イランで行われた大統領選挙の決選投票は、欧米との対話を重視する改革派のペゼシュキアン氏が当選し、欧米と対立を深めてきた外交政策の転換を図り、関係改善を目指していくことになるとみられます。
イランの大統領選挙は5日に決選投票が行われ、欧米との対話を重視する改革派で、イラン議会の副議長や保健相を務めたペゼシュキアン氏と、欧米との対立をいとわない保守強硬派のジャリリ氏の争いとなりました。
内務省が日本時間の6日正午すぎに発表した開票結果によりますと、改革派のペゼシュキアン氏は1638万票余り、保守強硬派のジャリリ氏は1353万票余りを獲得し、ペゼシュキアン氏が当選しました。
政府の発表では投票率は49.8%と、40%にとどまった先月の1回目の選挙よりも高くなりました。
ペゼシュキアン氏は保守強硬派による政権運営に不満を持つ人たちの受け皿として、支持を伸ばしたものとみられます。
選挙戦でペゼシュキアン氏は、制裁の解除に向けて核合意の立て直しを訴え、今後、欧米と対立を深めてきたライシ政権の外交政策からの転換を図り、関係改善を目指していくことになるとみられます。
ただ、イランでは安全保障などの重要な問題については、最高指導者のハメネイ師の意向が大きく働くため、新たな政権のもと実際にどこまで政策転換を実現できるかは不透明な情勢です。
ペゼシュキアン氏「私たちについてきてほしい」
当選したペゼシュキアン氏は旧ツイッターのXにコメントを投稿し「親愛なるイランの人々へ、選挙は終わったが、これはわれわれが力を合わせる始まりにすぎない。あなたたちの共感や信頼がなければ、これからの道のりは困難なものになるだろう。あなたたちに手を差しのべ、置き去りにしないことを誓う。私たちについてきてほしい」として、今後の政権への支持を訴えました。
ジャリリ氏「選ばれた者が前に進むのを支えなければ」
一方、敗れたジャリリ氏もXに投稿し「われわれはすべての力を尽くし、選ばれた者が力強く前に進むのを支えなければならない」とコメントしました。
ハメネイ師「ライシ大統領の路線継承を」
イランの最高指導者ハメネイ師は大統領選挙の結果を受け、コメントを発表しました。
「選挙期間中の競争的な行動を友情に変え、誰もが国の繁栄のために最善を尽くすべきだ」としたうえで、「選出されたペゼシュキアン氏には、ライシ大統領の路線を継承するなどして、国民の安寧と国の発展のために長く、明るい未来を見据えるよう勧める」として、ライシ政権の路線の継続を求めています。
テヘランでは変革を期待する声
首都テヘランでは、当選したペゼシュキアン氏に変革を期待する声が聞かれました。
42歳の男性は「ペゼシュキアン氏にはすぐにでも経済制裁の解除に取り組んでほしい。イランも各国も譲歩して、私たちの暮らしの問題を解決させることが最大の課題だ」と話していました。
18歳の女性は「ペゼシュキアン氏は『若い人たちの服装に口出しをすべきではない』と言った。ヘジャブの着用をめぐる風紀警察による取締りが、見直されることを望む」と話していました。
このほか、42歳の女性は「ペゼシュキアン氏は私たちの社会の状況を考慮しながら、各国との関係を築いていけるだろう。私たちの社会がより安定し、平穏になることを期待している」と話していました。
一方、テヘラン市内にあるペゼシュキアン氏の選挙事務所では、当選を祝おうと朝から30人ほどが駆けつけ、支持者たちが記念撮影するなどして喜びを分かち合っていました。
岸田首相が祝辞「緊密に協力していきたい」
岸田総理大臣はペゼシュキアン氏に対し、「イランが中東の平和と安定に向け建設的な役割を果たし、国際社会との協調が進むことを期待するとともに、ペゼシュキアン次期大統領と緊密に協力していきたい」とする祝辞を送りました。
ロシア プーチン大統領は祝電送る
ロシア大統領府によりますと、ロシアのプーチン大統領は6日、イランの大統領選挙で当選したペゼシュキアン氏に祝電を送りました。
祝電の中でプーチン大統領は「ロシアとイランの関係は友好的で、国際的な課題の解決に向けて効果的に連携している」としたうえで「われわれの国民の利益と、地域の安全と安定の強化のために、あらゆる分野で2国間の協力をさらに深めてくれると信じている」としています。
ロシアは、ウクライナへ侵攻して以降、イランから無人機などの兵器を調達しているとされ、軍事的な連携を強めていて、プーチン大統領としては欧米との対話を重視する改革派の新たな大統領のもとでも引き続き協力関係を深めたい考えです。
中国 習主席は祝電「包括的な戦略パートナーシップ深めたい」
中国の国営メディアによりますと、習近平国家主席はイランの大統領選挙で当選したペゼシュキアン氏に6日、祝電を送りました。
この中で習主席は「複雑な地域情勢や国際情勢に直面する中で、中国とイランは終始互いを支持し、戦略的な相互信頼を絶えず強化している」として両国の友好関係を強調しました。
そのうえで「私はイランとの関係発展を非常に重視しており、大統領とともに努力し、両国の包括的な戦略パートナーシップを深めたい」としています。
中国は長期化するアメリカとの対立を念頭に世界の多極化を推進する姿勢を示し、これまで保守強硬派の政権のもとで欧米との対立を深めてきたイランとも関係を強化しています。
専門家「消極的な勝因に支えられている」
イラン情勢に詳しい慶應義塾大学の田中浩一郎教授は、改革派のペゼシュキアン氏が当選したことについて「当初から考えれば、予想を覆す結果になった。有権者としては、欧米などとの対決姿勢がもたらす成果はほぼなく、閉塞感が高まっていたため、アプローチを変えて風穴をあけてもらいたいと思っていたはずだ。『保守派は現状打破ができないのではないか』という消極的な勝因に支えられていると思う」と話しています。
一方で「圧倒的な勝利でもなく、投票率も高くないため、国民の信託も弱い。議会はジャリリ氏などに近い保守派の勢力が多いため、組閣などは難しい問題になってくる」などとして、政権運営は厳しいかじ取りを迫られるとしています。
さらに「最高指導者・ハメネイ師にとって、ペゼシュキアン氏は『意中の候補』だったとは言い難い。ペゼシュキアン氏の意見はハメネイ師にとってすんなりと同意できるものではなく、有形・無形の妨害がありうまくいかないのではないか」と分析しています。
また、欧米との関係改善については「イラン側が出した関係改善に向けたシグナルを欧米側がどう受け止めるのか、必ずしもボールはイラン側にあるわけではない」としてペゼシュキアン氏の思惑どおりに外交政策が進まない可能性があると指摘しています。
ペゼシュキアン氏とは
大統領選挙に勝利した改革派のマスード・ペゼシュキアン氏は69歳。
もともと、外科医で改革派のハタミ政権の時代に、保健相として入閣しました。
その後、イラン議会の議員となり、穏健派のロウハニ政権の時代には副議長を務めました。
知名度は高くありませんが、選挙戦では、大統領を務めたハタミ氏やロウハニ氏、それに、外相を務めたザリーフ氏といった有力政治家のほか、改革派の支持者を中心に支援を受けてきました。
経済制裁の解除を優先課題としていて、欧米との関係改善を訴えています。
また、女性に公共の場で着用が義務づけられている「ヘジャブ」と呼ばれるスカーフをめぐり、厳しい取締りを批判するなどして、広く、保守強硬派に不満を持つ層の受け皿となることを目指していました。
北村外務報道官「イラン新政権と対話を強化」
外務省の北村俊博外務報道官は談話を発表し、「イランがペゼシュキアン次期大統領のもとで、中東地域の緊張緩和と情勢の安定化に向け、建設的な役割を果たしていくことを期待する」としています。
そのうえで「わが国としては、イランとの伝統的な友好関係に基づき、情勢の安定化に向けた積極的な外交努力を継続するとともに、イラン新政権との間で対話を強化していく」としています。