、下流の水は洗濯場に解放しています。どちらも途切れなく人がやってきます。合間を縫って、畑の水やりをしようと思うのですが、なかなかそのタイミングが掴めません。その代わり、地域の人にも、知人・親戚からの物資が届くようになったようで、おすそわけが増えました。処理できる量を超え、家には食糧があふれるようになりました。一方、陸前高田の父の妹の家では、食糧が十分でないという話を聞いたので、ガソリンの量などタイミングを見て、持って行こうと思っています。

ところで今、つむぎの家から出る大量の洗濯物を干すのに、田んぼの細木(稲を干すもの)が使われているようです。どんな光景なんだろう…。

●つむぎの家の活用●

避難していた親類が今日も一人、息子さんが迎えに来られ、つむぎの家を離れました。まだまだ人が住める余地はあるため、復興に向けた次の活用法を考えています。ボランティアの滞在場所として活用できると良いね、とは娘(私)と話しています。不便はありますが、被災地域のすぐ近くで暮らせることを、何とか有効に使ってもらえればと思います。

先日、綾里小学校の校長先生と話した際に、家が流された児童と先生が少なくないことを知りました。これから、地域を離れ安全な暮らしを選択をするのも、ひとつですが、住み慣れた地域や学び舎を離れることに、もし不安や抵抗があるようでしたら・・・つむぎの家で良ければ、しばらく住んでいただくのも良いかと考えました。小学校までは徒歩3分の立地ですし。一応、校長先生にアイデアは話してみました。

どんな暮らしをするかは、一人ひとりや家族の選択です。つむぎの家の暮らしを選ぶ方がいらっしゃるかどうかはわかりませんが、地元で暮らす選択肢を増やす、お手伝いができればと考えています。

その他、キャパシティはあるので、ボランティアのニーズがあるようだったら、ぜひ対応したいと考えています。

●悲しいこと、嬉しいこと●

陸前高田に暮らす、父の従兄弟とその家族に、消息がまだわからない人が何人もいます。捜索したい気持ち、失ったものの大きさ、さまざま交錯しながら、日々の暮らしを営むのは、容易ではありません。どの方とも、ちょうど、三陸気仙での暮らしの夢を語り合っていた矢先の出来事でした。自然農法、そば打ちに味噌作り…と、夢は広がっていたところ。どう捉えたらよいかわかりませんし、消化には、遠い遠い時間がかかりそうです。

そんな中、一昨日は陸中海岸国立公園の海岸線の被害状況を調査している一行が、その途中の一泊を、つむぎの家で過ごしてくれました。ちょうど、マイヤ(地域のスーパー)も一部開店し、刺身も手に入ったため、ささやかな夕食会になりました。集まった中には、これまで口にしなかった津波時のことを話してくれる者もいて、改めて危機的状況だったことがわかったり。若者のエネルギーに、たいへん元気づけられました。

薪は重要な燃料ですが、実は、薪割りもとても骨の折れる仕事だったのですが・・・若者たちが宿泊代にと、3週間分くらいの薪を作って行ってくれたことも、とても助かりました。

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その若者たちは、調査を終え、明日にでも一旦各職場に戻るようですので、またその時の写真など、送られてくると思います。私も、仕事の合間を縫ってですが、無理のない範囲でアップしていきたいと思います。


母の眼5~10日後、応援やって来る~

2011年03月27日 | 震災と復興

震災から10日後の3月21日は、笑顔も見られる明るい写真が多かったです。その理由は、災害派遣で現地入りした弟の一行が、立ち寄ったことにあるようです。もちろん、外部からつむぎの家への連絡手段はありませんから、思いがけない来客だったのでしょう。当日に私に入ってきた電話では、「びっくりした」と繰り返していましたから。

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応援隊到着。車の後部座席が支援物資であふれかえっています。

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囲炉裏でくつろぐおばあちゃま方もびっくり。その視線の先には・・・

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はたらく若者たちの姿が。

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家が無事であることを確認してもらい、若者たちはこの後すぐに公務に出発されたそうです。ちなみに若者たちの仕事は、陸中海岸国立公園の情況調査。これからの復興を考える上でも、大事な仕事です。これらのみどころは今、どうなっているのでしょうか。

http://www.env.go.jp/park/rikuchu/guide/view.html

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当日の綾里の様子です。