後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「今日の日記、流泉寺の枝垂れ薄紅梅を眺めに行く」

2020年02月24日 | 日記
流泉寺には毎年眺めに行く見事な枝垂れ紅梅があります。
快晴の今日の午後に立川市の西の端までこの淡い紅色の枝垂れ梅を眺めに行きました。まずは紅梅の写真をお楽しみ下さい。









流泉寺は臨済宗建長寺派のお寺で、福正寺14世東林香玉和尚(寛文5年1665年寂)が開山となり、創建したといいます。五日市街道に面して砂川3番にあります。

午前中は 「同性婚を差別しない欧米、差別する日本の文化の特徴」という記事を書きました。
・・・明治維新以来、日本は欧米の文化を取り入れて来ました。その欧米の文化も時代と共にどんどん変わっていきます。
この変化について行けない日本は現在の欧米とは違う特異な文化を維持しています。その一つの実例が同性婚に関する文化です。
同性婚を差別しない現在の欧米と、差別する日本は非常に違います。
・・・昔の欧米でも同性婚は差別されていました。しかし現在の欧米では同性婚をする人を性的マイノリティとして保護し、差別をしない文化が定着しているのです。同性婚の場合の税金の控除や遺産相続の権利は普通の男女の結婚と全く同じ法律が適用されているのです。差別することは欧米では「人権の侵害」と考えられているのです。・・・というような内容の記事です。

午後に流泉寺の枝垂れ紅梅を眺めに行ったので穏やかな気分になりました。毎日穏やかな気分で過ごすのが私の暮らし方です。
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「同性婚を差別しない欧米、差別する日本の文化の特徴」

2020年02月24日 | 日記・エッセイ・コラム
明治維新以来、日本は欧米の文化を取り入れて来ました。その欧米の文化も時代と共にどんどん変わっていきます。
この変化について行けない日本は現在の欧米とは違う特異な文化を維持しています。その一つの実例が同性婚に関する文化です。
同性婚を差別しない現在の欧米と、差別する日本は非常に違います。

今日はこの同性婚の問題を取り上げてみたいと思います。
昔の欧米でも同性婚は差別されていました。しかし現在の欧米では同性婚をする人を性的マイノリティとして保護し、差別をしない文化が定着しているのです。同性婚の場合の税金の控除や遺産相続の権利は普通の男女の結婚と全く同じ法律が適用されているのです。差別することは欧米では「人権の侵害」と考えられているのです。
これに対して、日本の法律も変えようとという少数派の意見はありますが、婚姻法などは一切変わっていません。まったく遅れています。
そこで何故、「おとこおんな」が生まれるか科学的に考えてみます。
ある専門書によると「性分化の臨界期である胎生期に、分化した脳に男性ホルモンが作用しなかったことによって、脳の思索機能を持っ部位に異常が起き女性型になった」という説明が出ています。
一般に男女の違いは、精神病の問題ではなく医学生理学上の差異であって、生命の緻密で微妙な生化学の作用の結果なのです。
現在の欧米では性的マイノリティは、精神病の問題ではなく胎児の、遺伝子と性ホルモンの差異であって、生まれつきの結果だと広く信じられているのです。「おんなおとこ」も同様に科学的に解明されています。
ご興味のある方は、「脳の性分化」の研究、 http://endocrine.seitai.saitama-u.ac.jp/research_tsukahara1.html をご覧ください。

「おとこおんな」や「おんなおとこ」が生まれつきの少数マイノリティである以上、差別すべきではないと言うのが現在の欧米の社会に定着している考え方なのです。ところが日本ではまだまだ差別されています。
ことの良し悪しは私はここで議論する心算はありません。一切議論しません。
しかし人種差別や身体障碍者や性的マイノリティに対する差別は欧米人と日本人の意識には大きな相違があるようです。
日本人も個人的には同性婚に賛同する人も多いのですが、それは隠れて行うべきであり、法的には普通の男女婚と平等に優遇すべきではないという意見が圧倒的に多いのです。

人間、各個人には、持って生まれた「資質」または「属性」というものがあります。
しかし、身体の特性、頭脳の特性、などは努力によって自分の望む方向に、ある程度は変えるることが出来ます。
しかし絶対に変えることの出来ないものもあります。
例えば、人種、持って生まれた身体的、精神的不具などです。そして、同性婚をする人々の性差も変えられません。
このように個人の力ではどうしようもないものを、一般大多数の人とは違うからという理由で、差別することは人権の侵害なのです。
もう少し問題を踏み込んで書きます。
「おとこおんな」に関してですが、欧米でもそれが生まれつきのものであるという論は広く知られています。しかしそれでも首をかしげる人がいるのも事実です。しかし、首をかしげながらも差別はしない、そこが欧米社会の礼節なのです。

上の考察から、私は日人の文化の特徴を以下のように考えました。
(1)日本人は最近の医学生理学の同性婚に関する研究成果を重視しない傾向がある。すなはち自然科学の進歩を無視する文化的特徴があるようです。しかし新しい工業製品の開発に繋がる自然科学の研究成果には敏感に反応します。そうでない限り、新しい自然科学の研究成果は無視する傾向があります。
(2)少数者を差別しないで尊重するのは欧米の思想であり、日本古来の文化では生まれつきの障害者は隠れて生きて行くべきという文化的特徴があるようです。
(3)日本文化は変化が緩慢であり、特に社会倫理の分野は非常に保守的なのが特徴のようです。

以上は私の雑な考察です。皆様からのコメントで考えを深めて行きたいと思います。どうぞ多数のコメントが頂けますようにお願い申しあげます。

今日の挿し絵代わりの写真は気持ちが広々するような茅ケ崎海岸の風景写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)




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「今日の日記、ミサに行き、スーパーとドラッグストアに行く」

2020年02月23日 | 日記
今日は快晴でした。春一番が吹いています。
朝に「何故、私はカトリックのミサの風景写真を掲載するのか?」という記事を書きました。
私がカトリックのミサの風景写真を掲載する目的を簡単に書きました。
私の目的は日本人が異文化に慣れ、異文化に寛容になって貰いたいというものです。
それから10時のミサに行きました。
ミサの帰りにスーパーに寄り塩サバと挽肉を買ってきました。
昼食後、昼寝を少しして、今度は大型ドラッグストアに行きテッシュペーパーとトイレットペーパーを買いました。図書館にも寄り家内が本を借りて来ました。
こんな日常的なことで今日も老境の一日が流れ行きます。
写真は過日、京王フローラルガーデンで撮った写真です。




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「何故、私はカトリックのミサの風景写真を掲載するのか?」

2020年02月23日 | 日記・エッセイ・コラム
今日は日曜日なので、私がカトリックのミサの風景写真を掲載する理由を簡単に書いてみたいと思います。
この欄をご覧になっている大部分の方々にとってミサの風景写真などご興味が無いと存じます。
日本人の多くの人々は宗教に関心がありません。そして神社やお寺さんへは馴染みがある方でもキリスト教の礼拝やミサには違和感を感じるでしょう。
そこで私はこの違和感を取り除くためにカトリックの礼拝のミサの風景を何度も掲載して来ました。
勿論、カトリックを宣伝しようという浅薄な気持ちも少し混じっていることも白状いたします。

それよりも日本人が異文化に慣れ、異文化に寛容になって貰いたいという願いが強いのです。それが私の主な目的です。
この欄に掲載されたミサの風景写真は実に沢山あります。自分でも驚くほどあります。この沢山の写真の一覧は検索すると出てきます。
その為には「後藤和弘のブログ、カトリックの写真」を検索するとミサの風景と教会の写真が沢山出て来ます。
同じ様に「後藤和弘のブログ、ロシア正教の写真」を検索するとロシア正教の礼拝の風景と教会の写真が沢山出て来ます。
「後藤和弘のブログ、長崎の教会」を検索すると五島列島の教会の写真が沢山出てきます。

このような風景写真は日常的によく見る風景ではありません。しかしこれも日本の文化なのです。寛大なお気持ちで、このような風景写真をお楽しみ頂ければ嬉しく思います。
そんな理由で私はカトリックのミサの風景写真を毎週1回くらい掲載して来ました。もう10年間もそうして来たので実に多くの写真になりました。

今日はその写真集から一例として、2019年05月26日 のミサ風景の写真をお送りします。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)








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「今日の日記、高尾山、木下沢梅林の開花状況を見に行く」

2020年02月22日 | 日記
木下沢梅林は、約1,400本もの紅梅・白梅の木がある梅の里です。
梅が開花する時期には、一面に咲き誇る紅白の梅をながめることができます。
今日は高尾山の麓の木下沢梅林の開花状況を見に行きました。
1、2,3番目の写真のように、まだまだでした。最後の4番目の写真は以前の満開の風景です。






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「帆船のロマン、風の力だけで大海原を駆ける」

2020年02月22日 | 日記・エッセイ・コラム
昨日は「姉っさ。迎えにめえりやしたと馬が言う」という記事を書きました。認知症と孤独死にまつわる話です。暗い内容だったので今日は気分が明るくなる記事を書きます。
風の力だけで碧い大海原を駆ける帆船の話です。爽快な気分になります。勇気が出ます。
まず大海原を駆ける帆船の写真をご覧下さい。

1番目の写真は29枚の帆の全てを上げた日本丸を後ろから見た写真です。2008年の4月27日に横浜で撮りました。総帆展帆と言います。

2番目の写真は数多くの縦型と横型の帆の形が分るように撮った写真です。右側の縦型の三角形の帆は船が風上に上るための帆です。横型の帆は追い風を受けて快走するための帆です。
この帆船日本丸は、姉妹船海王丸とともに英国のラメージ&ファーガソン社で昭和5年に建造されました。

3番目の写真は3番目の写真はスクーナーの帆船、Ami号の写真です。
写真の出典は、http://www.schooner-ami.com/index.html です。Ami号は静岡県、沼津市の静浦港をホームポートとし、1990年に研修用の船として建造され体験航海などに使用されています。

これら3枚の帆船の写真を見ていると爽快な気分になります。勇気が出ます。
これで記事を終えれば良いのですが少しだけ帆船の構造を説明させて下さい。

大航海時代の西洋の帆船には、日本の帆船に無い大きな2つの特徴があります。
(1)竪型の三角形の帆が付いていて風上45度まで登れる。
(2)船底に非常に重いキールがついていて転覆しても自分の復元力で起き上がれる。
   そして帆船の甲板の下は全て気密な空間になっていて、幾つかの船室になっているのです。

これらの特徴によってが西洋の帆船が大洋を航海出来たのです。それは従来の帆船との決定的な違いでした。
日本の北前船は四角形の帆しか上げなかったので風上には登る性能が劣っていたのです。その上(2)の特徴が劣っていたのです。

さて帆船は、帆の種類と帆を支えるマストの本数で分けられます。
帆には横帆(おうはん)と縦帆(じゅうはん)があり、横帆は文字通り横に長い四角形の帆です。縦帆は、船の中心線に沿って縦に張られる三角形の帆のことです。
横帆の特徴は、追い風には有利で向かい風には扱いにくいことです。大型帆船は、風の向きが安定している遠洋を航行するので、その多くは横帆を主帆として装備します。
一方縦帆は、帆の向きを変えることで向かい風に対して風上に登れます。狭い海路や近海で使う小型の帆船にはこの縦帆を用いられます。

4番目の写真はAmi号の8枚の帆の位置と名前です。8枚の帆にはそれぞれ名前がついています。船長の号令に従ってそれぞれの帆を上げ下ろしするためです。乗組員は船長の号令に従って一糸乱れずに一斉に数多くの帆を操作するのです。
Ami号は「スクーナー」で、すべての帆が縦帆の帆船です。
なお広く趣味に使われているクルーザーヨットは「スクーナー」の一種です。
最後に私が持っていたヨットのいキャビンを示します。

5番目の写真は私のヨットのキャビンです。キャビンの中に寝泊まり出来るように炊事コーナーがついています。電動水洗トイレもあり寝室もあります。このようなヨットに家内と何度も泊まったのです。楽しかった思い出です。

さてスクーナーヨットの物語には白崎謙太郎さんの海洋冒険小説があります。「明治・海・2人ースクーナーとカヌー」という非常に面白い本ですが。下記にメールで申し込むと買うことが出来ます。shirasakikentaro@gmail.com

今日は皆様が爽快な気分になりますように風の力だけで大海原を駆ける帆船の写真をお送りしました。そして西洋の帆船の構造を簡単に説明しました。ご気分が明るくなりましたら嬉しいです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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「山に独り静かに咲く梅の木」

2020年02月21日 | 写真
場所は町田市の小山田の農村地です。昨日撮りました。




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「姉っさ。迎えにめえりやしたと馬が言う」

2020年02月21日 | 日記
今日は認知症と孤独死にまつわるエピソードをご紹介したいと思います。
始めは認知症の女を昔可愛がっていた馬が迎えに来る話です。馬は背に乗せてあの世へ送って行くのです。

認知症の牛枝さんの所に毎日夕方、3人の客が来るのです。その客は3頭の馬です。栗毛と鹿毛と青毛の馬です。昔仔馬の頃、牛枝さんと一緒に郷里の野原を遊び回った懐かしい3頭の馬です。
彼等は軍隊に徴用され戦場で死んでしまったのです。あの世でも牛枝さんと一緒に遊びたくて毎夕、迎えに来るのです。
・・・年嵩の栗毛の馬が牛枝さんの手をそっとなめる。
「姉っさ。今日も、迎えにめえりやした」
「そんなにせっついても、人の息は切れねえもんだ」
・・・そうして馬達は牛枝さんの初恋の人も連れて来るのです。凛々しい軍服姿です。牛枝さんを残して戦死しました。
こうして牛枝さんは毎夕のように3頭の馬と楽しい話をします。しかしどういう訳か3頭が暫く来ません。
ある日、3頭がそろってやってきます。栗毛が言います。
「姉っさ。しばらくぶりでやんす。今日はとうとう皆で話合って、おめえさを迎えにめえりやした」
「おう。ハヤトにナルトにミツルか。会いたかった、よう来てくれた」
牛枝さんは3頭の馬の大きな瞳を代わるがわる見ました。美しい懐かしい眼です。
「姉っさ。ではいよいよ出立です」「おう。有難や。この日ば今まで待っていた」牛枝さんは栗毛の手綱を掴んでヨイショッと馬の背に乗った。
暫くして牛枝の娘さんが旅立った牛枝さんの顔を見るのです。それは微睡んでいるような死に顔でした。

村田喜代子さんが書いた「エリザベスの友達」という小説の一節です。新潮社、2018年10月出版です。
認知症の人は昔の自分に帰り、その頃の場面を見ているのです。その頃会った人と話をしているのです。本気なのです。この本には認知症のいろいろな症例に対する対応方法が書いてあるのです。それが娘との暖かい愛情のオブラートで包みながら書いてあるので楽しい気分で読めるのです。
そして変なことをして荒れる認知症の老人を一瞬にして静かな平穏な気持ちにさせてしまう大橋看護師が重要な役割で出てきます。
妻や夫が認知症になったら愛情を持って接することも重要なのです。

今日の挿し絵代わりの写真は家内が木曽で撮った馬の写真です。





今日はついでに孤独死しそうな私の友人のことを書きます。
その友人は孤独に憧れ、山林を1000坪ほど買い、その中に家を作り独り暮らしをしていました。一生独身でしたので家族と縁が遠いのです。
自分で4輪駆動の車を運転して甲州や信州の旅を楽しんでいました。家の周りにはいろいろな草花を咲かせ、モリアオガエルを育てながら山の生活を満喫していました。
私は何度も彼のところに遊びに行って楽しい時を過ごしました。
シイタケの原木を貰ったり、クリンソウやワスレナグサの鉢植えも貰って来ました。
モリアオガエルの樹上の卵塊も見ました。家の中で飼育中のモリアオガエルの可愛い姿を何度も見ました。私自身の山林の中の小屋から500メートルだけ離れていたのです。
私の小屋の庭でも何度も二人でバーベキューもし一緒にビールを飲みました。

その彼も高齢になり自分で車を運転できなくなりました。
その時近所の別荘に来ている男が親切にも彼の通院と買い物に車で連れて行ってくれたのです。その上、山林の家の周囲の草刈りまで何度もしてくれたのです。
私は感動して彼の別荘を訪れたこともありました。
そんな親切なボランティアが5年ほど続いたとき別れが突然やって来ました。
私の友人が愚痴を言い出したのです。非難の対象は通院してる眼科の医者へ対する悪口です。自分の面倒を見ようとしない市役所の福祉課の役人達の悪口を言うのです。
通院に5年間も連れて行った別荘の人は静かに忠告しました。高齢になったら全ての人に感謝したほうが良いのですと言ったのです。しかし聞く耳を持っていません。親切に5年間も助けてくれた別荘の人に反論したのです。
私は別荘の人に味方をしました。そうしたら山林の中の独り暮らしの友人は怒り出し絶交を言い出しました。
こうして山林の中の独男は孤立無援になりました。彼は何年か後に文字通り孤独死をするでしょう。
後で親切な別荘の人と話し合いました。彼は良いことと信じ助けたつもりでしたが、迷惑だったのでしょう。自分が愚かだったのですと言います。そして淋しく微笑んでいました。

それから2年経過し目が見えなくなりました。北杜市の市役所の福祉課の人が何度も訪れて説得して目の見えなくなった友人を市の施設に入れたのです。福祉課の人の親切で孤独死は免れたのです。
結 論です。「高齢者は親切を干渉と考えてはいけません」

今日は認知症と孤独死にまつわるエピソードをご紹介いたしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)
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「今日の日記、美しい枝垂れ梅の写真を撮りに行く」

2020年02月20日 | 日記
午後に町田市の小山田という旧農村地帯だった所の枝垂れ梅の写真を撮りに行きました。枝垂れ梅は確かに一本ありましたがあいにくの曇天でしたので、昨日撮った写真の方が美しかったのでその写真をお送りします。埼玉県の所沢の農村地帯で撮った写真です。お楽しみ頂けたら嬉しく存じます。








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「日本で建造されたダイヤモンド・プリンセス号と人権侵害」

2020年02月20日 | 日記・エッセイ・コラム
ダイヤモンド・プリンセス号の乗客乗員3700人が長期間、船内に閉じ込められていました。
その閉じ込めをアメリカのマスコミは人権侵害であると言います。欧米人の人権意識と日本人の人権意識の違いです。
その前に日本で建造されたダイヤモンド・プリンセス号の写真を見てみましょう。尚この船の所有はアメリカの会社であり船籍はイギリスです。三菱重工業長崎造船所で建造された11万トンの船です。









この船は日本で建造された最大の客船で、2004年にサファイア・プリンセスと共に就航しました。
多彩な施設のほか、メイン・ダイニングが5ヵ所もあります。小型客船を思わせる落ち着いた雰囲気のダイニングです。
全室にはシャワー、トイレを完備してあり客室も豪華です。窓からは青い海が見えます。映画館や劇場も幾つもあり毎晩ショーがあります。これ以上豪華な客船はありません。

このように日本の造船技術は世界に通用しますが日本の人権意識は欧米へは通用しません。
アメリカのマスコミは乗客乗員3700人超が海の上に軟禁状態にあったことを人権侵害だと騒いでいました。
アメイカ政府は勝手にアメリカ人乗客だけを飛行機でテキサスとカルフォルニアの米軍基地へ運んでしまったのです。
日米安保条約があり、人権侵害もあったから日本領海に居るアメリカ人を勝手に助けても良いと考えているようです。
私は乗客乗3700人全員を船内に閉じ込めたのは人権侵害だと感じたのです。

しかし日本政府は日本人全員の健康を守るためには3700人に犠牲になって貰うと考えたのです。3700人を人身御供にするのです。これは一人が悪ければ部隊全員を罰するという戦争中の全体主義と同じです。
部隊全員の人権なんてどうなっても良いのです。そのように感じたのは私が戦前の生まれのせいでしょうか?

では欧米人の人権侵害も満足させるにはどうしたらは良かったのでしょうか?
(1)妊婦、後期高齢者数名の検査を即刻実施し、感染の有無にかかわらず下船させ地上の病院に移す。
(2)検査の優先順序は女子、子供を優先し感染の有無にかかわらず下船させ地上の病院に移す。
(3)乗組員の検査は乗客の後にして船長は最後に船を降りると発表する。
上の考え方には全体主義はありません。ウイルスへの感染は船長の責任ではありませんが、船の上の乗客の処遇は船長の責任です。

このような国際的な考えを無視してか日本の中央官僚が検疫の仕方を全体主義で実施したように見えます。
日本人全員の健康を守るためには仕方ないのだ。我々、中央官僚の言う通りにしろと言う雰囲気です。
何故、妊婦、後期高齢者数名の検査を即刻実施するという発想が無かったのでしょうか?

これこそが日本人の人権軽視と全体主義の現れなのです。
だから私は日本文化が悪いと主張しているのではありません。単にアメリカと日本の人権意識の違いを明快に説明しようとしているだけなのです。違いがあることを分かっているのが重要なのです。

今日は欧米人の人権意識と日本人の人権意識の違いを書きました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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「今日の日記、武蔵野で野生にかえった梅の花の写真を撮りに行く」

2020年02月19日 | 日記
梅は剪定しないと枝が伸び伸びと成長し野生の梅の木のようになります。
埼玉県の所沢の農村地帯には剪定しないで放置されている梅の木が沢山あります。
農家の人が高齢化して農業を止め、梅の木も剪定しなくなったのです。
そんな梅の花を見ると野生の梅はこんなにも 活力があるんだと感動します。
その感動が忘れられず今日の午後も野生にかえった梅の花の写真を撮って来ました。
写真をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。








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老いの日々故郷のことを思い出す、わがふるさと仙台

2020年02月19日 | 日記・エッセイ・コラム
人はみな年老いると故郷のことを懐かしく思い出します。楽しかったこと、悲しかったこと、鮮明に昨日のように思います。
私のふるさとは仙台です。昭和11年に生まれ24歳で離れる迄住んでいました。
今日はふるさと仙台にまつわるエピソードを思いつくままに幾つか書いてみます。お気軽に読流して下さい。

(1)ベーブ・ルースが来て、日本にプロ野球が出来たエピソード
昭和9年11月9日にベーブ・ルースやルース・ゲーリックをまじえた米大リーグ選抜チームが仙台に来ました。仙台の青葉城の後に広がる八木山球場で全日本チームと試合をしたのです。
ルースは日本に来て初めて2本のホームランを打ったほか、ゲーリックなどもホームランを打ちました。試合は7対0でアメリカチームの勝です。
この年、日本の野球界にとっては画期的な事が起きました。年末に我が国初めてのプロ野球チーム、大日本東京野球倶楽部(巨人軍の前身)が創立されたのです。投手の沢村栄治、スタルヒン、内野手の三原脩、水原茂などの19名です。そして翌年6つの球団が生まれたのです。
それから茫々70有余年、プロ野球チームの楽天ゴールデン・イーグルスが来たのです。仙台の市民は戦前にベーブ・ルースが八木山球場で2本のホームランを打ったことを語り継いでいます。そして楽天ゴールデン・イーグルスを応援しているのです。
少年の頃、私はしばしば八木山球場へ遊びに行きました。戦争一色で放置され荒れ放題です。スタンドの盛り土が崩れ、内野席の前にあった鉄製の網は供出され、崩れた白いコンクリートの台座だけが広がっていました。
ベーブルースがホームランを打った八木山球場があった場所は現在、仙台市立動物園になっています。

(2)仙臺味噌と四代目八木久兵衛のエピソード
仙台味噌は米麹と大豆を使い風味豊かな赤味噌です。
江戸時代には仙台藩の御用で製造していましたが現在は宮城県いちえんで製造され、東京のスーパーでも簡単に入手出来ます。私の家は仙台味噌を使い続けています。
そもそも仙台味噌は、仙台藩の味噌御用を勤めていた真壁屋市衛門が寛永3年(1626年)に現在の仙台市の国分町に、「仙台味噌」の看板を上げたのが始まりと言われています。
明治政府によって仙台藩は解体され、仙台味噌も消えて行く運命にありました。それを救ってくれたのが八木久兵衛という人でした。
この八木久兵衛のお陰で仙台味噌は現在に至るまで醸造が続きます。
八木久兵衛は明治時代の仙台の代表的な財界人で、仙台市の八木山の所有主として町の発展に大きな貢献をした人です。

(3)仙台が見知らぬ町になってしまったエピソード
仙台は伊達政宗が1600年前後に築いた城下町です。青葉城の大手門から真っ直ぐ東へ伸びる通りは広瀬川の大橋を渡ったところから、東端の現在の仙台駅までを大町通りと言います。
その大町通りの途中を直角に奥州街道が横切っていて、その四つ角を「芭蕉の辻」といいます。賑やかな商店街でした。
しかし、大正、昭和と時が流れるに従って「東一番丁」が繁華街となったのです。
そんな理由で「東一番丁」に三越百貨店と藤崎百貨店が出来、仙台一の商店街になりました。
私の育った頃はこの「東一番丁」とそれと交叉する「大町通り」へよく遊びに行ったものです。「芭蕉の辻」や「国分町」へも足をのばし意味も無く歩きまわったものです。
仙台を出て東京に暮らすようになって60年。甘い追憶の中のふるさと、仙台を探す旅に度々行きました。
仙台では、思い出をたどりながら町々を歩き回りました。
しかし仙台は見知らぬ白い街になっていました。以前は同級生や知り合いに、二人三人と、偶然会ったものでした。みんな何処かへ行ってしまったようです。
茫々60年。私の追憶の中のふるさと、仙台は見知らぬ白い街になってしまいました。

皆様のふるさとは変わったでしょうか?どのようなふるさとでしょうか?

さて今日の挿し絵代わりの写真は毎年8月行われるに七夕祭りの風景です。こんな紙飾りの下を幾度も歩いたことを懐かしく思い出します。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)









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ヒロシ山林を買う、孤独に憧れる人は山林を買え!

2020年02月18日 | 日記・エッセイ・コラム
孤独なお笑いタレントのヒロシが小川の流れている山林を1000坪最近買ったのです。
ヒロシは本当に独りでした。孤独に憧れている私は、ヒロシの淋しそうな立ち姿と暗いメロディに乗せて呟く「ヒロシです・・・」で始まる自虐セリフが好きでした。
以下はソロキャンプが大好きなヒロシが小川の流れている山林を買ったというニュースです。

・・・お笑いタレントのヒロシ(47)が2日、都内で自著「ひとりで生きていく」(廣済堂出版刊)の発売記念イベントを行った。(https://www.tv-asahi.co.jp/smt/f/geinou_tokuho/hot/?id=hot_20191102_100 )

まもなく50歳の大台に乗る、未婚で彼女も友達もナシのヒロシが、“群れない、媚(こ)びない、期待しない”をモットーに、独り身で生き抜くためのヒントを伝える“サバイバル教本”。
ヒロシは取材が始まると警戒心むき出しで、「何を聞かれるんだろう…まず、税金は払ってます!きっちりやっております」とけん制して笑わせた。
本書については、「『何で結婚しなきゃいけないの?』とず~っと思って生きてきた。俺は一人でも楽しいぞってことを具体的に書いた」と説明。
一生独身を宣言し、「結婚は期待の最大級。勝手に幸せな結婚生活を描くと絶対裏切られる」とキッパリ。・・・
ソロキャンプが趣味で、9月上旬に関東近郊にある約1000坪の山を購入。
金額については「言わない。ロマンをなくしちゃいかん」と明言を避けたが、「別荘地とかじゃないので、すごく安いんです。正直、アルバイトしながらでも買えるぐらいの金額」と明かした。・・・

金額を私が山林を買った経験から想像すると1000坪で数百万円です。
どのような山林でしょうか?それはヒロシちゃんねる、「山林購入 開拓① 草刈り編」などを見ると分かります。
山林購入 開拓① 草刈り編、https://www.youtube.com/watch?v=s98_RXU1bNQ
山林購入 開拓2 開拓キャンプ(前編)、https://www.youtube.com/watch?v=_C5k_L7JCsQ
荒れた山林のゆるい傾斜地で下の方に小川が流ているのです。私が1 974年に購入した山梨県の山林と非常に似ているのです。何故か嬉しくなりました。
そこで私の買った山林を写真でご紹介しましょう。

1番目の写真は山林の中の小屋に入る道路の風景です。奥の山が甲斐駒岳で右側に石空川が流れています。河原に立つ鉄の棒は、ゲージツ家クマさん(篠原 勝之)のオブジェです。近所に彼のアトリエがあります。この道路までは人間の行き来する世界です。

2番目の写真は山林の小屋へ登る細い自動車道路です。冬はすっかり落葉して明るい道になります。夏はうす暗い小道になっています。

3番目の写真は冬の雑木林の美しい風景です。新緑や深緑の風景も良いものですが梢が冬空にシルエットを作る光景も魅力的です。
この山林の中に1974年に小屋を建てたのです。

4番目の写真は小屋の中の薪ストーブです。いろいろなストーブを使いました結局このシンプルな鉄板を瓢箪形にしたストーブが一番使い易いことが分り、長年、愛用しています。

5番目の写真は小屋の庭を流れる小川です。岩魚が棲んでいた時期もありましたが現在は蛙とトンボの幼虫だけが棲んでいます。一年中水が涸れません。
この小川の源流を調べたことがありました。500m位上流がカラマツ林になっていて水があちこちで湧いている湿地帯になっていました。

すっかり落葉して梢が黒いシルエットを描いている山の雑木林は美しいものです。その山林の背景には甲斐駒岳の稜線が連なっています。
遠い森の方から鳥の声が聞こえます。誰もいません。静かです。石空川の瀬音がかすかに響いています。
ストーブで湯を沸かしコーヒーを淹れます。コーヒーの香りが小屋の中に流れます。
午後は活発な家内が庭先の斜面を登って上の雑木林から見下ろしています。
静かな山林の中に座って足もとの小川の水音を聞いています。自然に、「人間は土から生まれ、土に帰る」という言葉を思い出します。

最近、孤独なお笑いタレントのヒロシが購入した山林が私の山林と非常に似ています。嬉しくなったので自分の山林をご紹介しました。ヒロシさんが山林を長く楽しむようにと祈っています。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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剪定しないので野生に帰った梅の花

2020年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム
梅の枝の剪定は難しいものです。素人が剪定すると黒い枝だけが見えて梅の花が枝に隠れて見えにくくなります。私の庭の白梅、紅梅も毎年剪定に失敗します。
剪定の上手な所は何と言っても水戸の偕楽園です。
ところが全く剪定しないで自然に育った梅も活き活きした花を咲かせます。
東京の郊外の昔は農村だった所には 剪定しないので野生に帰った梅の花が勢いよく咲いています。
嗚呼。野生の梅はこんなに 活力があるんだと感動します。
今日は野生に帰った梅の花の写真をお送りいたします。東京の町田市の小山田緑地公園近隣の農村地帯で撮りました。
写真をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。









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「超大国アメリカの人々の宗教観を日本人は理解し難い」

2020年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム
アメリカは今や世界の超大国として君臨しています。
航空空母艦を10隻以上も保有し軍事力では中国、ロシアを圧倒しています。
世界中に軍事基地を保有しています。こんな超大国は人類史の中で初めてのことです。
アメリカは軍事的に全世界を占領しようとすれば可能な勢いです。
戦後75年間にわたって日本はこのアメリカを手本にして来ました。アメリカの民主主義を理想として導入してきたのです。アメリカは日本にとって理想社会でした。
しかしここで深く考えてみると日米間の文化、特に宗教観はあまりにも違い過ぎます。
ですからアメリカと日本が宗教に関して共通の価値感を持つことは難しいのです。

今日はアメリカ人の考え方や宗教観が日本人と違う点を強調して書いてみたいと思います。
この日米の違いはペリー提督による日米修好条約以来続いている事実なのです。

まず日本が受け入れた便利なアメリカ文明の例を書きます。
コンビニが全国の津々浦々にあります。その数、7万店舗以上になると言います。スーパーもマックやケンタやスタバのようなファストフードの店もきめ細かく普及しています。
郊外の大型量販店もアメリカ発祥です。この狭い日本の国内旅行に飛行機を使うのもアメリカの風習です。その上、その旅客機はほとんど全てがアメリカ製なのです。 こうしてキーボードを叩いているパーソナル・コンピューターもアメリカ発祥のアメリカ文明の産物です。アメリカ文明が押し寄せて来て日本を飲み込んでいるのです。

しかしアメリカの特徴といえば進歩しつつある科学や技術の他に「キリスト教」に対する強い信仰があることです。
アメリカ人の80%がキリスト教を信じています。

アメリカ社会における人間関係にはその下敷きにキリスト教への信仰があるのです。アメリカは弱肉強食の社会で、貧富の差が大きいので人間関係は殺伐としていると日本人は誤解しがちです。
しかしアメリカに暮らしてみると助け合いの精神が溢れていて、実に暖かい人間関係があるのです。殺伐とした社会というより人間的で温かい社会なのです。
ですからアメリカ人の精神文化を万遍無く公平に理解しようとしたら彼らのキリスト教への帰依を理解しなければなりません。
勿論、アメリカにはイスラム教徒もユダヤ教徒も仏教徒も数多くいます。しかし話を簡明にするために今日はキリスト教だけを取り上げます。

それではアメリカのキリスト教はどのようなものでしょうか?
カトリック教徒も多いのですが、アメリカの特徴はいろいろなプロテスタント宗派が乱立していることです。
しかしその宗派の多くは新約聖書の福音書を大切にしている福音主義なのです。
ですからアメリカ人は以下のことを単純に信じ切っていて疑いません。
1、聖書の無謬性(旧約聖書も新約聖書も間違っていない)
2、キリストの処女降誕(キリストは処女マリア様から生まれた)
3、キリストの贖罪(キリストは全ての人間の罪の解消のために十字架につけられ死んだ)
4、体の復活(キリストも全ての死者も何時かは生き返ってくる)
5、数々の奇蹟物語(水上歩行、水を葡萄酒に変えたなど数々の奇蹟話)

日本人は上にかいた5つのことを信じられません。日本人の3%だけが信じているのです。
ですからこそアメリカ人の精神文化のうち、宗教観だけが日本に導入されていないのです。
よくアメリカには物質文明はあるが精神文化が無いといいます。これは大変な間違いです。
正しくは「日本人の理解出来ない精神文化がある」と言い直すべきです。
私自身はカトリックです。しかし般若心経や大悲心陀羅尼経が大好きです。キリスト教と仏教のバイリンガルのようなものです。ですからアメリカの宗教観もある程度理解出来ます。

楽観的な人は日米には共通の価値感があるとよく言います。共通の価値感があるから強固な日米安保条約があると言います。しかしこれは楽観的な理解に過ぎません。国際間の国々の間に共通の価値感があるというのは幻想なのかも知れません。
それにしてもトランプ大統領はキリスト教の信者なのでしょうか?
以前、ローマ法王のフランシスコ教皇はトランプ大統領はキリスト教の信者ではないと言明しました。
心あるアメリカ人は困ったことでしょう。

今日の挿し絵代わりの写真はアメリカ軍の装備の写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)








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