「ピカソには子ども時代はなかったのだ」。名作『100万回生きたねこ』の作者・佐野洋子さんは、十歳にもならぬころのピカソの作品を見て、そう思ったという。正確なデッサンと情感。その絵にはどこにも子どもらしさがない、と▼実際のところピカソ自身、世界の児童画を集めた展覧会を見た時、こう語ったそうだ。「私が子供だったら、きっとこの展覧会には出品できなかったに違いない。なにしろ十二歳のときの私のデッサンは、ラファエロのようだったから」▼美術評論家の高階秀爾(たかしなしゅうじ)さんの『近代美術の巨匠たち』によると、そもそも奔放な児童画が珍重されるようになったのは、ピカソの作品の力によるところが大きいのだという▼筒井康隆さんは『現代語裏辞典』でピカソを<わが子の絵に期待を抱かせる存在>とユーモアたっぷりに評しているが、大人が子どもの絵を見る、その目まで変えたとしたら、やはり天才というしかない▼愛知県美術館で開催中の「ピカソ、天才の秘密」は、そんな画家の歩みをたどる展覧会だ。十代前半の素描から、苦悩に満ちた「青の時代」や「バラ色の時代」の数々、キュビスムとその後へ▼脱皮と変身を重ねる足跡を見つつ、佐野さんのエッセー集『問題があります』に収められた一文を思い出した。<ピカソは成熟して生まれ、年を経て、子どもになりたかった天才だった>