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今日の筆洗

2019年04月25日 | Weblog

 トラック種目で活躍していた天才肌の鈴木博美さんは、マラソン挑戦に乗り気ではなかったという。マラソンでこそと見込んで指導していた小出義雄さんは無理強いを避けた。「マラソンはいいぞ」とかたわらで、つぶやきながら待ち続ける。鈴木さんがある日、挑戦を口にした▼<その夜、私は、浴びるほどに酒を飲んだ…十年以上も待っていたのだから>と、小出さんの著書にある。鈴木さんが世界選手権マラソンで優勝を果たす前日譚(たん)だ▼「駄馬」だったという有森裕子さんに対しては、その並外れた熱意にかけた。厳しい練習を課し、心の面も支えた。常識外れの走り込みで鍛え抜いて、高橋尚子さんを世界一に押し上げている。時に十年以上待ち続け、時に情熱を真っすぐにぶつけながら、数々の才能を開花させてきた指導者だろう▼選手の夢ばかりを見たともいう。「たまには家族の夢も」と言う奥さんに、「俺には駆けっこしかないんだよ」と答えた逸話が残る。持っているすべてを注ぎ選手を躍進させた。小出義雄さんが八十歳で亡くなった▼<お前の痛いところは全部、オレがもらってやる>。有森さんは励まされたという。銀メダルを獲得するバルセロナ五輪の前にかけられた言葉に、豪快なあの笑顔と優しさを思う▼「千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず」という。まねできる人は、現れそうにない。

 
 

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今日の筆洗

2019年04月24日 | Weblog

 米喜劇マルクス兄弟のグルーチョ・マルクスの笑い話にこんなのがある。あるクラブの会員になろうと入会を申し込んだ。そのクラブは入会を認めたが、当の本人は退会届を出した。「私のような人間を会員にするクラブに私は入りたくない」。いったい何がしたかったのか▼もちろん、グルーチョとは違い、そのコメディアンは「私のような人間を大統領に選んでしまう国の大統領に私はなりたくない」なんて冗談は飛ばさなかった。ウクライナの大統領選挙で当選したコメディアンのウォロディミル・ゼレンスキー氏である▼歴史教師が大統領になるというテレビドラマで主役を演じて人気となり、そのまま現実でも大統領に。空想と現実が入り交じる展開に驚くが、それほどまでに現政権下の汚職や経済停滞に不満が高まっていたのだろう▼笑いを売る人が政治家に転身する例は世界中にある。グアテマラのモラレス大統領もコメディアン出身。何年か前にアイスランドの地方選挙ではコメディアンが冗談で結成した新党が圧勝したこともある▼「笑いは悲しみの涙を止め、希望にさえ変えうる」。喜劇俳優、ボブ・ホープの名言だが、コメディアンに国を託したくなるのは親近感や笑いのある未来へのすがるような希望かもしれぬ▼政治経験ゼロの庶民派大統領のお手並みを拝見しよう。ドタバタ喜劇も抱腹絶倒もいらない。 

 
 

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今日の筆洗

2019年04月23日 | Weblog

夫婦のネズミと三匹の子ネズミが住んでいた。ある日、お父さんのネズミは食べ物を探しに行ったまま帰らなかった。どうやらネコに襲われたらしいが、お母さんは子ネズミたちには黙っていた▼その日以降、お母さんのネズミが食べ物を探しに出るようになる。ある日、お母さんも帰らなかった。子ネズミはおなかを減らし、泣きながらお母さんを捜しに向かう。さて子ネズミたちはどうなるか。スリランカに伝わる民話だそうだ▼事件に巻き込まれ、帰らぬ親を待ちわびる子どもたちもいるのではないか。悲しい想像をしてしまうスリランカでの大規模テロ事件である▼キリスト教会やホテルなどが標的になった。春の日曜。その陽気さが似合うべき場所が無残な現場に塗り替えられた。死者は三百人に迫る。やりきれない▼断定はできぬが、イスラム教過激派の関与が指摘されている。背景は同国が抱える宗教間の対立感情か。今回のテロ事件が新たな対立と憎悪を生みださぬか心配する▼子ネズミたちはお母さんを捜しに行く途中で例のネコに出くわす。子ネズミの話を聞き、ネコは自分がネズミの両親を殺してしまったことに気がついて涙を流す。自分にも三匹の子猫がいる。ネコは子ネズミを家に連れ帰り、育てたという。宗教の違いも対立もきっといつか乗り越えられる。その民話を今はどうあっても信じたいのである。

 
 

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今日の筆洗

2019年04月22日 | Weblog

 健康のため、体重を減らさなければならないとして、教えを請うべきはどちらのコーチか。一人は目標に向けて適切に指導してくれるコーチ。もう一人は無理なら、目標達成の時期を先延ばしすれば良いとささやくコーチ▼簡単な選択だろう。過酷な食事制限や運動メニューは困るが、目標の実現に向け、ある程度は厳しく指導してもらわなければ成果は期待できぬ。優しいコーチの甘い言葉に従っていてはいつまでたっても下腹は引っ込まない▼政治の世界では甘いコーチの方が人気になると思っているようである。話は自民党内からまたぞろ出てきた消費税率引き上げの延期論である。二度延期し、この十月に10%に引き上げると決めたはずである。それを再延期とは▼なるほど引き上げは将来の財政、社会保障のためと理解していても苦しさもある減量みたいなものか。延期論はその苦しさにつけ込んで「無理をすることないですよ」と甘いお菓子を勧めるささやきであり、がまんしている者はこの甘いコーチを支持したくなる▼実際、自民党はこの手で二〇一四年の総選挙で勝った。一六年の参院選でも同じ手を使った▼首相に近い人物がこの時期に延期論に言及したということは夏の参院選との同日選でも狙っているのか。本気なら、まったく悪魔めいた戦術である。で、このコーチに従ってわが国はいつ健康になれるのか。

 
 

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今日の筆洗

2019年04月20日 | Weblog

 作家ねじめ正一さんの短編に『赤チンの午后(ごご)』がある。昔の空き地が舞台だろう。野球で遊ぶ少年が、走塁中に勢い余り鉄条網に突っ込む。太ももあたりを切った。やってしまった、と怖くなるが、仲間のひと言で心が軽くなる。<赤チンつければ治るよ>▼昭和に育った方ならば、懐かしくうなずくのではないか。ちょっとした傷なら治してしまいそうな、あの赤の安心感、万能感である▼赤チンが、間もなく姿を消すらしい。正式にはマーキュロクロム液というそうだが、国内最後のメーカーとみられる東京の三栄製薬が来年末までに生産をやめるというニュースが流れた▼生産の過程で水銀を含む廃液が発生することなどから規制が強化され、原料の入手も難しい。売れ行きは落ちていて、かつて赤チン一本だった三栄製薬も現在の事業での比率は1%以下である▼需要は低迷していても、赤チンには記憶を喚起する強い力があるようだ。「塗っときなさい」の母の声、勢い余って転んだあの空き地…。ニュースを見て思い出した。塗ってもらうことも、友人たちとむちゃをすることも、もうないのだという、ちょっとした感傷もおぼえつつだ▼「親に塗ってもらったのを思い出した」「やめないで」という手紙などが同社にも次々に届いているそうだ。昭和の記憶を呼び起こす物は多いが、大いに人をしんみりさせる赤である。

 
 

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今日の筆洗

2019年04月19日 | Weblog

フランスのロワゾー前欧州問題担当相が飼っている猫は朝、外に出せと鳴いてうるさい。目覚めたロワゾー氏が、ドアを開けてやると、今度は決心しかねたように動かなくなるという。無理に外に出せば、暗い目でこちらを見てくる。「私はとうとう猫を『ブレグジット』と呼ぶことにしました」▼英国の欧州連合(EU)離脱と猫は名付けられてしまった。そんな話が先月、仏紙に報じられ、英国に広まった。苦笑いで迎えられたようだ。同氏はその後、あれはジョークだったと告白しているという。猫は実在しないようだ▼大騒ぎしておいて、いざとなると煮え切らない。孤立感漂う英国の姿に重なる。よくできた冗談ではあるが、英国の政治家たちは、今や笑えなくなっているだろう。先日、離脱の期限が十月末に延期された。合意なき離脱の危機こそ避けられたが、むしろ先行きの混迷は深まっていないか▼大混乱の恐れが消えたわけではない。離脱撤回の選択肢が浮上するかもしれないが、そちらに進んだとしても、国の分断という代償は大きそうである▼「英仏海峡濃霧-ヨーロッパ大陸孤立」。昔の英紙にそんな表現があったという。ジェレミー・パクスマン著『前代未聞のイングランド』が、「伝説的な見出し」として紹介している▼今は、扉のむこうで濃くなる一方の霧に、すくむばかりの猫の姿を思い浮かべる。

 
 

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