わくわく活動日記

山本ゆきこ~子どもこそ未来

「松代大本営」見学ー歴史に学び、アジアと未来志向の関係を

2010-08-30 22:49:44 | 平和・人権
 8月30日、長野市松代町にある「松代大本営」を見学しました。
 「松代大本営」について、壕の入口に掲げてある長野市による説明は次のようです。
 
   <松代象山地下壕>
 第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦最後の拠点として、極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、昭和19年11月着工、よく20年8月15日の終戦の日まで、およそ9カ月の間に当時の金額で2億円の巨費と、述べ300万人の住民および朝鮮人の人々が労働者として強制的に連行され、突貫工事をもって構築したもので、全工程の75%が完成した。
 ここは地質学的にも堅い岩盤地帯であるばかりでなく、海岸線からも遠く、川中島合戦の古戦場として知られている通り要害の地である。
 松代地下大本営は舞鶴山を中心として皆神山、象山に碁盤の目の如く掘り抜き、その延長は10㎞余に及ぶ大地下壕である。
                            長野市

 「松代大本営朝鮮人犠牲者慰霊碑建立実行委員会」による「追悼平和祈念碑案内」の一部を抜粋します。

 …この工事には、・・・多数動員されたが、地下壕掘削などの中心的役割を果たしたのは、当時植民地化の朝鮮(大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国)からの多くの強制連行者を含む約6,000人の人々であった。
 その工事は、厳しい監督下での昼夜兼行の強制労働で食料も乏しく、発破や落盤の事故、栄養失調で死亡したり、待遇改善などを要求して射殺された者もおり、犠牲者は300人とも推定されているが1,000人という説もある。・・・
 この大地下壕を中心とする「松代大本営」は、太平洋戦争と朝鮮民主化に象徴される日本のアジア侵略の歴史と、その反省を永遠に刻む歴史的遺跡であり、この碑の建立と壕の見学が、なお残る民族差別の克服と友好親善の新たなる第一歩となることを切に願うものである。

 ヘルメットをかぶり壕の中へ入ると、34度の外気温と全く異なり、ひんやり涼しかったです。延々10㎞にも及ぶ地下壕が掘削された陰には、大きな犠牲があったこと容易に想像されます。やはりここでも、アジアから強制連行された人々が強制労働させられていたのでした。

 このような強制連行の事実を現在、どれだけの人が知っているでしょうか?花岡鉱山、そして、この石川県の七尾でも中国から強制連行させられた人々が存在し、生き残った人々や遺族が謝罪と賠償を求めて訴訟を起こしています。

 私たちの見学と前後して、何組もの小学生のグループが学習の一環として教員に引率され、ボランティアガイドさんの説明を受けながら見学していました。子どもたち、若者たちにぜひ、戦争における加害の事実を学ぶ機会を保障したいものです。アジアの人々と未来志向の関係を築くためには、過去に目を閉ざすのではなく、負の歴史に向き合うことが必要です。
今年は、韓国併合100年の節目の年です。

「ブックスタート」日本で発足10年、金沢でもスタート

2010-08-30 22:26:08 | 子育て支援
 8月27日付けの朝日新聞に「赤ちゃんに絵本をー『ブックススタート』日本で発足10年」との見出しの記事がありました。以下、記事の抜粋です。

 「全国で取り組み自治体は4割を超えた。思春期の中学生が加わったり、親の育児不安を和らげたりする場にもなっている。」

「愛知県尾張旭市の昨年度の6ヶ月健診の受診率は96%。受診しなかった家庭には保健師が足を運ぶ。『虐待防止のためにも、未受診者のフォローが欠かせない時代。絵本をはさむと、親御さんとのコミュニけーションがとりやすい』」
 
「赤ちゃんに絵本がわかるの?」と疑問に思う人もいる。「文字が読めず、言葉の意味をすべて理解できなくても、表情や語りかけを通して楽しいひとときを分かち合える。そんな時間を持てたら、気持ちに広がりがでます。」(NPOブックスタート白井哲事務局長)

 私は議員当選直後から「金沢市でもブックスタート事業を」と、たびたび取り上げて来ました。今年度から金沢市でもいよいよブックスタート事業がスタートし、うれしい限りです。10月から各福祉健康センターで行われる3ヶ月健診の際に、親子1組に対して図書館職員や読み聞かせボランティアの人が3冊の本を読み聞かせをし、そのうちの希望の1冊をプレゼントするそうです。

 写真は、玉川こども図書館発行の「はじめましての絵本」というパンフレットです。絵本の読み聞かせの意義とともにお勧めの本の紹介が掲載されています。

10年ぶりの 小坂校下”三獅子舞”共演会

2010-08-28 21:04:02 | 地域
 8月28日、小坂小学校グラウンドで、小坂公民館主催の「小坂校下”三獅子舞”共演会」がありました。
 町会の枠を超えて伝統芸能に対する住民の関心を高め、若い担い手の育成につなげる狙いで、藩政期から小坂校下に伝わる神谷内、御所、小坂3地区の獅子舞が10年ぶりに共演することになりました。(写真は、御所町の獅子舞の演技)

 3地区に伝わる大きなカヤのある獅子舞は、百万石行列で観ることはあっても、間近でじっくり見る機会はなかったため、とても面白かったです。私の田舎の獅子舞よりスケールも大きく、棒振りの仕方も衣装も異なり、とても興味深かったです。

 3地区とも、棒振り、頭(獅子頭)持ち、ケンタイ、おはやし(三味線、大小太鼓、尺八、笛)胴竹持ち、太鼓かつぎ、世話人の総勢60人からなっていました。
 棒振りは、小学生から中学生、社会人と、いろいろな世代の人が練習を積んできている様子が十分伝わってきました。かつては、棒振りは男性だけに限られていたそうですが、今は、小学女児、女子中学生も加わり、男女共同参画が進んでいました。また、担い手不足を補い、大学の地域貢献事業の一環として、御所町の獅子舞には、星稜大学の学生も加わっていました。

 暑い中、地域ぐるみで、連日練習に励まれたことでしょう。小坂獅子舞保存会は、今年10月に開催される「ねんりんピック」で演技されるそうです。私の隣に座っていたおじいちゃんは、「小坂の獅子舞はわしが60年前、青年団の時始めたがや」と、小坂の獅子舞を誇りに思っていらっしゃいました。

金沢で「イクメン」に遭遇!

2010-08-28 20:48:49 | 子育て支援
 連日猛暑が続き、日差しが痛く感じます。

 8月28日、行きつけのクリニックの待合室にいると、4歳前後の男の子を膝に乗せ、本の読み聞かせをしている若いパパの姿がありました。
 そのあと、男の子が治療室に一人で入り、一瞬、痛くて泣く声が聞こえてきました。すぐそのあと、男の子が治療室からかけ出て来ると、パパが男の子をぎゅっと抱きしめ、
「痛かった?強い子だね」と、やさしく声をかけていました。
 そののち、「これからマックへ行こうか?」とパパが男の子に話しかけていました。

 お父さんと子どもの自然なかかわりがとてもすてきでした。育児をする男性「イクメン」を間近で見ることができ、なんだか幸せな気持ちになりました。

 待合室で見かける親子がほとんど「お母さんと子ども」という姿に見慣れているため、新鮮に映ったのかもしれません。複数のお子さんをクリニックに連れてきて大変そうなお母さんの姿をよく見かけます。「イクメン」がもっともっと増えてほしいものです。

世田谷プレーパーク視察ーモットーは「自分の責任で自由に遊ぶ」

2010-08-25 00:11:50 | 教育
 8月20日午前中、東京都世田谷区にある「羽根木プレーパーク」を森市議、古河白山市議とともに視察しました。「プレーパーク」とは、「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーにした住民運営による冒険遊び場のことです。

  公園の一角に手作りの小屋や物置、遊具が林立し、木登り用の大木もあります。のこぎり、金槌などの工具箱があり、廃材を使って工作する子、枯れ木を組み立てマッチで火を起こす子、ホースで溝に水を流し泥んこ遊びをする子、小屋の屋根によじ登り下のマットめがけて飛び降りる子・・・それを見守っているプレーリーダーやボランティアの存在。

 プレーパークでは、「危ない、事故が起きたら・・・」とつい思ってしまう今までの常識が完全に覆されるような遊びがここかしこで展開されていました。禁止事項が取り払われたことにより、元来子どもたちが遊びたかったであろう遊びが実現していました。今の日本で、しかも、東京のど真ん中でこんな空間が存在することが何とも不思議に感じられました。そして、このような空間が実現した背景には、粘り強くたくましい地域住民の運動があったからでしょう。

 <入口の看板>
 プレーパークは、公園での自由な遊びをめざして、区と地域の人たちとプレーリーダーとの協力で運営されています。 
 ここの遊具は、区役所が作ったものではありません。子どもの欲求に応じて、プレーリーダーとボランティアを中心とする人たちの手で作られていますので、安全点検には、みんなの協力が必要です。
 子どもが公園で自由に遊ぶためには、「事故は自分の責任」という考えが基本です。そうしないと禁止事項ばかりが多くなり、楽しい遊びができません。このプレーパークのモットーは、「自分の責任で自由に遊ぶ」ことです。みんなの協力で楽しい遊び場をつくりましょう。

 「冒険遊び場」は1940年代にデンマークで始まり、50~60年代にヨーロッパに広がりました。70年代半ば、子どもたちの遊ぶ環境に危機感を抱いていた大村夫妻が地域の人たちと共に、自分たちの手で遊び場をつくる活動を始めます。その実績により、79年、世田谷区は国際児童年の記念事業として、地域住民と共に羽根木プレーパークを開設、翌80年、常駐プレーリーダーがいる日本で初めての常設の遊び場となりました。
 その後開園された計4つのプレーパークは、行政と地域住民の協働事業として、これまでずっと続いてきています。その実績は国内のみならず、海外からも高い評価を受けています。

 8月24日付けの朝日新聞の生活欄にプレーパークに記事がありました。一部を引用します。
<見出し> 木登り・泥んこ やっちゃえ
<本文>もっと、もっと外遊びをしよう-NPO法人「日本冒険遊び場づくり協会」は29日、全国117か所で「冒険遊び場」を一斉開催する。外遊びの楽しさを実感してもらうとともに、子どもの遊び環境が危機的な状況にあることを社会に訴えるのがねらいだ。

 そして、25日付けの北陸中日新聞(東京新聞系列)の社説に
「ゲーム依存ー外遊びの力を見直そう」とありました。
 子どものゲーム依存の悪影響が心配される中、20~60代の男女5,000人の子ども時代を調べた国立青少年教育振興機構の「子どもの体験活動の実態に関する調査研究」の中間報告は興味深い。
・・・子どものころのそんな外遊びの経験が豊富な人ほど、物事の関心や意欲が強いことが分かった。
・・・活発な外遊びが子どもの知的好奇心や探究心を刺激し、やる気の原動力になる傾向がはっきり見て取れた。
 日本学術会議も外遊びの重要性を強調し、子どものコミュニケーション能力や考える力を養うには「群れて遊ぶ空間」が必要だとの提言をまとめている。
 都会では自然や原っぱ、空き地は少ない。たとえば、地域住民が運営する「冒険遊び場」に目を向けてはどうか。・・・遊びの視点から子どもの教育をとらえる研究をもっと深めていくことも大切だ。

 外遊びの重要性は研究報告を待たなくても至極当然なことと思いますが、学術的な研究結果を突きつけでもしないと、外遊びの意義に気づかず、外遊びをないがしろにする時代になったのでしょうか。
 「早期教育」に走るのではなく、子どもが子ども時代を十分堪能できる環境をつくるためにこそ、大人は汗をかき、知恵を絞るべきだと思います。

終戦記念日に思うーNHK「15歳の志願兵」を観て

2010-08-16 23:21:44 | 平和・人権
 8月は、メディアによる原爆や戦争についての特集番組がたくさんあります。
 その中でも、15日夜9時からNHKで放映された「15歳の志願兵」はなかなか見ごたえのあるドラマでした。

 太平洋戦争の戦局が悪化する1943年、名古屋市の旧制愛知一中であった実話をもとにドラマ化された。
 海軍は航空兵不足の解消のため、全国の中学校に甲種飛行予科練習生の志願者数を強制的に割り当てた。志願者の少なさに軍部は、校長を通じて「時局講演会」を開き生徒への指導強化を命じる。「愛国心」「非国民」についてのセンセーショナルなアジテーションを受けた3~5年生700人が雪崩を打つように志願を表明する「総決起事件」が起きた。大政翼賛会的な風潮の中で、個人の思いは完全に封殺されてしまっていた。

 戦後、生き残った主人公が戦死した親友宅を訪れ、その母に
「僕たちは、学校で死ねと教わった。学問のなかったのはこの国です。」と言い切る。

 将来ある若者たちが、その尊い命を散らさざるを得なかった。
 ささやかな幸せを願う庶民の願いが、無情にも引き裂かれてしまった。
 国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた多くの人がいる。
 戦争を経験した人は誰もが「二度とあのような悲惨な戦争はご免だ」と思う。
 しかし、願うだけでは戦争への流れを押しとどめる事はできない。
 次の世代へ伝えることを怠らず、平和を構築するために行動しなくてはならない。

市議会ロシア訪問ー首都モスクワ

2010-08-15 00:37:17 | 視察・研修
 5日は空路モスクワへ到着しました。この日の最高気温は37度でした。湿度が低いため、覚悟していたよりは過ごしやすかったです。今回はエアコンのあるホテルでしたが、音は大きいけど一向に冷えず、寝苦しかったです。

 モスクワ近辺での猛暑による山火事でスモッグの被害が深刻でした。幸いなことに、モスクワ市内視察のこの日は、風向きの関係でほとんど影響はありませんでした。昨日はスモッグがひどかったそうですし、翌日はスモッグで視界が不良、煙の臭いもひどく、マスクをしている人も多かったです。

 写真は、赤の広場にある「聖ワシリー聖堂」前で。ロシア正教の修道院はねぎ坊主のような建造物が特徴的です。モスクワ市内には片側9車線の道路もあり、赤の広場には高級ブランドがひしめくグム百貨店がある大都会でした。

 翌6日は、ジェトロモスクワ事務所長からロシアの貿易や経済状況などについてお話を伺い、モスクワの北に位置するヤロスラブリに進出した「コマツロシア工場」を視察しました

市議会ロシア訪問ーバイカル湖視察

2010-08-15 00:13:42 | 視察・研修
 翌4日は、イルクーツクにある透明度は世界一であることで有名なバイカル湖の視察です。バイカル湖は、1996年に世界遺産として登録され、世界で最も深い淡水湖でもあります。琵琶湖の約50倍の広さがあります。この日の天気は晴れで、最高気温26度と湖へ行くには最高のお天気でした。

 イルクーツク市は、「シベリアのパリ」とも呼ばれるシベリアの中心都市です。かつてシベリアは流刑地でした。ここでも日本人シベリア抑留者の墓地へ参拝しました。

 バイカル湖生態学博物館を視察し、83歳になられる館長さん(写真左端)から、バイカル湖についての詳しい説明を受け、環境保全への熱心な取り組みも聴かせていただきました。かつて工場排水などによってバイカル湖の水質汚染が深刻になったため、規制を厳しくした結果、水質が向上したとのことでした。バイカル湖の水深500mの水はそのまま飲料水になり、ペットボトルの水としても販売されています。
 バイカルアザラシの愛くるしい姿に思わず癒されてしまいました。かつてバイカルアザラシはいしかわ動物園へも寄贈されたそうです。

市議会ロシア訪問ー姉妹都市イルクーツク市議会表敬訪問

2010-08-14 23:55:59 | 視察・研修
 8月1日から8日まで、「金沢市議会姉妹都市訪問」として、ロシアを訪問してきました。市議会の1期議員を中心とした総勢14名の訪問団でした。
 
 2日はハバロフスクで日本人シベリア抑留者の墓地に参拝し、3日に金沢市の姉妹都市イルクーツクへ到着しました。ロシアへ入ると、湿度が低いため、さわやかに感じられました。ガイドさんは「気温は、プラス20度」という言い方をします。ロシアではマイナス35度からプラス35度までと気温の幅が広いので、このようないい方をされるのでした。

 イルクーツク初日は、最高気温15度でやや肌寒く感じるほどでした。市議会へ表敬訪問しましたが、イルクーツク市議会では副議長さんはじめ議員が4名、市の職員が3名対応してくださいましたが、なんと、7人全員が女性でした。私がその理由を尋ねると、交代で夏休みを取っているので、たまたまそうなったとのことでした。

 質問の中で、介護の問題はないかと尋ねたところ、ロシアの通訳の方が「介護?」と、どういう意味かよく理解できないようでした。ロシアでは、男性の平均寿命が65歳とのことで、介護の必要性が低いため、そのような反応だったようです。寒い地のため、体を温めるため度数の高いウオッカを飲み、サウナに入り、水風呂へ入るなどの習慣から、心筋梗塞のため死亡する人が多いそうです。