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阿部和重の考える『グランド・フィナーレ』とは。

2004-11-16 13:10:37 | ◎読
ロリコンで少女ポルノまでに手をそめた結果、妻と溺愛する娘を失うことになった最低の男は、死に向かう二人の少女を救うことで、他者を正しく慮る人間として再生できるのか。

阿部和重の最新作『グランド・フィナーレ』(群像12月号)は、これまで同様、どうしようもないダメ男を主役とするが、一方で、これまでの彼の物語にはない「救い」を明示している。文学に求められるもの一部として、「救済」があるとすれば、この物語はその図式に見事なまでに則っている。

しかし、ちょっと待て。だまされてはいけない。この物語を裏で操っているのは阿部和重であるということを忘れてはならない。そこには、不健康な灰色のベロがチラチラ見え隠れはしないか。顔を覆う両手の指の隙間から、いやな破顔が覗いていないか。

旧知の友人の最後通牒によりあたかも過去の悪行から目覚めたような流れにはなっているが、実際の説話は、その厳しい助言シーンと彼が故郷神町戻るシーンのあいだでは、完全に寸断されている。彼は改心したのか?はたして内省したのか?
たしかに、暗転のあとの神町に戻った主人公の沢見は、家業を手伝い家賃4万の借家で過ごしながら、過去の自分の行為の問題点をひとつづつつぶしていく苦悶の日々の「ようなこと」を続けている。しかし、家業は、なにも禁欲的にではなく、ただだらだらとこなされているだけだし、なにより、悪癖を断ち切る引力を自分に課さなければならない態度は、みるからに不安定だ。
また、後半登場する少女たちを、過去の自分の過ちにより起こりえたかもしれない悲劇の代償であるかのように救っていこうと想起する、あたかも『野生の棕櫚』のような決意と行動も、饒舌に独白されると白々しい。いちど身についた悪癖は、眼前の少女と対峙したき、再発しなわけはないじゃないか、と勧告したくなる。

しかし、これらわたしの穿った見方は、テキストではいっさい明示されているわけではない。純粋に字義どおり読めば、沢見は深く内省しているし、救済への決意もきわめて人間的ですばらしい感情として描かれている。

そうなのだ。ここが、阿部和重の巧みさなのだ。不穏な言葉をいっさい使わずに、むしろ建設的でポジティブな言葉を集積させていくが、そのことが逆に、総体としていやな予感を消し去ることのできない不安定さを生んでしまう。

公正で真摯な言葉をつらねて、完全なる救済を描きながらも、どのように洗っても落ちることのない強い「染み」を残す。このステインこそが、まさに人間であり、救済とは、そんな簡単なものではないはずだ、ということを見事に描いている、といえないだろうか。見守る第三者はおろか、当事者ですら、いつどのようなときに過去のどうしようもない自分に戻ってしまうのか、という不安との闘い。戻らないという決心とはうらはらの行動を選んでしまう不協和。危うく脆い、この抗いを、「いつ戻るかもしれない」という言葉を使わずに書ける言語感覚は、なかなかまねできない。

じつのところ、この気味悪さは、舞台が神町であり、そのサーガと深く繋がっていることに負っているいる部分も大きいが(※)、それ以上に、ダメ男の描写、つまり一見ふつうに見える男のなかに巣くってけっして浄化されることはないという、より人間的なダメさ加減の描写が完成度の高さに起因するともいえる。

結びの場面は、きわめて映像的に感動的に「グランド・フィナーレ」を迎えている。そのあとには、スタンディングオベーションがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。ただひとついえるのは、たとえ今回多大な拍手を受けたとしても、最終的には沢見は神町の呪縛から解き放たれることはないだろう、ということであり、それが人間の業だということだ。

このような偏執的な読み方を許してしまう阿部和重の今後にさらい期待したい。できれば今回の登場人物のひとりであり、おそらく深い傷を隠しているであろう女性「I」を主人公にした神町の物語を望むのだが、それがイニシャルである以上はどうでもよい配役なわけで、そうなると、さらにいやらしい男、伊尻が台頭してくるのか。

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(※)『シンセミア』と『ニッポニア・ニッポン』通読後、『グランド・フィナーレ』を読めば、不穏さがいっそう深く感じられるはずです。というか、かなり具体的な関連もあったりします。


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1 コメント

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タイトルがイヤらしい。 (kensuke)
2004-11-17 01:53:23
「グランドフィナーレ」って…。これすごい気になってたんですよね。



いちおう、僕は「ニッポニア」と、「シンセミア」は読んでますが、他にまだよんでないやつがあるので、それを読んでから、これ読んでみようかな。読んでから、ここにまた来ます。



けっこうuratさんとは、趣味がかぶる(笑)。
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