すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

目黒の桜

2018-03-20 22:08:03 | 自然・季節
 食料品を買いに行く道筋にある簡易裁判所民事執行センターに、ピンクのと白の二本の桜が並んで立っている。白いのは葉桜だからオオシマザクラだろうか。ピンクのはソメイヨシノよりは少し色が濃いし、このあたりのソメイヨシノはまだ本当に咲き始めなのにこれはもう五分咲きぐらいになっているから、別の種類なのだろう。ピンクの方がほんの少しだけ大きいが、ほぼ同じくらいにゆったりと大きく枝を広げていて、似合いのカップルのようで好ましい。これ二本だけだから名所になりようがないが、そういう桜が好もしいと思う。
 目黒川の桜は確かに圧巻だが、他にももう少し静かな桜の見どころはある。目黒川はあまりにも有名になりすぎて、ものすごい人混みだし、それにあれは最近少しはマシになったとはいえ、どぶ川なので、日によってはどぶの匂いがする。何年か前にがっかりしたことがあって、桜の頃にはあまりあそこには近寄らない。もっとも、週に2回ぐらいは、散歩のときに横切るのだが。
 ぼくの子供のころ、桜の名所と言えばまず思い浮かぶのは洗足池だった。ボートを浮かべて眺めるのも良い。ただ、子供のころはもっと素晴らしかったという気はするのだが、今見ると名所というほど立派ではない。そういうことってよくあるからね。それに洗足池は大田区だ。
 禿坂(ハゲではなくて、かむろ坂です)の桜並木もいいがあれは品川区だ。かむろ坂の名の由来になった話の人物、白井(平井)権八と遊女小紫の比翼塚は、今は目黒区の目黒不動尊にある(先日、散歩で偶然見つけた)。
 では、ここからは目黒の桜。
 おすすめは、大岡山の東京工業大学のキャンパス(たぶん、駒場東大も、と思うが、家からは遠いので行っていない)。それから、緑が丘の駅から都立大学の駅を通って玉川通りまで続く、呑川緑道。
 清水池公園からサレジオ教会を通って環七通りまで続く「碑(いしぶみ)さくら通り」は、片側だけの並木だが、桜の下を歩くのも、反対側を歩くのも良い。人が少ないのも良い。桜並木は、静かに感慨に浸りながら歩きたい。西小山駅から円融寺の脇を通って碑文谷八幡宮に続く参道も良い。こちらは、道の真ん中が参道になっている。
 さっき出てきた、目黒不動尊も良い。ここは、桜とそのほかの樹木の調和を楽しもう。洗足池をぐっと小さくしたような碑文谷公園も、ぼくにはなじみの桜スポットだ。ボートにも乗れる。さらにぐっと小さくした感じの清水池公園の入り口には、ぼくと妹が「お母さんの桜」と呼んでいる木がある。公園の入り口にあって、陽当たりが良いらしく、ほかより少しだけ先に咲く。母とよく見上げて、「ああ今年も咲いたね」と感嘆したものだ。
 小さな児童遊園や、新しくできた団地のポケットパークなどで桜を発見するのも楽しい。桜の季節には、そういう楽しみを求めて歩き回る。
 …ところで、昨日の朝どこかのチャンネルで、目黒川の桜がけっこう咲いているという映像を見せていた。映像を見ると、ぼくたちはそれが真実だと思ってしまうが、真実でないわけではないのだが、ご用心。昨日、目黒川の、ぼくが散歩で通る、雅叙園前の橋の上からは、上流も下流も目の届く限り、橋の角の一本を除いては全く咲いていなかった(川岸に一本だけ、ソメイヨシノとは明らかに種類の違う桜が咲いていたが)。
 映像は時には、真実の0.1%でしかないこともある。桜に限らず、マスコミが提供するものを鵜呑みにするのは気をつけよう。
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