ほぼ週二 横浜の山の中通信

人と異なる視点から見る

桂米朝の落語

2015年04月07日 | うんちく・小ネタ

先日桂米朝さんが亡くなられました。桂米朝さんをTVのニュースなどで見ると、かなり弱っておられたようで時間の問題と思っていました。心からお悔やみ申し上げます。

 

以前にも書きましたが、私は桂米朝と三遊亭円生の落語が好きでした。桂米朝の経歴や風貌を見ると学者肌なのですが、それを落語に出さないところが良かったと思います。

 

余談になりますが、一回も笑わせない「人情話」を落語の最高峰という人が時々いますが、私は違うと思います。面白くなければ落語では無い(古いなあ)し、笑わないとボケ防止にも役立ちゃあしない。笑わせない「人情話」も最後に「落ち」があれば「落語」なんですが、笑わせもせずに感動を取ろうなんて邪道です。立川談志の落語も好きだったけれど、晩年は「人情話」を噺そうとしていたのは残念でした。いかんせん彼の個性に合っていない。

 

元に戻りますが、桂米朝の噺のなかで好きなのは、「愛宕山」です。この話の前半は現実的ですが、後半はウソばかり(桂米朝がそう言っています(注))で荒唐無稽な噺です。この荒唐無稽な噺をさも現実にありそうに上手く引き込むのが桂米朝の上手いところです。この落語は、噺がトントンと進み、小気味良く場面が転換し、最後はどんでん返しになるのが面白い。この噺のトントンと進むはずのところでトチッた落語家がいましたが修行不足です。

この噺は京都人と大阪人がお互いに貶す部分が結構出てきますが、聞いている京都人と大阪人を怒らす手前で止めている芸は彼の能力でしょう。

 

最後に、師匠桂米朝を超える弟子は出てこないですね。桂小米改め桂枝雀はいずれ壁に突き当たるような落語だと思っていたら、そうなりました。

東京のほうも、落語家の人数も高齢な落語家も増えていますが、これと言った落語家はいないですね。金原亭馬生や古今亭志ん朝(いずれも古今亭志ん生の息子です)が生きていれば良かったんですが、親父より早死にしてしまいました。もっとも、彼らも現在まで生きているか疑問ですが。昔は他にもいろいろ個性のある落語家がいましたが、最近はいないですね。いきなり急な結論ですが、落語家に大卒は禁止すべきかもしれません。

2015.04.07

 

(注)2018.2.12

最近、寝ながらふと思い出しました。

桂米朝が、ある落語家(名前を思い出せません)から「愛宕山」を教えてもらった時、米朝が「愛宕山に行ってみないとあきまへんな」と言ったら、その落語家が「行かんでええ。行ってもしゃあ無い。落語「愛宕山」は嘘ばかりや」と言われたので、行かなかったとか。あるラジオで米朝が話していました。ということで、米朝自身が「嘘ばかり」と言ったわけでは無いので訂正します。

 


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