すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

香港そして香港に限らず

2019-11-21 10:18:16 | 社会・現代
 抗議活動は、必ず、非暴力で行わなければならない。たとえ弾圧に対抗するためであっても、暴力に走った抗議活動はさらなる圧倒的な暴力によって、圧殺されるだろう。
 現実には非暴力、というのは、はなはだ難しい。血の気の多い若者主体であれば、挑発を受ければ反発したくなる者はいくらでもいるだろう。抗議の声を上げているうちに激してきて、つい荒々しい行動に出る者もいくらでもいるだろう。日ごろの不満を発散させたくなる者も、面白半分に行動に出る者も、いるに違いない。あるいは、抗議活動を壊すために意図的に率先して暴力的行動に出る奴も紛れ込んでいないとは限らない。
 それでも、抗議活動は粛々として非暴力でなければならない。非暴力でないすべての抗議活動は失敗に帰する。
 「非暴力に徹して、効果なんてあるのか?」「権力側は無視すればいいだけなんじゃないのか?」という人もあるだろう。
 そういうこともあるだろう。
 だから、抗議活動は同時に、不服従でなければならない。
 学生の抗議活動は、一般市民の、広範な大衆の、支持と参加を得なければならない。
 ぼくはいまだに、ストライキの抗議手段としての有効性はあると考えている、二十世紀風の古い人間だ。(ついでに、「連帯」とか「相互扶助」とかの価値を信じている。)
 交通機関や流通機構は、外部から学生が来て封鎖するのではなく、仕事としてそれに従事する人たち自身の手で封鎖されなければならない。
 そこまで、市民の支持を広げ、深めなければならない、ということだ。
 ところで、中国では現在は労働者のストライキ権というのはあるのだろうか? ぼくはその辺よく知らないので、お恥ずかしいのだが、中華人民共和国憲法からは「ストライキ権」という文言は憲法改定によって消されたと聞いている(これぞ、「憲法改悪!」)。理屈としては、共産党の指導の下ではストライキは必要ない、ということらしい。だから、それでもストライキ、というのは、「共産党反対!」ということになるらしい。
(ネット上でデマは飛ばしたくないので、だれか詳しい人がいたら教えてほしい。)
 建前上は「一国二制度」の香港で、ストライキは、とくにゼネストは、可能か? ストライキが違法だったら、どうしたらよいか? まで含めて。
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