すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

2022-03-03 06:58:37 | 詩集「黎明」

都市が滅びてから数百年の後
森の外れの巨大な樫の木の下で
老人は一人の子供に出会った

その子供とは昔
まだ動物たちが地上に現れる前
確かに会ったことがある 
生命をはぐくみ始めた海が
厚い雲の下で逆巻いていた頃

その時 子供は振り向いて
驚いたように手を止め
美しい眉をひそめ
身を翻して立ち去っていった
子供の去ったあとに
芽生えたばかりの小さな木があった

それから幾度か
老人はその子供の夢を見た
羊歯の密林を巨大な足の生き物が
獲物を求めてさまよう夜や
やっと農耕を覚えたばかりの人間が
焚火を囲んで寒さに震えていた雨の夜に

呼びかけようと手を伸ばすたびに
もう子供の後姿は消えていた
目覚めてから老人は気付くのだった
自分が何かを尋ねようとしていたことに
その問いが何かは分からなかったが

今 森の中で廃墟は
蔓草に覆い尽くされ
少しずつ土に還っていく
子供は初めて立ち止まり
老人に微笑みかけた

永い間の思いを問いにしようとすれば
自分の見てきたものを残らず
一瞬にして伝える術を知らねばならない
言葉というものの記憶を
やっとたぐり寄せながら
老人は縺れた重い唇を開いた
――お前なら知っているかもしれない
この地上にこれから
どのような生き物が栄えては滅んでいくのか
その繰り返しはまだ永く続くのか
この惑星はこれから
どのような闇の中を落ちていくのか
人間を滅ぼしてしまったのは
お前の残酷な意思だったのか
いったいこの次 いつどこで
お前と出会うことになるのか――

子供は何も答えず
ただ さわやかな声で笑った
そして紅い唇を拭いながら
樫の木の上の空を指さした

いつのまにか暮れた空に
星が暗く耀く
その瞬間に老人は知った すべての星が
この地から無限に遠ざかっていくのを
幾百億光年の彼方では
光の速さに達した星が
叫び声もあげずに消え去っていくのを
                  (旧作)

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