ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

受難の時代

2014-05-16 07:45:45 | Weblog

「10年後の保護者」5月10日
 ノンフィクション作家の亀山早苗氏が、ご自身の連載コラム「現代恋愛模様」の中で、『いつの間にか恋愛は、すぐに結果が出なければいけないものになった。ちょっとつきあっただけで「合わない」と決めつけてしまう。ゆっくり関係を育てていく余裕がないのか、子どもの頃から結果だけを求めて育ったせいか』と書かれていました。
 高学歴で背が高く、決して条件が悪いわけでもないのに、30歳を過ぎても特定の異性との交際が長続きしない我が甥や姪を見ていると、亀山氏の指摘に頷いてしまいます。亀山氏は、その原因としてこの世代の若者の育ちをあげています。つまり「子供の頃から結果だけを求められてきた」ことが、他人に対する評価を短期間で下すという傾向に結びついているというのです。育ちが原因だとすれば、この傾向は、「恋人」に対する場合だけでなく、自分以外の他人一般に対しても見られるはずです。
 そこで気になるのが、この世代が保護者となる10年後のことです。私が大学を出て教員になったとき、今から振り返れば、とても「教員」と呼べるような代物ではありませんでした。現在の私であれば、指導力不足教員、社会人としての常識に欠ける問題教員と判定していたかもしれません。それでも何とかやってこれたのは、新卒のとき受け持って子供たちの保護者の多くが、「若い先生が一生懸命やっているんだから」という温かい目で私を見守っていてくれたからだと思います。
 隣の学級と比べて騒がしく、集団行動が出来ない学級の状況に焦り、授業が遅れて学期末にはパニック状態になり、どうしてもいうことを聞いてくれない子供たちを怒鳴りまくって後で落ち込むという私でした。でも、家庭訪問のときには「うちの子、先生のことが好きらしくて。帰ってくると先生のことをいろいろと話すんですよ」というYさんの言葉に励まされ、保護者会では「先生が言ったことが絶対で私の言うことなんか聞いてくれません。先生を信頼しているみたいです」という、学級で一番手こずらされていたOさん保護者の発言に元気づけられてものでした。
 当時の保護者の方々が、「若い先生を育てよう」という意識をもっていたかまでは分かりませんが、少なくとも22歳の若造がそんなにすぐにはうまくやれるはずはないという心の広さはもっていたように思います。しかし、10年後の新卒教員は、2,3か月で「この先生はダメ」と烙印を押されてしまう環境の中で教員生活をスタートさせなければならなくなる可能性が高いということになります。その時代には、今とは違う教員育成、研修が必要とされるようになっているのではないでしょうか。新採教員受難の時代です。

 

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