ふと私は、「鈴の茶屋」という小さな甘味処を想い出していた。
今から10年程前、東京の下北沢にあった小さな店で、仕事の帰りに
よく立ち寄っていたお気に入りの店である。
単身赴任で池ノ上に住んでいた私は、渋谷駅から井の頭線で帰宅
するのに、わざわざ遠廻りをし、池の上の次の駅下北沢で下車を
していたほどである。
新装開店したのも私が丁度着任した頃だったように思う。小さなショーケースには、
出来立ての、みたらし団子などの和菓子が並んでいて、京都出身の
店主が、作務衣姿で一人できりもりをされていた。
2~3人も入れば、いっぱいになってしまうほどの小さな店で、
椅子に腰を掛け、悠長な京都弁を聞きながら甘味を口にするのが、
とても癒される楽しい時間であった。
「みたらし団子の5個は、五体を現していること。」
「かき氷は、自然氷にこだわっているので、かき氷が溶け難いこと。」
「あんこは、北海道産の小豆にこだわっていること。」
「海外勤務の御経験があったこと。」
「子供の頃は、京都の太秦で遊んでいたこと。」
「御先祖様から背中を押されて生きていること。」
「熱中症で倒れられたこと」などなど、他にもいろいろな話をして
くれたことを想い出す。
夏には、美味しいかき氷が食べられる。自然氷にこだわり、抹茶と
北海道の小豆にこだわった宇治金時のかき氷は絶品であった。
そんな「鈴の茶屋」が一躍有名になったのは、かつて、関口宏、
三宅裕司が司会を務めたTV番組「どっちの料理ショー」で、その
かき氷が取り上げられてからだった。
メジャーデビューといったところであろうか、一頃の店の静寂さが
一転、行列の出来る店となった。
今は、店を閉めてしまったが、「鈴の茶屋」かき氷復活を願う声は、
インターネットを駆け巡り、サーバーに影響を及ぼしたという話は、
「鈴の茶屋」かき氷の人気の高さを窺い知ることが出来る。
今、その伝説のかき氷だけは、「しもきた茶苑大山」という店に伝承
されているとのことである。
「鈴の茶屋」というかつての小さな甘味処が、店主と、店の雰囲気と、
静寂さがとても好きで、懐かしく想い出されてならない。