作家の吉村昭さんが金魚の思い出について書いている。戦争中に住んでいた東京・日暮里の家には池があり、鯉(こい)や金魚を飼っていたそうだ▼見知らぬ女性が金魚を分けてほしいとやって来る。「何度も頭をさげて頼む。母は、複雑な表情をして、(中略)金魚をすくって女性の手にしたバケツに入れてやった…」(『東京の戦争』)▼金魚をほしがった理由がピンとくる方は今どれぐらいいらっしゃるか。当時こんな話が人々の間に流れていたそうだ。「金魚を拝むと空襲で死ぬことはない」。金魚を飼っていた家が被害をたまたま免れたようなことがあったのかもしれない。その迷信は広がり、手に入らぬ家では瀬戸物の金魚を仏壇に供えたと聞く▼一九四五(昭和二十)年三月十日の東京大空襲から七十五年。下町を中心に約十万人が亡くなった。三百もの爆撃機が二時間半の間に千七百トン分の焼夷(しょうい)弾を落とした。どう弁解しようが、一般市民を巻き込んだ無差別攻撃だろう▼金魚に加え、ラッキョウを食べるのも空襲除(よ)けになると信じられていた。爆撃機が去って行く「脱去(だっきょ)」のしゃれという▼愚かな迷信と笑われるか。それでも他に手だてのない庶民には金魚とラッキョウにすがるしかなかったのだろう。新コロナ禍でも怪しげな話が流れる。厳に慎むべき流言飛語だが、金魚を信じた庶民の気持ちが今年は分からぬでもない。