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アントニオ猪木に「滅法強かった」、タイガー・ジェット・シンとアンドレ・ザ・ジャイアント

2022-10-02 05:03:29 | スポーツ
1979年4月、タイガージェット・シン(右)と戦うアントニオ猪木 Photo by スポニチ



タイガー・ジェット・シン



アンドレ・ザ・ジャイアント





米プロレス団体WWEは9月30日(日本時間1日)、団体の公式サイトで、1日に79歳で死去した、元プロレスラーで元参院議員のアントニオ猪木さんへ追悼のコメントを寄せた。
 猪木さんはプロレス界への長年の功績をたたえられ、10年にWWE殿堂入りを果たしていた。サイトでは「日本のプロレス史上、最も重要な人物であるアントニオ猪木さんは、スポーツエンターテインメントで最も尊敬された人で、故郷では正真正銘の伝説だった」とし、スタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シン、ハルク・ホーガンらと激戦を繰り広げた歴史を紹介。その活動は日本にとどまらず、世界で興行を成功させたことから「プロレス界の素晴らしい大使でもあった」と称賛した。

 さらに、猪木さんの最も有名な試合として、元ボクシング世界王者ムハマド・アリさんとの異種格闘技戦を挙げ、「プロレスへの情熱から、“モエルトウコン(燃える闘魂)”の異名を持つ」とも説明。「WWEは、四角いリングの伝説の家族、友人、ファン、プロレス界全体に対し、心からのお悔やみを申し上げます」と哀悼の意を示した。



アントニオ猪木はほとんどのレスラーを破ってきたが、タイガー・ジェット・シンとアンドレ・ザ・ジャイアントとの対戦は分が悪かった。

何せ、私が見た限り、この2人に猪木が勝った試合をほとんど見たことがない。

タイガー・ジェット・シンは入場時にサーベルを振り散らしながら登場し、ゴング前にファイトするのが常套手段。

で、場外乱闘に持ち込んで最後はリングアウト勝ちを狙うという、「反則勝ち」の名人。

とはいっても、シンにも得意技があり、特に「腕折り=アームブリーカー」で猪木を骨折させたことは有名な話。


アンドレ・ザ・ジャイアントは「人間山脈」という異名を取った、とにかく、「全てがでかい」レスラー。

ゆえに、猪木の十八番である延髄斬りが全く通用しなかった。最後は、でかい体にモノを言わせて猪木を粉砕するケースが多かった。

アンドレ・ザ・ジャイアントは、同じく「ジャイアント」のリング名を持つジャイアント馬場が「十六文」を得意としていたように、「十八文」を得意技の一つとしていた。ゆえに、大柄ながらも、運動量の多いレスラーだった。
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