ウィリアムのいたずらの、まちあるき、たべあるき

ウィリアムのいたずらが、街歩き、食べ物、音楽等の個人的見解を主に書くブログです(たま~にコンピューター関係も)

みんな、ノートパッドにtiny bug for nardsといれて保存たあ?すごい字になるよね!

2006-07-08 21:00:15 | Weblog

ここのニュース
Windowsのメモ帳(notepad)に文字化けするバグ
http://slashdot.jp/articles/06/07/07/1350219.shtml


ウィリアムのいたずらのぱそこん(WindowsXP)でも再現したよ!

<<やり方>>
1.新規のテキストファイルを作ってください

2.1のファイルを、ノートパッドで開いてください
 →かならず、ノートパッドです。他のソフトでは、おきません

2.そこに"tiny bug for nards"とだけ、入れてください
 →ダブルコーテーションはいりません。改行もしちゃだめです。

3.そして、上書き保存して、とじる

4.再度ノートパッドでひらいてみたら。。。なんじゃ、このもじ(^^;)
 →かならず、ノートパッドです。他のソフトでは、おきません

簡単にできるので、ぜひぜひおためしあれ!
(上記ニュースによると、4+3+3+5の文字列ならOKらしい!)


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選択されたコミュニティ(仲間)とマスコミのかかわりと、松田美佐先生と、萌えバーガー

2006-07-08 17:48:18 | Weblog

 放送大学大学院の「総合情報学」の第14回(14章)で、松田美佐先生という方がでてるのですが、その先生は、(ネットなんかの写真で載っているより)きれいかも、すくなくても、萌えバーガーのメイドさんより。。。
 。。。って、そういう話ではなく(いや、そっちのほうが、重大情報かも ^^)、そこで出てきた「選択」のお話と、さっきのブログで書いた、マスコミとの関係なんかについて。




 で、その、萌えバーガーのメイドさんよりも美しい松田美佐先生(って、くどいって!あ、萌えバーガーは、ここに書いておいたぞ)のお話なんだけど、まとめると、最近の社会傾向として、「選択」を好む傾向にあり、そういう選択がより効果的にできる道具として、インターネットや電話が好まれてきたと。。で、そいつらがさらに、選択を助長していると。。

 で、こんな感じなので、テレビの視聴率なども下がってきているわけだが、その話として、選択が進んでいくと、共通理解の基盤ってのは?っていう話に発展していった。




 で、このようなアプローチで、マスコミの意義を問われることは、多いよね。
 こういう選択の世の中が進むと、マスコミっていう、みんなが見るようなものがいらなくなってしまうんじゃないか?視聴率が落ちているのはそのためっていう論理(そこまでの話は総合情報学にはなかった)。

 でも、これは、こういうようには、進まないと思う。




 世の中が、1人あるいはラブラブ2人ずれで生きていけるなら、すべての情報を遮断してっていうことはありえるけど、ふつーに社会的に生きていると、ある程度の社会的な情報は必要なわけです。じゃないと、お仕事ができなくなってしまう。お仕事をする上では、すくなくとも、共通理解が必要なわけです。

 そうすると、結局、情報っていうのは、ある程度の幅で、必要なわけで、人間は、それを早く得たいと思うので(めんどっちいいから)、それらが、いっぺんに載っているサイトを、とりあえず見るようになる。いわゆるポータルですな。
 なので、このポータルサイトがメディアになる。




 ただ、ポータルサイトも、いろいろ作れるわけで(いまはYAHOOとか、Gooとか、数えるほどしかないけど、今後、ウィリアムのいたずらが唱えるWeb3.0ができると、ポータルは、個人レベルで作れるようになってくる)そーすると、かたよったポータルができるから、やっぱり、共通認識が無くなり、マスメディアは必要なくなるんじゃ。。と思うかも知んないけど、
 これは、そうならないと思う。
 その、かたよったポータルサイトの人も、なんか、情報を載せないと、ポータルにならない。そうすると、その情報は、どこから仕入れるかというと、もっと大きなポータルサイトあるいは、マスメディアから仕入れてくる(RSSを使って)って言うことになると思う。
 ちなみに、マスメディアは情報を、共同通信社など、共通のニュースソースから提供される(一部自分たちのスクープはあるだろうけど)てなわけで、選択が進んでも、共通部分というのは、消え去りはしないし、そのニュース提供元として、マスメディアはのこることになる。




 まとめると、松田先生のおっしゃるように、個人が選択して、情報を取得したり人間と付き合うっていう風潮は、より強くなると思う。これは、SNSなどが出てきて、より選択した関係のメディアが出てきたことからも、いえると思う。

 しかし、Web2.0の次の社会、ウィリアムのいたずらの言う、Web3.0の社会になると、人々は、送り手、受けて、まとめ役(中継点)なんにでもなれる。つまり、選択された仲間たちがつくるポータルサイトというのも、簡単に作れるようになる。

 そこで、そういう仲間内ポータル(=特定小規模・中規模ポータル)っていうのが出てくると思うが、そのポータルサイトの情報源は?というと、自分たちで全てを提供することが出来ないので、マスコミなどが提供する情報を載せる必要がある。

 この情報提供者として、マスコミは存在することになる。

 そして、情報提供の最上位は、共同通信(時事通信も)であり、そういう意味で、みんなに共通な情報が流れるネットワークが形成される。




 ただし、そのためには、いままでのようなマスコミでよいわけはなく、マスコミも、変革が必要である(いまのままのマスコミは、確かに生き残れないだろう)。その変革の1つの形はizaなのかもしれない。

 っていうことで、次は、特定小規模の話にいこうかな。。。izaの話にいこうかな?

P.S その松田美佐先生の「私の夫」というページで、『メディア・リテラシー』っていう本を紹介している。
 でも、執筆陣に「松田」という名字がないので、だれがご主人かは??
 で、そんなことは、さておき。。。
(以下の斜体は、松田美佐先生の私の夫というページからの引用)

その筋では売れているらしいのですが

ってあるけど、水越先生と、見城先生が書いていて900円、そりゃ―売れますよ(^^)
だって、この巨匠?2人+その他の人が執筆してるのに、秋葉原の萌えバーガーの萌バーガー(税込1260円)より、A-Boyバーガー(税込1050円)より、安いじゃん!!
。。。って、結局、そこかい(^^;)


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ブログが繁栄するほどマスコミは重要に!なぜなら「マイクロソフト、年内にiPod対抗機 」ほど。。

2006-07-08 11:54:22 | Weblog

 今日は、きのうの、ブログは3種類の分かれる話を発展させ、ブログが発展するほど、マスコミはむしろ重要になるということを述べます。

 で、その前に、表題の、「マイクロソフト、年内にiPod対抗機」が気になる人は、先に本家の
マイクロソフト、年内にiPod対抗機
http://plaza.rakuten.co.jp/struts/diary/200607080000/

 をみてくださいね。そこに、ニュースソースなど載ってます。
 



 一般に、ブログが発展すると、マスコミは脅かされると考える人が多いようだ。
 いつも悪者にあげて、申し訳ないが、ウェブ進化論のP146に、こんな文章がある。


 メディアの権威側や、権威に認められて表現者としての既得権を持った人たちの危機感は鋭敏である。ブログ世界を垣間見て「次の10年」に思いを馳せれば、この権威の構造が崩れる予感に満ちている。敏感な人にはそれがすぐわかる。


 ウェブ進化論が有名で、明確に書いてあるからこれを選んだだけで、このようなブログによって、既存のメディアが権力を失うという議論は多いと思う。

 ごめんなさい。敏感な人にはそれがすぐわかるのなら、ウィリアムのいたずらは、非常に鈍感なようだ。逆に見えてしまうのだ。事実を示そう。

 Gooブログランキングというのがある。これは、元ネタ(「話題になっているタイトル」)も示している。
http://blog.goo.ne.jp/index.php?fid=trendranking
これは、30分ごとに書き換わるので、あなたの見ているものと、私の見ているものはちがうかもしれない。しかし、いえることがある。

 「話題になっているタイトル」(まんなかのところ)として上がっているものは、マスコミからのニュースがおおい(YAHOOニュースなどは、もともとはマスコミのニュースを掲載しているので、それは、マスコミのニュースだ)

 一方、ブログが元になっているケースはなくはないが、少ない。

 つまり、ブログにおいて、情報の中心はマスコミが書いた情報なのだ。
 ブログでは、これに賛成/反対する人は、もちろんいるが、ブログが元ネタとなって、情報発信することは少ない。
 ということは、ブログが広まれば広まるほど、マスコミの提供する、ニュースやドラマがより広まっていくことになり、マスコミの注目度は上がるのだ(たしかに権威は下がるかもしれない。うそ言った場合に、指摘する人も多いから。でも、じゃあ、それで生活が困るわけではなく、注目はされ続けるのだ)




 なぜ、こんな現象がおこるか。。。。
 これが、きのう、ブログを3つに分けた理由だ。
 きのう、ブログを以下の3つにわけた。

●1つめは、読まれることを目的とした、オリジナルな内容の日記
●2つめは、書くことがたのしい、オリジナルな内容の日記
●3つめは、既存のものを、まとめたり、引用したりするブログ
 

 1つめが増えれば、ブログを中心に文化が発展する。
 しかし、1がふえず、3が増えてしまうと、元となるブログはないので、そーいう情報を提供しているマスコミの注目度(重要度、情報利用され度)があがってしまう。
 そして、今は、1がふえず、3が増えているし、これからも、そうなるとおもう。




 では、なぜ、1がふえず、3が増えてしまうのか。
 これは、ブログを書き続けているとわかる。
 ブログを書き続けていると、なんか、毎日書かないといけない気がしてくる。
 日記を毎日続けるのと同じだ。

 ところが、毎日、おもしろいことは、続かないのだ。
 かりに続いても、それを表現するのは難しい。

 事実、ウィリアムのいたずら、現在11時30分をまわっているが、今日現在で、自分の日常と、今日のニュースマイクロソフト、年内にiPod対抗機っていうのと、どっちが面白いかっていったら、ipod対抗機のほうだ。
 つまり、マスコミ提供のニュースのほうが、普通の人の日常よりおもしろい、なので、これを題材に選ばれることは多いと思う。




 それと、書きやすさの面でも、あるニュースに対して、反対意見、賛成意見を述べるほうが自分のオリジナルのことを書くより、書きやすい。ブログの3つの分類の2のようなカタチにするのであれば、つまり、読み手を無視するのであれば、書き易いのだが、読み手を意識すると、日常思っていることを文章にするのは、結構大変だ。

 それよりも、ニュースにコメントするほうがやさしい。

 で、ここで、ニュースにコメントする人が、「アンチ朝日」、「アンチ産経」を言っていても、じゃあ、朝日新聞、産経新聞がなくなっていいかというと、そうではない。
 これは、野球の巨人軍で考えるとわかる。アンチ巨人といっている人がいても、じゃあ、巨人軍がなくなっていいかっていうと、そうではない。巨人がいないと、戦う相手がいないかrら。
 むしろ、アンチ巨人の人にとっては、巨人が強くないとこまる。じゃないと、弱いものいじめになってしまう。

 っていう意味で、アンチ朝日、アンチ産経のブログが発展するには、むしろ朝日や産経がきわだった意見を言ってくれたほうが書きやすいのだ。




 ってなわけで、ブログが発展しても、毎日書き続けるという行為は大変なので、マスコミがながす、ニュースやドラマの意見を書くということに流れてしまう。

 その結果として、ブログのネタをつくる、マスコミのニュースやドラマは、より重要になり、マスコミがこれによって、消滅していくということは無い(仕事の仕方や、表現方法は大きく変わると思うが)と思う。っていうのが、ウィリアムのいたずらの私見だ。

 ただ、今、マスコミの仕事の仕方や表現方法は変わると思うと書いたが、これは、変わると思う。機会があったら、その変わり方の例として、izaを取り上げて、書いてみたいと思う。



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