夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

ボカシはうまくできたけど

2008-01-05 22:54:08 | つれづれなるままに
 昨年12月中旬に作り始めた「ボカシ」である。パン工房の奥の倉庫で、おからと籾殻の燻炭、そして米ぬかを混ぜて作った。2週間温度管理のために山にしたり、ならしたりを繰り返して水分を飛ばしている。担当者からうまくいっているという報告があったばかりなのだが、パン工房の主任であるカミさんからクレームがついた。
 「ボカシ」の臭いがきつくてパン工房にまで臭って来るという。そしてそれから1週間後だった。また帰宅後のカミさんからパンがふくらまなくなったというのだ。それは前にEM菌の団子を作ったときの症状と同じだというのだ。食パンが通常であれば発酵して焼き上がるときは、入れ物からあふれるほどなのに、それがなくなったという。つまりそれもボカシのせいだというのだ。なるほどそれもありかも知れないと思った。菌は生きているのだ。きょうそのことをスタッフに話して、完成したすべてのボカシを別の場所に移した。これも一つの学習だと思う。春先の畑にこのボカシはきっと活躍してくれるに違いないのだ。

喉つまり

2008-01-05 22:37:34 | つれづれなるままに
 正月2日目。穏やかなお正月である。雪は舞うが積もりそうもない。娘たちも風邪も引かず、気持ちもリラックスしている。お餅を大人は食べるが、娘たちは喉つまりが怖くて少ししか食べさせることができない。東京では10人もお正月に大人が餅を喉に詰まらせる事故があったという報道があった。
 お昼にラーメンをカミさんが煮て、みんなで食べることになった。重度の制約のある娘たちは、小さいころから全部介助で食べていることもあって、熱いものを苦手としている。冷めたラーメンになってしまいかわいそうである。次女はかろうじてラーメンをすすることができるのだが、長女は咀嚼はよいのだが、どうしても口をすぼめることができず開いてしまうためにラーメンのような細いものを苦手にしている。やむなく麺を丸めて口に入れるのだが、それが何と喉に引っかかってしまった。急に「ヒックヒック」言い始めた。しまったと思ったが、もう事故は起きたのだ。早速背中を叩くが効果がない。あわてる気持ちを抑えながら、こんどは「ハイムリック法」という身体の後ろから胃袋の下に両腕を回して、上に引き上げる動作を繰り返す。2度目にようやく口からラーメンが吐き出される。「良かった!」とほっとする瞬間である。これで娘に私の食事介助で詰まらせたのは何度目だろうか。少なくとも3回以上あるだろう。カミさんは私がせっかちだからそういうことが起きると思っているらしく、「もっとゆっくり飲み込んでからにしてよ」と注文を早速つけている。娘には申し訳ないが、これも私という親父を持った因果なのだと、心で詫びている。先月初めに救急救命法をおさらいしておいて良かったと思う瞬間でもあった。
 今日5日(土)は初めて施設に通所する日である。私の失敗を他のスタッフも繰り返してほしくないという思いで、連絡帳に詳細経過を記録してスタッフに知っていただいた。一つ間違えばこのいたいけな娘の笑顔が見られなくなることもあるのだという、「喉つまり初め」という日にしてしまったことの深い悔恨の中に私はいた。