2016年のブログ「起こるべくして起きたX線天文衛星「ひとみ」の失敗 ~組織が時代遅れ~」の続きです。
2016年6月8日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)は「X線天文衛星「ひとみ」の異常事象に関する小委員会」の報告書を公表していますので、その報告書を基にした解説記事が既にメディアに出ています。ここでは、わたしが報告書を読んだ感想を書きます。前のブログにも書きましたが、X線天文衛星「ひとみ」を打ち上げたのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の中の宇宙科学研究所ISASです。
報告書は下記URL参照。101ページあります。
http://www.jaxa.jp/press/2016/06/files/20160614_hitomi_01_j.pdf
X線天文衛星「ひとみ」が分解するまでの経緯
2007年:プロジェクトが始まる
2016年2月17日:打ち上げ
2016年2月25日:衛星打ち上げ後に変化した重量バランスに対応する数値パラメーター(この数値が間違っていた)を作成
2016年2月28日:間違った数値パラメーターを「ひとみ」に送信
2016年3月26日までに観測機器の立ち上げ完了
2016年3月26日:
午前3時過ぎ:計画に従って「ひとみ」の姿勢変更を完了
(この姿勢制御は必要なプロセスですが、「ひとみ」を地上から観察できないタイミングで姿勢制御することに問題があるという指摘もあります)
午前4時過ぎ:「ひとみ」は(本当は正常なのに)姿勢に異常があるように自分で認識し、姿勢を正すような動作を開始したので、「ひとみ」が回転を始めた
(以前にも姿勢変更後に姿勢異常の誤認識が発生したことがあるようです)
この後、「ひとみ」は間違った数値パラメーターを基にした噴射のために、回転が増速した
(この噴射は地上からの指示ではなく、「ひとみ」の自分の判断)
午前10時過ぎ:「ひとみ」が分解した
午後4時過ぎ:音信不通が判明
2016年4月28日:復旧は困難と判断
衛星は、宇宙科学研究所ISASとNEC、三菱重工、日本飛行機、住友重機械、三菱電機の混成グループで打ち上げを担っていました。全体で何人いたのか、そのうちISASの人員は何人か報告書には書いてありませんが、制御関係を担当していたNECは十人前後から十数人だったようです。(これから出てくる運用担当者とあるのは、明確には書いていませんがNECと思われます)ISASだけでは、人員も技術も不足するので、こういう外部のメーカーの力を借りるのが普通のことですが、それだけにメンバーの意思疎通を図り、役割を明確にして、問題対応の漏れをなくすには大変な労力が必要です。こういう役目のプロジェクト責任者をISASの宇宙物理学の教授が出来るとは思えない。その理由は後で出て来ます。
それではトラブルをもう少し詳しく説明していきます。
まず衛星本体やセンサーなどに異常は無いのは確認しており、衛星自体の強度も問題なしと判断しています。原因は制御上の問題で、人の要因が強いようです。
問題が発生した順番です。
① 姿勢制御系の問題が発生
実際には回転していないのに回転していると衛星が誤って自己判断し、その回転を止めるように制御することで、逆に回転を始めた
(この誤った自己判断も以前から他の衛星でも起きている問題なので、それをキチンと対処しなかったのも問題であるが、ここでは省略します)
② Z軸(長軸)周りにゆっくり回転を始める
③ 衛星自体が姿勢の異常を検出し、安定モードになるように噴射を始めた
④ その噴射を制御する数値(パラメーター)が間違っており、適正な噴射ではなかった
⑤ 「ひとみ」の回転が増速し、太陽電池パドルSAP(太陽電池を載せた羽のようなもの)の両翼(衛星の中で構造上一番弱い部分)が本体から分離
問題は、「噴射を制御する数値(パラメーター)が間違っていた」です。
この衛星が宇宙空間に到達すると、衛星本体に収まっていた太陽電池や測定用の機材が宇宙空間に大きく開きます。そうなると、この衛星の質量バランスが変化するので、姿勢を制御するための噴射を決める数値(パラメータ―)を書き換える必要がある。ここからが問題です。
1. 数値(パラメータ―)を書き換えることが、衛星を運用する文書に明確に書かれていなかった
2. その数値(パラメータ―)を書き換える手順を書いた手順書がなかった
3. その数値(パラメータ―)が運用担当者間で共有されていなかった
4. その数値(パラメータ―)の書き換えする(手作業です)時に、入力ミスをした
マイナスの付いた数値は、マイナスを取って入力することになっていたが、マイナスを付けたまま入力した。担当者はマイナスを取ることを知らなかった
5. その数値(パラメータ―)を書き換える作業訓練が事前に実施されていなかった
6. その数値(パラメータ―)を書き換えた後、コンピューター上でシミュレーションをすれば発見できたはずだったが、しなかった
7. 運用担当者のこれらの行為を監督する立場のISASのチェックもなかった
この分析を見た感想は、ヒドイの一言ですね。とても300億円をかけたプロジェクトとは思えないほど杜撰。
このような新しいプロジェクトでは、想定を超える事象が起きるのが普通です。だからこそ、事前に想定されている通常作業に間違いがあるようではどうしようもない。それを確認するためにも事前訓練が必要なのにしていない。さらに言えば、従来から発生しているのに解決できていない姿勢制御に関連した問題を、従来は実害が無いからと言って軽視するような態度では、まともな成功は覚束ない。
さらに報告書は指摘します。「衛星の設計への要求は、観測条件は詳細なのにも拘らず、安全・信頼性への要求は少ない」と。この計画のプロジェクト・マネージャー(プロジェクトの責任者)がISASの宇宙物理学の教授ということもあるのでしょう。「ISASの従来の方法では、プロジェクト管理が十分ではない」と述べていますが、全く同感です。
「ISASと業者の役割と責任が不明確」も指摘していますが、種子島での打ち上げでも問題になった部分で、結局ロケットは三菱重工が担当することになりました。「ひとみ」でも実質的にメーカーが大部分の業務をやっているのだったら、「ひとみ」の運行もメーカーに委託すべきです。(メーカーは嫌がるかも)
こういういい加減な体制だったら、こうなるだろうなと誰もが考える公式通りの失敗です。何とか戻って来た「はやぶさ」の場合も、こういう体制だったのでしょう。そうであれば「はやぶさ」が地球に帰ってこられたのは、ラッキーだったというしかない。しかし、「はやぶさ」のような偶然が再び起きるとも思えない。こういうあほらしい教訓を300億円かけて知ろうとは!
こういう失敗が起きても、PM(プロジェクトの責任者)とPI(観測の責任者)を別の人が担当するくらいの小手先の対策で済まして、現状通りにやろうとする人たちがISASの中にはいるようですが、どうしようもないですね。もっと根本的な対応を取る必要がある。
「はやぶさ」の成功の後、体制を改革できていれば、日本もまだ救いようがあるのでしょうが、それができないのが日本です。ISASの改革は、小手先だけの改革だけで済ますのではなく、もっと根本的に改革すべきです。
6月27日の日経新聞によると、JAXA(ISASでしょう)は代替機の予算を2017年に要求すると書いていますが、どうしようもない人達です。1回の失敗では教訓を得られない人たちで、きっと2回目の失敗が必要なのでしょう。
2016.06.29