ヨミドクター2025年5月16日 「仕事でミスは許されない」1通のメールで追い込まれた23歳 包丁を購入した結末…心身を守る言葉
新年度が始まり、ゴールデンウィークも終わりました。職場が変わったという人は、新しい環境にもう慣れましたか。中には、仕事になじめなかったり負担が増えたりして、大型連休が終わったら、もう出社したくないという気持ちになっている人もいるかもしれません。そうした場合、どのように対処したら、心の負担を軽くできるのでしょうか。
プレッシャーから不眠に
「仕事でミスは許されない」 1通のメールで追い込まれた23歳男性が包丁を購入 結末は…心身を保つために大切な言葉
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車好きの23歳男性は、念願かなって自動車整備士になりました。この仕事は、楽しさがある反面、一つ間違えば大きな事故にもつながります。「お客様の車は丁寧にチェックしたい」。そう考えていましたが、いざ、働き始めると、限られた時間内での点検が迫られ、そのことがプレッシャーになっていきました。
入社して1年目の冬、夜眠れなくなりました。新年度が始まると、2人の新人の指導も任されるようになりました。そして5月下旬、仕事に必要な資格試験を受け、試験が終わって携帯電話の電源を入れると、「午後にお客様から点検の依頼が6件入っている。何時に職場へ来られる?」とメールが届いていました。「1人で6件分か。ミスできないなぁ」。とてつもなく、気が重くなったと言います。
「もう無理だ。仕事を辞めるか、死ぬしかない」
突然、そうした考えが頭に浮かびました。衝動的に量販店へ向かって包丁を購入し、最寄りの駅の隅で自分の腹部を刺しました。
逃げたかった
通行人が倒れていた男性を発見し、119番。救急搬送されました。入院5日目、私が病室に行くと、穏やかな表情で「調子は悪くないです。ご迷惑をおかけします」と礼儀正しくあいさつをしてくれました。
話を聞くと、「今の仕事はこなせないと思った。逃げたいという気持ちがあったけれど、具体的な方法は考えていなかった。もう整備士には戻らない」と言います。
うつ病と診断し、焦りや不安感を和らげるために抗うつ薬を処方し、公認心理師によるカウンセリングも受けてもらいました。
「車が嫌いになったわけではなく、整備士に戻りたい気持ちもある。けれど、自分がミスをして、お客様が事故を起こしたら大変だから、もう整備士は二度とやらない」。気持ちは揺れ動きます。
白黒つけられない社会
「仕事は100%ミスなくやらなきゃいけない」「ミスをする自分は何かが欠けている」――。男性は完璧主義で、考え方に「0」か「100」か、白黒つけたがるくせが見られました。
私は、「社会には白黒つかずにグレーゾーンがあることが多い。自分だけが白黒つける生き方をしていると、行き詰まって苦しくなってしまう。ミスをしない人はこの世の中に誰もいない。『まぁ、いいか』と自分で自分の気持ちに折り合いをつける練習をした方がよい」とアドバイスをしました。
(1)規則正しい生活リズムで過ごし、夜9時から朝6時まで寝る。
(2)栄養バランスの良い食事を1日3回取る。
(3)好きな漫画や雑誌を読んだりラジオを聴いたりして、時間に追われることなくゆっくり過ごす。
入院中は、こうした生活を送ってもらいました。
仕事よりも大切なこと
男性は、3週間後に退院。自宅療養をしてから、倉庫の管理を行う仕事に就くことになりました。退院から半年たつと、「精神的に落ち着きました。今度はフォークリフトの整備の仕事に就きたいという考えになってきました」と言います。私は、「せっかくの資格だし、整備士のお仕事が好きだったらいいと思う。けれども、決して無理はしないように」とお伝えしました。
ひたむきに、仕事に打ち込むことは良いことだと思います。しかし、ミスをしない人はいませんし、仕事だけが人生の全てでもありません。自分の心身の健康以上に大切なものはないはずです。
あなたが「その仕事」をやらなくても、世界の誰か、日本の誰か、職場の誰かがなんとかしてくれます。一方、自身の心身のケアは、自分にしかできないことです。
正気と狂気は紙一重で、死は意外と足元のすぐそばにあり、場合によっては、容易に越えられてしまうものだと思います。だからこそ、心身のバランスを取り、現実と理想の折り合いをつけながら、毎日を過ごしていってほしいと思います。(浅野聡子 精神科医)
新年度が始まり、ゴールデンウィークも終わりました。職場が変わったという人は、新しい環境にもう慣れましたか。中には、仕事になじめなかったり負担が増えたりして、大型連休が終わったら、もう出社したくないという気持ちになっている人もいるかもしれません。そうした場合、どのように対処したら、心の負担を軽くできるのでしょうか。
プレッシャーから不眠に
「仕事でミスは許されない」 1通のメールで追い込まれた23歳男性が包丁を購入 結末は…心身を保つために大切な言葉
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車好きの23歳男性は、念願かなって自動車整備士になりました。この仕事は、楽しさがある反面、一つ間違えば大きな事故にもつながります。「お客様の車は丁寧にチェックしたい」。そう考えていましたが、いざ、働き始めると、限られた時間内での点検が迫られ、そのことがプレッシャーになっていきました。
入社して1年目の冬、夜眠れなくなりました。新年度が始まると、2人の新人の指導も任されるようになりました。そして5月下旬、仕事に必要な資格試験を受け、試験が終わって携帯電話の電源を入れると、「午後にお客様から点検の依頼が6件入っている。何時に職場へ来られる?」とメールが届いていました。「1人で6件分か。ミスできないなぁ」。とてつもなく、気が重くなったと言います。
「もう無理だ。仕事を辞めるか、死ぬしかない」
突然、そうした考えが頭に浮かびました。衝動的に量販店へ向かって包丁を購入し、最寄りの駅の隅で自分の腹部を刺しました。
逃げたかった
通行人が倒れていた男性を発見し、119番。救急搬送されました。入院5日目、私が病室に行くと、穏やかな表情で「調子は悪くないです。ご迷惑をおかけします」と礼儀正しくあいさつをしてくれました。
話を聞くと、「今の仕事はこなせないと思った。逃げたいという気持ちがあったけれど、具体的な方法は考えていなかった。もう整備士には戻らない」と言います。
うつ病と診断し、焦りや不安感を和らげるために抗うつ薬を処方し、公認心理師によるカウンセリングも受けてもらいました。
「車が嫌いになったわけではなく、整備士に戻りたい気持ちもある。けれど、自分がミスをして、お客様が事故を起こしたら大変だから、もう整備士は二度とやらない」。気持ちは揺れ動きます。
白黒つけられない社会
「仕事は100%ミスなくやらなきゃいけない」「ミスをする自分は何かが欠けている」――。男性は完璧主義で、考え方に「0」か「100」か、白黒つけたがるくせが見られました。
私は、「社会には白黒つかずにグレーゾーンがあることが多い。自分だけが白黒つける生き方をしていると、行き詰まって苦しくなってしまう。ミスをしない人はこの世の中に誰もいない。『まぁ、いいか』と自分で自分の気持ちに折り合いをつける練習をした方がよい」とアドバイスをしました。
(1)規則正しい生活リズムで過ごし、夜9時から朝6時まで寝る。
(2)栄養バランスの良い食事を1日3回取る。
(3)好きな漫画や雑誌を読んだりラジオを聴いたりして、時間に追われることなくゆっくり過ごす。
入院中は、こうした生活を送ってもらいました。
仕事よりも大切なこと
男性は、3週間後に退院。自宅療養をしてから、倉庫の管理を行う仕事に就くことになりました。退院から半年たつと、「精神的に落ち着きました。今度はフォークリフトの整備の仕事に就きたいという考えになってきました」と言います。私は、「せっかくの資格だし、整備士のお仕事が好きだったらいいと思う。けれども、決して無理はしないように」とお伝えしました。
ひたむきに、仕事に打ち込むことは良いことだと思います。しかし、ミスをしない人はいませんし、仕事だけが人生の全てでもありません。自分の心身の健康以上に大切なものはないはずです。
あなたが「その仕事」をやらなくても、世界の誰か、日本の誰か、職場の誰かがなんとかしてくれます。一方、自身の心身のケアは、自分にしかできないことです。
正気と狂気は紙一重で、死は意外と足元のすぐそばにあり、場合によっては、容易に越えられてしまうものだと思います。だからこそ、心身のバランスを取り、現実と理想の折り合いをつけながら、毎日を過ごしていってほしいと思います。(浅野聡子 精神科医)