「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「のんびりと」

2012年05月19日 | 季節の移ろい・出来事


       豆のツルの中で、小さな虫をついばむスズメ。            砂浴びに夢中

初夏の日差しが心地いい土曜日。遅めの朝ごはんのテーブルに着く。
同じように、出窓の向こうでもスズメが1羽、終わりが近いスナック豆のツルの中で、伸びあがったり身体をねじったりして小さな虫をついばみ朝ごはんにしている。
特にライバルがいるでもなく、その動きは極めてのんびり、のどかである。集団でやってくる例年に比べると本当に個体の数が少ない。間違いなく異常に少ない。

グリンピースはまだこれからが食べごろ、ツルもそれほど弱ってはいない。だがスナック豆は、ほとんどをもいで散々頂いた。そうなるとツルも終わりに近ずく。
その頃になると小さな虫が付き始める。スズメにとって格好の繁みであり恰好の食事となる。食事が一通り終わったら、隣りの、まだ植えていないサツマイモ用畑に降りて砂浴びに余念がない。あちこち小さなくぼみが出来ている。

考えてみれば、ライバルのいないスズメの行動ものんびりのどかであるが、その姿をカメラに収めようと、望遠レンズを右に左に回しながらピントを合わせる我が身も、スズメに負けず劣らずののんびり穏やかなひとときではある。

こんな時間が持てる幸せを感じるのは、結構忙しく時間に追われる日々を過ごした裏返しなのだろうか。とすれば、時には自らを追い詰めるほどの作業を抱え込むことも、その後ののどかさが倍にも3倍にもなるタネを蒔いていることになるのかな。

暇があり過ぎても人間はダメになると言われるが、忙しすぎるのも問題あり。
フトコロ具合とよく似ている。あり過ぎると却って自堕落でダメにしてしまう。無さすぎると気持ちまで落ち込んで卑屈になる。世の中ままならないものだな~。
どちらかというと、暇よりも忙しさを求める貧乏性が似合っているようだ。

コメント (4)
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