「なかなか理解されない」と書いたが、そもそも“整体”を名乗る
療術は多い。
“整体”という言葉の起こりは、現在の(社)整体協会=(俗に云う)
野口整体であるが、カイロプラクティックも“整体”と称しているし、
整体指圧なんていうのもある。
“整体”という言葉が普遍的である為と思うが、何も知らない人
がいる反面、自分なりの解釈と概念をもって来られる人も多い。
然し、一番大きな思い違いは、なんと云っても「痛いところを治し
、正常な状態に復するところ(そしてそrだけ)」だという考えで捉え
られていることだろうか。
要するに、「痛みが取れれば、それで終わり」なのである。
然し、整体協会が普及に努めている“活元運動”をとってみても
分かるとおり、整体の目的は「体を敏感にして、その人の十全の
力を発揮できるようにする」ことであり、初めは何処かの不調がき
っかけで整体の門をくぐるにしても、後は「コンディションを整え、
又感覚を鋭敏にして、日々の暮らしをより充実したものにする」
ことである。
だからこそ自分自身、特別身体に何の問題もないのに定期的
に整体に通い、少しでも己の能力を高め、より充実した人生にし
たいと活元運動にも励んだのである。
又整体に理解のある人は、例えば受験生なら、試験が近づくと
少し頻度を増し、或いはスポーツをする人なら、大事な試合が近
づくと回数を増やして通うのである。
又その人の持っている可能性を広げ、より能力を伸ばすという
ことを考えると、整体を受けるのは早いほど良いということが分
かる。
この点は“治療”を受ける場合と大きく異なる点である。
つまり、整体は小さいうちから、そして普通に“健康”な状態の
ときから始めるのがより良いということが分かる。
「どこも痛くない」からといっても、その身体が“整って”申し分が
無い状態であることはまれである。
その身体はもっと整えられるし、より敏感になれるし、彼や彼女
の能力は本来もっと伸びる力を秘めているのである。
人間長生きしても百年である。 その日々を感受性豊かに過ご
すか、それとも(本来の己でない)鈍い体と感性で過ごすかは大
きな違いである。
整体を受け、活元運動を知った当初は志高く『より良い自分に
変わろう』と思った人も、いつの間にかその気持ちを忘れて、『別
にどこも痛くないから、まぁいいか』になってしまうことが多い。
もう一度初心に帰って、より良い自分になり、より充実した日々
を送ってほしいものである。
療術は多い。
“整体”という言葉の起こりは、現在の(社)整体協会=(俗に云う)
野口整体であるが、カイロプラクティックも“整体”と称しているし、
整体指圧なんていうのもある。
“整体”という言葉が普遍的である為と思うが、何も知らない人
がいる反面、自分なりの解釈と概念をもって来られる人も多い。
然し、一番大きな思い違いは、なんと云っても「痛いところを治し
、正常な状態に復するところ(そしてそrだけ)」だという考えで捉え
られていることだろうか。
要するに、「痛みが取れれば、それで終わり」なのである。
然し、整体協会が普及に努めている“活元運動”をとってみても
分かるとおり、整体の目的は「体を敏感にして、その人の十全の
力を発揮できるようにする」ことであり、初めは何処かの不調がき
っかけで整体の門をくぐるにしても、後は「コンディションを整え、
又感覚を鋭敏にして、日々の暮らしをより充実したものにする」
ことである。
だからこそ自分自身、特別身体に何の問題もないのに定期的
に整体に通い、少しでも己の能力を高め、より充実した人生にし
たいと活元運動にも励んだのである。
又整体に理解のある人は、例えば受験生なら、試験が近づくと
少し頻度を増し、或いはスポーツをする人なら、大事な試合が近
づくと回数を増やして通うのである。
又その人の持っている可能性を広げ、より能力を伸ばすという
ことを考えると、整体を受けるのは早いほど良いということが分
かる。
この点は“治療”を受ける場合と大きく異なる点である。
つまり、整体は小さいうちから、そして普通に“健康”な状態の
ときから始めるのがより良いということが分かる。
「どこも痛くない」からといっても、その身体が“整って”申し分が
無い状態であることはまれである。
その身体はもっと整えられるし、より敏感になれるし、彼や彼女
の能力は本来もっと伸びる力を秘めているのである。
人間長生きしても百年である。 その日々を感受性豊かに過ご
すか、それとも(本来の己でない)鈍い体と感性で過ごすかは大
きな違いである。
整体を受け、活元運動を知った当初は志高く『より良い自分に
変わろう』と思った人も、いつの間にかその気持ちを忘れて、『別
にどこも痛くないから、まぁいいか』になってしまうことが多い。
もう一度初心に帰って、より良い自分になり、より充実した日々
を送ってほしいものである。
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