大小迫 つむぎの家

よみがえれ!大小迫の里山。 人と人、人と自然をつなぎ、つむぐ「つむぎの家」

動き出した春

2013年02月19日 | 綾里の自然

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フキノトウ(キク科)
「東北の春はまだ遠い」とブログに書いたばかりですが、枯葉に隠れるように春を告げる使者が顔を出していました。

日当たりのよい裏庭で、蕾を幾重にも苞が取り巻き寒さに守られてのフキノトウの芽生えです。


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まるで落ち葉と同じような色合いで目を凝らさないと見過ごしてしまいます。


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ここでは、浅緑色のフキノトウが冬枯れ葉の下から目を覚ましました。


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昨日収穫したフキノトウは、早速蕗味噌にして夕食の食卓に上りました。フキノトウの独特の香りとほろ苦さが春の息吹を感じさせてくれました。

自然が生み出した生命あふれる早春の苦みが何とも美味しく、大地の恵みに感謝!感謝!


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モズ
電線に止まって尾羽をくるくる回していたモズは、くちばしにカエルをくわえています。はやにえのカエルではと、庭木のはやにえを確認しましたらイモムシはなくなっていましたがカエルはそのままです。

http://blog.goo.ne.jp/yukitixyann/d/20121211

何処でこのカエルを捕えたのでしょう?。関東ではヤマアカガエルの産卵の便りも聞かれましたが、東北にも春の兆しが見えてきたようです。メスのモズの姿も目につくようになり、間もなく繁殖期に入るのでしょうか?

暦の上では雨水、野山に降る雨や陽の光が落ち葉の下で眠る小さな命を目覚めさせ、季節は冬から早春へと動き出しました。


七色の帯

2012年11月03日 | 綾里の自然

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雨上がりの朝、氏神様を祭る裏山の、西の空に七色の帯が美しい弧を描いていました。久しぶりに見る虹です。

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虹は、裏山から紅葉し始めた山々へとつながり、自然が織りなす光の造形美を見せてくれました。


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虹は、主虹のほかに副虹が見られ、赤橙黄緑青藍紫の7色の帯の色が主虹は赤が外側、副虹は赤が内側と反対色で、その間の暗い帯はアレキサンダーの黒帯というそうです。


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5分足らずの時間の流れで、雲がとれ西の空には月が顔を出しました。

大空のキャンパスに描かれた虹の、自然が造りだした光と色の芸術は、神無月に出雲大社に集った神々の降臨を感じた瞬間でした。


観測史上最多の降水量

2012年05月05日 | 綾里の自然

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発達した低気圧の影響で、3日から4日にかけて三陸は大荒れの天気になり、大船渡では断続的に強い雨と風に見舞われ24時間降水量が225ミリと5月としては史上最多の豪雨となりました。

大小迫山を流れる沢も増水し、昨年整備した南尾根口の渡り橋付近の小川も、濁流となって轟音を立てて流れていました。(4日午後3時撮影)

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棚田跡付近の林道です。ここにも水が流れ込み、ところどころ土砂がえぐられ、林道がまるで川のようでした。山の整備と共に、山の斜面より流れ落ちる水路の確保と林道の導水路の大切さを認識しました。

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かつての棚田です。

乾燥が進み、雑木が生え森に移りつつある上段の棚田跡ですが、ここにも雨水が滞っています。

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今冬整備した棚田下段。下の棚田には土手を破って上からの水が滝のように流れ込み一面灌水状態です。

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砂防ダムのある川の流域では杉の木が水に浸かっています。

先日確認した、サンショウウオの卵のうは見当たらず、すべて流されてしまったようです。杉枝にしっかり固定して産み付けられた卵でしたがサンショウウオもここまでの豪雨は想定外だったのでしょう。自然の摂理とはいえ自然界の厳しさを感じます。

今日は立夏、大地を潤す雨水の恵みに感謝し、畑の種まき、苗の植え付けをする予定です。


北国にも春がやってきた-その2-

2012年03月28日 | 綾里の自然

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先週、子どもたちが、コウモリのお墓にツバキの花を供えていたので、どこに咲いているのかと思い、つむぎの家の前にあるカタクリ山のツバキの木にいってみました。赤い小さな花弁が朝日に映えて咲いていました。

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樹齢70年以上のヤブツバキに、花があちこちに咲き始めていました。

気仙地方では、2月になるとツバキの花が咲き始めると言われていますが、今年はようやく咲き始めたようです。

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そして、庭の片隅には、スミレが可憐な花を開き、春の日差しを浴びています。

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蕾が膨らんでいた水仙も、春の日差しに黄色の花弁を開き始めたようです。

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ため池から流れ出る水際には、青草が茂り始めたようです。

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畑の土手には、黄色い花が春の日差しを吸い取るように立ち上がっています。

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イチジクの木の下には、「ここにも春が来ていますよ!」とでも言うように、白い可憐な花びらをつつましく咲かせている花もあります。

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氏神様の下では、小梅の花が、小鳥を待ちわびていたかのごとく、ポツリポツリと開き始めてきました。

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つむぎの家の番犬「ヤマト」も、春休みの子どもたちを待ちわびているようです。

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仲良しのミノリちゃんとユウカちゃんがやってきて、ヤマトの大好きなクルミを川端から集め、石で割ってヤマトにあげようとしています。

ヤマトは、「食べて良いよ!」と言われるまで、決して食べません。

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食べたい一心で、ヤマトは、「お手」をしたり、「良し」の合図が出るまで、よだれを流しながら、じっと我慢をしています。

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ようやく、「よし!」の合図が出されて、大好きなクルミを食べることができたようです。

雪が融けて、雑草の間に隠れていたクルミの実を、リスが探して食べているのを、子どもたちも見つけはじめ、そのクルミの実をヤマトが大好きなのを知って、集めて、石で割って食べさせています。

長い冬の寒さを経たクルミの味は格別なのか、ヤマトは本当に美味しそうに食べています。

子どもたちにも、ヤマトにも春の暖かさがにじみ出ているようです。


綾里峠(九十九曲峠)-その2-

2012年02月21日 | 綾里の自然

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綾里と赤崎を隔てている峠付近はなだらかで、電波反射板からも尾根を通って峠にたどることができます。

写真下の雪筋が街道で、ここで合流し、峠に続きます。

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峠の頂上(429m)に標識が建っていました。平成8年の道の日に建立されたもので、根元が何やらカジられて窪んでいました。よく見ると、歯形が残っており、クマがかじった後でした。でも、この歯型はだいぶ古いようでした。

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標識のすぐ近くに、老杉の大木が立っていました。標識のなかった時代、旅人は峠のこの杉の根元で一休みしたものと思われますが、私たちが峠で間近に目にしたものは、樹皮が無残にも引き剥がされた状態の老杉でした。

不審に思ってよく観察してみると、根元のところが大きく削り取られていました。蜂蜜の大好きなクマの仕業と思われます。真新しい傷で、この老杉の根元にミツバチが巣を作り、その巣を襲い蜜をほじくりだしたクマの痕跡が残っていました。

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根元は、写真のように丸裸にされており、上のほうにはクマが登った爪痕もありました。環境省自然保護官(レンジャー)の久保井さんは、「クマは蜂蜜が大好物で、またここにミツバチが巣を作れば、やってくるでしょう」ということで、人の往来が途絶えているとはいえ、昨年の大震災後、道路が津波で遮断された時には、何人もの人がこの峠を通って大船渡の街に行き来したことを考えると、何らかの方策を立てる必要があると痛感しました。

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峠を赤崎側に下るところです。途中まで灌木の林の山腹をなだらかに横切っていきます。

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灌木の間からは、大船渡湾を隔てて氷上山が垣間見えます。

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雪の残る山肌を下りてくると、すぐに大きく曲がりくねった九十九折の路になりますが、昔日の人々が踏みしめた古道に落ち葉が積もり、柔らかく歩きやすい路でした。

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灌木の林から、30分ほど下ると杉の植林帯になります。途中、林道が走っており、その林道を横切って、また杉の植林帯に入りますが、その林道脇に、なにやら花が咲いたような樹がありました。

調べてみたら「シンジュ(神樹)の木」で、花のように見えたのは果実のかたまりでした。シンジュは中国原産で、かつて街路樹や養蚕用に植えられたそうで、天に届くほど背が高くなることから、天国の木→神樹と名付けられたそうですが、生育力が旺盛で野生化して各地に繁殖しているそうです。ニワウルシ(庭漆)の別名がありますが、ウルシ科ではないのでかぶれません。

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杉林を30分ほど下ってくると、赤崎側の大洞の登り口に着きます。ここには、標識がありました。ただ、舗装道路から少し入った所にあり、気を付けないと見過ごしてしまいそうです。

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大洞の登り口のすぐ近くには、国指定遺跡の大洞貝塚があります。標高31mの丘を中心に約20,000㎡が指定されております。この遺跡から200mほどの所まで、今回は津波が押し寄せ、近くの赤崎小学校が波に飲み込まれました。復興計画では、この遺跡の近く(南リアス線の線路を挟んだ山側)に、学校を再建する計画がでていますが、遺跡との折り合いでまだ決定されていないようです。

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大洞口から綾里に帰る途中、合足(あったり)という小さな入り江の集落があります。ここも、今回の津波で海岸の漁業施設が壊滅状態になりました(ただ、人的被害はありませんでした)。

この入江の西隣に、太平洋の東方に向いた小さな浜があります。波打ち際まで杉が植林されていますが、この杉林の中、海岸から30mの場所に、波で削られたように岩の先端が丸くすべすべした巨石(高さ1.2m、横幅1.2m、長さ3mほど)があります。明治三陸大津波で海底から運ばれてきた「津波石」だそうです。

今回の津波でも、この杉林の奥まで津波が押し寄せ、植林され育ったこれらの杉も、枝は枯れて赤くなっていました。

地元に帰ってきて、間もなく丸2年になろうとしていますが、まだまだ知らないことがいっぱいです。地域の文化や伝統を「まもり」自然と人、人と人を「つなぎ」・「つむいで」いこうということで「大小迫つむぎの家」を立ち上げ、進めてきていますが、もう少し地域の文化・生活について学んでいかなければとの思いを強くしています。