考えるための道具箱

Thinking tool box

◎濫漫な読書。

2009-07-29 23:32:50 | ◎読
どこの書店に行っても、カズオ・イシグロの新刊が平積みになっている。アマゾンでもたいていはベスト10以内。『1Q84』に隠れて見えにくくなっているけれど、意外な出現率。この現象はいったいなんなのだろう。というのは、『夜想曲集~音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』は、平積みのポジションを獲得している他の小説と比べ、いっさいエキセントリックなところも、アクロバティックなところも、スキャンダラスなところもなく、もちろんスリルもどんでん返しもほぼない、おだやかな落陽の日常を切り出しただけの小説だからであり、その小説が、『1Q84』や『告白』や『ダ・ヴィンチ・コード』や『東京タワー』やら『ハリーポッターと死の秘宝 上下巻セット』などコントラストのはっきりした小説と陣取りを興じている様は、どう考えても解せない。感動気狂いと呼ばれるだれかが、『夜想曲集』を求めているのだろうか。『わたしを離さないで』の勢いをかった、本屋大賞の中の人たちどうしの企て、というのは、ひとつの仮説としては成り立つが、たとえそうだとしても、この小説が万人に受け入れられるとは信じがたい。居ても立ってもいられなくなった俺は、書店員にちょっと訊いてみることにした。そうだ、いつも行く青山ブックセンターで、ずっと気になっていたあの娘だ。いっさいの疚しさがないきわめて正当な理由で、声を掛けられるまたとないチャンス。
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おお『Number #733』はジャイアンツ特集!なんて雑誌コーナーを横目にみながらたどり着いた文芸書の平台のあたりをぶらぶらすること5分。予想外の早いタイミングで、彼女が近づいてきた。NEW BALANCEのあまりみたことのないタイプの、センスのよいデザインのスニーカーをはいた、いつもどおり精悍なしょうゆ顔の彼女だ。あくまでしゅっとしてる。
アップダイクの『クーデタ』を入荷しだした彼女の横で、俺はあわてて『夜想曲集』を手に取り、いかにもカズオ・イシグロの愛読者です、これまでの作品は全部読んでます、といわんばかりのゼスチャーでページを開く。そして、あわや「モールバンヒルズ」を再読しそうになるのを抑えて、中空の視線でつぶやいてみる。「これって、どうなんですかねえ」。

「?……ああ、カズオ・イシグロの短篇ですね。いいですよ。ぜひ、読んでみてください。刺激とかそんなのないし、エンターテイメントとも違うんですけど、なんかいい小説なんですよお」

その的を得た、しかもなんともいえないチャーミングな回答を聞いた瞬間、俺はもうカズオのことなんかどうでもよくなって、彼女とならきっと『1Q84』とか、『ヘブン』とか『ドーン』とか『終の住処』の話ができるんじゃないか、場合によってはどこかでお茶でも飲みながらパワーズの話なんかも……と足も体も浮きそうになったわけだが、そこまでの関係を一足飛びに詰めるのはどう考えても無理やり感がある、と冷静さをとり戻し、まずは、とりあえず、当初のミッションを全うすることにした。

「どこの本屋さんでも、だいたいプッシュされて平積みになっているようなのですが、そんなに人気があるのでしょうか?」
「ああ、そうなんですか。ほかの本屋さんのことはよくわからないんですけど、ここでは、お買い求めになるお客さまは多いです。イシグロは、そもそも人気はあるんですけど、たぶん『わたしを離さないで』で、裾野が広がったんじゃないですかね。もしかしたら、最近の村上春樹さんの影響とかかもしれないです…」

「なるほど…」村上春樹か。それにちなんでチェーホフ?そういえば、エッセイに書いていたなあ。カズオ・イシグロのこと。あれ、なんだったっけ…『monkey business』だった?あ、『monkey business』といえば、そろそろ「箱号」もでているはずだ、たしかパワーズがなんか書いてるんだよなあ、なんて思いをめぐらせていると、彼女の言葉が続いた。

「でも……」
「でも?」
「そう、ベストセラーになるような小説じゃないかもしれませんね。うちのような本屋で、2日とか3日に1冊ぐらいのペースで、だけど1年ぐらいはずっと誰かが買っていくような、そんなちょっと地味な小説。わたしは好きなんですけどね、おすすめしますよ」

……この小説をまだ読んでいないことになっている俺はつらかった。ほんとうのところは、「いやあ、僕もカズオ・イシグロはずっと読んでいて…」とかなんとかいいながら、今回のやつはインパクトこそないけど巧みな状況設定とか面白いですよねえ、文章だけで翳りのイメージを見せるなんてさすが、でもこの手の話ならひょっとしたら堀江敏幸のほうがうまいかもしんないですねえ、読んでます?『おぱらばん』とか?なんて話を発展させて、次の展開に持ち込みたかったのだが、いまさらそんなことはできない。痛恨の作戦ミス。
だから話はここで終わる。まるで、イシグロの短篇のように。

ということなんで『ニッポンの思想』『はじめての言語ゲーム』『偽アメリカ文学の誕生』『村上春樹『1Q84』をどう読むか』『費用対効果が見える広告 レスポンス広告のすべて』『AERA english』『Web PRのしかけ方』『技術への意志とニヒリズムの文化―21世紀のハイデガー、ニーチェ、マルクス』『思考する言語〈上〉』『Newton 太陽光発電』『ディアスポリス#13』なんかをみつくろってABCを後にする。
今度、会ったとき、「あ、どうも」ぐらいは言えればよいのだけれど。

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◎鍵を握るもの。

2009-07-19 00:41:40 | ◎書
こんなに上手くいかないのは、どこかに根源的でシリアスな問題があるのでなないだろうかと思って、俺はその壜のようなものと、蓋のようなものの噛み合わせをもう一度ギシギシといじってみた。その、絡み合いは、まったくスムーズかといわれればそうでもなく、1~2周まわしたところで、なにかがひっかかる。そこから無理やりまわそうとすると、完全につまってしまい、動かなくなる。いや、こんなふうに説明すると、まるで桃屋の瓶詰めの搾菜の開け閉めに苦労しているようだが、ここにあるのは、あくまでも、壜のようなものであり、蓋のようなものであるというだけで、実際のところは、なんなのかよくわからない。見た目は無難に言えばステンレスの水筒のようであり、不穏にいえば映画でみるようなプルトニウムとか生物兵器の詰め物のようである。ヒロシさんから渡されたこの装置は、彼によると、「鍵を握っている」らしいのだが、そんな空想のような効能は百歩譲ったとしても、そもそもその「鍵」は、瓶のようなものと蓋のようなもののかみ合わせにより発揮されるのか、それとも中に入っている粘り気のある液体に拠るものなのか、これまたよくわからない。よくわからないものを渡され、それが物事を支配するのだ、といわれるほど迷惑なことはない。

「ヒロシさん、いったいこれは…」
「最初はな、うまくかみ合わないかもしんないよ。でもな、毎日毎日ギシギシやってみな。そうすりゃ……」
「いやいや、それはわかるんですが、そもそも論として、いったいこれはなんなんすか?」
「かみ合わせ機械、だっていっただろう。鍵握ってんだよ。おまえ頭悪い?毎日毎日、時間を見つけて無心でかみ合わせりゃ、ちょっとずつな、上手くいくようになるんだよ」
「その上手くいくとか、いかないってのがよくわからなくて。いったい、なんのことを言ってるんですか?」
「それがわかるってことが、かみ合わせるってこったよ」

そんな俺たちのいっさいかみ合わない会話に割り込んできたのはミシマだった。

「そうですよ。アーさんは、ちょっと考えすぎ。深読みしすぎ。本当の意味なんて、あれこれ考えたって、わからないって。そもそも、ご名答が存在しているかどうか、なんてのもわかったもんじゃない。言われたとおり、そのまま信じておけばいいんですよ。ほら、このあいだって、トミモトさんの好みとか考えて考えて考えて抜いて、でも結局は、その読みが裏目にでて、ものすごい不味い雰囲気になったじゃないですか。」

ミシマをぶん殴りたいと思いつつも、俺は「まあな…そうだなあ…」と穏便にことを済ませようとした。「おまえの言うこともわかるけどな…」と口を開きかけたその前に、いきなりやつがぶっ倒れる。首のあたりをぐりんと傾けながら仰向けに、尻からではなく背中から引っくり返った。血汁すら飛び散った。

ヒロシさんが、手に持っていた、くだん瓶のような蓋のような装置の底でミシマの顔面の中心の部分にすさまじい打撃を加えたのだった。

その瞬間、俺は、ああそういうことか、と理解した。

◎粗雑な感想。

2009-07-16 21:29:38 | ◎想
先週末は、仕事をしているとき以外は、だいたい野球を観ていた。伝統カードの3試合を中断することも割愛することもなく、ほぼ寝ることもなく。とてもエキサイティングだったと思うんだけど、みんな観た?

「メガシャキ」を毎日飲み続けるとどうなるか実験中。たしかに、いっさいの眠気は撲滅され、集中力すら高まっているような気がする。それが証拠に、おそらく効果がきれると思われる6~7時間後、なんの前触れもなく、前後不覚の睡魔が訪れる。まさに、気がついたら寝てた、という感じだ。舌に訊く限りでは、ドリンク剤よりも悪くはなさそうなのだが、これはいくぶん味覚に誤魔化されている、といわれてもしかたがないだろう。

あがいて、もがいてつかんだ手のひらを開いとき、もし「言葉」が引っかかっていたなら、なにかを始めることができるかもしれない。では、引っかからなければ?

『整理HACKS!』と松下幸之助の『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』なんかを、なんの迷いもなく買うところをみると、そうとうダメな感じなのがよくわかる。しかし、松下幸之助とドラッカーが本質的にしみるようになってきたのもまた事実。

川上未映子、渾身の長編『ヘヴン』は、いじめがテーマなので冒頭を読む限りではいやなあ感じ。そのいやあな感じが書けるところは、1年間悩み、800枚を400枚に減らしただけのことはある。でも、これって川上未映子なのか、川上未映子である必要があるのか。とか、いっぽうで、いやいやこういうのが、川上のマントルなんだよ核なんだよ、マグマが溢れとるんだよ、とか考えたりしている。いずれにしても、いやあな感じの小説なので、読むのに時間がかかりそうではある。このあたりは『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を数回にわけて数日間かけてようやく見終えた感覚と似ている。ああ、いやだいやだ。

もちろん『ヘヴン』に時間がかかりそうなのは、『ドーン』のおかげでもある。こちらは平野啓一郎らしい小説。とくに、日本人夫婦の会話。そこだけ読んでももう平野とわかる。夫婦なのにこの不安定感はなんだろうと思う。『決壊』では、不穏の演出?と思っていたけれど、そうでもないようだ。それなら、もうちょっとなんとかならんかな、そのよそよそしさ。まあ、もっとも、こっちの夫婦も不穏のようだけれど。

言葉にすれば内在化する、ということに、もう少し自覚が必要じゃないだろうか。もちろん、ネガティブ/ポジティブの両面で。言ってしまったことが取り消せないというのはかなり畏れるべきことだし、言ってしまったことで場が一気に好転するのも、これまた畏れるべきことだと思う。

状況適応できるということは、状況に惑わされないということ。気持ちが状況におしつぶされてしまった…、とはカイジの箴言。

perfumeの『⊿』は、けっして悪いものではない。ただ、娘に呆れられながら聴くほどの価値があるかどうかはよくわからない。そんなとき、他の年配のみなさまのようにYMOを免罪符にするのは上手い手だと思う。まったくの妄信だけど。

いよいよ、器の限界。思い切って、本を捨てよう。そして、しばらくは新しいものを買わないようにしよう。ついでに煙草もやめよう。うそ。

パインアメには、アンズアメやイヨカンアメなんてのもあるけれど、まあパインアメ以外は、パインアメほどじゃない。手抜きすぎ。

企業の目的は、それぞれの企業の外にある。わかる?

ものごとをわかりやすく伝えるためには……。

野球の話がしたくてうずうずしてんだけど。誰かいませんか。