
あなたのクルマが狙われている 徹底追跡 「自動車盗」の深層 NHK 2025年7月7日 13時48分
「朝起きたら、愛車がなくなっていた」
そんな事態が、いま相次いでいる。年間およそ6000件の自動車盗が起きている日本。
標的となっているのは「ランドクルーザー」や「アルファード」といった高級車。
大切な愛車を誰が盗み、どこへ行ってしまうのか?
徹底追跡した。
(NHK名古屋 “自動車盗”取材班)
朝起きたら、愛車がなくなっていた
「もうパニックになってましたけどね。『車がない、車がない』って言われて。『ええ?』みたいな」
滋賀県の一軒家で暮らす町野功さん。
町野功さん
去年5月、朝起きると、自宅の駐車場に止めてあった愛車がなくなっていた。車にはカギもかけてあったが物音もせず、異変に気づくことはなかったという。
盗まれたのは、新車の「ランドクルーザープラド」。
盗まれた車
ようやくためた600万円で手に入れた、お気に入りの愛車だった。
「わずか90秒」の犯行 物音もなく盗み去られる
寝ている間にいったい何が起きていたのか。
自宅に付けていた防犯カメラには、何者かが町野さんの車を持ち去る様子が記録されていた。
カメラに写っていたのは、2人組。
1人が車の下に潜り込んでいく。
【動画】車に忍び寄る2人組
それからおよそ50秒後、エンジンが始動。カギのかかっていたはずのドアから別の1人が乗り込むと、そのまま走り去っていった。
【動画】走り去る車
犯行時間はわずか90秒。警告音を発するはずのセキュリティーも、作動していなかった。
町野さんはすぐに警察に通報し、本格的な捜査が進められた。
しかし車が見つかることはなく、事件から10か月後、車のナンバープレートだけが返ってきた。
返ってきたナンバープレート
保険で一部はまかなえたものの、被害金額は数百万円にも上る。
さらに、心にも大きなダメージが残った。
町野功さん
「ちょっとトラウマじゃないですけど、ものすごい怖かったですもんね。また盗まれるんじゃないかって。腹立ちますよね。一生懸命頑張って買うた車をいとも簡単に盗まれるって、ちょっとエグいなって思います」
自動車盗 年間6000件 標的はランクルなど高級車
警察庁によると、去年1年間に全国で発生した「自動車盗」の被害は6080件。
車名別で見ると、町野さんが盗まれた「ランドクルーザー」が1064台と最も多く、次いで「プリウス」が539台、「アルファード」が488台などとなっている。
また1000台あたりの数字で見ると「レクサスLX」が圧倒的に多く、窃盗犯たちは「高級車」を狙っているのが分かる。
これらの車には、メーカーの純正のセキュリティーが備え付けられている。それにも関わらず、大切な愛車たちが次々に盗み去られている。
メーカーのセキュリティーを無効化 “CANインベーダー”
窃盗犯たちはどういう手口で、車を盗み去って行くのか。
教えてくれたのは、長年、警察と協力して盗難の手口を分析している有馬裕介さん。
盗難の手口を分析 有馬裕介さん
町野さんの自宅カメラに写っていた「わずか90秒」の犯行動画を見てもらうと「“CANインベーダー”によるものとみられます」と話した。
有馬さん
「ハッキングに近いようなものです。今の車って、コンピューターの塊みたいなものなんですね。そのコンピューターどうしを繋ぐ“CAN”という線に、“CANインベーダー”をつないで不正アクセスするという感じ」
「CAN」とは、Controller Area Networkの略称で、エンジンをかけたり、カギをかけたりといった車の制御に使うための通信網だ。
新しい車にはほぼ、この機能がついているという。
“CANインベーダー”は、このシステムを悪用する。使うのは小型の機器。
CANインベーダーに使われる機器
この機器を使って車の通信網(CAN)に直接接続して不正な信号を流すと、ロックが一瞬で解除され、備え付けられた警報装置も鳴らない。窃盗犯にとっては「非常に都合が良い」手口だという。
しかもこの手口、「決して難しいものではない」と有馬さんは話す。
有馬さん
「CANインベーダーを使った盗難は、練習すれば、誰でもできるようになってしまうと思います。犯人は練習したり、下手をすれば教育を受けている可能性もある。やはり持ち主一人ひとりの盗難対策が重要になる」
「カギをかけていても盗まれる」北関東や愛知で顕著
「持ち主の対策の必要性」は、データからも浮かび上がる。
おととし(2023年)の自動車盗のデータでは、車の近くにカギがない状態、つまり、施錠した状態で被害にあったと考えられる「キーなし盗難」の割合は、実に全体の7割以上を占めていた。
特に都市部ではその傾向が強い。
さらに北関東や愛知などでは、その割合はおよそ9割にも上っている。
大半は計画的な犯行だと考えられ、警察も背景に組織的な窃盗グループの存在があるとみて、警戒を強めている。
今の時代、「カギをかけていても盗まれる」ことが、当たり前のように起きていることがうかがえる。
窃盗犯たちはランドクルーザーやアルファードといった高級車を狙って、特殊な機器も駆使してメーカーが施した対策を突破する。
取材を進めていくと、背景には「日本車の海外人気」があった。
「ユーズド・イン・ジャパン」高まる日本車の海外人気
「日本車は海外で大人気だ」
今回の取材中、取材班はさまざまな関係者から何度もこの言葉を耳にした。
日本車の、特に「中古車」の海外人気は、私たちの想像を超えるものだった。
去年(2024年)、日本から海外に輸出された中古車台数は136万台と統計史上最高を更新。
平均すると1日あたりおよそ3700台の中古車が日本から海外へ運ばれていく計算だ。
人気の理由について、日本で中古車輸出販売業を長年手がけているパキスタン出身の達(ダル)ウマルさんに聞くと、次のように話してくれた。
中古車輸出販売 達ウマルさん
達さん
「日本人は車をすごく大切に扱うので、メンテナンスとかもすごくしっかりなさってるんですよ。中古車でもエンジンの性能がすごくいい。それに日本の道路ってすごいきれいじゃないですか。でこぼこしてないのでその分きれいに保てていて、それで海外ですごい人気があるんですよね」
取材に訪れた日、達さんは16万キロ走ったトヨタ車を中古車オークションで競り落としていた(そのオークションも大変な盛況だった)。
走行距離が15万キロを超えると日本では廃車が検討されることもある。
しかし達さんは「メンテナンスされていれば新車に近い感覚。海外では60万キロ乗られることも多く、数十万の値がつく可能性がある」と話した。
製造から数年以内の高級車であれば、新車より高い値段で取り引きされることも珍しくないという。
「ユーズド・イン・ジャパン」。
車検制度など整備が行き届いている日本の中古車はこう呼ばれ、海外で高値で取り引きされているのだ。
「盗難車の一部 海外に不正輸出と承知」税関
その人気も背景に連日、膨大な数の中古車が海外へ運ばれていく。
この中に盗難車が紛れ込んでいないか、名古屋港では税関職員が厳しく目を光らせている。
エンジンなど解体された「部品だけ」でも高い値がつくといい、目視での取り締まりも行っている。
税関での自動車部品のチェック
ただ、名古屋港だけでも年間30万台にも及ぶ中古車をすべてチェックすることはできず、すり抜けるものもあるとみられている。
そしてチェックをすり抜けると、追跡はいっそう困難となる。
税関幹部
「盗難車の一部が海外に不正輸出されていることは承知しています。盗難車の不正輸出に関しては問題意識を持っており、警察などと連携して適正に対応していきたい」
目視によるチェックも
「ユーズド・イン・ジャパン」の車を標的にしているとみられる窃盗犯たち。
彼らはいったいどんな人物で、なぜ犯罪に関わるのか?実態をつかむべく、私たちは事件の当事者たちへの接触を試みた。
「100万、200万、300万、車で手に入る」
「泥棒の人は泥棒が仕事なもんで」
そう話したのは、かつて盗難車に関わる事件で逮捕された1人。
匿名を条件に、自動車窃盗グループの実態を打ち明けた。
「堅いよね、車って。仕事、ぽわーんとやって100万、200万、300万、車で手に入るわけじゃん。空き巣に行って、空振りもあるわけや。だけど、車だと持ってくればいい。で、売れるもんが分かっとれば、(入ってくる)お金も分かっとるもんで。金額が。そりゃ、やるよね、みんな」
(記者)どういうグループが窃盗に関わっているか?
「車に関しては、本当にグループ分けされて、見つけてくる人、運ぶ人、仕事(盗み)に行く人、あと何があったかな、作業者を管理する人、あと機械の管理。全部ばらばらだった。効率は良かったね。それに結局運ぶだけだったら、もしやられても(逮捕)そんなに罪、重くない」
(記者)車を盗まれた人に対して、何か思うことはないか?
「思う部分は、ないよね。保険に入っていれば、お金が入ってきてるだろうし。盗まれたほうからすれば本当、ムカついてしょうがないと思うけど、どういう人たちが盗まれたかも分かんないし。盗まれんようにしろというのも難しいかもしれんけどね、盗まれちゃうよね」
ただ彼も、複数に別れた役割の一部を担っていたに過ぎず、その詳しい全体像については「知らないもんは知らない」と話した。
取材から見えてきた窃盗グループの実態とは
取材班では今回、自動車盗に関する事件の複数の犯人グループに接触した。
その結果見えてきたのは、1台の車が盗まれて海外に輸出されるまでに、細かく役割分担された何人もの人物が関与しているという「窃盗グループ」の姿だった。
大きくは「調査役」「実行役」「運搬役」「保管役」「解体役」「偽造役」「流通役」からなり、それぞれの役割の人物は、犯行の全体像を把握していないケースも多い。
(1) 調査役
ターゲットにする車を探す役割。ランドクルーザーやアルファードといった高級車がどこにあるかや、防犯カメラなどの盗難対策の有無など“盗みやすさ”を調べる。現場の下見だけでなく、衛星地図で確認することも。“猫探し”という隠語を使い、調査役を“闇バイト”で集めるケースもあると指摘されている。
(2) 実行役
盗難の実行役。記事で紹介した「CANインベーダー」でロックを解除するなど、あらかじめ準備した方法で盗む。見張りなどとともに複数人で行うこともある。CANインベーダーに使う機器は、特殊な業者からレンタルすることもあるという。
(3) 運搬役
現場から盗んだ車を指定された場所に、あるいは解体された部品などを港まで運ぶ役。
(4) 保管役
運搬役から持ち込まれた盗難車を※ヤードなどで保管する。
※ヤードとは
周囲を鉄壁などで囲まれた作業所などを指す。海外への輸出も目的として車を部品ごとに解体したり、コンテナ詰めなどを行ったりする施設。
(5) 解体役
「ヤード」などで車を部品ごとに解体し、必要な部分を取り出す。海外への輸出も目的としてコンテナに詰めることもある。
(6) 偽造役
車を識別するための「車台番号」を偽造する役。盗んだ車と同じ型式の車を手に入れ、入手した車の車台番号を盗難車に移し替える。これにより「盗難車両を普通の車に見せかけて」流通させる。盗難車のロンダリングとも言われる。また車検証などの書類を偽造する役も。
(7) 流通役
盗難車の輸出までの手続きを行ったり、仲介業者に引き渡したりする役。
窃盗グループの検挙では1つの事件に関連し、10人以上が逮捕されるケースもある。
それはこのように、役割が細かく分かれているからだ。そして、窃盗犯一人ひとりは、事件の全体像を知らないこともあるという。
このためグループの中の誰かを検挙しても、事件の全体像はつかみにくく、不起訴になることもしばしばある。
警察も「さまざまな犯行グループがある中で、具体的にどのような形でどのような額の利益がどのグループに渡っているかは、まだすべて解明しきれていない」としている。
だからこそ、「自分の愛車を自分で守る」ことが今、重要になってくる。
愛車を守るためにできること
窃盗グループから愛車を守るために、私たちには何ができるのか。
前提として必要な心構えは、窃盗グループにターゲットにされた場合、完全に防ぐことは難しいということだ。
このため有効な対策は「犯人に嫌がらせをする」こと。
盗難対策などに詳しい防犯アドバイザーの京師美佳さんは、窃盗犯が嫌がる4原則として「音、光、時間、人の目」の4つを挙げる。
(1) 音
警告音や警報装置が鳴ると犯人をひるませることができる。窃盗の際に生じる不自然な振動などを感知して、音が鳴る装置を取り付けることなどが有効。
(2) 光
駐車場を明るくする、人が近づくと明かりがつくセンサーライトの設置など。特に、CANインベーダーの対策としては、車の左前にあるバンパーの部分を照らすと効果的。
(3) 時間
犯行に時間をかけさせ、あきらめさせる。具体的にはハンドルを固定する『ハンドルロック』やタイヤを固定する『タイヤロック』など。
(4) 人の目
スマホやタブレットで、映像を常時見ることができる防犯カメラなど。中にはスマホを通じ、スピーカーを使って遠隔で警告できるものがある。
「これらの対策を組み合わせることで対策の効果はさらに上がる」と京師さんは指摘する。対策が厳重に行われていることが外から分かるようにしていれば、ターゲットから外れることも期待できる。
また位置情報を追跡できる機器も有効だ。
愛知県豊田市では、盗まれた車がすぐに見つかったケースがあった。
車内には位置情報を発信する機器があり、犯人たちはこれを見て盗難を断念したとみられている。
黄丸内が位置情報を発信する機器
盗まれた車は自宅から400メートルほどの場所で見つかり、機器は近くの雑木林に捨てられていた。
犯人がほかにも追跡装置があるリスクを考え、車を置いていった可能性があるという。
警察も、スマホと連動した防犯カメラや警報装置など「複数」の対策を呼びかけている。
愛知県警察本部 生活安全総務課 山田幸司課長補佐
「もう鍵をかけていれば大丈夫という時代ではありません。いかに犯人グループに、“やりづらいな”“捕まりやすいな”という嫌がらせをできるかが防犯対策の基本になるので、1つよりも2つ、2つよりも3つ。複数の対策をお願いしたい」
自動車メーカーも盗難対策には力を入れている。
ただ、窃盗犯たちはその対策を破る手口を次々とあみ出している。いわば「いたちごっこ」が長年続いているのが現状だ。
ランドクルーザーやアルファードなどを製造するトヨタは次のようにコメントしている。
「車両盗難に関しては次々と新しい手口が現れており弊社としても常に新しい技術を車両に投入し盗難防止性能の向上に努めております。ただし大変残念ながら、すべての種類の盗難を防ぐ対策がないことも実情です。今後も情報収集を強化し盗難防止に対する実効性を高めて参ります」
取材後記
「大切にしていた愛車を盗まれる」
そのダメージが、金銭的な面にとどまらないことを痛感させられた取材があった。
愛知県の20代の男性はことし4月、愛車のランドクルーザーを盗まれた。車には、家族と出かけた旅行やキャンプといった思い出が詰まっていたという。
盗まれた愛車で子どもと出かけた時の写真
しかし、未明に音もなく盗み出された愛車は、今も戻ってきていない。犯人が捨てていったとみられるベビーカーが戻ってきたが、傷だらけになっていた。
被害にあった男性
「本当に許せないです。小さい子どもがいる家庭の車を盗んでいくのかと。犯人たちは“お金を稼げるから”と軽い気持ちでやっているかもしれないですが、盗まれる側からすると、何ものにも代えがたい、すごく大切なものだということを分かってほしい」
自動車盗に対してはメーカーや警察、税関なども対策に力を入れている。しかし残念ながら、それでも被害をゼロにすることは難しく、カギをかけるだけでは愛車を守ることができなくなっている。
車1台1台には持ち主ひとりひとりの思い出が詰まっている。
その車を狙う犯人がいるという厳しい現実を知り、愛車を守るためにできる手立てを講じてほしいと思う。
(この内容は7月7日のクローズアップ現代で放送予定です)