近代以降、どこの国でも戦争を始める際、時の責任者が必ずと言っていいほど使う言葉があるそうだ▼どんな言葉か想像していただきたい。皮肉な話なのだが、「われわれは、戦争を望んでいるわけではない」だという▼試しに一九四一年十二月八日の東条英機首相の開戦表明の演説を引く。「(平和を願う)帝国のあらゆる努力にも拘(かかわ)らず、遂(つい)に決裂の已(や)むなきに至つたのであります」「帝国は飽(あ)く迄(まで)、平和的妥結の努力を続けましたが…」。なるほど、「戦争を望んでいるわけではない」のニュアンスが読める▼事情は想像できる。戦争はしたくないが、ここにいたってはやむを得ないと説明することで戦争に対する国民の理解を求めているのだろう。非は相手にあるとも強調できる。戦争はいやだ、望まない。そう唱えながら。こうして戦争という沼に足をとられていく▼七十七回目の終戦の日を迎えた。ロシアのウクライナ侵攻や米中の対立を挙げるまでもなく、国際情勢は緊張に向かう。戦争は遠い過去のものとは言い切れぬ時代にあって二度と戦争にかかわらぬために必要な呪文はやはり「戦争はいやだ」だろう。その「いやだ」を最後まで「しかたない」「むこうが悪い」に変えない頑固さだろう▼<戦争と畳の上の団扇(うちわ)かな>三橋敏雄。畳の上の団扇という平和。そこへ「しかたない」は気づかぬ間に忍び寄ってくる。
英語で「ペーパームーン」といえば紙で作った張りぼてのお月さまのこと。その昔、米国ではこの紙の月の上に座って記念写真を撮ることが流行したらしい▼そこから転じてペーパームーンにはにせ物とか、はかないものという意味があるようだ。一九三二年発表のジャズのスタンダード曲「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン」にこんな文句がある。<それはただの紙の月 ボール紙の海を渡っていく>。なんだか寂しい▼同じ紙でこしらえた「ペーパークレーン」。日本伝統の折りヅルのことである。そのツルをにせ物やはかないものにしたくない。岸田首相。核拡散防止条約(NPT)の再検討会議で折りヅルを手に核兵器のない世界に向けた取り組みを訴えた▼広島で被爆した少女がツルを折り続けた実話から、折りヅルは平和と核兵器のない世界を願う心のシンボルのような存在となった▼ツルの手を借りたいほど核軍縮は極めて難しい局面にある。核兵器への不安が強まる一方、ウクライナ情勢や米中対立などによって、核の抑止力を手放しにくいほど、安全保障環境は緊張している。軍縮の道筋が見えない▼首相は核戦力の透明化や対立する米ロや米中の対話を後押しすることなどを表明した。<折鶴にいのち吹き込む原爆忌>平岡しづこ。首相の折りヅルにいのちが吹き込まれ、核なき世界へと導いてくれないか。