むかし道を完歩して・・・奥多摩湖へ
むかしは馬が重要な交通、輸送手段だったため、馬を一休みさせてやる場所も作られていました。
そしてそこに有った水飲み用の石の桶は今でも残っています。
また、近くには茶屋も有ったらしく、人間の方はこちらで一服していたようです。
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奥多摩湖・故郷は湖底に・・・・。
1957年(昭和32年)多摩川を小河内ダムによって堰き止めて造られた。
竣工当時、水道専用貯水池としては世界最大規模の貯水池であった。
現在も水道専用 貯水池としては日本最大級を誇る。
「幾百万市民の生命を守り、帝都の御用水のための光栄ある犠牲である」
との再三にわたる説得に、
小河内村はやむを得ずこれを了承する.
800世帯、3,000名余にのぼる人々の故郷が湖底に沈んだ。
湖底の故郷1 夕陽は赤し 身は悲し 涙は熱く 頬濡らす さらば湖底の わが村よ 幼き夢の ゆりかごよ.
2 当てなき道を 辿りゆく 流離(ながれ)の旅は 涙さえ 枯れてはかなき おもい出よ あゝ うらぶれの 身はいずこ.
3 別れは辛し 胸傷(いた)し 何処(いずこ)に求む ふるさとよ 今ぞ ・・・・。
山の中腹に見える家は、きっと湖底に沈み
この地へ移転したので有ろう。
奥多摩湖畔から奥多摩の山々を望む
奥多摩水とみどりのふれあい館
デジブック
『天空の里へ続く道』
次回は≪湖底に沈んだ故郷≫を検証してみたい。