後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

一瞬見た月見草の花の情景が生涯心を豊かにしてくれる

2015年03月28日 | 日記・エッセイ・コラム
花々の写真を掲載すると多くの方が喜んで下さいます。
あちこちに車を走らせて花の写真を撮っていると自分が花畑に溶け込んだような錯覚におそわれます。そんな花畑の情景がしばらく心に焼き付いて私の心を豊かにしてくれています。
ところが少年、少女の頃に一瞬見た花畑の情景が忘れられない人もいます。そしてその思い出が生涯心を豊かにしてくれるのです。今日は、そのような人の文章をご紹介いたします。
細川呉港さんという作家の作品の抜粋です。細川さんのことは終わりにご紹介してあります。
===細川呉港著、「月見草の歌」の抜粋========
何度も言うようだが、長い人生において、誰しも、驚くほど素敵な花の風景に出くわしたことがあるはずである。特に野草の好きな私は、山歩きや、野山のハイキングの最中に、思いがけず、思いがけない野草の群落を発見し、思わず立ち尽くしてしまうことがあった。その光景は、長い間脳裏に強く刻み込まれていて、時折、頭をもたげては、私を幸せにしてくれる。ちょっとオーバーにいえば、その思い出は人生の宝でもある。その花の群落の美しかったことだけを強烈に覚えているから、はたしてその花の群落がどこであったか、ということも分からなくなっていることもある。いくつかの思い出は、まるで走馬灯のように何度も浮かんでくる。
まだ子どもだったころ、小学校の中ぐらいの学年のころだったかも知れない。私はよく一人で、自宅から山に登った。私の町の背後に、700メートルと少しの起立した山があり、そのすそ野に住んでいた私は、峠に向かう未舗装のバス道路に沿って、しばらく登り、そこからよく山に入った。少し登ったところに、地元の人たちが小松原と呼んでいる松林があって、よくそこで松葉かきをした。持って帰って、焚きつけにするのだ。空いた炭俵にギュウギュウに松葉を押し込んで、ふた俵、追い子に背負って、さらにその上に、松の枯れ枝を束にして積んだ。子どものすることながら、しっかりと家の役に立っていたと思う。
峠に続くバス道は、グルグルと山の斜面を縫うように登っていき、その両側は段々畑だった。このあたりの段々畑は、水の確保が難しく、湧き水のある広い谷のようになったところだけ、田圃があった。春には少ない田圃にレンゲの花が一面、きれいだった。そのころは緑肥としてレンゲを植えていたのである。
山の谷が、狭く、傾斜が急なところは、段々畑も作れないので、そんなところは、昔から墓にしたらしい。段々墓である。縦縞のように襞のたくさんある山の斜面に、尾根の部分や、広い谷の部分は、段々畑や田圃として利用し、狭い谷や、日当たりの悪い谷は、段々墓というわけである。段々墓はあちこちにあった。・・・・・
小学校四年生か、あるいは五年生だったかもしれない。もう夏が終わろうとしていたころ。私は一人で、山に入った。ちょっと長めの散歩である。あちこち歩いては草や花、ヤマガラやジョウビタキを捜し、あるいは谷に降りて清水の流れるのを見たりした後で、山を降りてきた。小松原を通り、いつもと違う道を下ってくると、ちょうどある段々墓の上に出た。段々墓の一番上の方は、少しばかりの尾根になっていて、平らな広場に墓がたくさん立っている。左右はやはり段々墓になっていて谷のそこまで続いていた。夕暮れが迫っていた。まだ少しばかり夕焼け空が残っていて、あたりはほんのりと明るかった。早く降りなければ、暗くなってしまう。
ところが、次の瞬間、私は異様な光景に気がついた。辺り一面、墓という墓の周りに一杯に月見草が咲いていたのだ。黄色い小さな花が、夕暮れのほんのりとしたあかるさの中で、まるで蛍光色のように光って咲いていた。そしてその黄色の群落をさらに盛り上げるように、昨日咲いたであろう濃い橙色のすぼんだ花も無数についている。二種類の色の違う花の混ざり具合が、華やかでそれでいて可憐である。それは谷の下の方まで続いていた。誰もいない、無音の、淡い夕焼けの山――。
すばらしい山の夕暮れであった。この時の月見草の群落を、六十年近くたった今でも私は覚えている。その後、一度もそういった月見草の風景と、時を、体験したことはなかったから、少年時代の貴重な一瞬だったといえよう。人生、たった一度の巡り合わせだった。・・・・
挿絵代わりに月見草の花の写真をお送り致します。
この月見草の写真は長野県の伊那地方にお住いの方のブログ:http://tsutomu3.blog43.fc2.com/blog-entry-12.html からお借りした写真です。
なお細川呉港さんは、「草原のラーゲリ」、「紫の花伝書」、「ノモンハンの地平」、「満ちてくる湖」、「日本人は鰯の群れ」などの美しい作品を出版している堅実な作家です。詳しくは、http://www.junkudo.co.jp/mj/products/list.php?zssearch_author=%E7%B4%B0%E5%B7%9D%20%E5%91%89%E6%B8%AF をご覧下さい。そして東文会(東洋文化研究会)を長年、主宰しています。私はこの東文会のメーリングリストに入れて頂いていますので時折、作品を送って頂いています。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)